「こちら、イリヤスフィール。本部、応答願います」
移動中の飛行機の中、イリヤはロシア語で無線に呼びかける。
しばらく時間を置いてから、返答があった。
『久しぶりね、イリヤ。まさか一週間、全く連絡をくれないとは思わなかったわ』
返事に出た大人びた声は、少し怒っているようでもあったが、久しぶりに声を聞いたということで喜んでいるようでもあった。
『体の調子はどう?』
「今のところ大丈夫よ。ママったら、心配屋さんなんだから」
『あなたの体は特別なんだから、心配もするわよ。まして、一週間も音沙汰がなければ』
「のわりに、ママは何も連絡してくれなかったけど」
『政府からあなたの無事は聞いてたから』
「ん。心配してくれてありがと」
そこで一度会話を切る。
『で、首尾は?』
「んー、まあまあ、かな。お兄ちゃんの取り込みは多分無理。でも、シンクロの秘密についてはある程度つかめたよ」
『そう。よかったわ、無理にでもあなたを行かせて』
「私もよかった。日本に来ることができて。あ、そうだ。一つ、お願いがあるんだけど、いいかな」
『あら珍しい。あなたがそんなことを言うなんて』
「うん。できれば、政府筋を通さないで、何とかしてほしいんだけど」
イリヤは少し考えてから言う。
「ちょっと、助けてあげてほしい人がいるんだけど、いいかな」
第肆拾伍話
We are knights!
午後からのミーティングには、何故か午前中の倍の人数がいた。
シンジは全く理由が分からない。しかも、その増えた人数のほとんどは、というより全員が見知った顔だった。
「よう、シンジ」
最初に声をかけてきたのは真道カスミ。そしてわらわらと同期生が群がる。
「えっと、どうして」
「なに、これから発表があることなんだけどな」
ここはリーダーがどうぞ、という感じでジンにその場が譲られる。
「実は、俺たち全員、ランクA適格者のガードになったんだ」
「ガード?」
「ああ。この間、シンジが狙われただろ? だから専属で始終張り付いていられるガードがいた方がいいっていう話になったんだが、さすがに黒服がずっと一緒にいるのもみんな嫌だろうから、ランクB適格者の中から選ぶっていう話になったんだ」
「もう一つ、理由がありますのよ」
ヨシノが猫かぶりの口調で言う。
「私たちランクB適格者なら、最悪の場合エヴァを搬送することもできますし」
「戦闘は無理でも搬送だけならな。一分や二分ならエヴァを動かしても大丈夫だろ。まあ、それはランクA適格者の起動実験が終わってからの話になるけどな」
ジン、ダイチ、エン、カスミ、コモモ、ヨシノ。みんなが自分を守ってくれる。
「プリンセスナイトの再結成ってわけだな」
「だから、その表現はやめてよ真道くん」
「何でだ? プリンセスナイト、カッコよくて私は好きだぞ?」
「コモモはよくても、シンジくんがよくないんですよ」
コモモの発言にエンが苦笑してフォローする。
「うわ、なんだ碇、随分とモテモテだな」
その輪に入ってきたのは自分の幼なじみ、相田ケンスケだった。
「ケンスケ。ケンスケもガードに?」
「ああ。俺としては実力でランクAに入りたかったんだけど、この話を受けておいた方が確実にエヴァに近づけると思ったからな」
その考えは正しい。シンクロ率など一朝一夕で上がるものではない。それより確実にエヴァの近くにいた方がシンクロ率が上がる可能性が高まる。
さらに最後の二人も近づいてくる。
「こんにちは、碇くん」
「こんにちはー」
女の子。片方は黒髪セミロングの眼鏡っ子。もう一人は茶髪ショートの元気っ子だ。
「清田さんに谷山さん?」
「というわけで、この間言ってた土曜日のお楽しみっていうのはこういうこと」
「また今度改めて挨拶するって言ったのはこういうこと」
「……そういうこと」
今週妙にそういうことが多いと思ったら、なるほど、ランクA適格者のガードとして選ばれていたということか。既に内定はしていて、あとは発表を待つばかりということだったのだろう。
「というわけで、よろしくね碇く──」
と、手を出そうと近づいてきたところで、足を滑らせて転ぶ。また豪快に。
「知的さを装っても無理だな。お前のドジは全員が知っている」
「うるさいわよ不破くんっ! 冷静に分析してないでさっさと助けなさい!」
言われたダイチはやれやれという様子で手を差し伸べる。立ち上がったリオナはコホンと咳払いした。
「というわけで、改めてよろしくね」
「よろしくー」
かわるがわるに握手を交わす。
