適格者番号:120903002
 氏名:ジークフリード・メッツァ
 筋力 −S
 持久力−A
 知力 −B
 判断力−B
 分析力−B
 体力 −A
 協調性−A
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 25.801%
 ハーモニクス値 32.55
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−B
 格闘訓練−A
 特記:ハンブルガーSVユースチームに所属。












第伍拾漆話



淡き夢より目覚めては












「よう、今到着かい? 随分ゆっくりしてたんだな」
 ネルフドイツ支部入り口から入ってきたヨウに向かって声をかけたのは、ドイツには不似合いの無精髭の日本人だった。
「ま、こちとらやることがいっぱいあるんでね。いろいろと片付けてきたってとこ」
 珍しくスーツ姿のヨウが、肩が凝るという風に首を回す。
「その格好でか? 傭兵らしくないんじゃないか」
「どんな格好だって問題はねえよ。一番問題なのは、護衛のターゲットが傍にいないことだ」
「ごもっとも」
 そう言って彼の方から手を差し出してくる。
「わざわざ来てもらって悪いな、ヨウ」
「気にするなよ。アンタには借りもあるしな、加持センパイ」
 二人は握手をかわすと近くの自販機まで近づき、そこに腰を下ろす。
「ま、何もないところだが、のんびりしてってくれ。たまには休暇も必要だろ?」
「それじゃまるで、俺が遊びに来てるみたいじゃねえか」
「違うつもりか? 日本国内にいるよりずっと護衛は楽だろ。それに今、彼には同じ適格者のボディーガードもつけてもらってるんだろ」
「おかげで監視する労力が減って助かってるよ」
 いまいましそうに言う。
「そのかわり、仕事が増えた、か?」
「アメリカも中国も、本当、しつこすぎるぜ。手加減ってものを知らねえ。ま、その点からいけばアンタの勘はばっちりあたってたよ、センパイ」
 加持の顔つきはまるで変わらない。少しとぼけた笑みを見せながら、コーヒーをすする。
「AOCか。アメリカCIAの直轄にあるという暗殺者集団。その人員も何もかもが極秘とのことだったが」
「実際分からないことだらけだぜ。CIAの内部にある極秘組織なだけに、手の出しようがない」
「それがサードチルドレンを狙っているんだな?」
「まだ表立っては動いてないが、まあ間違いないだろ」
 アメリカは使徒戦争後の世界政治においてリーダーシップを取ろうと考えている。そのときにチルドレンがいては不都合なことが多い。だからこそサードチルドレンは狙われる。
「前に聞いたときは、AOCは解体されたと聞いたが」
「それがな、センパイ。既に暗殺者は世界各国に散らばっていて、それは解散される前の段階の話なんだ。日本で昔あった『草』と同じで、その国に住んで普段は何も変わりなくすごしているが、いざ命令がくだったら必ず実行に移す。そんな奴らが地球上に何人いると思う?」
「さあ、俺には分からんが」
「百はいない。だが、十や二十なんて数字じゃないのも間違いないぜ。本部なんか解体したってかまわない。事情を知っているトップの人間がGOサインを出せば、そいつらは間違いなく暗殺しに動く。AOCってのはそういう組織だ。いや、組織なんてのもおかしいな。そいつらは常に単独で動く」
「ドイツにもそれがいるってことか」
「ああ。もちろん、日本にもな」
 二人は声量は落としているとはいえ、誰が来るとも分からない場所で淡々と情報交換をしている。
 無論、盗聴されていないことが二人とも分かっていて、常に周囲に気を配って近づくものがいないかどうかを確認しているからできることだ。
