適格者番号:120903005
 氏名:ヴィリー・ラインハルト
 筋力 −A
 持久力−S
 知力 −B
 判断力−B
 分析力−B
 体力 −A
 協調性−A
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 24.698%
 ハーモニクス値 34.01
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−B
 格闘訓練−A
 特記:ハンブルガーSVユースチームに所属。












第伍拾漆話



深き那落へ、沈みゆく。












「シンジくんがロスト?」
 葛城ミサトのところに入った一報は彼女を完全に混乱させた。
「どういうこと? ガードのエンくんは?」
『いないな。二人とも行方不明だ』
 ミサトのところに連絡をしてきたのはヨウ。見回りついでに適格者たちの部屋の防犯設備を確認しておこうと思ったら、シンジとエンの二人がいない。おかしいということで連絡を取ってみたら案の定、全く行方が分からない。
「何をそんなに落ち着いているのよ!」
『まだシンジには危害が加えられていないだろうからさ。薬品を使用した後がある。廊下のところだ。鑑識に確認させろ。多分クロロホルムかなんかだろ』
「じゃあ、誘拐!?」
『だろうな。ま、誘拐だっていうんだったら死ぬことはないだろ?』
「馬鹿言ってんじゃないわよ! シンジくんがいなくなったら世界がどうなるか分かってんの!?」
 ミサトは思わず怒鳴りつけた。だが、考えてみれば相手に怒鳴ったところで仕方がない。内部のガードをエンに任せ、外敵からはヨウが取り締まる。それは保安部が決定したことだった。
『落ち着けよ。まずは古城エンを呼び出して状況を確認しろ。後はまあ、犯人のアテはあるからゆっくり待ってるんだな』
「犯人って」
『四時のミーティングは間に合わんだろうが、夜には二人とも部屋に戻しておけば問題ないだろ?』
 軽い口調だった。
「任せていいのね」
『ああ。ヘタに動かれても困るんでな。シンジがいないって他のメンバーから騒がれてもまずいだろ。だから先に連絡しただけだ。もし他の適格者から何か言ってきたらうまく切り抜けろ』
 なるほど、情報を先に抑えておけばいくらでも手の打ちようがあるということか。
「夜、でいいのね」
『ああ。何考えてるか知らないが、それまでには見つかるだろ』
 その推測される犯人が誰なのかは分からないが、ヨウに自信があるというのなら。
「じゃあ、お願いね」
『安心しな。とにかく、ミーティングの方はうまくつなげよ。じゃ』
 通信が切れる。やれやれ、とミサトはため息をつく。
 直後、連絡が入った。
『ミサトはんでっか?』
 トウジからの連絡だった。
「ええ。どうしたの?」
『いや、そろそろミーティングなんでシンジの部屋に来たんですけど、誰もおらんのでもうそっちに行ったのかと思いまして』
「ああ、そのこと。シンジくんとエンくんは今日のミーティングにはちょっと参加できないの。もう部屋にはいないと思うから、二人のことは気にせずそのままミーティングルームに集合してちょうだい」
『そうやったんですか。わかりました』
 そして通信が切れる。間一髪だった、というところか。
(これで見つからなかったりしたら、ただじゃおかないわよ)
 シンジ行方不明。このことを知っているのは現状でまだ、ミサトとヨウの二人だけなのだ。






 そのヨウはお目当ての人物のところにやってきていた。
 彼はとっくに部屋に戻ってきて、パソコンを使ってなにやら作業をしている。
「お、今度はどうした?」
 加持リョウジ。何食わぬ顔をしながら、心の底では何を考えているのか。だが、自分は誰が何を考えていようと問題ない。ただ自分がやるべきことをするだけだ。
「碇シンジをどこに隠したんだ、センパイ」
 突然の台詞に驚きを見せる加持。
「演技はしなくてもいいぜ。センパイの落し物、シンジの部屋の前にあったから」
「おいおい、何のことだ?」
「薬を使って碇シンジを誘拐し、ドイツ支部を混乱させてから何をしようと企んだんだい、センパイ。残念だけどミーティングが始まっても混乱は起きないぜ。シンジとエンは別命により今日のミーティングは出席できないことになったから」
 加持は肩をすくめて「まいったな」とぼやく。
「というわけで、碇シンジを解放してくれるか」
「手回しがよくなったな。ただの傭兵には惜しい腕だ」
「褒めても何も出ないぜ。それよりセンパイは混乱を起こしてから何をしようとしたんだ」
「欲しい情報があってな。まあ、リッちゃんが持ってきた情報も興味はあるんだが、俺が今調べているのは別件でね」
「協力、できるかもしれないぜ」
 ヨウがニヤリと笑う。
「もちろん、センパイの話す内容にもよるけどな」
「なんだ、お前も共犯者か」
 加持は苦笑する。
「で、センパイがドイツにいるのはいったいどういう理由なんだ?」
「ああ。ゼーレという組織が進めている、人類補完計画というものについてな」
 人類補完計画。その用語がかなりヤバいものであるというのは予想がつく。
「変な名前だな。なんだい、それ」
「要するに人類という種を確実に残すための計画だな。その中の一組織であるハイヴっていうところが、妙な研究成果をあげてな。その経過観察と、あわよくばその計画の一部始終を手に入れるのが目的だ」
「物分りがよくなったね、センパイ」
「まあ、お前ならバラしても問題はないさ」
「で、その研究成果って?」
「ああ」
 加持は近くにおいてあった冷めたコーヒーを含む。
「一つは人工的な二重人格の形成」
「人工的?」
「ああ。これはまあ、生まれてから数年間の教育によるものだけどな。一つの個体の中に複数の人格を持たせる方法がある、って話だ」
「へえ。でも、それがどうして人類補完計画とつながるんだ?」
「それがもう一つの研究だ。それは、記憶を共有する方法」
「記憶の共有?」
「そういうことだ。つまり、一人の人間の思考が別の人間に受け渡される。それを人類全員で行うことができれば思想は統制される」
「ひどいアニメみたいだな」
「全くだ。だが、それが現実に成功しつつある」
「しつつある、ってことはまだ成功していない?」
「ああ。成功データは一つあるんだが、問題があってな」
「問題?」
 加持がコーヒーカップを置いた。
「一卵性双生児じゃなきゃできない、という点だ」






