適格者番号:130407002
 氏名:サラ セイクリッドハート
 筋力 −C
 持久力−C
 知力 −B
 判断力−A
 分析力−A
 体力 −B
 協調性−B
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 37.011%
 ハーモニクス値 41.33
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−A
 特記:日本に五年留学した経験あり。帰国後、イギリス諜報部で半年の訓練を経た後、ネルフに所属。












第陸拾伍話



瞳の中に閉じ込める。












 食事が終わり、一人増えたメンバーはバスに乗ってネルフへ戻る。
 その間、サラを中心とした会話はとどまるところを知らなかった。全員の名前に始まり、家族構成から好きなものやスポーツまで、ありとあらゆるところに話を広げていく。
「私はモチロン、サッカー大好き! ほら、ドイツにはハンブルクユースの選手がいるっていうじゃない、すごい興味あったんだ」
「はい。ヴィリーとメッツァですね。二人ともいい人です」
「ネルフでランクAなら、サッカーではユースの代表。会うのが楽しみ!」
 サラの顔からは笑顔が絶えない。ふと気になったシンジが尋ねる。
「そういえば、サラさんは随分日本語が上手ですね」
「よくぞ聞いてくれましタ!」
 最後だけ妙にアクセントがおかしかったが、あまり気にしない。
「実は私、五年くらい日本で暮らしてたの」
「へえ、どのあたり?」
 リオナが気になって尋ねる。
「キョート。まあ、日本のあちこち旅行したけど」
「京都は比較的被害を受けなかったからね。いつごろ?」
「七年から十二年。で、戻ってきてから適格者テスト受けたら合格したから、そのまま」
「で、そこから怒涛の順調出世をしたっていうわけか」
 ケンスケの言葉にシンジがきょとんとする。
「順調出世?」
「なんやセンセ、そんなのも知らんのか」
「いや知ってるけど、サラさんがそうなの? 確か本部でも三人くらいしかいないって聞いたけど」
「ランクBまではね」
 リオナが後を続けた。
「サラは別格よ。何といっても、全適格者あわせてたった二人しかいない、ランクAまで順調出世を続けた奇跡のプリンセスだから」
「Aまで!? すごい」
 さすがのシンジも驚く。ランクBからAにストレートで行くことができる人間がいるのは理解できる。何しろ自分がそうなのだから。だが、ランクEからAまでストレートで行くことができるのは全ての才能に秀でているからに他ならない。
「そんなことないわよ。シンジは世界で二番目のシンクロ率を持ってるわけだし、そっちの方がすごいわよ」
「僕はランクBまでなれたことがおかしいから」
 それは誰もが分かっていることだ。シンジの身体能力は決して高くない。それどころかランクEの中でも上位にはいない。
「でも、シンジくんは最近、すごい力をつけてきているよ。基礎能力も、射撃や格闘も」
 エンがフォローする。エンの言っていることは事実で、それは誰もがよく分かっていることだった。ただ、当の本人としてはそれほど楽観的でいられる状況ではない。
 アスカにけしかけられた件もある。自分がとにかく成長しなければいけないということは分かりきっているのだ。
「それでは、そろそろ到着します」
 アルトが仕切りなおすと、バスはようやくネルフ本部の駐車場へと入っていく。
 食事が終わった一同がバスから降りてくると、次の襲撃者が待ち構えていた。
「おーにーいーちゃーーーーーーんっ!!!」
 それは抱きつくとも飛びつくとも言わない。普通、タックルを決める、という。
 バスを降りてきたシンジに飛び掛っていったのは、言わずとしれた世界四番目のシンクロ率を誇るロシアの天才少女、イリヤだった。
「イリヤ?」
「久しぶりだね、お兄ちゃん」
「まだ一週間しか経ってないよ」
「何言ってるの。恋人は一日だって離れてたら寂しくて仕方がないものでしょ?」
「こ、こ、恋人って、イリヤ!」
「もー、たとえばなしでしょー。でも、私はそれくらい本当にお兄ちゃんのことが好きだよ?」
 ふふっ、と笑ってイリヤがまたシンジに抱きつく。
「本当に、シンジって男の子にも女の子にもモテるんだね」
 続いて降りてきたサラが話しかける。
「あら、セイクリッドハート。久しぶりね」
「ええ、久しぶりねアインツベルン。相変わらず何も考えてなさそうで安心したわ」
「そちらこそそんなふしだらな格好ができるのは、やっぱり教育のせいかしらね」