「しかしAOCとはな。あれの暗殺成功率は百%だと聞いているが」
「それは誇張さ。だいたい、AOCが解体されたのは、一人の人間の暗殺に失敗したせいだ。センパイらしくないな、そんなことも知らなかったのか?」
「まあ、こっちはこっちで手一杯だからな。それで、誰の暗殺に失敗したんだ?」
「日本国総理大臣、御剣レイジ」
 それはまた、重要人物の名前があがった。
「とはいえ、当時はまだ外務大臣だったがな。ほら、国際連合本部の誘致合戦。あれの担当だった御剣首相を暗殺しようとしてたが、部下の裏切りで失敗したって話だ」
「裏切り? まさか、暗殺者が、寝返ったということか」
「そのまさかさ。ま、俺も人づてだからそこまでしか知らないけど、詳しいことはそいつに聞くんだな」
「誰だ?」
「剣崎。ネルフの裏のことならけっこういろいろ知ってるぜ」
「剣崎か……」
 剣崎キョウヤは加持の同級生だ。加持の、というよりも加持やミサト、リツコらの、というべきか。よく四人で遊んだりもしたものだが。
「ま、終わったことだけどな。いずれにしても、人間のすることに完璧はないってことだ」
「そうだな。ベネットもさぞ残念がっただろう」
 アメリカ大統領ベネット。今ネルフ本部にあれこれとしかけているのは全てベネットの仕組んだことだ。それは間違いない。
「さて、それじゃ逆に情報をもらおうか、センパイ」
「なんのことだ?」
「とぼけなくたっていい。肝心要のドイツはどう考えてるのかって話さ」
 加持は顔をしかめる。
「センパイがドイツにいるのはセカンドチルドレンがいるからなんかじゃない。アメリカや中国よりもドイツの方が危険だと考えたからだ。もちろん、あの『ミュンヘンの石碑』も含めてな。そのドイツがどう考えてるのか教えてくれないのは、ちょっとばかし不公平ってもんじゃないか?」
「まあ、ドイツがどう動いても、俺やお前には何の影響もないけどな」
 加持は顎髭を触ってから答えた。
「ドイツの狙いは、EU圏の盟主になることだ」
「そっちが狙いか。別に世界政治がどうこうってことじゃないんだな」
「アメリカ経済圏がセカンドインパクト以後落ち込み、逆にユーロを導入したEU経済圏が飛躍的に伸びた。もちろん復興に成功した日本もな。現在の取引額は一位がユーロで二位が円、三位がドルだ。要するに、EU圏をおさえてしまえば世界経済もおさえがきく、ドイツの狙いはそこだ」
「都合のいいことに、セカンドチルドレンに加え、四人のランクA適格者か」
「ああ。イギリスに一人いるが、あそこはポンド経済圏だからな。ユーロを導入している国で強敵なのはそうなると」
「フランスか。だがフランスにはランクA適格者すらいない」
「だからドイツはここがチャンスだと考えている。使徒戦争でリーダーシップを取りEUの中では絶対的な権限を手にするつもりということだ」
「それが第二次大戦でやられた相手の復讐にもなるってことか」
 だが、それでだいたいの構図は見えた。EUの問題は所詮EUの中でのことにすぎない。盟主がフランスだろうがドイツだろうがイギリスだろうが、日本の対応が変わるわけではない。
「だとすると、日本はドイツと協力するつもりか」
「可能性はあるだろうな。フランスはエヴァンゲリオンにかかわれない分、N2などの熱量兵器の方が好みだ。日本とは肌が合わないだろうしな」
「イギリスは?」
「そっちはもっと複雑だ。最悪イギリスはEUからの脱退もありうる」
 さすがにその情報はヨウをして驚かせた。
「何故だ?」
「それがイギリス流の考えなんだろうさ。大陸の人間とは肌があわないという考え方が伝統的に根強いからな、あの国。日本だってそうだろ?」
 なるほど、と頷く。
「ギリシャは?」
「は?」
「いやだから、ランクA適格者を二人抱えてるギリシャはどうかって聞いたんだが」
