適格者番号:130905001
 氏名:マリー ゲインズブール
 筋力 −A
 持久力−B
 知力 −A
 判断力−A
 分析力−A
 体力 −B
 協調性−S
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 41.091%
 ハーモニクス値 61.58
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常値を保てるのは10秒まで
 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−A
 特記:真面目で努力家。シンクログラフが正常なら、世界五番目のシンクロ率。












第陸拾漆話



風に刻むは君の声












 フランスのマリーと名乗った適格者は、カタコトではあったが日本語をほとんど使いこなせていた。とはいえ、難しい言葉は知らなかったり、逆にシンジやエンですら普段使わないような言葉が出てきて驚くこともしばしばだった。
 三人はその場で座って話しこんでしまっていた。特別何というわけでもない。ただその場の会話が楽しい。そう思わせる相手だった。
「じゃあ、マリーさんは、ここに着いて、すぐにトレーニング?」
 言葉を選びながらなので、シンジも普段よりゆっくりとした口調だ。
「ウィ。トレーニングシナイノ、ダメ」
「そう誰かに言われてるの?」
「ノン。ワタシ、ジブンデ、キメテマス」
 つまり、わざわざ外国まで来て、それでもトレーニングを自分から行おうとしているということだ。シンジもエンも耳が痛い。
「マリーさんは、」
「マリー、デス」
 わざわざ『さん』なんてつけなくてもいい、ということだろう。
「ええと、マドモワゼル?」
 とシンジが素で言うと、マリーはぷっと吹き出していた。
「呼び捨てでいいってことみたいだよ」
 エンもおかしそうに言う。
「あ、そうか。ごめん」
「オモシロイヒト、シンジ」
 面白いといわれると、表情には出さなくても少しこたえる。もちろんマリーに悪意があって言っているわけではないのは分かるのだが。
「それにしても、日本語、上手ですね」
 エンが言うと、マリーはぱっと顔を輝かせる。
「トレーニング、シマシタ」
「日本語を?」
「ウィ。アングレ、アルマン、ジャポネ」
「ええっと」
「パルドン。イングリッシュ、ジャーマニー、ジャパニーズ、デス」
 わざわざ英語で言い直す。ということは、さっきのはフランス語でいうところの『英語』『ドイツ語』『日本語』ということか。
「よ、四カ国!? すごい!」
「メルシー。デモ、ランク、B、デス」
 その可愛らしい笑顔が少しかげる。
「シンジガ、ウラヤマシイ、デス」
「僕が?」
「ウィ。シンジ、シンクロ、タカイ。グラフ、グリーン。スゴイ」
 グラフ──シンクログラフのことだろう。確かにランクA適格者はパルスパターンとシンクログラフは正常でなければならないが。
「マリーは、シンクログラフがよくないの?」
 マリーは首をかしげてから、自分の携帯を取り出して操作し、表示された画面をシンジに見せる。
 そこに驚愕の数字があった。
 シンクロ率──41.091%。世界で四〇%を超えているのは四人だけ。それも、四人目がこの間、一週間前にたたきだしたイリヤの数値だ。それなのに、マリーの最大シンクロ率が四〇%を超えているというのはどういうことなのか。
「ランクBの数値は反映されないんだね」
 エンが言う。
「反映?」
「つまり、どんなにいい数値が出ても、相手にされないってこと」
 マリーの顔が落ち込む。実際そうなのだろう。
「フランスはランクAの適格者がいないんだっけ」
「ウィ。ランクBハ、ワタシト、アトナナニン、デス」
 全部で八人のランクB適格者。それが第五支部であるフランス支部の最高峰。
「じゃあ、八人全員来てるんだ」
「ノン。ワタシダケ、デス」
「マリーだけ? どうして?」
「オゥ……」
 マリーは口ごもる。それを察してエンが助言する。
「多分、マリーさんが一番フランス支部から期待されてるから、でしょうね」
「……ウィ」
 やはり力をなくした様子のマリー。そうやって一人だけ評価されることに対する責任、さらには重圧なども彼女のこの小さな体にはかかってきているのだろう。だが、それを自慢することもひけらかすこともできない。仲間に申し訳ないし、何よりここにはチルドレンもランクA適格者も多くいるのだから。
「でも、だからマリーはがんばってるんだね」
 シンジは素直に言う。
「一人で隣の国に来て、それでも一人でこうやってトレーニングして。やっぱり、マリーはすごいと思う」
 そういえば、ヨーロッパのランクA適格者が集合したとき、ルーカスが言っていた。フランスのもう一人が来ていない──彼女は『努力家』だと。それは褒めるべきところだと。
「ルーカスが褒めてたよ。努力家だって」