 いきなり火花が散る。サラとイリヤ。二人が突然ヒートアップしている。間に挟まれたシンジは助けを求めるようにアルトを見る。
「この二人、とても仲がよくないんです」
「見れば分かるけど、でもどうして」
「さあ。何か理由があるのかもしれませんけど、それ以上に『肌が合わない』というやつですね。私も二人が顔を合わせる場面はこれで三度目ですけど、いつもこんな感じです」
「支部が違うのに、そんなによく会うものなの?」
「EU加盟国は頻繁に適格者同士の交流をしていますから。基本はドイツ、イギリス、フランス、ギリシャの四カ国ですけど、ロシアも近いからってよくこちらに来てます。毎回というわけじゃないですけど」
 EU加盟国間の交流。確かにそういうものがない方がおかしい。もともとEUはセカンドインパクト以前から交流が多かったわけだし。
「でも支部間での力関係ってないのかな」
「力関係、ですか?」
「うん。ドイツにはセカンドチルドレンに、ランクA適格者四人。ギリシャに二人、ロシアとイギリスが一人ずつ。フランスはいないんだよね。それだけでも全然力関係が違ってくると思うんだけど」
「そうですね。確かに何かとドイツが牽引することが多いです。規模も何もかもドイツがヨーロッパではネルフの最先端技術を持っていますから。ただ、ランクB適格者とかも何人かずつ呼びながら交流していますから、そこまで目立った格差をつけているわけではないですよ」
 その間にもサラとイリヤの口喧嘩は延々と続いている。いつまで続くんだ、と回りが半ば呆れてきた頃のことだった。
 彼らの後ろに、そっと近づく二つの影。
 その一つが、彼らの後ろに立つ。
 そして。
「──レミ」
 小柄なレミが、突然その男に抱きしめられていた。
 その、突然の来訪者に全員が驚愕し、さしものサラとイリヤですら口論を止めてその場を見つめた。
「会いたかった、レミ」
 レミの体は硬直していた。
 もちろん、彼女が忘れるはずがない。
 ずっとずっと思い描いていた相手。愛しい声。
 分かっている。
 自分を今抱きしめているのが誰か、痛いくらいによく分かっている。
「るー……かす?」
 少し拘束が解ける。そして振り向いたところにいたのは、背が高く彫りの深い顔立ちをした好青年だった。
「ああ。会いたかった、レミ」
 その顔が優しく微笑む。
「ルーカス……」
 突然のことに、レミは感情がうまくはたらかない。
 分かっていたことだった。
 ドイツに来れば、彼に会う可能性が高いということ。セカンドチルドレンの起動実験の見学に来るだろうということ。そこで再会するだろうということ。
「背、伸びたんだね」
「お前は変わらないな」
「これでも、少しは伸びたんだけどな」
 苦笑して、レミが首をかしげる。
「ルーカスには、つりあわないかな」
「何言ってるんだ」
 ルーカスと呼ばれた男性は、両手をレミの耳元から、ショートカットの髪の中へもぐりこませる。
「俺の隣にいるのは、お前しかいないだろ」
「ルーカス……」
「ようやく会えたな」
「ルーカスっ!」
 レミがその胸の中に飛び込む。
「会いたかった、会いたかったよっ!」
「俺もだ。長い三年間だったな。でもこうしてお互いランクAになって会うことができた」
「うん、ボク、ルーカスと一緒にいるためにがんばったもん」
「なんか、会ったらいろいろと話したいことがあったんだが」
 ルーカスは苦笑しながら言う。
「お前に会えただけでなんか、満足だな。こうしているだけで充分に幸せだ」
「もー、ルーカスってばいつもそうやって喜ばせるんだから」
「本気だ」
「わかってるよ。ルーカスは嘘つけないもん」
 突然発生したらぶらぶ空間は、周囲を完全にA.T.フィールドの外側に置いた。あまりのらぶらぶっぷりに、誰も何も口がきけない。身動きも取れない。
 はー、と唯一ため息をついたのは、ルーカスと同じ、正体不明のもう一人の少女。彼女は懐からなぜかスリッパを取り出すと、勢いよく二人の頭をひっぱたいた。
(スリッパ?)
 シンジだけではない。全員がその行動に目を丸くしている。
「二人とも、いーかげんにしなよ、まったく。ほら、周りが引いてるでしょ?」
「あー、エレニちゃん、ひさしぶりー!」
「ったく、何が『ひさしぶりー!』よ。このっ」
 エレニと呼ばれた背の高い少女は小柄なレミにヘッドロックをかける。
「あたしはずっとルーカスの隣にいたっつーの。あんたが乙女チックモードに入ったからあたしのことなんか全然目に入んなかっただけでしょ」
「いたたたっ、いたいよエレニちゃん!」
「薄情な友人なんかこれくらいされて当たり前」
 そのままエレニの体が浮く。
(浮く?)
