誰にでも、一年に一度訪れる『誕生』の日。
 彼が、彼女が、この地上に産み落とされた『祝福』の日。
 母親と切り離され、初めて『孤独』を知った日。

 そして。

 一年で一度だけ願いが叶う『特別』な日。












第肆拾捌話



Happy birthday!












 三月三十日(月)。

 今までより人数が倍になった射撃訓練。全身ムチウチのレイとそのガード、コモモを除いた全員が揃っている。十六人。一斉に射撃を行うさまはなかなか見物だ。
 それが終わって昼休み。この時間になると先週行われた試験の結果が発表になっている。訓練終了と同時に、全員が順位を確認した。
 中一相当の部はやはり染井ヨシノが一位。合計点数が四八七点。
「やっぱりヨシノさん、すごい」
 二五三位と、他人には見せられない点数のカナメが隣にいるヨシノに言う。ありがとう、と笑顔で答える。
「ランクAの成績は……お、やっぱ榎木が八位か。やるやないか」
 トウジが呼びかけると「たいしたことないよ」とタクヤが答える。
「ダイチはどうだったんだ?」
 カスミが尋ねる。ダイチは前回、一科目名前を記入せずに〇点だった。
「社会が三点」
「は?」
「解答欄を一つずつ間違えた。総合一五九位」
「またそういうオチか」
 どうしてもダイチはそういうことをしなければ気がすまないらしい。ここぞとばかりにリオナがからかってくる。
「まったく、不破くんてばいつもこうだもんねー」
「お前は?」
「……一六三位」
 一科目完全に落としている相手より点数が低いということだ。墓穴を掘っている。
「中二組はどうなんだ?」
「ヤヨイだけに三位」
 ふっ、と決めポーズを取るヤヨイ。おー、とリオナとマイが拍手を送る。
「俺が十二、コウキが二三、カスミが四九。ま、順当ってところか」
 ジンが言うとコウキがにやにやとカスミに近寄った。
「お前またそういう点数か、ん?」
「るせぇ。俺の力はペーパーなんかじゃはかれないんだよ。で、シンジはどうなんだ?」
「僕?」
 突然回ってきたシンジは自分の順位を確認する。
「十六位」
「コモモが十七位か。はは、あいつまた負けてやんの」
「うー、シンジくんに負けたー」
 レミががっくりと来ている。そういうレミは二五位。別に悪い成績ではない。
「すごいね、シンジくん」
 すぐ隣にいたガードのエンが微笑む。彼は三一位。
「本当。毎日勉強してるってやっぱり違うよねー」
 そう言うカナメはつまりほとんど毎日何もしていないと宣言しているようなものだ。
「あとは……レイが六位で、カズマが十三位か。ケンスケは四八位。マイは八三位と」
 ジンがメンバーの順位を確認する。だが、まだ呼ばれていない者が一人。
「トウジは?」
「……三四〇位」
 ヤヨイがトウジの背後から呟く。ふん、とそっぽを向くがどう見ても強がりだ。
「よかった、最下位じゃない」
 ぐっ、とカナメが握りこぶし。シンジとしては「よかったね」と言うべきか、それとも「もう少しがんばらないと」と言うべきか、難しいところだった。
 と、そこに着信があった。見慣れた名前の相手だった。
「もしもし」
『何でこんな大事なこと黙ってたんだ、シンジっ!』
 ──怒鳴られた。






