適格者番号:121103007
 氏名:エルンスト・クライン
 筋力 −A
 持久力−B
 知力 −B
 判断力−B
 分析力−B
 体力 −A
 協調性−C
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 27.091%
 ハーモニクス値 38.71
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−S
 特記:オーストリア貴族の子息。












第伍拾陸話



蒼き氷をその手にし












 エンとアルトの二人を見送り、一同はドイツ支部長のところへ行くこととなった。
 ネルフの構造は本部と支部とでは当然全く違う。それを方向音痴のミサトが案内するのだから不安なことこの上ない。
 なんとかたどりついたエレベーターで最下層へ向かう。ドイツ支部第一発令所。見慣れた内装が目につく。どうやらこの発令所だけはどこの支部でも同じ作りになっているようだ。
「よく来たな」
 若い男がそこにいた。まだ四十にはなっていないだろう。ただ、本部の長と同じようにサングラスをかけている。
(あれ、日本語)
 訛りはあるが、きちんとした日本語だった。
「お久しぶりです、ミュラー司令」
「おお、ミサト。元気な、ようだな」
 ところどころ途切れるが、充分に理解できる日本語で、シンジたちにも意味が通じる。
「これで全員か?」
 ミサトが首を振る。
「いえ、一人、アルトと一緒に別の場所へ」
「アルト? ああ、なるほど」
 フリッツ司令は言ってから後ろに控えていた二人の少年を前に出させる。
「紹介する。ここのA適格者、ジークフリード・メッツァ」
 名前を呼ばれて少年が笑顔で頷く。赤毛が混じりで、下半身の筋肉がしっかりしているのが傍目に分かる。
「それから、ヴィリー・ラインハルト」
 一方、背の高い金髪の少年は表情を少しも変えずに頷く。こちらもしっかりとした体格だ。
 先ほどのクラインとのやり取りから考えれば、二人とも日本語は分からないはずだった。その後、フリッツ司令は早口でドイツ語をミサトに話す。通訳を頼む、ということなのだろう。
「この二人と、さっきのアルト、クライン。その四人がドイツのランクA適格者よ。明後日の実験はアスカだけで、四人の実験はまだ先になるから。ちなみに、この二人はサッカー・ブンデスリーガのユースクラブ所属。二人ともドイツの将来を担う選手なのよねー」
 だからしっかりと体が鍛えられているのか、と納得する。そこでメッツァの方からミサトになにやら話しかける。頷いたミサトが通訳するには、
「それぞれ、メッツァ、ヴィリー、と呼んでほしいそうよ」
 メッツァはファミリーネーム、ヴィリーはファーストネーム。先ほどミサトは司令をミュラーと呼んでいた。ドイツでは一般にファミリーネームで呼び合うのがマナーで、ファーストネームは親しくなるか、目上からの言い方でない限り呼ばない。それでもわざわざファーストネームで呼んでほしいというのは何か理由があるのだろう。
 また、メッツァがさらに声をかける。
「さっき、クラインからいろいろあったけど、彼の言い分がドイツ支部の考えとは思わないでほしい、ですって」
「でも、さっきあいつ、そこの二人も同意見だって言ってたやんか」
 トウジがむすっとした声で言う。確かにクラインはシンジのサードチルドレンを認めていないと、それがメッツァやヴィリーも同意見だと言っていた。
 一応確認程度に、とミサトはそのことを伝える。するとメッツァとヴィリーは顔を見合わせ、何かを言い合う。
(何を言っているのかな)
 すると、その二人がシンジを見る。瞬間、背筋が震えた。
 敵視されている。間違いない。
 そしてメッツァがミサトに話しかけた。
「シンジくん、さっきの件だけど」
「はい」
「確かにシンクロ率が高いのは認めているし、本部の意向に反対するつもりはない。ただ、能力的にランクBまで来ていないのに、シンクロ率だけでチルドレンの称号が与えられるのには納得ができない。簡単にまとめるとこういうことらしいわ」
「はい」
 それは自分でもそう思う。シンクロ率など自分にとっては何故高いのかも分からない、非常に不安定な素質にすぎない。それに比べれば、毎日必死に訓練している人たちの方がチルドレンとしてふさわしいのではないか、と思う。
「シンクロ率だけで決められるのであれば、ランクEからランクAまで能力で仕切る必要はない、そのあたりの二重基準が納得できないということみたいね。まあ、だからといってシンジくんが悪いわけじゃないし、二重基準を作った執行部の問題なんだけど」
