さて、ドイツにやってきた武藤ヨウはそれから何をしていたかといえば、ドイツ支部から出てあちこち動き回っていた。
 アメリカで傭兵をやっていた頃から、ヨーロッパやアジアなどに多数の『知り合い』を持つことになった彼としては、今後のためにも交流を深めておきたい相手がいた。
 特にイギリス。現在もイギリス情報局秘密情報部、通称【SIS】は現在ヨーロッパ最大の諜報組織である。フランスやドイツではここの精鋭には太刀打ちできない。イスラエルのモサド、ロシアの連邦保安庁【FSB】くらいのものだろう。
「久しぶりだな、ジョン」
 どこかのビルの地下室。会いたい、と言ったら向こうから場所を指定してきた。ドイツ国内でも、SISにとって自分たちの都合のいい場所というのはあるものなのだろう。
 現れた男は、痩せ型で背の高い男だった。存在感が強く、およそ諜報には向いていない。だが、彼の前では何かごまかしたりすることはできないだろうという、強い威圧感があった。
「久しぶりだな、ヨウ。テキサス以来か」
「あんたが本国に戻ってから、随分と大変だったぜ。あんたほど腕の立つのはそうそういないからな。ま、今の地位はあんたに適任だな」
「前線に立てない兵士など意味はない」
「一兵士としてより、それ以上の力を求められてるんだろ? ありがたいと思っておけよ。つーわけで、長官就任、おめっとさん」
 彼の名は、ジョン・マクウェル。今年二月からSISの長官に就任した。すなわち、イギリス情報局秘密情報部のトップである。
 そんな彼もつい五年前まではアメリカで傭兵の真似事をしていたのだから、人生というのは分からない。
「知った名前から連絡があったから顔を出してみたが、今はお前がネルフか。それもただの護衛だと? 前線から外れて何が楽しいのやら」
「ただの護衛だとは思ってないんだろ? まあ、お互い叩けば埃の出る体だ。あんたとは駆け引きなんかいらねえ、単刀直入に行くぜ。日本に──まだるっこしいな、俺に協力してくれ」
 ジョンと呼ばれた男は表情を変えずにヨウを見る。
「SIS長官を捕まえてそれか。相変わらずだな、お前は」
「お互い様だぜ。俺の名前を出して、たった一人で会いに来てくれるなんて思ってなかったよ」
「お前に教えたことがあったな。覚えているか」
「あんたから教わったことは一つも忘れちゃいない。敵・味方の垣根を越えて協力できるのは誰なのかということを見極めろ。たとえ今は敵でも、所が変われば味方となる。問題は、信頼ができるか、できないかだ」
「よく覚えていたな。俺の指導をお前は全て吸収した。傭兵としても諜報員としても一人前だが、いまだにムラっ気は多いようだ」
「それは性分だからな。仕方ねえ」
 ヨウは肩をすくめた。
「協力とは、何をさして言っているのかを明らかにしてもらおうか。私もイギリスの諜報機関を統べる者として、迂闊な返事はできない」
「たとえば現在、日本のサードチルドレンがアメリカの標的にされている。イギリスでも似たようなことをするとは限らないだろう?」
「ふむ」
 ジョンは腕を組んで考える。
「だが、それを国から指示されたなら、我らは実行するのみだ」
「傭兵にNOはない。あんたの自論だな」
「私のではない。一般的な原則だ」
「だが、あんただって考えたら分かるはずだ。今必要なのは軍でも何でもない。エヴァンゲリオンとそのパイロット。これだけだぜ。それを消滅させるのは自分の首を絞めるだけのことだ。それとも、他の国が豊かになるくらいなら、地球もろとも滅びた方がいいとでも言うつもりか?」
「言いたいことはわかる。だが、駒である我らに考える権利はない」
 話は終わりだ、と言いかけたが、ヨウが手を上げたので止まる。
「取引、ならどうだ?」
「取引?」
「そうだ。あんたらを悩ませているRIRAの本拠地。知りたくないか?」
 ジョンは目を光らせた。
 RIRA=真のアイルランド共和軍。かつてイギリスにあったIRAと呼ばれる民主過激派の武装組織が分派したものの一つで、現在も活動している過激派である。
 かのセカンドインパクトの際、休止していた活動を再開。使徒戦での混乱の中、イギリスのSIS本部へミサイルを打ち込むという暴挙に出て、北アイルランドの独立を叫んだ。それ以降、SISとRIRAのイタチごっこは十年以上も続いている。
