「しっかし都合よくアメリカCIAの連中が見つかったもんだな」
 盗聴機能が解除されている電話でヨウはリョウジと連絡を取る。
『いざというときのために泳がせておいたんだが、今回はうまくいったようだ。で、その三人は?』
「三人とももう眠ってるぜ」
 今は三つになった死体。最初にシンジを誘拐したのがリョウジだという証拠を隠すためには、全ての罪をこの三人に着てもらう。死人に口なしだ。
「で、これからどうするつもりだ?」
『何、しばらく様子を見るさ。エンという子が来てくれたおかげで、標的は随分不安定になっている。初日からこの状況なら、滞在中にもう一度入れ替わることだってあるかもしれないだろ?』
「仕事熱心だねえ」
『なに、単なる趣味さ』
 確かにリョウジは自分の好みで仕事を選ぶ。納得がいくまで自分の目で見て、足で情報を稼ぐ。そういう男だ。
「金さえもらえば充分だと思うけどな」
『お前さんはそれでいいのさ。全員が同じ考えなんてつまらないって言ったのはお前さんだろ』
 そうだった。ヨウは苦笑して電話を切る。
「さて、あとは葛城さんにどう説明するかだな」
 銃による死者が二名。毒による死者が一名。
 一人は捕らえようとしたが、服毒されたと説明するためにだ。
(アメリカのことはしばらく黙っててもらった方がいいだろうな)
 アメリカはシンジ殺害におそらく全力を注いでくるだろう。噂のAOCを投入してくるに違いない。そうなったとき、自分はシンジを守れるか。
(ま、仕事だからな)












第陸拾壱話



空虚な想いのその訳は












「僕が、誘拐されてた?」
 シンジは部屋に着いてからようやく事情を知らされた。うん、とエンが頷く。
「分かってなかった?」
「うん。さっきエンくんを見送ったら、そういえば誰かに突然後ろから」
「薬で眠らされたみたいだね。それからずっと眠ってたんだ」
「そうみたい」
 いきなりの展開でようやくシンジも危険であったことが分かってきた。まさか自分がこのネルフ支部内で襲われるとは思ってもいなかった。
「やっぱり、アメリカ、なの?」
「ヨウ先生が言ってたけどそうみたいだね」
 エンがいなくなった直後にあっさりと捕まってしまう自分も間抜けだが、そうなるとアメリカはずっと自分を監視しているということだろうか。
「シンジくんは必ず誰かといるようにね。もうこんなことがないように、僕がずっと一緒にいるつもりだけど」
「ごめん」
「いいんだよ。それが僕の役割だし、それにシンジくんと一緒にいるのは楽しいしね」
 思わずシンジが赤くなる。
「ありがとう」
「うん。それじゃあ──」
 と言ったところで内線が鳴った。
「はい、こちらエンです」
『ああ、エンくん。シンジくんは?』
 声はミサトのものだった。
「無事です」
『そう。今、ヨウくんから連絡があったから大丈夫だとは思ったけど、念のため確認ね。出してくれる?』
 シンジはヨウから受話器を受け取る。
「シンジです」
『ああ、シンジくん。よかった。どう、具合が悪いとか、怪我したとかない?』
 純粋な心配。さすがにネルフ支部内での出来事だけにミサトも冷静ではいられないだろう。
「大丈夫です。ちょっとまだ薬が残ってるのか、体がだるい感じがしますけど」
『夕食までゆっくりしてていいわよ。こっちはもうミーティング終わってるし、もしかしたらみんなそっちに行くかもしれないけど』
「大丈夫です。何もなかったことにすればいいんですよね」
『OK。アメリカとの摩擦もあるし、それにドイツ支部の体面や、エンくんの処罰の問題にもなるしね。明るみに出さない方がいいでしょ』
「はい」
『それじゃ、また後で。今度はちゃんと来るのよ』
「はい」
 そうして通話が切れる。
「でも、本当に何もなくてよかった」
 エンが言うので、ありがとう、と答えた。






