ネルフ第二支部。アメリカのネバダ州に存在し、ランクA適格者二名を含め、二五〇名を超える適格者と、エヴァンゲリオン運用のため、三千名の職員が在中。
 ランクA適格者は二人とも男子。ビリー・デイヴィスと、リバー・ロッジ。いずれも今年十四歳になる少年たち。
 その二人を含めた、第二支部の全てが、消滅。
 完全に跡形もなく、消え去った。












第玖拾弐話
















「何があったの?」
 リツコは動揺を抑えて尋ねる。どんな場合であっても、まず状況を把握することが必要だ。
『私は中にいませんでしたから詳しくは分かりません。ですが、エヴァンゲリオンの起動実験の際に何かがあったのは確かでしょう』
「それは分かる?」
『残念ですが』
「そう。分かったわ、そちらで調査して何か分かったら教えてちょうだい」
『了解しました』
 そして通話が切れる。ただちにリツコは指示を飛ばした。
「アメリカ第二支部の調査を大至急で。第一支部の実験はそのまま実行してちょうだい」
「な、何があったんですか」
「動揺しないように、気を落ち着かせてくれるかしら」
 全員が集中したようなのを見てから伝えた。
「第二支部が消滅した、と連絡が入ったわ」
「しょ、消滅!?」
 オペレーターが声を上げる。
「いったいどうして」
「それは調査してみないと分からないことよ。MAGIのデータを起こして。エヴァンゲリオンの起動実験の記録を丁寧に見てちょうだい。MAGIにはリアルタイムで保存されてるはずだから、消滅直前までの記録が残されているはずよ」
「は、はい!」
 ただちにMAGIのデータが洗われる。だが、
「だ、駄目です。プロテクトがかかっています」
「貸して」
 オペレーターの席にリツコが座り、その数値の羅列を見る。
「なるほど。これはかなり、手強いわね」
 一瞬、リツコの体が硬直したように見えた。だが、次の瞬間には凄まじいスピードでキーボードを叩いていく。
「み、見えない」
 その指の動きが尋常ではない。いったい何を打ち込んでいるのか、画面がみるみるうちに流れていくのでそれを追うのがやっとだ。
「MAGIの知識で私と勝負するなんて、いい度胸じゃない」
 リツコが軽口を叩く。これは久々に戦いがいのある相手だった。
「でも、まだまだね。私の知らないプロテクトを使わないと、防壁にはならないわ」
 エンターキー。すると、ディスプレイに第二支部のモニタ画像が映った。
「す、すごい」
「序の口よ。さあ、ゆっくり見せてもらいましょうか」
 起動実験が開始される。シンクログラフ、パルスパターン、そしてハーモニクスの数値が表示され、さらには──
「ストップ」
 リツコはそこで画像を停止して、巻き戻す。
「ここね。余計な作業が入っているわ。これは何?」
 支部責任者が何やら指示を出し、オペレーターがそれに応えている。その直後、