「いえ、僕も自分がチルドレンにふさわしいとは思っていませんから」
「おい、シンジ」
 ケンスケが小突く。日本を代表している存在なのだから、当の本人にそんなことを言ってほしくないというのがケンスケの希望だろう。
「分かってる。だから、僕は一刻も早く、誰からも認めてもらえるようなチルドレンになるよ」
 それはシンジの決意表明だった。あの内向的な、適格者になることを嫌がっていた彼の台詞とはとても思えないものだ。
 だが、ランクAになってからこの半月の間、たったそれだけの間で彼の考え方は大きく変わった。全力で彼にぶつかってくる仲間たち。みんなが期待してくれるのなら、それに応えたいと思う。
 それも彼の処世術なのかもしれない。だが、今までにない前向きな姿勢は間違いなくプラスに働く。
 ミサトがシンジの言葉を翻訳する。すると二人は少し苦笑したようだ。そしてすぐにメッツァから答えが来る。
「ドイツのセカンドチルドレンに負けないくらいの力を見せてほしい、だそうよ」
 アスカ、あの高飛車な少女のことか。シンジは勝てる気がまるでしなかったが、言った手前、引き下がるわけにはいかない。小さく、だが力強く頷いた。
「あの凶暴そうな女かいな」
「あまり関わり合いになりたくないなあ」
 トウジとケンスケが素直な感想を述べる。ミサトもそれをそのまま伝えた。
 すると、メッツァは大声で笑い、端正なヴィリーも苦笑する様だった。
「確かに二人の言うとおりだけど、あれでもドイツの誇るチルドレンなので、そのくらいにしてほしい、だそうよ」
 メッツァの言葉を通訳するミサトも苦笑気味だ。
「まあ、アスカさんのわがままは今に始まったことじゃないから」
 と、そこに登場したのはアルトとエンだった。支部長のミュラーから叱責のような声と、それにドイツ語で答えるアルト。
「ごめんね、シンジくん。もう終わったから」
 エンは少し表情が柔らかくなっていた。
「大丈夫?」
「うん、心配かけてごめん」
 確かに先ほどの死にそうな表情に比べれば幾分マシ、という様子ではあった。果たしてこの時間、いったいアルトと何を話してきたのか。
「改めて、シンジくん。ドイツへようこそ……って、もう三回目ですけど」
 にっこりと笑う。可愛い笑顔だった。
「ドイツでは通訳が必要だと思いますので、基本的に私が一緒に行動しますので、よろしくお願いします」
 本当にアルトは、エンのことを除けば礼儀正しい、非の打ちどころのない少女だった。シンジも思わず頷いて答える。
「アスカとエルンストはどうした」
 ミュラーからアルトに質問がいく。
「いえ、一緒には行動していないので分かりません」
 アルトは日本語で答えた。今度はミュラーがドイツ語で不満のようなものを口にする。
「ドイツでは私たち三人が優等生なんです」
 アルトがちょっと舌を出しながら言った。私たち、というのはメッツァとヴィリーのことだろう。
「ついでに私がアスカさんのお目付け役なんですよ」
「大変だね」
「それはもう、いろいろと」
 本当にいろいろな迷惑を被っているのだろう。容易に想像がつく。
「この後十六時からミーティングですので、それまでは用意された個室でくつろいでください。ご案内します」
 ほっとした様子がレミやマイから出る。なんとなくぎすぎすした空気が窮屈だった。
「じゃ、後は任せたわよ、紀瀬木さん」
 ミサトが言うと、アルトは頷いて「はい」と答え、メッツァとヴィリーの二人と軽く声を掛け合う。
「何て言ったの?」
「また後でって。皆さんどうぞ、こっちです」
 アルトが先頭に立って移動する。その後ろにシンジとエン、それから残りの六人も続いた。
「紀瀬木さんって、すごいしっかりしてるんですね」
 誰とでも話を合わせ、きびきびと動く姿にシンジは感心していた。日本の適格者にはいなかった存在だ。
「アルトでいいですよ。皆さんも、遠慮せずにそう呼んでください」
 振り返って笑顔で言う。だがエンを見るときだけはどうしても厳しい表情に変わる。
「私はここでは外様ですから、誰とでも話を合わせていかないとやっていけないんです」
 日本人、しかも最初に来たときは満足に会話もできなかっただろうに、それでも彼女はランクAまで上り詰めた。努力の量はきっとシンジの比ではないだろう。
「一人で大変じゃなかったの?」
「ジークとヴィリーがいてくれたから」
 仲間を話すアルトの顔は幸せそうだった。
「辛いとき、苦しいとき、二人が私を励ましてくれたから、なんとかやってこれたんです」