 今回、ジョンの就任に期待されたことの一つとして、RIRAの完全壊滅ということが掲げられている。喉から手が出るほど欲しい情報だ。
「我らの方で既におさえている情報だとしたら価値がないな」
「だが、もしも俺が知っている情報が、あんたが知らなかったらどうする?」
 ジョンは黙り込む。確かにその可能性はある。何しろ相手は、自分が見込んだ、最高の諜報員にして最強の傭兵なのだから。
「ネルフの情報、甘く見ない方がいいぜ」
「いいだろう。国から命令されても、自分なりに反対する。が、それ以上は妥協できん」
「それで充分。それでも国から強行に命令されたんなら俺に連絡──はさすがに無理だろうな」
 ヨウは肩をすくめた。












第漆拾話



神に祈るは君が為。












 午後四時。結局滞在延長が認められなかったイリヤが車に乗せられて連れていかれるのを見送ったシンジたちは、それから自由行動となった。
 とはいえ、本部から出られるわけでもない。特別何もすることがなかったシンジだったが、マリーが『トレーニングをしたい』旨を伝えてきたので、せっかくだから一緒に行うことにした。
 今までそうやって自分からトレーニングをするようなことがなかったシンジにとっては珍しいことで、それは一緒にいるエンが一番よく分かっていることだった。
(美綴さんのときは強引に押し切られた感じだったけど、マリーさんは逆にシンジくんの方からアプローチしているように見える)
 もちろんシンジ本人は否定している。だが、マリーという美少女と一緒にいられるのがシンジとしては嬉しいのだろう。それはもちろん外見が綺麗な娘と一緒にいられるという理由ではない。マリー本人が愛らしい少女だからこそだ。
 そのシンジの気持ちが強くなれば、今度はカナメとの間で揺れることになるかもしれない。ヤヨイが冗談で言った『三角関係』になるおそれだってある。
(余計なことで頭を使いたくないなあ)
 とはいえ、肝心のシンジの気持ちの問題なので、エンとしてはそれ以上どうすることもできない。
 とにかくトレーニングということで決まったので、マリーとシンジ、エンは一緒にトレーニングルームに向かうことになった。
 もちろんシンジをそんな美少女と一緒にさせてなるものかと参加してきたのはイギリスのサラ・セイクリッドハート。イリヤがいなくなってチャンス、と思っているようだ。
 そして当然のようについてくるアルト。彼女は万が一のときのための通訳なので、始終シンジと行動するようにドイツ上層部から言われている。
 アルトも心境は複雑だった。結局自分が何をしなくてもマリーは残ることになった。マイの思惑は見事に裏切られた形になる。マイに釈明に行ったところ、既に相手の方で事情を承知していた。自分が何もしていないことがよく分かっている様子だった。
 このことはエンに相談しておいた方がいいのかもしれない。アルトはそう考えて、トレーニングルームでシンジとマリー、サラが一生懸命にトレーニングしている横でエンを引き離す。
「ちょっと、話があるんだけど」
 エンとしてはあまり話したくはない相手だった。もちろんアルトのことは好きだが、アルトは自分が知らないところで『病気』を抱えている。彼女の姉のノアという病気だ。自分が話すことで彼女を誘発するような真似は避けたい。
「なんだい?」
「ちょっと三人に聞かれたくないから」
 トレーニングルームの一番遠いところまで来る。シンジたちからは目の届く範囲ではあるが、今までもアルトからエンに話しかけたことは何度もある。その延長だと考えてくれるはずだ。
「実は、マリーのことなんだけど」
「もしかして、危険だ、っていう話かい?」
 先手を打たれたアルトは驚く。
「どうしてそれを」
「谷山さんから聞いた。ドイツに残ったら彼女が危険な目にあうって。だからできる限りでいいから彼女を守ってあげてほしいって」
「なるほど」
 アルトは頷く。ほとんど接点がない自分に話しかけてくるくらいだ。仲間に協力を求めることくらいわけない、ということか。