 夕食は日本人ご一行とミュラー支部長、そして通訳も兼ねてアルトが一緒にいた。他のランクA適格者やアスカは参加していない。
「こういうときくらい、一緒にいればいいのに」
「あまり仲良しにはなれそうにないですけど」
 リオナが言うとレミが答える。それもそうか、とリオナがあっさり認めた。
「ドイツの食事はどうですか」
 アルトがシンジに尋ねる。
「あ、うん。すごくおいしいよ」
「よかった。やっぱり、少しでもおいしいものを食べてほしいですから」
「おいおいセンセ、こっちで他の女の子と仲良くしてると、帰ってから美綴に大目玉なんとちゃうか」
「なっ」
 トウジがからかうのでシンジは真っ赤になって反論する。
「そういうつもりで話してたんじゃないよ!」
「分かってる分かってる。紀瀬木は古城一筋やもんなあ」
 が、それは地雷だったらしい。突如アルトの顔から表情というものが消えて、冷たい視線がトウジを射抜く。
「そのつまらない冗談は何のつもりか説明してもらいましょうか」
「あ、え?」
「早く謝った方がいいみたいだぜ、トウジ」
 ケンスケが言うが、助ける気はさらさらないらしく、食事に没頭する。
「ヤヨイさん、サトイモも食べないと駄目ですよ」
 突然マイに指摘されたヤヨイが、分かりやすいくらいびくっと反応している。
「……鬼」
「ぼそっと何ひどいこと言ってるんですかっ!」
 なんともにぎやかな食卓だ。それらを見ていたミュラーが苦笑しながら食事する。
「申し訳ありません、海外に来るのは初めての子ばかりですから」
 ミサトがドイツ語で話しかける。
「かまわんよ。子供はこうやって元気であるべきだ。その点、ドイツの適格者たちはみんな真面目すぎでね。食事をしてもあまり面白くない」
 それは褒めてもらっているということなのだろうか。まあ、気分を害していないのならいいのだろう。
 そうして食事が終わり、それぞれ部屋に戻ることになったが、その帰り道のことだった。
「もしよければ、中庭の方に出てみませんか」
 アルトが提案し、いいよと誘いに乗ったのはシンジとレミ。当然、エンやリオナもついてくる。トウジはおなかがいっぱいで横になりたいと断り、ヤヨイは既に歩きながら夢の中だった。時差ボケという奴だろうか。
 中庭は地下だというのに自然の風が吹き込んでいて快適だった。
「広いね」
「ええ。あそこにサッカーグラウンドがあるんですよ」
「本当だ。誰かいるみたいだけど」
「多分、ヴィリーとメッツァです。行ってみましょうか」
 そうしてぞろぞろと五人でグラウンドの方まで行く。
「ヴィリー! メッツァ!」
 汗を流していた二人に声をかけるアルト。真剣だった二人の表情がすぐに柔らかいものに変わった。それからドイツ語であれこれと会話する。
「何て言ってるんだろう」
「さあ。すぐに教えてくれるんじゃないかな」
 するとアルトがシンジたちに言った。
「シンジくんたちは、四月六日、暇?」
「えっと、確か一日中自由だったと思うけど」
「予定とかは?」
「特には何も」
「だったら、二人の試合を見に行きませんか?」
「試合?」
「そう。ヴィリーもメッツァも、ハンブルガーSVユースの一員で、ポイントゲッターだから。本当は試合は五日の日曜日だったんですけど、ネルフの都合で試合を次の日にしてもらえたんですって」
「僕はかまわないけど、エンくんは?」
「僕はシンジくんについていくだけだからね」
「レミは?」
「私もだいじょーぶ。リオナさんもいい?」
「もちろん。本場のサッカーも見てみたいし、ちょうどいいわ」
「じゃ、後は他のみんなだね。それに、もしかしたら他の国からも今回の起動実験を見学に来る人がいるんじゃないかな」
 シンジが言うとアルトが少し考える。