 全身ムチウチの綾波レイとそのガード、桜井コモモは病室にいた。
 レイは動くことができない。そのため保安部がガードにつくためコモモがいる必要はなかったのだが、レイとの仲を良くするチャンスだと睨み、彼女が入院している間はずっと傍にいてやろうと企んでいた。
「何か食べたいものとかないか? リンゴとか、バナナとか、オレンジとか、メロンとかっ!」
「特に何もないわ」
 ──だが、会話はほぼ一方的に終了する。何度トライしても変わることがない。
「レイさんって凄い綺麗だよな」
「そう。分からない」
「他の適格者と一緒にいることって今までほとんどなかったから、これからはたくさん話したいと思ってるんだ」
「そうしたいのなら、そうすればいいわ」
「レイさんは普段はどんなことしてるんだ?」
「何もしていないわ」
「……私、ここにいたら邪魔か?」
「いいえ。どうしてそんなことを気にするの?」
 泣きそうだった。自分が何をしても邪険にされているようにしか感じない。だが彼女は決してそれを口にしない。本当に思っていないのか、それとも口だけは合わせてくれているのか。
「そういやレイさんって、シンジと一緒に暮らしてたんだって?」
 だが、その固有名詞は敏感に反応した。
「ええ」
 彼女の赤い瞳がまっすぐコモモを見る。迫力がある。
「シンジのやつ、そういうとこあまり話してくれなくてさ。もし不都合じゃなかったら、聞かせてもらってもいいのかな」
「かまわないわ。別に、特別なことじゃないもの。何が知りたいの?」
 会話が成立した。どうやらシンジがらみの話だとレイの興味を引くようだ。
「シンジとの出会い、とか」
「子供のとき、碇くんの家に引き取られたのがきっかけ」
「へえ。家族は?」
「私を育てたのは冬月副司令」
「あ、そうだったよな。それがどうして引き取られることになったんだ?」
「ネルフの仕事が忙しくなって、育てるのが難しくなったからと聞いているわ」
「聞いている?」
「それが事実かどうかは分からない」
 レイの発言はどこか投げやりな雰囲気も感じられる。
「それからはシンジと、総司令と?」
「総司令は帰宅することはなかったから、ずっと二人で暮らしてたわ」
「食事はいつもシンジが?」
「ええ」
「子供の頃から作ってたのか。だから料理が上手なんだな。最近は食べてないんじゃないのか?」
「去年食べたわ」
「去年か……それじゃもう一年も食べてないじゃないか」
「ええ。でも、多分今日、また食べられると思う」
「今日?」
 なんでだろうか、と考える。お見舞いに来るということだろうか。
「誕生日だもの」
「誕生日?」
「ええ。私の」
「いつ?」
「今日」
 会話が止まる。どうしてこう、この美人少女は大事なことを言わないのだろう。
「誕生日っ! レイさんのっ!」
「そうよ」
「ハッピーバースデーっ!」
「……ありがとう」
「くっ、こうしちゃいられない。すぐに誕生パーティの準備しないとっ!」
 ただちにコモモは携帯電話を取り出す。かけた先はもちろんシンジ。
『もしもし』
「何でこんな大事なこと黙ってたんだ、シンジっ!」
 怒鳴りたくもなる。ガード対象で、しかも世界最初の適格者にしてファーストチルドレンの誕生日を当日まで知らされておらず、しかもシンジはいつの間にか誕生日の料理をごちそうすることになっているなどと。
『こんな大事って、何のことだよ』
「決まってるだろ、レイさんの誕生日だよ!」
『ああ、そのこと』
「ああ、じゃなーいっ!」
 全力で怒る。それはもう、誕生日を祝わないのは人として間違っている。少なくとも自分と関係が深い人の誕生日は全力で祝いたい。
「いいか、今日のトレーニング後、希望者を募ってレイさんの病室に集合!」
『希望者って』
「ランクAとガード全員、そこにいるんだろ? それから参加者は必ず誕生日プレゼント持参! 分かってるよな?」
 これまで年八回、同期のメンバーは必ず誕生会を行っている。もちろん必ず誕生日というわけではなく、その前に行ったり後に行ったりしている。だが今週八人のメンバーがドイツに行くことになっている以上、今日やらなければ手遅れになる。
「人数は今すぐ決めろ。こっちで食事を準備する。あ、でもレイさんの分だけは絶対にシンジが作れよな」
『どうして』
「そりゃオードブルとか人数分頼むのはパーティ用。レイさんはお前の料理を楽しみにしてるんだから、お前はそれを作るのが最優先に決まってるだろ。いいからほら早く確認確認!」
 電話の向こうですぐに会議が始まった。ランクAのメンバーといえば、シンジとコウキの他、カズマ、タクヤ、トウジ、ヤヨイ、レミ、カナメ。もちろんランクAの動きに合わせてガードも動くわけだから、ガードの意思はこの際不要だ。このメンバーなら出ないと言いそうなのはカズマくらいか。
『全員行くって』
 だが問題なく、全員が参加する方で希望を出した。
「よーし。それじゃ十八人分オードブル頼んでおく。それから誕生ケーキもな。お前らは午後のトレーニングあるんだから、それが終わり次第ただちに誕生日プレゼントの用意に走れ。いいな?」
 その辺りは過去何度も誕生会を取り仕切っているコモモである。その辺りの準備の仕方はよく分かっている。
「じゃ、また後でな。期待してるぜ」
 通話を切ってレイに親指を立てる。
「というわけで、今日はみんなでパーティだ!」
「……そう、よかったわね」
 やはりどこか他人事のレイだった。張り合いがなくなっても仕方がないところだが、そこはコモモだ。
「ようし、私もレイさんのためにプレゼント用意しないとな……って、ガードが勝手に出歩いたら駄目じゃんか!」
 がっくりと床に両手を着く。レイはころころ変わるコモモの様子についていけずに目を白黒させている。
「保安部がいるから別にかまわないわ」
「いや、そうはいかない。これは仕事なんだ。自分の仕事を無視するのはいけないことだ。悪いことはあとで自分の身に降りかかってくるんだ。絶対駄目だ」
 どこか考え方が古いコモモだが、レイとしてもそこまでプレゼントにこだわっているわけではない。あえて何も言わずにいる。するとコモモはまた携帯を取り出してどこか連絡を取り始めた。
「あ、キョウヤさん? はい、コモモです。はい。ちょっとお願いがあるんです。誰か保安部の一人、あいてませんか? はい、緊急です。今日中に用意しなきゃいけないものがあって──って、何で分かるんですかっ!?」
 話の内容がだいたい見える。これから頼もうとしていたことを先に言われたのだろう。
「はい。レイさんの誕生日ですから、誕生日プレゼントを。で、用意したいものなんですけど……ちょっと待ってくださいね」
 レイからぎりぎりまで離れてこそこそと電話に向かって話す。やることが微妙に徹底している。
「はい、お願いします。それからいつものオードブルと誕生日ケーキもお願いしていいですか? 時間は六時、レイさんの病室まで。ええ、最高級のものをお願いします。お金は大丈夫、メンバーで折半しますから。とりあえず私名義でたてかえておいてください。では、よろしくお願いします」
 というわけでこれで段取りもついた。というか、どうやら今までの誕生会も全てキョウヤにある程度頼んでいたということが発覚した。
「楽しみだな、誕生会。この間二月のはじめにダイチのやった後だから、一ヶ月、いや二ヶ月くらいぶりだ」
「そう、よかったわね」
「楽しい会にしような。レイさんが喜んでくれたら私も嬉しい」
「何故?」
「レイさんが好きだから」
 にこりと笑って言うと、レイは顔を赤らめた。
「あ、ありがと」
「うわあ、レイさんが照れてる。かわいいっ!」
 コモモは思わず抱きついていた。少しだけムチウチの痛みがあったが、レイは他人に抱きしめてもらうことの幸せを感じていた。