「そのことを知っている日本のメンバーは僕の他に、谷山さん、神楽さん、清田さんの三人だけ」
「全員じゃないの?」
「逆に聞くけど、谷山さんからその話を聞いたとき、アルトはどう思った?」
「どう、って」
「そんな出鱈目、って思わなかった?」
「それは」
 そこまで露骨ではないが、確かにそれは思った。そこまでして二人を引き離したいのはどうしてなのか、と。
「人間って誰もみんな、自分の都合のいいように考えるものなんだよ」
「何よ、それ」
「もし谷山さんが本当のことを言っていたとしても、谷山さんが嘘をついていると決めてかかった方がその人にとっては楽なんだっていうこと。特に谷山さんの例だと、勘以外の何でもないからね。そんな戯言につきあっていられない、って考えるのが普通だよ」
「仲間に対してひどいことを言うのね」
「でも僕は谷山さんを信用するよ」
 だがあっさりと前言を撤回する。というより、エンはマイの言うことを肯定も否定もしていない。ただ一般論を述べただけだ。
「どうして?」
「それが前提条件だから」
 エンが言うと、アルトは意味が分からないというふうに首をかしげる。
「日本のガード制度、なんでこれがあると思う?」
「知らないわよ」
「うん。実は、シンジくんがアメリカに狙われてるっていうことが分かって、それで急遽信頼のおけるメンバーだけを集めて結成したのがガードなんだ」
「え?」
「だから、ガードの言うことなら決して嘘はない。その前提条件を僕は否定しないよ。否定してしまったらもう仲間を信じて行動することができなくなるから。もっとも、清田さん、谷山さん、相田くんはそのことを知らない。たまたま選ばれたと思ってる。だから、誰にも言わないで」
「なるほど。でも、そうしたら相田くんには言わないの?」
「谷山さんは僕と清田さんがランクSだから、という理由で教えてくれた。だったらその判断に従うのがいいと思った。アルトも分かってくれているならもっと動きやすくなるよ」
 明日行動するメンバーのうち、複数がそのことを分かっている。誰かの目が届いていればいい。だとすればどうするのが一番いいか。
「つまり、マリーさんをシンジくんと離さないようにすること。そうすれば僕とアルトとで守れる。いざというときには清田さんの力も借りればいいしね」
「分かった」
 ふう、とアルトは息をつく。
「いろいろと考えているのね」
「まあ。こう見えてもプリンセスガードの一員だから」
「なにそれ?」
「碇シンジ姫を守る騎士団」
 エンが言うとアルトは思わず吹き出す。
「シンジ姫って、似合いすぎ」
「仲間内でもその呼び名が流行っててね。シンジくんを守ろうとしているのは僕だけじゃないんだ」
「ふうん、仲間か」
 アルトは少し冷めた様子でエンを見つめる。
「エンに仲間なんて似合わないと思ってた」
「僕もそうだよ。仲間というよりは、目的が同じ同志っていうところかな」
「シンジくんを守るための?」
「そう」
 アルトは考える。エンとシンジが仲がいいのはどうしてか、と。
 少なくともエンは、昔のエンのままだとしたら、自分から仲間を作ろうとはしなかったはず。今でこそエンとシンジは仲が良さそうだが、エンから仲間にならない限り、シンジから仲間になろうとした、ということだろうか。それこそ信じられない。
「エンとシンジくんって」
「同期のメンバー」
「あ、そうなんだ。それで仲良くなったの?」
「僕らの同期って人数が少なくてね。八人なんだけど」
「本部で八人? 珍しいこともあるのね」
「十人を切ってるのは僕らの代だけだよ。で、シンジくん以外の七人みんなでプリンセスガードやってる」
「うわ、みんな男の子?」
「男が五、女が二」
「女の子に守られてるシンジくんか。なんか可愛い」
 くすくすと笑うアルト。
「そっか。エンも、新しい場所でがんばってるんだね」
「それなりに。でもアルトには負けるけど」
「私もメッツァやヴィリーがいてくれたから。エンもそういうことなんでしょ?」
 言われて苦笑する。
「そうかも」
「なら、幸せね。一人でいるより二人、二人でいるより三人。仲間が多いのはいいことだから」
「そう思うよ」
「分かった。じゃ、それについてはもう何も言わない」
 アルトは話を戻す。
