適格者番号:130901011
 氏名:アイズ ラザフォード
 筋力 −A
 持久力−A
 知力 −A
 判断力−A
 分析力−A
 体力 −A
 協調性−C
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 34.101%
 ハーモニクス値 42.55
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−A
 特記:天才的ピアニスト。












第玖拾肆話
















 ヨシノとシンジは地上までやってきた。太陽の光を浴びたい、というヨシノの希望だった。ここ数日、ヨシノはずっと自室謹慎だった。その反動だろう。エンは二人から少し離れたところにいる。普段ならヨシノに任せておいても大丈夫だが、今のヨシノはカナメの事件で情緒不安定だ。万が一のことを考えて、いつでも二人の間に割って入らなければいけない。さすがにヨシノがシンジに襲いかかることはないだろうが、どんな場合にも対応できるように銃は携帯している。
(まあ、ヨシノに限って何もないだろうけど)
 二人は日の当たるベンチに座って話を始める。
 今回の事件でもっとも衝撃を受けたというなら、それはシンジとヨシノの二人だ。シンジはカナメの恋人、ヨシノはカナメのガードにして親友。だからこそこの二人は話をしなければならない。今までのことを、そしてこれからのことを。
「私、さ」
 先に口を開いたのはヨシノ。
「カナメのことが本当に好きだった。あの子に幸せになってもらいたかった。シンちゃんと一緒にね」
「うん」
「でも、カナメには伝わらなかったのかもしれない。私、あの子のためにしてあげられたことって何かあったのかな」
「ヨシノが、カナメのためにいろいろしてくれてたっていうのは聞いてる」
「そうね。でもそれは、私の勝手な押し付けだったのかもしれない。もし私がカナメに信頼されていたら、あの子はきっと私のところに逃げてきたはず。ガード失格どころじゃない、友人失格よね。私、どうすればよかったのかな」
 それから、ヨシノはゆっくりと話し始めた。シンジがドイツに行っていた間のことを。
 洗脳されていたことが明らかになり、ゆっくりとカナメが壊れていく過程を。
「そんなことが……」
 全部を聞き終えて、シンジはゆっくりと息を吐き出す。
「そう。だから、私はシンちゃんに問いたださないといけない」
「僕に」
「ええ。カナメが死んだのは他の誰でもない。私のせい。それは分かってるけど、でも」
 ヨシノは自分が充分に悪いと分かっている。だがそれでも、カナメを助けられる方法は他にもあったはずなのだ。
 シンジになら。
「どうして、カナメに返信しなかったの?」
 そう。
 ヨシノが一つだけ、どうしても納得のいかなかった事実。
「シンちゃんがメールをくれたなら、カナメはあそこまで追い込まれることがなかったと思う」
「それは」
「私が悪いのは分かってる。でも、あの子の傍にいた私だからこそ分かることもある。シンちゃんからのメールを待っていたあの子は、シンちゃんから優しい言葉があればそれで充分だった。私では力不足だった。でもシンちゃんなら」
 ヨシノの顔は、嘘を絶対に許さないという意思に溢れていた。
「ごめん」
 シンジはヨシノの顔を見られない。
「僕は、あのとき、完全にカナメのことまで頭が回ってなかった」
「ドイツで事件が起こったっていう話よね」
「うん」
「死んだのは、フランスの適格者だって聞いたわ」
「うん」
「仲良くなったの?」
「うん」
「……好き、だったの?」
 その言葉は、シンジの心にぐさりと刺さる。
 そう。たとえ意識していなかったとしても、今のシンジには分かっている。
「……うん」
「カナメよりも?」
「それは……」
 分からない。だが、あのときは間違いなく、カナメのことは頭になかった。
 目の前でマリーが撃たれて、そして。