 そんなわけで、午後六時。
『ハッピーバースデーっ!』
 ランクA、そしてガード勢全員集合の誕生会。総勢十八人。オードブルもお菓子もケーキも大量に用意され、誰も遅刻することなく会は始まった。
 シンジがレイのために作ったという料理は、シンジが手ずから食べさせることになった。何しろレイは全身動かすことができない。朝も昼もこれまではコモモが食べさせていたのだ。
 今日のメインはレイのために作った豆腐ハンバーグ。一切れ箸で取って、レイに食べさせる。
「……おいしい」
 レイが頬をほんのり赤く染めて言う。それを見ていたカナメが少しむくれていた。
 そんな誕生会の様子を自称カメラマンのケンスケがスナップで取っていく。
 ある程度食事が進んだところでプレゼント贈呈会となる。最初にコモモが(保安部に買ってこさせた)金運お守りを渡した。その辺りはさすがにコモモらしいというべきか。
 あとは随時プレゼントが渡されていった。カナメからはモモンガのぬいぐるみ。レミはレイの髪にあう髪飾り。ヨシノはブローチ。リオナは時計つきブレスレット。マイはふんぱつしてワンピース。女性陣からはこうしたかわいらしいものが続く中、ヤヨイから手渡されたのは携帯ゲーム機と『般若信教音読ソフト』なるものが渡された。これはある種の嫌がらせではなかろうかと思ったが、本人はかなり真剣に選んだものらしい。レイの「ありがとう」という言葉にヤヨイはとても嬉しそうにしていた。
 男性陣からはそれぞれの個性あふれるものが贈られた。トウジは何故かガンダムのプラモデル(世紀末に流行ったウイングガンダムゼロカスタム)。ケンスケは風景の写真集。ダイチは無難に使い勝手のよさそうなバッグ。カズマは女の子らしい柄のマグカップ。どんな顔をして買ったのか興味の出るところだ。ジンは渋く安眠枕。タクヤは女の子が喜びそうな少女小説と詩集。コウキはリラクゼーションCD。カスミはテディベアのぬいぐるみ。
 そして最後に、シンジとエンの番になった。
「えっと、僕たちは料理を作っていたから買いにいく時間がなかったんだけど……」
「だからって、何も用意してないわけじゃないんだろ?」
 コウキが言うとシンジは「まあね」と答える。
「やー、今日は来てよかったなあ。ダイチもそう思うだろ?」
 カスミが言うとダイチも頷く。どうやら同期生にはプレゼントの内容が分かったようだ。
「じゃ、ちょっと準備するね」
 シンジが部屋の外に持ってきていたものを部屋に運び入れる。
 それは、バイオリンとチェロ。
「そういえばシンジくん、チェロ弾くんだっけ」
 タクヤが思い出したように言う。一応シンジが昔からやっていた特技の一つだ。バイオリンはエンの得意技。
「何も買えなかったから、せめてこれくらいならと思って」
「シンジのチェロ聴けるなんて嬉しいぜ。レイさんも満足だろ?」
 コモモがレイの隣で話しかける。こくり、とレイも頷いた。
「それじゃ、始めようか」
 エンが話しかけてシンジが準備を始める。そしてゆっくりと弦を手にとって、エンと視線を合わせた。
 二人の音色が、病室に響く。
 しばし、誰もが声を失ってその音色に聞き入った。