「じゃあ、今日、明日とマリーには誰かが必ずくっついているっていうことで。夜は私がマリーのところに泊まりにいくことにするから」
「分かった。それまでは僕の方でも気をつけて周りを確認するよ。それから、もう一つ」
「なに?」
「もう一人の方を、はっきりとさせておきたい」
 エンが真剣な表情で言うと、アルトが何かに思い至ったらしく「わかった」と答える。
 そうして二人は話をまとめた。エンとしてはノアが出てこなくてほっと一息つくところだった。
 先にアルトが振り返ってシンジのところへ戻っていくのを見送る形になった。
 そのときだ。
「甘いわね」
 アルトの方から『アルトじゃない者』の声が聞こえた気がした。
(ノア)
 エンの体が震える。アルトの後姿には何も変化がない。それなのに、確かに聞こえた。
(僕は、ノアを怖れているのかな)
 それは間違いないことだ。だが、それにしても今のは単なる空耳か、それとも。
(ノアからの忠告、と取っておいた方がいいかな)
 ノアは決して敵ではない。そう信じる。






「あの二人、いい雰囲気ね」
 トレーニングの合間、サラが離れて話しているエンとアルトを見て言う。
「うん、うまくいくといいよね」
 シンジは心からそう思っている。
 アルトはエンに対してまだわだかまりがあるようだが、決して嫌っているわけではないと思う。それに、エンは間違いなくアルトのことを気に入っている。ただ、好きなだけではうまくいかない事情がありそうなので、それについてシンジが何か言うことはできない。日本に帰ったらいろいろと話してくれるということなので、それまでは待とうと思っている。
「私もシンジとラブラブになりたいな」
 サラがその腕に抱きつく。この二日で何度こうされただろうか。
「シンジ、コマッテル、デス」
 マリーが表情を出さずにサラをたしなめる。
「なに、別にいいじゃない。シンジだって、女の子に抱きつかれたら嬉しいよね」
「あ、でも、僕、日本に好きな子がいるから」
「知ってる。でもいいじゃない。好きなものは好きなんだから、しょうがないもん」
 サラは完全に開き直った態度で言う。それを見たマリーが悲しそうな表情になる。
「あ、あ、えーと」
「ほらほら、シンジくんが困ってるんだから、それ以上はやめておきなさいサラ」
 気づけば戻ってきていたアルトが強引にその間に割って入る。全く、隙を見せればこれだ。
「なーによー。人の恋路を邪魔しないでよね」
「あなたもね」
 ふう、とアルトはため息をつく。
「ちょっとサラ、話があるの」
「え?」
「いいから、ちょっと来なさい」
 そうして腕をつかまれると、サラはアルトに連行されていった。
「行っちゃったね」
 シンジがそれを見送る。気づけばエンも見当たらない。
「シンジ、ワタシトデハ、ツマラナイ、デスカ?」
 今度はマリーが泣きそうな目で言う。
「まさか! だいたい、僕が今トレーニングしてるのだって、マリーがトレーニングしてるからなんだし」
「ヨカッタ、デス」
 ほっとした表情でマリーが微笑む。
「シンジト、イッショ。ウレシイ、デス」
 ストレートに言われるとシンジも照れるが、海外ではそうやって自分が気に入ったことに対する気持ちはストレートに出すものなのだろう。
「僕だって嬉しいと思ってるよ。マリーと話してると、安心できるし」
「ワタシモ、デス」
 マリーは言って、トレーニングに疲れた体をシンジに預けた。
「あ、えっと」
「スミマセン、スコシ、ツカレマシタ」
「あ、うん」
「シバラク、コウシテイテモ、イイデスカ」
「うん。マリーが楽になるまで、いいよ」
「メルシー」
 そのままマリーはうとうととし始める。シンジといえば、こんな美少女が自分の肩にもたれかかってきているのが信じられなくてどきどきしていた。






「で、話って何よ」
 サラがむくれた様子でアルトに話しかける。
「まあ、話っていうのは私じゃないんだけどね」
「は?」
「僕の方だよ、話は」
 そのサラの後ろに音もなく立っていたのはエンだった。
「これからちょっといろいろあるから、はっきりさせておこうと思って」
「はっきりって、何を」
「シンジくんに近づいている理由」
 サラが険しい表情を浮かべる。