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

 二機のエヴァンゲリオンが、雄たけびを上げた。そして、強烈な光──ホワイトアウト。
「エヴァンゲリオンが暴走していたわね」
 零号機の事件を思い出す。あのときは綾波レイがコントロールを無意識のうちに完全に放棄し、エヴァンゲリオンが勝手に動き出したものだったが、今回は違う。直前まで、数値におかしいところはなかった。責任者の指示があった直後、変化が起こった。いったい、何をしたのか。
「赤木博士。アメリカ政府から連絡が入っています」
「早いわね。もう連絡がいったのかしら」
「状況の説明を求めるとのことですが」
「いいわよ。こちらにまわして」
 リツコはそのまま受話器を取る。
「はじめまして、大統領。エヴァンゲリオンの責任者、赤木リツコです」
『どういうことか、説明を求めたい』
 アメリカ合衆国大統領、ニコラス・J・ベネット。反ネルフ派の筆頭と目される人物である。
「説明と申しますと、ネバダの件ですか」
『そうだ。君たちがいったい何のためにネバダを消滅させたのか。それを聞いておこうと思ってな』
 なるほど。責任のなすりつけか。いや、それよりもアメリカが日本を目の仇にしているのは分かっている。これを理由に日本を攻撃でもするつもりか。
「詳しくは今調査していますが、どうもネバダ第二支部の責任者の独断専行があったようですね」
『何?』
「本部が出した指示に従わず、シンクロ実験の際に別の作業をした可能性があります。それもご丁寧にプロテクトまでかけて本部に分からないようにしていたみたいですが、甘かったですね。私にこの程度のプロテクトは通じません。もう少しお時間をください。誰が余計なことを指示したのかまで、完全につきとめてみせますから」
『君たちが指示したのではない、と言うつもりか』
「現場を管理できなかった責任はありますが、これは別のところからの横槍が入っているのが一番の原因ですね。エヴァンゲリオンが完全に暴走しています。それも、第二支部が余計なことをした直後にです。これで犯人が分かったとしたら、その人物は何があっても死刑です。何しろ国際法でランクA適格者を殺せば死刑と規定されていますからね。それは大統領であっても例外ではありません」
『何?』
 ベネット大統領が聞き返す。
『私が指示したと言いたいのかね』
「いえ、仮定の話です。誰であれ、例外は存在しないと」
『当然だ。何があっても犯人とやらを見つけろ。これがテロだというのなら、アメリカは断固として戦う』
「テロというわけではないでしょう。何があったのか、正確なことが分かるまではお待ちください」
『早く解決してもらいたいものだ』
 そして電話が一方的に切られる。まあ、大統領の気持ちも分からないでもない。ネバダ州はもう大混乱だろう。それがアメリカ全土、いや世界中に飛び火するまでには一時間とかかるまい。
『何があった?』
 アイズが通信を入れてくる。
「そうね。ちょっとしたトラブルだけど、実験には影響ないわ。実験が終わったら詳しく説明するから、まずは続けてちょうだい」
 アイズはしばらく考えた後に『了解』と応えた。
「どう、解析の方は」
 オペレーターに尋ねると「よく分かりません」という答があった。
「どうもここで何かしてるのは分かるんですけど、何かの起動スイッチくらいで、よく分からないんですよね」
「ということは、既に機体に何か搭載していたっていうことね」
 余計なことをしてくれる。ランクA適格者二名と、三千人の命。いったい何だと思っているのか。横槍を入れたのはいったい誰なのか。
(何の準備もなくできることじゃない。ということは、過去に遡って調査する必要があるわね)
 だが、いったい誰がそんな余計なことをしたというのか。アメリカの独断専行があったのか。それとも──
(……総司令が?)
 その可能性はある。むしろ、その可能性は高いのではないか。
 さきほどの狙ったようなベネット大統領の電話。あれは、総司令が犯人だと確信してかけてきた電話ではないか。そして、自分がそれに気づいていなかったから、大統領は電話を切り上げた。
(帰ったら、追及してみる必要がありそうね)
 だが、事実は絶対に明らかにする。たとえゲンドウの指示であったとしても、このような暴挙を放置することはできない。