 エンは走った。
 まだこのドイツ支部のどこに何があるかなど全く分からない。だが、靴音の消えた方向へとただ走った。
 途中からまったく分かれ道がなくなり、ただひたすらまっすぐな廊下が続いている。別棟に続く通路なのかもしれない。
 ここで追いつかなければ、もう見つけられないかもしれない。
 そう。
 シンジとアルトが話したことによって彼女に変化が起こったのなら、今すぐに話をしなければならない。今でなければ全てが遅い。
 何故なら彼女は、あの東京襲撃からずっと目覚めずに眠っていたのだから。
(いた)
 廊下の途中。
 左手で胸をおさえ、右手を壁につけて、呼吸を整えようとしている彼女。
(間に合ったか)
 だが、エンは急いで近づこうとはせず、ゆっくりと歩いて警戒を抱かれないようにする。
「アルト」
 呼びかけた彼女がゆっくりと振り向く。
 その目の輝きが、既に変わっていた。
(ああ)
 ついに、帰ってきた。
 絶対に。
 絶対に。

 二度と、会いたくなかった彼女が。

「目が覚めたのかい?」
「ええ」
 彼女は今まで息を切らせていたことなど微塵も感じさせずに言う。
「久しぶりね、エン」
「そうだね」
 エンは困ったように、ただ笑うしかないというように苦笑して応えた。
「久しぶり、ノア」
「この私が『ここ』に出てこられるとは思わなかった」
 彼女は両手を自分の胸の前に当てて言う。
「あなたのおかげかしら、エン?」
「僕は何もしていない」
「そうね。私を殺したのはあなただもの」
 不思議な感覚だった。
 同い年なのに、常に二つか三つ、年上のような素振りをする彼女。
 アルトが子供っぽく、守ってやらなければと思わせるのと全く両極端。
「どうする、私も殺す?」
「まさか」
 エンは首を振る。
「僕はアルトを守りたい。それだけだ」
「そのために邪魔者は全て排除するんだ」
 くす、と彼女が笑う。
「でも、アルトの心はこの中」
 彼女はいとおしそうに、自分の胸を押さえる。
「それで、どうやってアルトを守るつもりなの?」
 エンは唇を噛む。
 結局問題はそこに行き着く。
「だいたい、あなたが殺したのは私かもしれないけど」
 ノアが敵意のこもった眼差しで問う。
「あなたは『もう一人のアルト』も殺したのよ」






「ぬぁんでサードが来てないのよっ!」
 ミーティングは冒頭から荒れ模様だった。
 到着したばかりのときにシンジたちと一悶着起こしたセカンドチルドレンこと惣流・アスカ・ラングレーとしてはこのミーティングが格好の仕返しの場だと考えていたのだろう。
 それが当の本人がいないとなれば肩透かしもいいところだ。
「うっさいのう。別にセンセが実験するわけやないし、かまわんでええやろ」
「ジャージは黙ってなさい! アタシは! チルドレンのくせにミーティングに出てこないのに怒ってんのよ!」
「今日のアスカさんは随分と荒れてますねえ」
 レミが言うと、ヤヨイがまたそれに反応する。
「……あの日?」
「しまいにゃしばくわよ、そこの二人!」
 レミがまた隠れるフリをする。要するに怖がるフリをしながらアスカをからかっているだけなのだ。
「おまけにそっちはもう一人来てないみたいだし?」
「そりゃそうだろ。エンはシンジのガードだからな。シンジと一緒に行動してるに決まってるだろ」
 ケンスケが『そんなことも分からないのか』口調で言う。
「それに、ドイツの方もよく見るとお一人、足りないみたいですけど?」
 リオナが敵意むき出しで言う。リオナは最初からアスカのことを気に入っていなかった。それにむっとしたアスカがヴィリーとメッツァにドイツ語で「アルトはどこよ」と尋ねたが、二人は肩をすくめて「分からない」としか答えなかった。
「まあ、いないものは仕方がない」
 支部長のミュラーがミーティングの開始を宣言する。
「まず、明日の準備について説明をする。各自、手元の資料の一枚目」
 ミサトは資料に目を落としながら、心の中でヨウに呼びかけていた。
(頼むわよ)
 どう出るかは分からない。だが、今は彼に全てを委ねる他はなかった。






次へ

もどる