ヨウはCIAを尋問したが、分かったことはそれほど多くなかった。
 本国からの指示で、突然サードチルドレンを襲うことになったこと。
 そして、襲撃ポイントも指定され、そこにはネルフの見張りは少なくなっているということ。
 そこから類推される結論はたった一つだった。
(やっぱり、中で手引きした奴がいるな)
 それを見つけるのは簡単ではないだろう、ということもよく分かっていた。












第漆拾伍話



心に響く君の声












 意識が戻るまで四人は二時間ほど待合室にいた。怪我はそれほど大きいわけでもなく、集中治療室に入るまでもないと判断され、個室の部屋が与えられることになり、ルドルフはそこへ移送させられた。そうしてからようやく面会が許された。
 既にルドルフが撃たれてから五時間が経過している。気づけばもう夜の九時が近づいている。それでもようやく面会が許されたということでシンジは喜んで中に入っていった。
 中では既に目覚めていたルドルフが笑顔で出迎えてくれた。
「ルドルフくん」
 シンジが辛い表情で近づく。
「ごめん、僕のせいで。本当にごめん」
 アルトの通訳でシンジの言葉が伝えられると、ルドルフは首を振ってなにやら答える。
「チルドレンを守るのは当然のことだし、咄嗟に行動できた自分を誇りに思う、って言ってます」
「でも、来週には昇格試験があるんだろ?」
 そしてまた通訳。アルトはあまりそのことで感情を昂ぶらせたくないようだったが、それでも伝えた。
「シンクロテストは傷がふさがればできるし大丈夫。もちろん今までよりもずっと大変かもしれないけど、挑戦はし続けるつもりだ、と言っています」
 シンジも頷くが、それでも納得した顔ではない。一方でルドルフは本当にすがすがしい顔をしていた。そしてアルトにドイツ語で言う。
「これでシンジくんが世界を守ってくれたら、自分はその英雄を守った人間として後世に名前が残るかもしれない、ですって」
 そんなジョークに思わずシンジが笑う。そして怪我をしていない方の手を取った。
「ありがとう。ルドルフくんの分まで、がんばる」
「ビッテシェーン」
 そしてルドルフはアルトにもう一度、何かを言伝る。
「何?」
「いえ。何か、シンジくんに渡したいものがあるから、ちょっと取りに行ってきてほしいんですって。部屋の鍵は荷物の中にあるからって、これね」
 カードキーを手にしたアルトが部屋を出る。
「すぐに戻ってくるから、何かあったらマリー、通訳お願い」
「ワカリマシタ」
 日本語はカタコトだが、充分日本語で考え、話すことができるマリーならば通訳としても問題はない。
 アルトがいなくなってから、ルドルフはドイツ語で話し出した。何を言っているのかはシンジには分からない。マリーがところどころ通訳してくれたところによると、こういうことらしい。
 自分は、ランクA適格者を目指してはいたが、正直限界を感じていたこと。
 だがネルフのランクA、ランクB適格者でいられれば給料は高いし、両親に楽をさせてやることもできること。
 だから今回のようなことがあっても適格者をやめるつもりはないし、逆に今回のことでネルフから報奨金がもらえるんじゃないかと喜んでいるということ。
 そうしたことが、片言のマリーから伝えられるたびに、シンジは強く頷いた。
 そして病室にアルトが戻ってくる。
「遅くなってごめんなさい。ルドルフ、これでいいの?」
 アルトが持ってきたのは少し大きめの箱だった。
「ダンケ」
 ルドルフは片手で受け取ると、その箱を開ける。
 その中に入っていたのは写真立てだった。クリスタルで作られていて、とても高価そうだった。
 その写真立てにはルドルフの家族の写真があったようだが、それを片手で器用に取り外すと、その写真立てをシンジに差し出した。
「これを?」
「もらってほしいんですって」
「でも、こんな高そうなもの」
「この状態ではすぐにランクAになるのは難しいし、なれたとしても実戦訓練はできない。だから日本の友人に、自分の分までがんばってほしい、その気持ちだって言ってるわ」
「ルドルフくん」
 シンジは両手でその写真立てを受け取る。
「ありがとう。絶対、ルドルフくんの分までがんばるから」
 何を言われたのかルドルフも分かっているのだろう。通訳されるまでもなく、ルドルフは頷いた。
「じゃあ、そろそろお暇しようか。あまり長く居すぎて、怪我を悪化させてもよくないし」
 キリのいいところだと判断したか、エンが言って立ち上がる。
「そうね。ルドルフ、また明日来るから」
 日本語で言ってから、アルトがドイツ語で言い直す。ルドルフは苦笑して頷いて何やら言う。別に気にするほどのことでもない、とでも言っているのだろうか。
「それじゃあ、僕たちは明日、日本に帰るけど。ルドルフくんも元気で」
 アルトが通訳すると、ルドルフも答えた。
「日本の友人の活躍を、心から願っている、ですって」
「うん、がんばるよ」
 そして二人は握手を交わす。
 それから四人が立ち上がって、扉に向かった。