 誕生会が終わり、メンバーがそれぞれいなくなる。
 最後まで残っていたのはもちろんガードのコモモ。片づけが終わればコモモもいい加減帰る時間だ。明日もここに来てガードの役目を果たさなければならない。
 せわしなく働くコモモの姿を見ていたレイだったが、やがてその一生懸命な姿のコモモに自分から話しかけた。
「桜井さん」
 しかも、名前で。
「え?」
 突然名前を呼ばれたコモモは驚いてレイを見る。
「今日は、ありがとう」
 表情こそなかったものの、それはレイの本心だ。
 誕生日というものをシンジ以外に祝ってもらったことのないレイにとっては新鮮な体験で、それでいて幸せな気持ちになれるものだった。
「どういたしまして。レイさんが喜んでくれたならよかった」
「どうして? あなたはただのガードなのに」
「確かにただのガードにすぎないけどさ。でも、自分とかかわりのある人が喜んでくれるのは嬉しいよ。それに、さっきも言ったけど、私、レイさんが好きだから」
 好き。好意の感情。
「ありがとう」
 今度は照れることもなく、レイも答えた。
「あなたがガードになってくれて、よかった」
 そこまで言ってもらえれば、ガード冥利につきるというものだ。
「そんなことないよ。私はまだ何もしていない。でも、レイさんが少しでも喜んでもらえるようにがんばるから」
「ええ。お願いするわ」

 この一日で、二人の信頼関係が築かれたのは間違いないことだった。






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