適格者番号:141200012
 氏名:赤井 サナエ
 筋力 −C
 持久力−B
 知力 −B
 判断力−B
 分析力−B
 体力 −C
 協調性−B
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 24.350%
 ハーモニクス値 34.31
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−C
 格闘訓練−C
 特記:全世界三人目の順調出世A。












第玖拾話
















 四月十一日(土)。

 朝からミーティングルームで新入りランクAの歓迎会を開くことになっていた。いつものように提案者はヤヨイ、そして企画・立案はコモモの仕事となった。そして、引越し蕎麦を作るのはシンジの仕事。タクヤも手伝いに来て、朝から一仕事となった。
「前回は結局、少し足りなかったんだよね」
「うん。人数分より少し多めに作ったつもりだったんだけど、みんながそれ以上によく食べたから」
 鍋に一度に麺を入れても、鍋そのものの大きさの問題がある。今回は前回の倍の人数が集まるわけだから、手間は二倍以上だ。
 あらかじめ大量の水を沸騰させておき、人数分の蕎麦をいくつかに分散させ、順番にゆでていく。ゆであがったものから水洗いしてから水気を切る。
 つゆは昨日のうちに造りおきしておいたものが冷蔵庫に入っている。こちらも人数分以上に作ってあるから問題はないだろう。
「おー、さすが主夫ズ。手際がいいなあ」
 シンジとタクヤを見て言うのはジン。エンも笑顔で作業を見守ってくれている。
「何か話す暇があるんだったら手伝ってよ」
「オーケー。何をすればいい?」
「食器とボウルの準備お願い」
「うん、分かった」
 というわけで結局二人も手伝わされ、何とか予定時間の二十分前には全て作業が完了。
「赤井さんにはもう連絡は行ってるの?」
「あの変人がしてないはずがないだろう」
「……変人って、神楽さんのこと?」
「他に誰がいる」
 ジンが悪びれずに言う。もしかして今のが褒め言葉だとでも思っているのだろうか。
「ヨシノはまだ出てこられないんだよな」
 ジンの質問にシンジが頷く。
「月曜日からだって聞いた」
「別にあいつが悪いわけでもないだろうに。ったく、会いに行くのも駄目だってんだからなあ」
「仕方がないよ。ヨシノはカナメの──」
 ふっ、と気が緩んだ瞬間に、涙がこぼれそうになる。
「悪い。こんな話をしたかったんじゃないんだけどな」
「分かってる。僕の方こそ、いつまでもうじうじしててごめん」
「かまわねえよ。まだ四日だぜ」
 ジンがシンジの首に腕を回す。
「ま、使徒が来るまではもう、変な事件は起こってほしくないぜ」
「同感」
 タクヤもシンジの手を取る。エンもだ。
「ありがとう、みんな」
 こうやって、みんなが慰めてくれる。
 だからこそ、今はまだ、がんばることができる。






 そして、全員集合のミーティングルーム。だが、まだ主役の赤井サナエはやってきていなかった。
「まだ五分前だからな。ゆっくり待て」
「そうは言ってもワシもう、腹ぺこや」
「いーからもう少し待ってようよ☆」
 わいわいとみんなが話す。既に準備はできていて、いつでも食事ができる状況だ。
 そして間もなく、ミーティングルームの扉が開いて、主役の彼女が入ってきた。
「しっつれーしまーす!」
 元気に飛び込んできたのは小柄な女の子。ごくごく普通のショートカットに、ごくごく平均的な顔立ち。
「はじめまして! アタシ、赤井サナエっていいます。よろしくお願いします!」
 こちらから話を振る前の自己紹介。思わずみんなそろって拍手。
「はじめまして。僕はランクAの班長をしている榎木タクヤ。まずはお近づきの印に、食事を用意してあるから、まずは一緒に食べようか」
「うんっ! もー、朝抜いてきたからおなかぺこぺこ!」
 随分と明るい女の子だった。シンジのときのようなどこか緊張した様子もなく、和やかムードだ。
「これからよろしくな、サナエ」
「うん、よろしくコモモちゃん!」
 コモモとサナエはランクBのときに同じ班だったので顔なじみだった。