 そのとき。
 ルドルフは微笑みながら、動く方の手を箱の中にもう一度入れる。何か操作すると、その箱の底が開く。二重底になっていた。
 そこにあったものを取り出して、ゆっくりとそれをシンジの背中に向けた。
 拳銃。
 あとは、トリガーを引くだけ。
「!」
 ふと、何の気なしに。
 一番後ろにいたマリーが、そのことに気づく。
「シンジ!」
 銃声と、マリーの声とは同時だった。
 その音で、エンとアルトがただちに状況を確認する。
 シンジは呆然とした顔。ルドルフは顔をゆがめている。

 そしてマリーの胸に、紅い点、一つ。

「何を!」
 怪我人のルドルフにエンが飛びかかり、その銃を奪い取る。だが、ルドルフはまるで抵抗しようとしなかった。
「マリー!」
 シンジがぐらり、と崩れてくるマリーを抱きとめる。
「シン、ジ」
 既に顔に血の気がない。胸の傷口からどくどくと血が流れていく。
「ブジデ、ヨカッタ」
「何を言ってるの、マリー」
 そして、マリーは笑顔で言った。

「Je t'aime」

 そして目が震え、意識を失う。
「早く! 緊急手術の準備!」
 アルトが部屋の外にいる看護師に指示する。

 いったい、何が起こったのか。

 シンジの頭は完全にパニックに陥っていた。






 マリーの手術は大至急行われた。
 シンジは完全にパニックに陥っており、エンが何を話しかけても応える様子がない。
 他の適格者たちも集まり、事情を聞いて衝撃を受けている。レミは泣き出してしまい、ルーカスとエレニに慰められている。
「エンくん」
 手術室の前にいたエンに話しかけてきたのはマイ。
「谷山さん、ごめん」
 マイは首を振った。
「やっぱり、私の力は役立たずなんだなって思うよ」
「何を」
「いつ、どんなふうに事件が起こるかがわかれば、こんなことにはならなかったのに」
「それなら僕の方です。マリーさんが危ないことは分かっていたのに、最後の最後で目を離してしまった。あなたのせいじゃありません」
「ほら、自分で言ったよね」
 マイは冷静な表情で言う。
「え?」
「あなたのせいじゃない。自分が悪いと思い込んでも仕方がないよ。私たちはやるべきことをやったし、できる限りのこともしてきた。今回は相手が一枚上手だっただけ。次はこうならないように防がないといけない。シンジくんはちゃんと生きてるんだから」
 ガードにとって一番大切なのは、何より自分が守るべき相手。
「慰めてくれるんですか?」
「事実を言っているだけ。こう見えても私も落ち込んでるんだ。何回も悪いことが起こるっていう予感があって、何とかしようと思いながらもいつもうまくいかない。こんな力、なければよかった」
「そんなことはないと思います。谷山さんのその力は、いつかこの世界を救うために発揮されるのではないかと思いますよ」
 ふう、と息をついた。
「それにまだ、マリーさんが死んだと決まったわけじゃない」
 既に、深夜二時。手術はまだ続いている。
「あと、そろそろ尋問の結果も分かった頃かもしれません」