「それじゃ、自己紹介とかはもういいのかな?」
どうやらシンジが最後に来たらしく、和やかなムードがそれで打ち切られた。
そのミサトの方を見ると、そこにもう一人の絶世の美少女がいた。表情が少し強張っている。少し怒っているような様子だ。
「綾波?」
「……」
だがレイはむっつりとしたまま答えない。何か怒らせることをしただろうか。
「これからはレイもみんなと一緒に行動してもらうことになるから、よろしくね」
「理由は?」
座っていたカズマが尋ねる。
「そりゃ、まとまってくれてた方がいいからに決まってるじゃない。ま、エヴァの実験は今後みんなもやるわけだし、レイ一人だけ特別扱いすることももうないでしょ」
何か反論がありそうなカズマだったが、とりあえずそれ以上の追及はなかった。そして全員が席についたところを見計らって、ミサトが説明を始める。
「それじゃ、簡単に打ち合わせするわね。今日はお互いの顔見せと、今後のスケジュール確認。まず、ガードのメンバーについてはもういいわね。九人のエヴァ操縦者を守る九人のガード。つまり、専属になってもらうからそのつもりで」
「組み合わせはどうなるんですか?」
タクヤが尋ねた。
「そうね。先に言っておきましょうか。じゃあ、機体順にいくけど、零号機、綾波レイには桜井コモモ」
「はいっ! がんばりますっ! 綾波さん、よろしくお願いします!」
全力で頭を下げる。少しレイはびっくりしているようだった。
「初号機、碇シンジには古城エン」
(エンくんか)
するとエンと目が合う。
「よろしくね、シンジくん」
「こちらこそよろしく、エンくん」
一番話しやすい相手でよかった、と思う。これがカスミだったりヨシノだったりしたら気が休まる暇がない。
「参号機、鈴原トウジには相田ケンスケ」
「なんやケンスケか。代わり映えせんのう」
「気が合うってことでいいんじゃないのか?」
トウジもそう言いながら、知らない相手よりも気が楽だという様子を見せる。
「肆号機、館風レミには清田リオナ」
「わ、リオナさんだー♪ よろしくお願いしますー♪」
「こちらこそ、よろしくね」
ランクB歴が長いリオナのことを知らない者はほとんどいない。レイと同期のレミにとっても、リオナのことはよく知っている。
「伍号機、野坂コウキには真道カスミ」
お互い肩を竦める。
「陸号機、榎木タクヤには倉田ジン」
リーダータイプの二人が組み合わさる。となると、総勢十八人の動きは実質この二人が相談して決めることになりそうだ。
「漆号機、朱童カズマには不破ダイチ」
寡黙な二人の組み合わせ。お互い目を合わせることすらなかった。大丈夫だろうか。
「捌号機、神楽ヤヨイには谷山マイ」
「はい! よろしくお願いします」
「……よろしく」
ふっ、と何故かヤヨイは格好つけて答える。意味はきっとないのだろう。
「玖号機、美綴カナメには染井ヨシノ」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」
ヨシノは深々と頭を下げる。本当に猫皮を何枚着込んでいるのやら。
「ガードのメンバーは朝八時半にはランクA適格者の部屋に向かうこと。授業があるときは一緒に受けて、そうでないときは一切離れることは禁止。運命共同体だと思って、しっかりと任務を果たしてね」
「はい!」
全員の声が唱和される。
「休みのときとかはどうするんだ?」
カズマが尋ねる。
「何もなければ待機。部屋にいるのならガードは自分の部屋に戻ってもらっても大丈夫よ。ただし、外出するときはその旨必ずガードに伝えること。パイロットは一人で部屋の外へ出歩くのは禁止」
「いろいろ不便ですね」
タクヤが少し戸惑った表情で言う。
「ガードはSPと同じだと思ってくれればいいわ。基本的にあなたたちの命令は何でも受け付けるから、雑用とか頼んでも大丈夫よん」
「コウキの雑用は受けないぜ」
「カスミに雑用頼んだらいくら請求されるか分からねえよ」
仲のいい二人だ。軽口が止まったのを見てからミサトが続けて話し始める。
「他に質問は? なければ次に行くわよ。じゃ、そこの資料見てくれるかしら」
机の上に置かれていた資料に目を向ける。
「まず明日だけど、零号機のシンクロテストがあります。午前十時。パイロット及びガードは全員、九時半までにミーティングルームに集合」
零号機起動実験。その一回目が既に行われていることをシンジは知っている。そして、他にも何人か知っている人間がいる。
レイすら何も言わなかったのだ。自分から口火を切ることはないだろうとシンジは一旦言葉を飲み込んだ。