「元気やなー、なんか、美綴のこと思い出すやないか」
 その不用意な一言。一瞬、シンジの表情が強張る。
「トウジ。お前、後で説教な」
 小声でケンスケが注意する。トウジは肩を落とす。
「さ、まずは食べようか。すっかりお腹がすいたしな」
 ジンが声をかけると、全員で「いただきます」を唱和して食事となった。
「それにしても、随分人数が多くてびっくりー」
 食べながらサナエが近くにいるコモモやレイ、レミあたりに話しかける。無論、レイは何を話しかけられてもただ黙って蕎麦を食べていたが、コモモとレミが丁寧に応対する。
「ランクA適格者と、そのガードが全員いるわけだからな。人数も多くなる」
「そうそう☆ あ、私、こう見えてもタロット占いできるから、後でサナエちゃんも占ってあげるね」
 そうこうしながら食事が終わり、タクヤとシンジとで後片付けが終わって自己紹介となった。
 各自、順番に自己紹介が行われる。そしてサナエが改めて自己紹介する番となった。
「今年中二になる赤井サナエです。でも三倍速いわけじゃありませんからっ!」
 何がどうして『でも』なのか分からないが、そのネタで笑ったのはトウジとケンスケ、コウキ、リオナ、そして意外にもエンだった。
「なんやなんや、ニックネームは『彗星』か?」
「うん、よく言われてた。おかげでもー、そっち方面の知識が無駄に多くて」
 マイペースに話をする女の子だった。
 だがシンジは、その自己紹介をどこか冷めて見ていた。
 いなくなった美綴カナメ。そして直後に入ってきた赤井サナエ。
(……どうしてカナメが、ここにいないんだろう)
 ぼうっと、ついそんなことを考えてしまう。
 出会ってから一ヶ月。あまりにも長くて、短い一ヶ月だった。
「ランクA適格者として、早く先輩方に追いつけるようがんばります!」
「期待してるぜ」
「……ふっ」
 コウキが応援し、ヤヨイが何故かポーズを取る。
「まあ、ランクBと違ってランクA適格者は明日休みだし、ゆっくり話すこともできるしね」
「それはランクB全員に対する挑戦と受け取っていいか、タクヤ」
「やだなあ、事実を言っただけだよ倉田くん」
 みんなが楽しそうに会話をしている。
 そして自分だけがその輪の中に入れないでいる。
「そういえば、サナエさんは順調出世でランクAまで来たのよね」
 リオナの質問に、サナエが元気よく頷く。
「はい! ネルフに来てからまだ日が浅くてよく分からないことも多いんです」
 一応、年上にはきちんと敬語を使っているらしい。
「どうして適格者に?」
「あ、えーとですねー、パパがネルフに勤めてて、それで検査をお願いしたら資格があるって言われたから、それならやってみるって」
 普通の、ありふれた理由。
 それがさらに、カナメのことを思い出させる。
「アタシでもできるんだったらやってみようかなーって」
「本当に?」
 つい、シンジは声を出していた。
「え、うん。本当だけど……」
「もしかしたら──」
「おーいちょっとシンジ、そこまでにしておけや」
 コウキが立ち上がって、シンジの肩を叩く。
「え、ちょっと、コウキ」
「悪いな、サナエちゃん。ちょっとこいついろいろあって錯乱してるけど、悪い奴じゃないから勘弁してくれや」
「え、あ、はい」
「カスミ、エン。何してる、ついてこい」
 コウキが強引にシンジをミーティングルームから連れ出す。
「ちょっと、何するんだよ!」
 部屋の外で、シンジはコウキにくってかかった。
「あのな、カナメのことで落ち込むのはいい。ただな、あの女の子はカナメじゃない。錯乱するな」
「錯乱?」
「確かに図ったようなタイミングだが、全部偶然だ。カナメに似た性格の子が来たのも、何もかもな。俺たちがこのタイミングで入ってきた順調出世A、しかもカナメ事件の後だ。何もしてないと思ったか」
「え」
「全部確認済みだ。昨日の時点で、MAGIに全部データ洗わせて、実際にサナエの親父さんにも会って、本人確認までした。家族丸ごと乗り変わってるんでもない限り、間違いなくただの偶然で、洗脳されたわけでもお前を狙ってるわけでも何でもない」
「……」