 病室から牢屋へ移動させられたルドルフは、ヨウからの尋問を受けることになった。その第一声は少年をかすかに動揺させた。
「お前さん、AOCの一員で、昼間スタジアムで襲い掛かってきた二人組みとグルだろ」
 単刀直入な質問。それにどう答えればいいのか、ルドルフは分からない。やむをえず黙り込むことになる。
「全く、アメリカってのは恐ろしいところだと思うぜ。アメリカの中央情報局、CIAの下部組織。確か解体されたって聞いてたんだがな。the Assassin Of Children、通称AOC。アメリカが極秘裏に組織した、子供による暗殺者集団、だったな。俺も目の前で見るのはこれで二人目だ」
「少し違う」
「ほう?」
「AOCは組織じゃない。一人ひとりが別個に活動している。だから自分も、他に誰がいて、全部で何人いるのかとかは知らない。末端はそんなことを知らなくてもいいと言われている」
「だろうな。相手に捕まったとき、余計な情報が流れるのを防ぐためだろ」
「おそらく。俺のAOC構成員ナンバーは、G01」
「なるほど。何人いるのか分からないナンバーだな。Gが国籍でドイツ。つまりドイツの一人目ってところか。おそらく捕まっても大丈夫なように、ドイツのAOC構成員全員が『G01』なんだろうな」
 ルドルフの顔が歪む。そこまで考えたことはなかった、という様子だ。
「で、自分の直属の上司も知らないわけか?」
「知らない。自分はドイツ人だが、それは国籍上のこと。いつかはアメリカのためにこの命を捧げるのだと物心つく前から教育されてきた」
「てことは、お前さんの両親も同じアメリカ側ってことか」
「俺を育てたのはそもそもドイツ人じゃない。ドイツ系アメリカ人で、この国に潜伏してもばれないようにしている」
「両親がアメリカ人じゃなくて、お前さんはドイツ人なのか?」
「ああ。血のつながりはない」
「そんな環境で育てられて、よくAOCになる決心がついたな」
「そうしなければ自分が殺されていた。心からアメリカに仕えることを喜びとし、自分の命を捧げられる人間以外は全て切り捨てられる」
「ほー、自由の国アメリカはやることがすごいねえ」
 もちろんヨウの言葉は皮肉だ。
「もちろん、昔からそう思っていたわけじゃない」
「ほう?」
「子供の頃は、自分がドイツ人で、周りの人間もドイツ人で、なんで自分だけアメリカのために命をかけなければいけないのかと思ったときもあった」
「それで?」
「子供のことだからな。できることはたかが知れている。そのとき一番仲の良かった友達にそのことを打ち明けた。自分はドイツ人だが、アメリカのために命をかけなければいけないのだと。もし自分が死んだら、そのことを覚えていてほしいと」
「予想はつくが、どうなったんだ?」
「次の日、その友達は家族ごといなくなっていた。蒸発したんだ。おそらくCIAが何かしたんだろう。口封じだな。自分のせいで一家七人、全員が消された。それ以来、誰にも話さないことに決めた」
「でも今はぺらぺらと喋っているな」
「捕まったときに何を話してもかまわないと上から言われている。末端程度の知識が相手に伝わったところで何も問題ないということなのだと思う」
「お前さん、AOCの一員であるのが嫌なのか?」
 本当にアメリカに忠誠を誓っているのなら、ここまで何でも話すようなことはしないだろう。自分の命にかえても秘密は守ろうとするに違いない。
「他のメンバーは知らないが、少なくとも自分は納得しているわけじゃない」
「それでもAOCから脱退することはしないのか」
「そんな素振りを見せたら自分が消される」
「なるほど。お前さん、俺に取引を持ちかけてるわけだな」
「そうだ。ネルフで自分を保護してくれるというのなら、自分はネルフに協力する」
「悪いがその取引には応じられない。お前がそうやって被害者ぶって行動し、自由を得たところで別の人間を暗殺するかもしれないからな。お前は一生、牢屋の中だ」
「そうか。ただ、ネルフの牢屋だったら少しは安心できる」
 ふう、と息をつくルドルフ。
「スタジアムで襲い掛かってきたのはアメリカのCIAか?」
「おそらく」
「おそらく?」
「さっきお前はグルだと言ったが、少し違う。AOCは必ず命令の通りに行動する。俺に対する命令は、サードチルドレンの抹殺だけ。方法は任せると書かれていた。ならば一人でやった方が確実だ。ただ、CIAが潜伏しているのは知っていたから、少し利用させてもらった。あらかじめ保安部の配置に変更をかけさせ、サードチルドレンを狙いやすくした」
「そのままCIAに任せていれば、シンジを暗殺できたんじゃないのか?」
「あんな遠距離からで確実に致命傷を与えるのは難しい。現に自分はこうして生きている」
「でもお前も失敗したな」
「サードチルドレンをかばったことで、あのガードの目は完全に欺いていた。そこまでは成功していた。ただ、あのフランス人が予定外だった。それについては自分の完全な失敗だ」
 失敗を他人のせいにしないというのは潔いというべきなのか。
「なるほど、よく分かった。AOCが予想以上に世界にはびこってることと、構成員を完全に掌握仕切れているわけでもないということがな」
「だが、任務が来れば誰もが必ずそれを実行する」
「教育ってのは怖いねえ」
 ヨウは席を立った。
「もういいのか?」
「ああ。トカゲの尻尾と話しても、これ以上分かることはなさそうだしな」






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