「多分そうだと思います。でも、他の国は他の国で行動スケジュールがあるでしょうし、もし時間がつけばっていうことでお誘いします」
「うん。じゃあ、ありがたく行かせてもらうよ」
 シンジがはっきりと答えたようなのを見てから、ヴィリーがアルトに何やら話しかけた。
「何だって?」
「ええと」
 アルトが少し困ったように言う。
「よければ、サッカー、一緒にしていかないかって」
「ええっ!? でも、レベルが違いすぎるし、僕は全くやったことないし」
「ドイツにも初心者の子って少なくないですよ。私もよく二人に混ぜてもらってますし、そういうときは二人とも手加減してくれますから」
「なるほど。二人なりに親睦を深めてくれようとしてるってことだね」
 エンが言うと、ヴィリーもメッツァも笑顔でこちらを見ていた。
 話は通じなくても、スポーツとか音楽とか、同じことをしていれば気持ちは通いあうもの。
「うん、そういうことなら」
「よーし、がんばれシンジくん!」
「何言ってるの、レミも清田さんもやるんだろ」
「ええっ、ボク?」
「私はいいわよ。レミもやりましょう?」
「あ、でも、ボク、ほらっ! 背も小さいし、それにアルトさんが入ったら奇数人数で一人余るし」
「私は審判してますから」
 アルトがあっさりと言う。どうやらレミは逃れられないらしい。
「ふえええ」
「じゃ、チーム分けだけど」
「メッツァくんとヴィリーくんが別々で、それから私と碇くん、古城くんとレミの組み合わせでいいんじゃない?」
 確かに実力的にも男女比的にも問題ない組み合わせだ。
 というわけでチームは、メッツァ、シンジ、リオナのAチームと、ヴィリー、エン、レミのBチームに分かれた。
「容赦しないよ、シンジくん」
「少しは手加減してよね」
 さすがにコートは普通のサッカー場では広すぎるので、屋内に移動してフットサルコートを使うことにした。
 ヴィリーとメッツァが基本ゴールキーパーに攻撃参加も行い、シュートは禁止。なるべくパスを回す役割。基本は日本の四人が動く形となる。
 メッツァからの優しいパスが足元に吸い付くように届く。これがユースの実力というものか。
「シンジくん、シュート!」
 アルトの声がする。シンジは迷わずボールを蹴った。ヴィリーがなんとかそれを手で弾く。
「もらいっ!」
 リオナが華麗なボレーシュートでこぼれだまを決めて一点先制。
「上手だね、清田さん」
「まあね。こう見えても一通りのスポーツはやってるから」
 ふふん、とリオナが格好をつける。
「じゃ、私がエンくんマーク、碇くんはレミを」
「分かった」
 ヴィリーがボールを持ってもシュートは打てないルールだ。ならば二人を確実に押さえ込めば必ずボールは奪える。
 だがヴィリーは壁にボールを当てて、リオナの裏にボールを出した。
「しまった!」
「遅いよ!」
 エンがそのままゴール前に切り込んでいく。メッツァがそれを防ごうとするが、エンはそこでラストパスをレミに出す。
 シンジはそれをカットしようとしたが、ヴィリーがうまく壁役になって進路を防ぐ。うまい。
「えいっ!」
 レミはインサイドでうまくボールにあわせてゴールに入れる。一対一。
「やったーっ!」
 おおはしゃぎのレミ。最初にしぶっていたから、逆に二人が気遣って目立たせたということか。
 楽しかった。
 こうやって仲間と一緒に体を動かすということがとても楽しかった。
(ああ、そうか)
 ヴィリーとメッツァが自分たちをサッカーに誘ったわけ。
(確かに、言葉はなくても一緒に楽しんでいるっていう気持ちは共有できるんだ)
 そのフットサルは、四人が息切れするまで、二十分も続いた。






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