「ルーカス?」
「うん、ギリシャの」
「オゥ……メルシー、シンジ」
 マリーは両手を胸にあてて感謝の言葉を述べる。
「いや、僕じゃなくて」
「オウエン、アリガトウ」
 なるほど、こういうのを『応援』ととらえるのか。
「マリー、今みたいにシンジくんが言ったことは『励ます』っていうんですよ。動詞です」
 エンが言うと、マリーが「ウィ」と答える。
「ジャポネ、オモシロイ」
「そうなのかな」
 シンジとしてはこちらの国に来て、ドイツ語やらフランス語やら英語やらギリシャ語やらと、もう何が何だか分からない状態に陥っている。
 その中でも日本語を使えるのは本当にめぐまれているとしか思えない。
 と、ちょうどそのときだった。
「あっ、発見!」
 トレーニングルームに入ってくる女子二人。ぼーっとした表情のヤヨイと、元気一杯のマイのコンビだ。
「もー、集合時間過ぎてるよ、二人とも!」
「え?」
 二人が時計を確認すると、午後五時三四分。食事前、五時半には集まること、と言われていたのを思い出す。
「いつまでたっても来ないんだから、みんなで手分けして探してたんだよ? まったくもう」
 マイがそう言って携帯でメールを送る。
『ハンニン、カクホ』
 そんな内容で送るあたりがマイらしいというか。
「で、何してたの? こちらの美少女は?」
 マイが座り込んで話していたマリーを覗き込む。
「ワタシ、マリー、イイマス」
「マリー・ゲインズブールさん。フランスのランクB適格者だって」
「へえー、フランスからも来てたんだね。はじめまして。私、谷山マイ。マイって呼んでくださいね」
「マイ。ヨロシクオネガイシマス」
 ぺこりと頭を下げる。お辞儀なんていうことをどこで覚えたのか。外国では頭を下げる習慣などないはずだが。
「それからこっちが、神楽ヤヨイさん」
「ナマエ、シッテマス。ヨロシクオネガイシマス」
「……よろしく」
 ふっ、とまたポーズをつけて挨拶するヤヨイ。
「で、何してたの? 逢引? 浮気? 不倫?」
 マイがにやにやとシンジに尋ねてくる。
「な、何言ってるんだよ」
「……三角関係」
 ヤヨイが座り込んでいる三人を見て言う。
「違うって!」
「……じゃあ、美綴さんも入れて四角関係?」
「もっと違う!」
 ヤヨイの発想はシンジではついていけない。息を荒くして否定するが、どこまで伝わっているのか。
「あーっと、のんびりとしていられないんだった。マリーさんも一緒に食事するのかな」
「?」
「まあいいか。一緒に行きましょう!」
 マイは強引にマリーの手を取って引き上げる。
「メルシー……マイ?」
 感謝の言葉を述べたマリーだったが、その引き上げたマイの方が顔をひきつらせていた。
「谷山さん?」
 シンジもマイの様子がおかしいことに気づいて声をかける。
「あ、ごめんごめん。マリーがあんまり軽かったから、ちょっと呆然としただけ」
「別に谷山さんも軽い方だと思いますけど」
「エンくん、それは言っちゃいけないことなんだよ」
 くっ、とマイは涙をこらえるふりをする。
「ささ、とにかく食事が私たちを待っている。レッツゴー!」
 マイが三人をトレーニングルームから追い出すようにする。あわてた三人が小走りに先を急ぐ。
「谷山さん?」
 ヤヨイがそのマイに声をかける。
「何か見えたの?」
 ヤヨイが言うと、う、とマイが言葉につまる。
「う、うーん。ちょっと、ね」
「何があったか、教えて」
 ヤヨイの目は嘘も黙秘も許さないというものだ。うう、とマイはさらに詰まる。
「ただちょっと、不吉な感じがしただけ、なんだけど」
「不吉?」
「うん。マリーさんの手を取ったとき、何か、すごいよくないことが起こりそうな」
「それは──」
 ヤヨイが顔をしかめる。
「私たちに? それとも」
「マリーさんに、かな」
 先に行った三人に聞こえないように小声で話す二人。
「気をつけることにしましょう」
「え?」
「あなたの勘は、たいてい当たるから」
 ヤヨイがマイの直感を信じると言ってくれて、マイは少し微笑む。
「信じてくれるの?」
 こく、とヤヨイが頷く。
「あなたは嘘をついていないから」
 さらりと言われた言葉。黙っていれば凛々しいヤヨイの口からそんなことを言われると、元気娘のマイとて顔を赤くせざるをえない。
「ありがとう」
「ええ。ただ、そうなると」
 ヤヨイが真剣な表情を続ける。
「もし万が一のときは、仲良くなってしまっている碇くんが心配」
「あ……うん、そうだね」
 マイも力を落とす先ほどの様子からすると、シンジとエンはマリーとかなり親密な状態のようだ。
 そのとき、何かに気づいたように、ぽん、とヤヨイは手をたたいた。
「どうしたんですか?」
「碇くんと、美綴さんと、ゲインズブールさんとで三角関係?」
 そういう落ちを持ってくるのか、とマイは苦笑を浮かべる。
「それとも私が入って四角──」
「それだけはやめてください」
 マイはヤヨイの両肩をたたいて頭を下げた。