 加持は両手をあげた。
「そこに気づくとは、おそろしいねえ」
「何かあるんだな?」
「あるともないとも言えないな。ただ一つはっきりしているのは、ギリシャは日本よりに考え方を変えた。これは間違いない」
「何故?」
「さあ。ただ、ギリシャが日本に歩み寄ることで他の国は動き方が変わるだろうな」
 ドイツとギリシャが日本寄りになれば、フランスやイギリスは近づきづらいということになる。もちろん、あの御剣レイジが無碍にするなどということは考えがたいが、世界政治はそうなんでもうまくいくわけではないのも確かだ。
「分かった。じゃあ、ドイツというか、EUについて俺が心配することはないんだな?」
「今のところは。むしろドイツよりもイギリスだな。あっちはどう動くか見えない」
「了解。貴重な情報、ありがとさん」
 ヨウは立ち上がり、紙コップをリサイクルボックスに入れる。
「今度はまたゆっくりと話を聞かせてくれよな。俺はとりあえず、この中を見回ってくる」
「仕事熱心だな」
「そりゃ、あんたの依頼だからね、加持センパイ」
 加持は肩をすくめた。






「その前に、僕からも質問があるんだけど」
 エンについて知りたいと言ったアルトに対し、シンジも言葉を選びながら尋ねる。
「エンくんとアルトは、どういう関係なんですか?」
 逆に質問されてアルトが少し戸惑う。
「あまり、言いたくないんですけど」
 だが自分ばかり一方的に尋ねるのも悪い気がしたのか、アルトは考えてから答える。
「エンの出身地、聞いてますか」
「ううん」
「私もエンも、第一東京出身なんです」
「第一東京?」
 当然その名前を知らない日本人はいない。旧首都。セカンドインパクトと六カ国強襲、二度の被害を受けて滅びた一千万人都市。
「私とエンは、あの六カ国強襲の日、東京にいたんです」
 目を見張った。ということは、二人は。
「私たちは、六カ国強襲の生き残りなんです」
「生存者はほとんどいないって聞いてたけど」
「はい。私たちがごく少ない例外です」
 六カ国強襲。つい先日、歴史の授業で勉強したばかりだ。
 二〇〇八年九月。中国、韓国、北朝鮮、インド、パキスタン、バングラデシュの六カ国が、復興著しい第一東京を襲撃。国際連合本部が日本になることに反対した中国・韓国の暴走ともいえる事件だった。これにより、中国の発言権は低下し、常任理事国を返上。かわりに日本が常任理事国となる。
 もっとも、六カ国の思惑は別にあり、政治的な問題よりもむしろ社会・経済的な事情が裏に潜んでいる。セカンドインパクト以後、人口の多い国は慢性的な食糧不足となっていた。中国、インドはもとより、気候的な条件のよくない韓国、北朝鮮、そして人口の多いパキスタン、バングラデシュが中国の口車にのせられた格好となった。
「ミサイルの雨が降ったあの日から、私たちは地下のシェルターにこもっていた。何日も何日も暗いところで、ミサイルが起こす地震に怯えて暮らしていた。そして、しばらくして何も音が聞こえなくなった。だから私たちは外に出たんです。そこはもう、地獄でした」
 彼らは見た。倒壊した建物を。いたるところに倒れて腐っていく人間を。残党狩りと称して乗り込んできた鬼畜たちの姿を。
「私たちは逃げました。足が痛くてもう走れなかったけれど、それでもエンとお姉ちゃんが私を引っ張ってくれたんです」
「ちょっと待って」
 シンジがその話を途中でさえぎる。
「お姉ちゃん?」
「はい。あのとき、シェルターまで逃げられたのは私たち三人だけでした。私と、エン。それから、ノアお姉ちゃん。私の双子の姉です」
「アルトにお姉さんが」
「なんとか逃げて、逃げて、ようやく一息ついたときに見たんです」
「何を?」
「それは──いえ」