『Je t'aime』

 彼女の言葉が、耳から入ってくる。
 あのとき、自分は確かに、何かが変わった。
 カナメより優先したというわけじゃない。だが、
(マリーに惹かれていた自分に気づかされたんだ)
 それが多分、大きな違い。撃たれて、死んで、それで初めて彼女の存在が自分にとって大切なものだと気づいた。
「そうなんだ」
「僕は」
「そうね。何も聞かないのは不公平よね。ドイツで何があったのか、話してくれる?」
 ヨシノは相手を責めるのではなく、何があったのかを尋ねる。
 そしてシンジもまた、ゆっくりと自分にあったことを話し始めた。
 ドイツで出会った彼女のことを。
 一人でトレーニングに励み、自分に全力で向かってきて、そして。
 自分をかばって、凶弾に倒れた。
「マリーは、僕を好きだって言ってくれたんだ」
「そうなんだ」
「僕はあまり意識していなかった。でも、撃たれたとき、僕は」
「失われて初めて気づいちゃったわけか」
 ヨシノは、なるほど、と頷く。
「カナメのことを優先してほしかったとか、考えてほしかったとか、もちろん私の中にはあるけど、でもそれはシンちゃんの考えることだし、シンちゃんも分かってることだからね。でも、一つだけ聞いてもいいかな」
「うん」
「ひどい質問だよ」
「うん」
 それじゃあ、とヨシノはじっとシンジを見つめる。
「もし、カナメとマリーさんのうち、どちらか一人を生き返らせることができるとしたら、どちらを望む?」
 これは、核心をついた質問だった。
 どちらが好き、と聞いたのではない。だが、この答は単純に好きかと聞くよりももっと重いものを孕んでいる。
「分からない」
「カナメ、じゃないんだ」
「ごめん。僕にはどちらも大切な人だから」
「いいわよ。そういうところもシンちゃんらしいしね。でも、一つだけ言わせて」
「うん」
「二人のことはもう終わったことよ。これ以上、どうすることもできないわ。でも、シンちゃんは生きてるし、これから先、いろんな人と出会っていく。そのとき、もし好きになった人ができたなら、その人以外のことを考えたら駄目。たとえ誰と比べても、その人を最優先しないと駄目。もし命の選択をするのなら、他の人を見殺しにしてでも一番大切な人を助けて」
 シンジは頷く。
「それじゃあ、最後に、一回だけ、叩いてもいい?」
 それを相手に尋ねるあたりがヨシノらしいというところか。
「うん」
「そう。じゃあ、立って。思い切りいくから」
 そういえば、ドイツから帰ってくるときもアスカに思い切り叩かれたのだった。あれはマリーを死なせたことへの制裁だったが、今度はもっと重い。
 自分の罪に対する罰なのだから。
 シンジは歯を食いしばる。そして目を閉じた。
「いくわよ」
 ヨシノは手を振り上げる。そして、体重をのせて思い切り手を振りぬいた。
 その勢いで、シンジは二歩よろめく。
「今の話、他の誰にも言っちゃ駄目よ」
「言わないよ」
「でしょうね。もしそのことでまだ悩むようだったら私に相談しなさい。かわいそうなシンちゃんのために、使徒戦が終わるまではここにいてあげるから」
「ヨシノ」
「泣きそうな顔するんじゃないのよ。大丈夫。今にカナメやマリーさんよりももっと好きになる女の子が現れるわよ」
 話は終わった。お互いの話が長くなったせいか、いつの間にかもう二時間も話し込んでいた。
「もう五時間目も半分すぎちゃったわね。私、戻るわ」
「うん」
「明日からはまた普通にやりましょ。それじゃ」
 そう言ってヨシノは立ち上がる。
 去り際に笑顔を残したヨシノが、シンジから離れていく。
 その顔が。
 徐々に、変わっていく。
(なに、ふざけたこと言ってんのよ)
 許せない。
 たった一週間だ。たったの一週間で、日本にいた彼女のことを忘れて、別の女の子を好きになったというのか。それも、カナメを見殺しにして。
 いや、考えてみればカナメと付き合うようになったのも、ランクAに上がってからたったの二週間。それも、相手から好きだといわれて、流されるように。
(あきれた。自分のことが好きなら誰でもいいってこと?)
 考えれば考えるほど腹が立ってくる。
(そんな主体性のないやつのせいで、カナメは)
 シンジに関わる女性は、誰も彼も不幸になるのだろうか。カナメ、マリー、そしてセラ。
 シンジがもっと主体的で、自分のことを自分で考えるような人間だったなら、自分の大切なものを定めて揺らがない人間だったなら、きっと今と同じようにはなっていないだろう。
 だが、それは所詮、たら、れば、の世界。シンジはシンジにすぎない。親の愛情を受けず、周りに壁を作って生きてきた孤独な少年が、少し優しくされて自分の気持ちを勘違いしたところで、誰に責められようか。
(でも、私は許さない)
 心に固く誓う。
(カナメを傷つけたこと、絶対に許さないから)






 アイズ・ラザフォードは目が覚めるとまずテレビをつけた。予想通り、ネバダの事件で大賑わいだ。どこも特別番組を作って報道している。
 どこの番組も、エヴァンゲリオンの安全性や問題点について言及している。今後似たような事件は起こらないのか。何故日本とドイツでは成功してアメリカでは失敗したのか、云々。
「他国とアメリカで決定的に違うのは、国が本気でネルフへ協力しようとしているかどうかの姿勢、ここにあります」
 と、たまたま繋いだチャンネルに、面白い意見を言う女性がいた。
「日本やドイツでは、国を挙げて起動実験に協力していましたが、アメリカは違います。通常兵器にこだわり、エヴァンゲリオン開発が他国よりも遅れている状況です。むしろ現場に完全に任せっきりになっていたと言ってもいい。何度かネバダ第二支部を見にいきましたが、国からの援助については本当にすずめの涙ほどでした」
 痛烈な政府批判。この国では言論の自由が認められているとはいうものの、実際はそうではない。危険分子は排除し、表舞台に出てこられないようにする。それがアメリカという国の正義。
「現場の独断専行を大統領は責めているようですが、その前に充分な監視、抑制機構すら持たなかった国の責任は非常に重いといわざるをえません。政府がネルフへの協力を惜しんだために起こった、ある意味必然的な事故だったのです」
 コメンテーターの名前には聞き覚えがあった。正確にはそのファミリーネームにだ。