 最後に遅れてやってきたマリーの紹介が終わると、ようやく夕食。いくつかの円形テーブルに何人かずつ座って行われることになった。
 夕食はサラやイリヤ、マリー、ルーカス、エレニのヨーロッパ組に、アスカ、アルト、ヴィリー、メッツァ、クラインなども加わり、ひどくにぎやかなものになった。
 シンジの隣はずっとエンが座っていたが、その反対側はひっきりなしに誰かかれかが来て交代していた。とはいえ、たいていはサラとイリヤがいて、シンジの取り合い状態になってしまっていたが。
「シンジ、ニンキモノ」
 その様子を、別のテーブルから眺めていたマリーが呟く。
“話をしたいなら、マリーもシンジのところに行けばいいじゃない”
 それを聞きつけたのか、空いていた隣の席にアルトが座り、英語で話しかける。
“アルトさん”
“久しぶりね、マリー。挨拶のときはあまりゆっくりと話せなかったけど”
 当然、フランスのトップとドイツのランクA適格者。これまでに何度か顔は合わせている。
“やっぱり、サードチルドレンというのがシンジさんの人気の秘密ですか?”
“それはもちろん。でも、仮に向こうのジャージくんがサードチルドレンだったら、同じように人気が出たわけじゃないと思うなあ”
 アルトがトウジの方を指さす。トウジはひたすら食事を行い、ケンスケはせっかくの機会とカメラでひたすらみんなのスナップ写真を取り続けている。
“同感です。シンジさんはどこか、人を惹きつける力がありますね”
“ええ。私もシンジくんが好きよ。あ、もちろん変な意味じゃなくてね。一緒にいると楽しいというか、安心できるというか”
“分かります。一生懸命なところが可愛いですよね”
“そうそう”
 唐突に二人の間でシンジ談義が始まる。
“あら、こんなところで二人、サードチルドレンの話?”
 同じく英語でその二人に話しかけてきたのはアスカだった。
“お久しぶりです、アスカさん”
“ええ、久しぶりねマリー。あなたもいい加減、さっさとランクAになりなさいよ。イギリスやロシアみたいにうるさい子ばっかりランクAで、いらいらするんだから”
“がんばります”
“せっかくシンクロ率はいいところ出てるのにね。まあ、明日の実験を見て、少しは参考にしてくれるといいわ”
“はい。ありがとうございます”
 アスカとマリーの間で会話が行われる。アルトは控えて何も発言しない。
“で、マリーはサードに惚れたわけ?”
“は?”
“だってさっき、二人ともサードにラブって話をしてたんでしょ?”
“アスカさんもシンジさんが好きなんですか?”
“はあ!?”
 表情がおもいっきり『心外だ』と語っていた。
“あんたが冗談を言うとは思わなかったわ、マリー。私は天地がひっくりかえってもあのサードを好きになることだけはないって誓えるわね”
“シンジさん、いい人です”
“それは否定しないわ。でも、甘いわね。あなたの百倍甘いわ”
“オゥ”
 くす、とマリーは笑った。
“なんで笑うのよ!”
“無理しなくてもいいです。シンジさんはいい人ですから、好きになるのは分かります”
“……アルト、この脳天気に真実を教えてあげてくれない?”
 あはは、とアルトは乾いた笑いを見せる。
“シンジさんは、素敵な人だと思います”
 マリーは視線の先にシンジをとらえる。
“シンジさんと一緒にいられたら、とても幸せな気持ちになれると思います”
“あ、マリー”
 アルトがとても申し訳なさそうに言う。
“シンジくんは、日本に彼女がいるから”
“そうですか”
 すると、マリーは本当に残念そうな表情を見せる。
“とても、残念です”
 そして弱弱しく笑った。






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