 ぶんぶん、と彼女は首を振る。
「関係のない話でした。とにかく、その逃亡の最中、エンは私の姉をピストルで撃ち殺したんです」
「え」
 シンジの体が固まる。突然の告白に、どう反応していいか分からない。
「私にも、全く分かりませんでした。逃亡に疲れて、壊れた建物の隙間みたいなところでようやく一息ついたところでした。私が疲れて眠っていたときです。エンは突然銃を抜いて、姉に突きつけました。それから言ったんです──『もっと早くこうしていればよかった。ごめん、ノア。ごめん、アルト。二人とも。本当にごめん』──何か理由があったのは間違いありません。でも、どんな理由があっても、優しかったお姉ちゃんを殺すなんて」
「ま、待って」
 シンジは今の話を振り返る。何かおかしいことが多い。そして、そのおかしさにアルト自身が気づいていない。
「六カ国強襲って、もう七年近くも前のことだよね。そのとき三人は」
「まだ六歳でした。確か、ちょうどエンが七歳になったばかりです」
「七歳の子供がピストルで撃ち殺したの? そんなことって」
「ありえない、ですか? でも、エンが殺したのは間違いないです。だって、私、それを目の前で見たんだから!」
 何故か彼女の語調が上がっている。
「そこだよ、もっとおかしいのは」
「え?」
「だって、アルトは眠っていたんでしょ? それなのにどうして、殺害現場を見たって言えるのさ」
「それは──」
 アルトは答えようとして、言葉を探す。
「私は寝てた。それは間違いない。でも、目の前でお姉ちゃんが撃たれて、それを私は見てた──それなのに、私は起きて、お姉ちゃんが死んだのを見た……?」
 記憶が混乱したかのように、彼女は頭を抱える。
「アルト?」
「いやっ!」
 近づくシンジをアルトが振り払う。
「どうして?」
 アルトは涙を流していた。
「お姉ちゃんが殺されたのを私は見たのに、それが思い出せるのに、どうしてお姉ちゃんが殺されたときに私は寝ているの!?」
 それはシンジが聞きたい。
 だが、その切実な表情に、答を言うことができない。
「撃たれたのはお姉ちゃん。見ていたのは私。寝ていたのは私。撃ったのは──」
 突如、彼女の顔が青ざめる。
 そして、彼女は一目散に部屋を飛び出していった。
「シンジくん!?」
 外にいたエンがシンジに駆け寄る。
「何があったの?」
「うん。話していたら、突然アルトが混乱して、飛び出していったんだ」
「もしかして、六カ国強襲の話をしてたの?」
 うん、と頷くとエンは困ったような顔をした。
「本当に、エンくんがノアさんを?」
「それも聞いたんだ。本当だよ、ある意味ではね」
 エンは呻くように言う。
「話の流れは分からないけど、もしかしたらアルトはものすごい勘違いをしたかもしれない」
 エンの表情は険しい。
「行ってきていいよ」
 シンジが自由行動の許可を出す。
「でも僕は」
「僕なら大丈夫。エンくんが帰ってくるまで部屋でじっとしてるから。だから今は、アルトを追ってあげて。エンくんだって、アルトのこと、凄く気にしてるんでしょ?」
 エンは少し迷ったが、強く頷く。
「ごめん、シンジくん」
「いいよ。いつもエンくんに迷惑かけてるのは僕の方だから」
 エンは謝るとすぐに立ち上がって廊下に飛び出していく。
(やっぱり、アルトのこといろいろ考えてるんだな)
 二人が離れていたのは七年近く。だが、それでもエンの中ではアルトの存在がかなり高いところにあるのは間違いない。
 少し安心しながら、シンジはエンの姿が見えなくなったのを確認して部屋に戻ろうとした。
 その瞬間だった。
「──!」
 後ろから、誰かに押さえつけられ、顔にハンカチを当てられる。
 シンジの意識は、すぐに暗転していった。






次へ

もどる