「カナメが死んだのとあの子の間には一ミリの接点もない。次に会うときはそこんとこ気をつけて話せ。カナメのことがショックなのは分かってる。でもな、無関係の奴にそれを押し付けるな。今のままならお前、自分の思ってること全部、あの子にぶちまけそうだからな」
「そんなこと」
「しないって言い切れるかよ。さっきお前、何言おうとした」
「何って」
「あのままなら、洗脳されてるんじゃないかとか、使徒教の関係者じゃないのかとか、余計なことばかり言うところだっただろうよ。とにかく今日は自分の部屋戻って、ゆっくり頭冷やせ。エン、ついてってやれ」
「うん。戻ろうか、シンジくん」
「……うん」
 そうしてシンジがとぼとぼとエンに腕を引かれながら戻っていく。
「やれやれ、大変だねえ、お前も」
 シンジを見送ったコウキにカスミが声をかける。
「別に、たいしたことでもないだろ」
「いや、頭が下がるよ。お前は本当に頭の中がシンジでいっぱいなんだな」
「まあな」
「嫌いな奴のことをそこまで考えなきゃいけない気持ちってのは、どういうものなんだ?」
「はっきり言うね、お前」
「お前がシンジのことを嫌いなのは、誰の目にも明らかだろ」
 コウキは肩をすくめた。
「何をもってそう言われてるのか分からないぜ」
「だいたいお前にはもともと感情なんかないだろ。はっきり言わせてもらうぜ。お前こそ、シンジにあたるのはやめろ。シンジがかわいそうだ」
 しばし、二人の間に沈黙が流れる。
「お前は、全部を知っているんだよな?」
「何言ってんだよ、カスミ」
 ぽん、とコウキはカスミの肩を叩く。
「MAGIにハックできるお前の方が知ってることは多いだろうさ。俺は何も知らねえよ。俺はただシンジを守るだけだ」
「お前、シンジの──俺たちの敵になったりはしないよな」
「そんな、何かのフラグみたいなこと言ってんじゃねえよ」
 そしてコウキもまた自分の部屋へ戻る。
(ったく、コウキのお目付け役かよ、俺は)
 カスミはため息をついてコウキの後を追った。






「今の人が碇シンジくんかあ」
 シンジが出ていった後をサナエが見送ると、はあ、とため息をついた。
「この本部のエースパイロットだよ」
 タクヤが言うとサナエも「知ってる」と頷く。
「でも意外。もっと威張ってる人を想像してた。だってあのお父さんの息子でしょ?」
 その表現に思わずみんなが吹き出す。たしかにシンジはあの父親には似ていない。
「きっとシンジは母親似なんだよな」
 コモモの何気ない一言だったが、それにサナエが反応する。
「ユイさんかあ。確かにお母さん似だね」
 すると、全員がサナエの方を見た。
「……知ってるのか?」
「ユイさん? うん、まあ」
「そういやシンジのお母さんって、見たことないよな」
 ケンスケがトウジに尋ねる。そうやな、とトウジも頷く。
 シンジの家は、ずっと父一人、子一人だった。そこに冬月が保護していた綾波レイが入ってきた。それからはゲンドウは家に帰らなくなり、ずっと子供二人で過ごしてきた。
 碇シンジの母親。
「あなた、何を知っているの」
 素早く動いていたのは綾波レイだった。
 レイはサナエの前に立って睨みつける。いや、本人にはその意識はないのだろうが、彼女の無表情さは睨むという表現がもっともふさわしい。
「ユイさんは、私にとっては育てのお母さんみたいなものだから。パパがずっとネルフで働いていて、パパの近くにいるときは、いつもユイさんが私にいろんなことを教えてくれた」
「……それだけ?」
「それだけ。ユイさんにシンジくんっていう子供がいるのを知ったのは適格者になってから。聞いてからは一度会ってみたいとは思ってたけど」
 レイはまだ納得のいかない様子だったが「そう」と言って離れた。それ以上は追及する気はないらしい。
「碇ユイ──エヴァンゲリオン初号機の作成者。ネルフ内部では彼女の存在はトップシークレット。ただ、作成者としての名前だけがレベル七の機密情報として登録されている」
 と、突然話題を提供したのは、こちらも謎の少女を自称する神楽ヤヨイだった。
「公式記録では二〇〇四年に死亡したことになっているわ」
「うん。アタシが会ったのが三歳か四歳の頃だから、それくらいだと思う。おぼろげにしか覚えてないけど」
