適格者番号:121203012
 氏名:紀瀬木アルト
 筋力 −C
 持久力−C
 知力 −A
 判断力−A
 分析力−A
 体力 −C
 協調性−B
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 33.114%
 ハーモニクス値 47.25
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−B
 格闘訓練−B
 特記:日本から渡欧してドイツで適格者となる。出身は旧第一東京。












第伍拾肆話



紅き炎を身にまとい












 重苦しい雰囲気の中、バスはヴィルヘルムスハーフェンからハンブルクへ向かって出発する。
 エンとアルトの間に何があったかを知る者はなく、ミサトも特別口出しするわけでもない。自然と誰も口を開かないままの出発となってしまった。
 ハンブルクまでの道のりはそれなりにある。徐々に旅の疲れが出て睡眠モードに入るのはやむをえないことだった。
 シンジは通路を挟んで隣に座っているエンを見る。目を閉じて寝ているようにも見えるが、呼吸が若干早い。ということは起きているのだろう。
(何があったんだろ)
『あの事件の真相』を突き止めるためにネルフに入ったというエン。
 そのためにネルフに入ったということは、少なくとも事件自体はそれよりも前に起きているということ。いや、もっと正確に言えば、アルトがドイツに行くよりも前に起きているのだ。
(いつドイツに行ったかなんて、本部の端末とつながないと無理だよな)
 携帯電話のメモリにはさすがにドイツ支部のメンバーまで登録していない。情報検索するにはネルフに到着するまでは無理だった。
「気になる?」
 気がつくとエンが目を覚ましてこちらを見ていた。真剣な表情。
「う、うん」
「まあ、あまり人の多いところで話すことでもないから」
 つまりネルフに着いてからにしよう、というのだろう。
「分かった」
 エンが心を閉ざして誰にも話をしないというのでなければ、ひとまずは安心できる。なら今はそれでいいのだろう。
「寝ておくといいよ。到着したらやること多いだろうし」
「うん。エンくんも」
「分かってる」
 そしてエンは目を閉じた。だが、お互いよく分かっている。
 エンは眠れない。それこそ、昨夜からずっと。






 自由ハンザ都市ハンブルク。ベルリンに次ぐドイツ第二の都市。今はネルフドイツ支部ができたため、ハンブルク=ネルフ、という構図が一般的となっている。
 都市名の由来は『湾の城』という(ハン=湾、ブルク=城)。古くからエルベ川河口の港湾都市として発展してきた。現在は特別市として、州と同等の扱いを受けている。
 ハンブルク特別市は七つの区域に分かれている。都市の南東から西にかけてアルスター川が流れている。ハンブルクの中央部より東側、ハンブルク・ミッテ州のアルスター川南にドイツネルフ支部は存在している。
 もともとドイツは、使徒戦の最前線という意識が強い。何しろドイツ南東にある【ミュンヘンの石碑】があるのだから、その意識は高まらざるをえない。だからこそ国連がネルフを作ったとき、本部とアメリカの第一、第二支部を造ったあと、最初に着手したのがドイツ第三支部だった。したがって、このドイツ支部は【ミュンヘンの石碑】に関するデータ収集、監視などの任務も別途与えられている。
 予備役数も、アメリカの第一、第二支部を足した数にはかなわないが、それでも支部としては最高の四百名を突破している。ランクA以上の適格者数も、日本の九名に対し、ドイツは五名。アメリカは第一、第二支部を足して五名である。
 ある意味では本部よりも防衛意識の高い場所。それがドイツ支部である。
 ハンブルクの街中を過ぎ、そびえ立つネルフドイツ支部の敷地に入る。
 よくもまあ、大都市の中でこれだけ広い土地を確保できたものだと感心する。というのも、ハンブルクも使徒の攻撃で半ば壊滅状態にあったため、再建にあわせてドイツ支部を作っていたのだ。そのあたりは第三新東京市と同じで、ネルフのために再建された都市といえる。
 無論、上の巨大な建物はほとんど飾りで、大事な研究施設はすべて地下にある。ネルフは常に産業スパイから狙われているため、重要なデータを地上に無造作に置いたりはしない。
 バスが止まり、適格者たちが降りる。本部と同じ、無機質な壁。このあたりはどこも同じ形状になっているのだろう。
 荷物はすべて黒服が運ぶことになっている。ネルフの制服を着た八人をミサトが先導して連れていこうとする。
 そのときだった。