 そのままエレニはレミをヘッドロックバスターにかけた。衝撃が駐車場に響く。
「ちょっ、おまっ!」
 トウジが思わず声を上げる。あまりの衝撃にレミは完全に目を白黒させた。
「なに、大丈夫大丈夫。これでも手加減したから」
 けろっとした様子でエレニが言う。いや、完全に白目むいてるから。
「というわけで自己紹介が遅れてすまなかったわ。あたしはエレニ・ストラノス。ギリシャのランクA適格者。で、こっちはうちのバカ兄、ルーカス・ストラノス。ま、よろしくしてやって」
「乱暴者の妹が迷惑をかけるが、よろしく頼む」
「アニキのところ構わないらぶらぶ光線の方がずっと迷惑だっての!」
 どちらがボケでどちらが突っ込みか分からないやり取りに、日本人組が完全に硬直した。
「……なんや、えらい仲のいい兄妹やな」
「そうだな。でも二人とも美形だから絵になるぜ」
 硬直が解けたケンスケがデジカメを取り出す。
「おー、アルトも元気そうで良かったわ」
「こちらこそ。お久しぶりです、ルーカスさん、エレニさん」
「彼氏らは元気か? 実験の次の日に試合なんだろ?」
「だからヴィリーとメッツァは彼氏じゃないっていつも言ってます。元気ですけど」
 エレニの強引な口調に苦笑しながら答える。
「すまないな、アルト。妹がいつも迷惑をかける」
「おいアニキ。そろそろその口塞ごうか?」
「む……」
 妹に威圧され、本当にルーカスは口を閉ざした。
「で、誰がサードチルドレン?」
 何か前にも似たようなやり取りをしたよな、と思いながらシンジが素直に手を上げる。
「へー。けっこう可愛いな」
 エレニがじろじろと見る。こうやって鑑賞されるのは最近よくあることだが、何度やられても慣れない。
「アニキの目から見てどうだい?」
「そうだな」
 ルーカスの目が光った──ように、シンジには感じられた。
「信頼できる人物のようだ」
「へえ。一瞬でそう思わせた理由は?」
「嘘がつけない顔をしている。素直で純真だ。俺に近い思考だな」
「おーいバカ兄。一回殴っていいか?」
「む……」
 また黙る。なんだろうこの漫才双子。
「名前は?」
「あ、碇シンジです」
「ふーん」
「というかエレニ。お前、世界の名高いサードチルドレンの名前、覚えてないのか」
 ルーカスから突っ込みが入る。するとエレニは、てへっ、と笑った。
「いやあ、人の名前って実際に会うまでなかなか覚えられなくて」
「ものには限度があるだろう。すまないな、シンジくん。妹が失礼な奴で」
「あ、いえ」
 もうすっかりこの二人のペースに乗せられっぱなしだ。
「ランクA適格者って、どこか変わった人ばかりですね」
 マイが隣にいたリオナに小声でささやく。
「まったく同感だけど、あまり口開かない方がいいかもよ」
「了解です」
 しっかりと聞こえているが、一応綺麗にスルーされた。
「でもこれで、ほぼ全員集合ですね」
 アルトが言う。ロシアのイリヤ、イギリスのサラ、ギリシャのルーカスとエレニ。ヨーロッパにいるランクA適格者は全員集合した。
「あいつがいないわね」
 だがサラがもう一人言う。アスカのことだろうか、と考えたがどうやら別人らしい。
「フランスの彼女か。前回の試験でも、結局ランクAになれなかったそうだな」
「シンクロ率もハーモニクスも高いのにね。いるのよねー、一つだけできない子って」
 ルーカスの言葉にイリヤが相槌を打つ。
「でも別に私はあの子いなくてもいいわよ。かわいこぶって、私あんまり好きじゃないし」
 サラが少し不満そうに言う。
「ほー。プリンセスはやっぱり言うことが違うなあ」
「エレニ、その言い方やめてよね。あんまり好きじゃないんだから」
「だが、感心はできないな。彼女が努力型の人間であるのは褒めるべきところであって、けなすところではない」
 ルーカスがまだ起き上がってこないレミを抱き上げて言う。
「そうやって女の子に手を出しながら言う台詞じゃないよ、アニキ」
「お前がやりすぎるからだろう。医務室へ運ばないといけない」
「へー、その子がルーカスのお目当ての子だったんだー。ふーん」
 ニヤニヤとイリヤが笑う。
「それを知ってたら、この間日本に行ったとき、もう少し探っておくんだったんだけどな」
「お前に知られたら次の日には全世界にその噂が広まっているだろう、イリヤ」
「否定はしないけどー。でもそうやって広まっちゃえば、二人とも逆に安心じゃないの?」
「俺はかまわんが、レミがどう考えるかは分からんからな」
「ひゃー、らぶらぶぅ」
 サラが冷やかすが、別にそれが堪える風でもない。
「俺は、こいつに助けられてきたからな」
 愛おしそうにレミを見つめる。
「どれだけ感謝しても、愛しても、それでも足りない。俺にはこいつが必要で、他の誰も代わりになんかならないんだ」
 ルーカスの本気を、誰もが感じていた。






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