 四月十三日(月)。

「やれやれ、とんでもないことをしてくれたな」
 御剣レイジのところに一報が入ったのは、日本時間の四月十三日、午前六時。アメリカニューヨーク時間ではまだ十二日の午後四時にすぎない。それから午前の公務を全てキャンセルして、ネルフ本部までやってきた。ゲンドウが何を企んだとしても、それを通信機器を使って話すことはできない。どこで盗聴されているのかなど分からないのだ。
 ネルフに到着したのは午前八時十二分。普通に公道を来たのではそんな時間に到着することはできないはずだったが、それを可能にするのが首相の権限というものだ。
「何のことだ」
 ゲンドウは手を組んだまま、首相に聞き返す。
「アメリカの動きを封じると言ったな。だが、民間人に被害を出すなと言ったぞ」
「ネバダの件か」
「お前の仕業だろう」
「勘違いをしてもらっては困る。これは事故だからな」
 ゲンドウは表情を変えずに答える。
「事故だと?」
「そうだ。いずれはエヴァンゲリオンに搭載しなければならない重要な機関である、S2機関。その稼動実験をしただけのことだ。それが暴走したのは残念なことだ」
「お前は、こうなることも念頭に入れていたな」
「心外だな。実験は成功した方がいいに決まっている。ただ、被害が起こる可能性があるのなら、日本ではない場所で起こしてもらいたかった。アメリカなら最適というものだろう」
 レイジは頭を押さえる。つまり、ゲンドウの指示であることは間違いないということだ。
「アメリカの日本に対する風当たりは強くなるぞ。もしもこれが日本の仕業だと言い出したらどうする」
「言うだけならタダだ。こちらには証拠がある。問題ない」
「証拠だと?」
「事故を起こすためにS2機関を搭載させたと思っているのか? S2機関を搭載したのはアメリカの独断。それを責め、S2機関が搭載されたエヴァを日本が回収する。それがベストのシナリオだった」
「……本当だろうな」
「それについては、私が保証しましょう」
 隣に立っていた冬月が口ぞえする。
「正直、事故が起こったとしてもここまでの規模になるとは思っていなかった。S2機関は予想を上回る力を持っている。こちらも万全の準備をしていたのですが、本当に今回の事件は想定外なのです。この男は、それをあからさまにするのを嫌がっておりますがね」
 ゲンドウの顔がようやく歪む。なるほど、つまり先ほどのは強がりか。
「だが、事故が起こることを想定はしていたのか」
「もし事故が起これば、高確率でエヴァンゲリオンだけがディラックの海、虚数空間に取り込まれることになっていた。適格者二名の命は失われるが、それ以上の被害にはならなかった。アメリカを責める口実にもなる。どちらに転んでもいいはずだった」
「それが予想以上の被害になってしまったということか」
 レイジは状況を全て把握すると立ち上がった。
「分かった。ならばこちらもそのつもりで行動しよう。アメリカの独断専行。それが『判明』次第、ただちに日本政府に連絡を寄越せ」
「ああ」
 こうして、日本のトップ会談は終了した。御剣レイジとしては納得のいかないところもあったが、積極的に事故を起こしたのではないということが分かったのなら、今はそれでいい。






「で、どうだ。アメリカの様子は」
 コウキはMAGIにハッキングを続けているカスミに尋ねる。朝から情報収集に忙しい友人は肩をすくめた。
「駄目だな。まるで情報が入ってこねえ」
「今日から授業開始だってのに、これじゃ授業どころじゃねえな」
「そりゃまあ、そうだろ。今日は一日中テレビを入れっぱなしにしておかきゃならないだろうよ。大統領の会見まであと四十分。日本時間の午前九時だ」
「何を発表するのか楽しみだな。どうする、全員で見るか?」
「いらねえよ。それよりMAGIと話してた方がいい」
「ったく」
 コウキはその相棒の作業をただ見つめている。
「ドイツに日本、アメリカと、適格者が次々に死んでるな」
「これで終わってほしいもんだぜ。使徒戦が始まる前から脱落してどうすんだよ」
 カスミがもっともな意見を言う。その通りだ。まだ使徒戦は始まってすらいない。
「第一支部の方の実験は?」
「それは無事に終わっている。『天才』アイズ・ラザフォードは34%だそうだ」
「ほー。それはそれは」
「見るか?」
 するとディスプレイに別窓が開かれて、三人の顔写真と数値が出される。
「やな顔があるぜ」
「アイズ・ラザフォードか? まあ、確かに二枚目だな。俺といい勝負だぜ」
「そうじゃねえよ」
「俺の顔が悪いってのか!?」
 カスミが突然怒り出す。まあ確かに、カスミの見た目はかなり上だが、別にそんなことを言ったわけではない。
「違う違う。ラザフォードじゃなくて、こいつ」
 コウキが指をさしたのは残り二人の少女の片割れ。
「こいつ、いやな目をしていやがるぜ。昔の俺みたいだ」
「そうか? 可愛い顔してるように見えるが」
「作り物だろ。こいつは演技をしている顔だぜ。こんな奴がランクA適格者とは思わなかった。やっかいな相手になりそうだ」



 キャシィ・ハミルトン。コウキが指をさしていたのは、朗らかな笑顔を浮かべる少女の方だった。






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