 クローゼ・リンツ。

 ネルフに出資する『リンツ・カンパニー』代表の直系孫娘。テレビ画面には彼女の略歴が紹介されている。十七歳にして経営の博士号を取得。自らカンパニーの子会社の代表取締役を行っているとのこと。
(ネルフへ出資している以上、ネルフの肩をもたなければならないのは分かるが)
 こうもあからさまに政府を批判したのでは、いったいどういう報復行為が来るかは分からない。リンツ・カンパニーは国内での活動を制限されるかもしれない。リンツ・カンパニーはもともとドイツ系の企業。アメリカ支社がなくなっても本体には影響がないかもしれないが。
(さて、ベネット大統領はどう出てくるかな)
 無論、放置するような大統領ではない。敵はどんな方法を使ってでも叩く。それがアメリカの国益につながるのならば。それが『アメリカ』であり『ベネット』だ。
(こちらにまで飛び火しないでくれればいいが)
 自分はただ適格者としていられればいい。使徒と戦うのは無論問題ないが、その適格者資格を取り上げられるのは困る。
 これからの世界情勢は、難しくなる。それを考えさせる今朝の一幕であった。






 放送終了後。クローゼ・リンツは楽屋へと引き上げる。その途中、日系人の男女二人組みのうち、男の方が「よっ」と声をかけた。
 すると、番組では真剣な表情だったクローゼが、途端に年相応の少女のものに戻る。
「軍曹」
 クローゼは、笑顔のままその男に抱きついた。
「お会いしたかったです。ご無事で何よりです」
「こっちの台詞だ、クローゼ。ネバダが消滅したって聞いた日にゃ、心臓が止まるかと思ったぜ」
「お久しぶりです、クローゼ様。お元気そうでなによりです」
 男と女がそれぞれ挨拶する。

 武藤ヨウ、そして南雲エリ。

「お前、自分が何をしでかしたか分かってんだろうな」
 ヨウが言うと、クローゼは再び真剣な表情に戻って頷く。
「もちろんです。私の発言で、アメリカは大きく揺らぐことになるでしょうから」
「分かっててやったのか。やっぱりお前はたいした奴だな」
「買いかぶりです。私は軍曹の足元にも及びません」
「軍曹はちょっと特殊ですからね」
 エリが場を和ませようとするが、逆にヨウから殴られる。
「痛いです」
「愛の鞭だ。受け取っとけ」
「クローゼ様、軍曹を厳しくしかってください。いつもこうなんですよ」
 むー、と涙目でエリがクローゼに訴える。だがクローゼは苦笑するばかりだ。
「相変わらず軍曹と仲がいいみたいですね、エリさん」
「上司を間違えました。今から五年前に戻ることができれば」
 よよ、と泣くふりをする。いい度胸だな、とヨウが青筋を立てる。
「とにかく、リンツ・カンパニーは真っ向からアメリカに喧嘩を売ったわけだが、どうするつもりだ?」
「とりあえず私もアメリカを離れます。もうその準備はしてありますから」
「手際がいいな。どこに行くつもりだ?」
「日本へ」
 クローゼが言うと、ヨウが顔をしかめた。
「そりゃまた、なんで」
「軍曹がいらっしゃいますから」
「冗談はさておき」
「半分は本気なんですけど。実は、碇のおじ様から頼まれたんです。アメリカを追い込むのに協力してほしいと」
「あの爺の入れ知恵かよ」
「どういう形でというのはお願いされてなかったので、私の一存で決めましたけど」
「それで日本で引き取ってもらおうってことになったのか」
「ええ。軍曹が日本に行かれてしまったので、私も日本に行く方法を考えていたんです。そこで赤木博士に協力する形で一緒に日本に連れていってもらえばいいと思い、碇のおじ様にお願いしたら、快く了承をいただきました」
「あの髭親父がねえ。ま、仲間は多いにこしたことはないか。大事な金ヅルだしな」
「もちつもたれつ、です。ネルフの研究結果はカンパニーにとっても大事な資金源ですから」
 ヨウは肩をすくめた。
「それで、すぐにでも出発するつもりか?」
「はい。何しろ、もう私はアメリカ政府にとっては指名手配犯も一緒ですから。できればこの建物から無事に連れ出していただけると嬉しいです」
「さすがのアメリカもそこまで手回しはよくないだろ。ま、万が一は考えるけどな。準備は?」
「できています。というより、身一つです。必要なものは日本でそろえますから」
「上等だ。じゃ、行くぜ」
 そうして三人は慎重に移動を始めた。






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