「へろぅ〜ミサト!」

 声がかかる。とびきり元気のいい声。トウジとケンスケが「うおっ」と声を上げた。
 レモン色のワンピース。そして赤毛のロングヘアー。
 さすがのシンジですら、既に事前情報として学習していた女性だった。
 惣流・アスカ・ラングレー。セカンドチルドレン。
「久しぶりね、アスカ。元気にしてるみたいじゃない」
「まあね。わざわざドイツまでご苦労さま。ちょっと太ったんじゃないの?」
 ぴく、とミサトのこめかみがひきつる。
「あらぁ、アスカったらすっかり口が悪くなったわねぇ」
 ミサトがにじり寄る。アスカはそれを気にせずにミサトの後ろに目を向ける。
「まあミサトの体重は置いといてさ、後ろの子たちが日本の子?」
 置いておくつもりはさらさらなかったが、ここでこだわるのもプライドにかかわる。怒りをこらえた様子で腕を組んだ。
「そうよ。ランクA適格者四名、そのガード四名」
「で、どれがサードチルドレン?」
 事前に誰が行くのかということは相手に通達している。もちろん世界中をにぎわせたサードチルドレンのことをアスカが知らないはずがない。これはあくまでもポーズだ。
『自分はあなたなんか歯牙にもかけていないのよ』
 そうした雰囲気を作っているのだ。
「こっちの優男?」
 エンを指さして尋ねる。ミサトは苦笑する。エンも肩をすくめた。
「まあ、そこの不細工な二人は違うとして」
「どういうこっちゃ」
「ひどい言われようだな」
 さすがにトウジとケンスケも、初対面でこれでは納得がいかない。
「サードは男の子って聞いてたから……まさか、アンタ?」
 アスカとほとんど慎重の変わらないシンジに尋ねる。うん、と小さく頷く。
「さえない男。もう少し自信もったらどうなのよ」
 完全な上からの目線。もっともシンジにしても『そうだよなあ』と頷いてしまうところなので、その態度には別に何も感じない。
 感じたのは周りのメンバーだ。
「セカンドチルドレンといっても、単なる礼儀知らずだったんですね」
 大きな口を叩いたのはリオナだった。アスカが顔をゆがめる。
「どっちが礼儀知らずよ。清田リオナ、だったわね。ランクB程度でアタシにそんなこと言っていいと思ってるわけ?」
 少なくともファーストチルドレンもサードチルドレンも、相手に対してこんな口の利き方はしない。全員が反感を覚えるのは仕方のないことだ。
「へえ、相手のこと随分詳しいんですね」
 マイが感心したように言う。
「あったりまえじゃない。それくらいのこと知らないでチルドレンが務まるとでも思ってるの?」
「その割りに、肝心のサードチルドレンのことは知らないんですね」
 うぐっ、とアスカが詰まった。これはマイの一本勝ちだった。
「お、男の子には興味がないのよ!」
「ということは、女の子には興味があると!?」
 マイが顔を引きつらせて下がる。リオナも表情が変わって一歩下がった。レミにいたってはエンの後ろに隠れている。とどめのヤヨイの一言。
「百合の香り」
「あ、あんたらねええええええっ!」
 肩を震わせて一歩進み出るが、襲われる側にとっては逃げざるを得ない。近づいた分だけ下がっていく。
「そこまでですよ、フロイライン」
 と、そこへ別の声が割り込んできた。
「何でいいところで止めるのよ、クライン」
「失礼しました。何もなければ止めるつもりはなかったのですが、あなたが劣勢のように見えたものですから」
 綺麗な日本語を話す絶世の美少年がそこにいた。金色の髪、整った顔立ち、とまあそれはいいのだが、問題はその服装。
 ゴージャスなマントとタキシード。これからパーティか何かかというような格好だった。
「はじめまして。僕はエルンスト・クライン。ここのランクA適格者」
「随分日本語がうまいんやな」
「当たり前だろう。僕はこう見えても十二ヶ国語を話せるんだ。本部が日本にあるというのならその言語を勉強しておくのは自明の理というものだろう」
 難しい言葉をスラスラ使う。それにしても、
「ドイツには性格悪い奴しかいないんとちゃうか」
「同感同感」
 トウジとケンスケがひそひそと話し合う。それはまあ、最初に会ったアルトにアスカ、そしてクラインとくればそう思わざるをえない。
「君が碇シンジ……サードチルドレンだね」
 シンジとクラインはほとんど背丈が変わらない。正面からまっすぐ見つめあうくらいの高さ。
「う、うん。はじめまして」
 と挨拶するが、クラインは首を振る。そして手袋を脱いで、シンジにたたきつけた。
 突然のことにわけが分からず戸惑うシンジ。
「サードチルドレン、碇シンジ。僕、エルンスト・クラインは君に決闘を申し込む」