「それから来週の日曜日にはドイツで弐号機起動実験が行われます。搭乗者は惣流・アスカ・ラングレー。本部から四名のチルドレンを伴い、これを見学に行きます」
全員ではないのか、と一同考える。そして資料にあった名前を見て、何人かが眉をひそめた。
碇シンジ (古城エン)
鈴原トウジ(相田ケンスケ)
館風レミ (清田リオナ)
神楽ヤヨイ(谷山マイ)
「そこに書かれているパイロット四人とガード四人はドイツ行きの準備をしておいてね。期間は四月三日から七日まで。日程、スケジュールについては別途、ミーティングを行います」
「質問」
コウキが手を上げた。
「何かしら」
「人選の理由は?」
「特別意味はないわよ。本部の半数を連れていくっていう取り決めだったから、こちらで決めさせてもらいました。何、コウキくんは行きたかった?」
「そりゃまあな。せっかくドイツ旅行が楽しめるんだから行きたいといえば行きたい」
「ごめんね。今回は譲ってもらえるとありがたいわ。これはもう決まったことで、ドイツにも名簿を送っちゃってるから」
コウキは表情を変えずに「分かった」と言って引き下がった。
「その後は四月十二日にアメリカの第一、第二支部で起動実験。十九日にオーストラリアで起動実験を行った後、二六日に本部八機の起動実験を行います」
四月二六日。ついに、起動実験の日だ。
(美坂シオリ。うまく話せるといいけど)
そのことを詳しく知っている人間はこの中にはいない。イリヤがいてくれたらとも思うが、それは仕方のないことだ。
「ドイツ以外のところにも行くんですか?」
タクヤが尋ねるとミサトは首を振った。
「行くのはドイツだけね。逆に、二六日の起動実験の日には他の国から見学に来る子がたくさんいると思うけど。アメリカにオーストラリア、中国。もしかしたらロシアも」
「イリヤがまた来るんですか」
シンジが声を上げる。だとすると嬉しい。シオリのことについて状況が分かっている人物がいると安心できる。
「まだ分からないけどね。でも初号機がいよいよ動くっていうことで、全ネルフが注目しているのは確かね」
初号機というより、シンジが、というべきだろうか。だがそれならば来週のドイツや十九日のオーストラリアも同様に注目されてしかるべきかと思うが。
「さて、あと質問は?」
特別何かがあるわけでもない。誰も発言はなかった。
「それじゃあ今日はこれで解散。明日九時半集合、忘れないようにね」
解散した後、シンジのところにやってきたのはレイだった。
すぐ傍らに立って、シンジをじっと見つめる。レイは自分の気持ちを伝えるのが得意ではない。だが、シンジには相手の言いたいことが分かった。
「話があるんだね?」
コク、とレイが頷く。
「それじゃ、どうしようか。食堂の方がいい? それとも、僕の部屋の方がいい?」
レイがまた頷くので、自分の部屋に連れていくことにした。おそらくはガードにも聞かれたくないような話なのだろう。
「いいのかい、シンジくん?」
エンが笑いを堪えたような顔で言う。
「何が?」
「美綴さんが怒るんじゃないかな」
確かに、カナメと付き合っているのに自分の部屋に他の女の子を招くのはよくない。事情を説明しておくべきだろう。
心配そうに少し離れたところからこちらを見ていたカナメのところに近づく。
「シンジくん……その」
「あ、うん。ちょっと綾波が話があるみたいなんだ。誰にも聞かれたくないみたいだから、ちょっと僕の部屋に呼ぼうと思ってる……その、ごめん」
シンジが素直に謝るので、逆にカナメは笑って許すしかなかった。
「ううん、仕方ないよ。できれば一緒にいたかったけど。そのかわり、あとでシンジくんの部屋に行ってもいい?」
それはレイに負けたくないという気持ちだろうか。もちろんカナメの来訪を拒むつもりは全くない。
「もちろんいいよ。一緒に食事でも作ろうか」
ぱっと花が開いたような笑顔をカナメは見せた。
「うん。じゃあ、お話が終わったら連絡ちょうだいね。楽しみに待ってるから」
「分かった」
そうして約束を交わすとレイのところに戻ってくる。
「じゃ、行こうか」
そう声をかけたレイの表情は、先ほどにも増して機嫌が悪そうだった。
(どうしたのかな、綾波)
どうもこうもない。自分が原因だと気付いていないシンジに、二人のガードであるエンとコモモは視線を交わして苦笑した。
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