「何それ。好きになったからじゃ駄目なの?」
「駄目です。シンジくんに惹かれる理由がありません」
「可愛いじゃない。それに、助けてくれたし。運命の王子様〜? みたいな」
「残念ですが『イギリス』がシンジくんに接触しようとしているのはもう分かっているんです」
 サラの表情が固まる。
「こちらには優秀な諜報員がいまして。もちろん僕じゃないですけど──」
「サクラ? でも彼女、今回こっちに来てないのに」
 突然知らない人間の名前が出てきた。
「申し訳ないですが、一人じゃないんですよ、諜報員は」
「全く、初めから無理だと思ってたのよね。サクラが来ないって聞いたから、何とかいけるかなーと思ってたんだけど」
「話してもらえますね」
「何を?」
「イギリスがどうしてシンジくんに近づこうとしているのか」
「たいしたことじゃないわよ。シンジと仲良くなって、あわよくばイギリスに連れ帰る。駄目でも友好関係を築いて、ドイツやフランス、ロシアよりもイギリスのバックアップに回ってもらう。それだけ」
「もし恋人になったとしたら連れて帰るつもりだった、ということですか」
「そう。それ以上は何もないわよ。危害を加えるとかいうんだったら全くないから安心して」
 あっけらかんと白状するサラに、エンはまだ首をかしげる。
「それだけではないでしょう」
「なに?」
「シンジくんに近づいた理由。それが全てとは思えません。イギリスから何を言われているんですか?」
「だからぁ、イギリス本国から言われたのはそれだけだって」
「じゃあ聞くけど、サラ」
 逆にアルトが尋ねる。
「イギリス以外からとか、別の人から何か命令されているっていうことはないの?」
「ないよ。私に命令をくだせるのはイギリス支部だけ。それ以外の人の命令なんて聞くもんか」
「じゃああとは一つね」
「なによ」
「あなた自身の意思」
 サラの顔に動揺が走る。それを見逃すような二人ではない。
「教えてくれますか」
「お断り」
「何故」
「それこそ最初に言ったもの」
「最初に?」
「シンジが好きだって。運命の相手だと思ってるって」
「冗談──」
 じろっ、とサラに睨まれる。
「本気よ」
「出会ったのは昨日ですよ」
「そんなの関係ない。だって、私がシンジを好きになったのは昨日じゃないし、出会って好きになったわけじゃないの」
「というと?」
「私はシンジを好きになるって決めてたの。サードチルドレン、碇シンジ。それがどんなにろくでなしでも変態だとしても、私は碇シンジという人物を好きになる。そう決めてたのよ」
「何故ですか?」
「さあ、それは分からない。でも、私、ずっと探してた」
 サラは仇を見るようにエンを睨みつける。
「突然私の目の前に現れる男性。それも、自分の予想をはるかに超える、驚かせてくれる、そんな人。シンジはまさにそれに該当した」
「それだけで?」
「最初のシンクロテストの結果が四一%。それを聞いた瞬間、この人だ、って思ったわ」
「会ったこともないのに?」
「写真画像はその後見せてもらって、ちょっとタイプじゃなかったんだけどね。でも、会ってみて分かった。私、シンジくんを好きになるって決めてよかったって」
「イギリスから命令されたわけじゃないんですか?」
「国は関係ないわ。そりゃ、シンジを色仕掛けでも何でもしていいとは言われてるけど、そんなの関係ない。私はシンジを好きになるって、イギリス本国に言われるより前から決めてたんだから。だから」
 二人を睨みつけて言った。
「私の邪魔をしないで」
 サラはそう言うとトレーニングルームへ戻っていった。
「……どうするの、エン」
 相手の目的は分かった。だが、結果はさらに悪い方向へ進んでいるというのが分かっただけだ。
「イギリスの思惑が分かっただけでもよしとしようか。シンジくんには今夜僕が伝えておくから」
「分かった」
 それに、サラが気になることを言っていた。

『やっぱり、サクラね』

 イギリス情報部の人間がネルフ本部に関わっている。これについては早く、コウキとカスミに調査してもらわなければいけない。






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