 突然の展開に、全員が度肝を抜かれた。

「は?」
「決闘だよ。耳がついてないのかい?」
「どうして?」
「決まってる。君の成績は見せてもらっているよ。ランクBに入ることすら許されない成績なのに、ただシンクロ率がいいというだけでランクA、さらにはサードチルドレンという破格の待遇まで与えられた本部のスーパーエース」
「アタシの方がシンクロ率高いわよ」
 アスカが鋭く突っ込む。
「ええ。ですが、フロイライン。あなたでも初回の起動で四〇%という数字は出せなかった。いまだに四〇%を出しているのはたったの四人しかいないのですよ」
 ちっ、と舌打ちする。アスカもそのことは分かっているのだろう。だから初対面でシンジを挑発した。
「僕は正々堂々という言葉が気に入っていてね。日本では武士道といって、卑怯なことはしないという話じゃないか。無論、僕の挑戦を受け取ってくれるだろうね」
「だ、だからどうして」
「君のサードチルドレンを、ドイツ支部は認めてないってことさ。上はどうか知らないけど、少なくとも僕たちランクA適格者にしてみれば、君の存在は許せるものではない」
「そんなの僕の知ったことじゃない。勝手に押し付けられただけだ」
「関係ないよ。君がサードチルドレンだということに納得がいかない僕たちからの挑戦状だ」
 ばさり、とマントを脱ぎ捨てる。
「さあ、行くよ、サードチルドレン!」
「そこまで」
 だが、そのクラインの肩をミサトがつかんだ。
「決闘ごっこもいいけれど、もう少し場所を選んでもらえるかしら」
「ごっこ? 冗談ではありません、一尉。僕らは真剣だ。他の二人は日本語が話せないから代表して僕が来たけれど、全員同じ考えです」
「ヴィリーとジークが? 初耳ね、それは」
 その突っ込みはまた別のところから入った。今度は女の子の声。それも、前に聞いたことのある声だ。
「アルト! どこに行ってたのよ!」
 アスカがその相手に呼びかける。そこにいたのはまぎれもない、日本人の紀瀬木アルトだった。
「ヴィリーもジークも、あなたには自重するように言っていたはずよ」
「うるさいな。どうせ心の中では日本人に来てほしくないって思ってるに違いないのに」
「そう。それは私に対する挑戦と見ていいのね?」
 アルトが睨む。今度はクラインの顔が歪んだ。
「私はドイツで適格者になった。ドイツに対しては恩も感じている。だからアスカさんもヴィリーもジークも、同じ仲間として感じたいと思っている。でも、あなたがそういうつもりならこっちにも考えがあるわ、クライン」
「ふん、シンクロ率が少しいいからって頭に乗るなよ。お前なんか僕の手にかかれば一瞬で沈められるんだからな。格闘ランクの差、分かってるんだろ」
「ええ。あなたはランクS。私はランクB。話にならないわね」
「だったら黙ってるんだな。僕が挑戦状をたたきつけたのは、そこのサードチルドレンだ」
「無理よ」
 さばさばとした口調でアルトが言う。
「あなたはシンジくんに触れることもできないわ」
「なに?」
「だって、シンジくんには最強のガードがついているんだもの。そうでしょう、エン?」
 冷たい視線をエンに送る。エンは肩をすくめて「もちろんそのつもりだけど」と答える。