「どうして死んだのか、知らない?」
 ヤヨイが迫力ある様子で尋ねた。だがサナエは首を振るだけだ。
「事故があったって聞いてるけど、それ以上は」
「そう」
 ヤヨイもまたそれ以上を尋ねない。
「なんだか妙な会話だな、おい。レイ、ヤヨイ。お前ら、その碇ユイっていう人物に何か含むところでもあるのか」
「何もないわ」
 レイは取り付くしまもない。だが、
「ないわけじゃない」
 ヤヨイは別だった。
「ただ、今のシンジくんにはあまり関係のない話だけど」
「なんだそりゃ」
「碇ユイという女性がエヴァンゲリオンを作り、その子供が高いシンクロ率を持っている。そこに何かの関係を求めるのは間違い?」
 ヤヨイの質問に、誰も反応できない。
「だが、それを言うなら美坂シオリという子だってシンクロ率が高かったんだろう」
「そうね。いったいそのあたりにどういうカラクリがあるのかは分からないけど、いずれにしてもシンジくんのシンクロ率が高いのは偶然じゃないし、偶然じゃなかったからこそネルフはシンジくんを強引にランクBまで上げた。それは間違いない」
「仕組まれていたっていうのか」
「そう。あなたたちだって知っているはず。シンジくんと同期のメンバーは全員、シンジくんがいつかランクBまで上がってくることを知っていた。そうなのでしょう?」
 ジンとヤヨイが睨み合う。だが、その会話を止めたのはコモモだった。
「待ってくれ、ヤヨイさん。勘違いしているみたいだけど、私たちはそんなこと何も知らされていない。ただ──」
「ただ?」
 コモモが少し言葉を整理してから言う。
「ただ、私たちは、同期の仲間たちを助けるために協力しあおうって、最初の日に誓った。それだけだ。だからシンジが苦しんでるなら全員で助けるし、シンジのためなら何だってやってやる。それだけの覚悟を持ってる。それ以上は何もない」
「……そう」
 ヤヨイがちらりとマイを見た。
「食事、ごちそうさま」
 そしてヤヨイもミーティングルームを出ていく。ガードのマイがそれについていく。
「なんか妙な雰囲気やなあ」
 トウジが腕を組んで言う。
「そうだな。隠し事をされるのは俺たちもあまり嬉しいもんじゃない」
「はっきりしないのが嫌なのは、神楽やお前たちだけではない」
 ケンスケの不満に答えたのはダイチだった。
「同期メンバーの中で詳しいことを知っているのはおそらく、カスミとコウキの二人だけ。それ以外は何も知らないのと同じだ」
「なんだって?」
「俺が適格者になるとき、剣崎さんに言われたことはたった一つ。同期のメンバーと仲良くしろ。これだけだ。もっとも、桜井が口火をきって仲良くしようって言ったから、俺もそれに乗った。そして仲間を守ると決めたらその通りに行動する。それで充分だと思った。だからそうしている。だから、お前たちは知りたいのなら責める相手を間違っている。聞きたいならカスミかコウキに聞けばいい」
「お前はどうなんや」
「俺は仲間を守ると決めた。それ以上に理由はいらない」
 ダイチはあっさりとそう答える。そしてランクAのカズマを見た。
「……そうだな。別に俺たちがすべてを知っている必要はない。俺たちの目的は使徒を倒すことで、上が何を企んでいるのかということとは無関係だ」
「なんかぎすぎすしてるのはやだな。ボク、みんなと仲良くしてられるのが一番だと思う」
 レミが言う。そうね、とリオナも頷いた。
「ごめんな、サナエ。せっかくの歓迎会だったのに」
 コモモがうなだれて言う。だがサナエは首を振った。
「ううん、人間関係なんて難しいものだっていうのは分かってるからね。それに、コモモがそうやってみんなやアタシのことを気遣ってくれてるのはみんな分かってると思うよ。アタシはコモモと友達になれると嬉しいな」
「うん。私も嬉しい。というよりも、ここにいるみんな、サナエのことは友達だと思ってるぞ。そうだろ?」
 もちろん、という様子で誰もが頷く。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
 サナエは笑顔で頭を下げた。






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