「仲、いいんだ」
「私がこのドイツでたった二人だけ、心を許している仲間です」
 自信のある口調にうらやましさすら感じる。それだけの関係を築くのに、どれだけの時間と問題があったのか。
「シンジくんも、たくさんの仲間がいるみたいですね」
「僕?」
 言われて、そうだったかな、と思い返す。確かに同期メンバー、それにランクAやガードのメンバーを考えれば、大切にされているのは分かる。
「正直、最初にシンジくんを見たとき、すごい、と思ったんです」
「すごい?」
「仲間に思われていて、そして仲間のために勇気を振り絞ることができる。エンのことであんなに怒るシンジくんを見て、私は本当に辛かった。チルドレンってもっとなんていうのか、冷たい人だとばかり思っていたから。あ、でも、会いたかったっていうのは本当なんですよ? 私は日本人っていうだけでいろいろと見られてましたから、サードチルドレンに日本人がなったと聞いて、本当に嬉しかったんです。最初にシンジくんのシンクロ率を聞いたとき、早くサードチルドレンになってほしいってずっと思ってました」
「そんなこと」
 べた褒めされるのは相変わらず慣れていない。ただ、異国の地からこうして気にかけてくれる人がいたことに悪い気がするはずもなかった。
「こう言うのもなんですけど、アスカさんにそうしたところはありません。アスカさんの周りにいる人たちは、みんなアスカさん本人のことを考えてあげてない。アスカさんもそのことが分かっていて、人付き合いのことなんて何も考えてない。考えられないんです。アスカさんは、可哀相な人なんです。だから、あまり嫌わないでくれると嬉しいです」
 だがそこはやはりドイツ支部の所属。アスカに対する気持ちが決して悪いものばかりではない。それにアスカも日本人の血が流れているのだ。
「こちらです。全部で四部屋、ランクA適格者とそのガードで一つずつ部屋を用意しました。一人だと安心できないかもしれないという配慮だったんですけど、個室の方がよかったですか?」
「いいえ、ガードとしては助かるわ」
 リオナが声をかける。ありがとうございます、とアルトは答えた。
「もう荷物は運び終わっています。神楽ヤヨイさん、谷口マイさんは手前右側。その隣が館風レミさんと清田リオナさん。向かい手前がシンジくんとエン。奥が鈴原トウジくん、相田ケンスケくんです」
 ありがとさん、とトウジが言ってばらばらと各部屋に入っていく。そして最後にシンジとエンが部屋に入り、そこにアルトも同行した。
「いろいろとありがとう、アルトさん」
「いいんです。今回、シンジくんが来てくれるっていうことで、この役を立候補したのは私ですから。ただ、最初にあんなことしてしまったのは本当にごめんなさい。最後まで、あの場で問い詰めるかどうか迷ってはいたんだけど」
 さすがに第一印象が悪すぎる。だが、こうして行動を一緒にしているとだんだんアルトの良いところも見えてきた。それに、シンジは決して彼女から悪い印象を持たれていない。シンジが気を悪くすることはエンのことを除けば何もない。
「申し訳ないけど、エン。少し、はずしてくれる?」
 エンはさすがに顔をしかめた。ガードである自分が、シンジを別の人間と二人きりにさせるのは好ましくない。
「大丈夫。私はシンジくんの味方だから、決して危害は加えるようなことはしない」
「シンジくん」
 最終判断は任せる、ということなのだろう。エンは少し困ったようにシンジを見た。
「うん、僕なら大丈夫。僕もアルトさんと少し話したいと思ってたし」
 そう。エンのことをゆっくりと話したい。どうしてそんなに毛嫌いするのか。二人の過去にいったい何があったのか。
「分かったよ。でも、十分だけ。それを過ぎたら戻ってくる」
 もちろんアルトの格闘ランクはシンジより高い。シンジを仕留めるのに一分もかからない。
「うん」
 シンジは笑顔で頷く。もちろんエンのことは信頼しているし、もし自分に危険なことがあったとしたら、きっと全力で助けに来てくれるのだろう。
 そうしてエンが出ていくと、アルトと二人きりになった。女の子と二人きり。そういう意味では全く意識していなかったが、考えてみればこれはカナメのことを考えるとあまりいいとは言えない。
「聞きたいことがあるんです」
 アルトは真剣な表情だった。
「エンのことで。エンがいったい日本で、何をしていたのか、教えてほしいんです」






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