「日本の格闘ランクS。シンジくんのガード。言っておくけど、クライン。あなたじゃ勝負にならないわ」
「ふざけるな。僕はドイツで一番の格闘技術の持ち主。日本でどれだけ強くたって僕にかなうはずがない」
 十二ヶ国語を話して格闘も優れているとは、どれだけ優秀な人材なのか。性格は最悪だが。アスカも困ったという顔でそっぽを向いているし、ミサトもミサトでおとなしく成り行きを見守るだけだ。
「無理よ。エンにはかなわないわ」
「同じ日本人同士、肩を持つってことか」
「じゃあ試してみるといいわ。別に挑戦なんかしなくたっていい。格闘訓練にすればいくらでも勝負できるでしょ」
 それもそうね、とミサトが軽い口調で言う。本部のランクSとドイツのランクS、強さの基準がまちまちでも困る。実地で確認できるのは指揮官としてはありがたい限りだ。
「そっちがそれでいいというのならそうしよう。僕は紳士だからね、一日二日待つくらいはたいした問題じゃない」
「どこまでも気障ですねー」
 レミがこそっと呟く。瞬間、クラインに睨みつけられてまたエンの後ろに隠れる。
「それじゃ、僕は行きますよ。フロイライン、あなたも行きましょう」
「え? ええ、そうね。ほら、アルト、行くわよ!」
「アスカさんは先に。私は皆さんと話がありますので」
 ぺこりとアルトは頭を下げる。アスカは目を細めて「勝手にしなさい」と言った。
 そうして二人が退場していく。ふう、とアルトは息をついてから「申し訳ありませんでした」と改めて全員に謝る。
「いや、こちらこそ助かったよ、ありがとう」
 シンジは今朝の件も忘れて笑顔で言う。
「あ、いえ、どうしたしまして」
 アルトは少し顔を赤らめて微笑む。この本部のスーパーエース、碇シンジの前ではアルトも緊張しているらしい。
「でも、エンくんのことを評価してくれてるんだね」
 だがシンジの言葉には途端に表情が固まる。
「事実と感情は別物ですから」
 声まで凍てつくようだった。ふう、とエンもため息をつく。
「話っていうのは、僕に、だろ?」
「もちろんそう。ここまで来てくれたんだもの、ゆっくりと話をさせてもらうわ」
「分かった。つきあうよ。すみません、葛城一尉。少しの間、シンジくんのガードをはずさせてもらってかまいませんか」
 ミサトは目を見張った。この少年は決して自分の任務を放り投げるような考えを持ち合わせてはいない。つまり、今の言葉は最悪、自分の身分を取り上げられても仕方がないという考えのもとでの発言だ。
 それほどに、エンにとってこの少女の存在というのは大きいのだろう。
「分かったわ。別にしばらくは私が一緒に行動するし、最初はここの支部長に挨拶するだけだから問題ないでしょ。アルトちゃんと一緒に仲良くしてきなさい」
「この関係が仲良く見えるんですか」
 ふう、と息をつく。この二人の様子は犬猿というよりも仇敵か宿敵といったようなものだ。
「それじゃあ、エンをしばらく借ります。こっちよ。準備はできてるわ」
 なんの? とは誰も聞かない。ただシンジだけがエンを見て言った。
「早く戻ってきてよ」
「もちろん。僕はシンジくんのガードだからね」
 このときばかりはエンも笑顔だった。






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