適格者番号:121101010
 氏名:マリィ・ビンセンス
 筋力 −B
 持久力−B
 知力 −S
 判断力−A
 分析力−S
 体力 −B
 協調性−C
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 28.331%
 ハーモニクス値 39.33
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−B
 格闘訓練−C
 特記:MITで飛び級で博士号を得る。












第玖拾伍話
















 四月十四日(火)。

 新年度が始まって二日目のこの日、いつものように勉強を終えたシンジはエンと共に格闘訓練場へ向かう。
 いつものように集まっているメンバー。授業終了とほぼ同時くらいには出ているのだが、どうして周りはこうも早く集合できるのだろう。昨日、今日で遅かったのは自分とエンの組、そしてタクヤとジンの組だ。コウキ・カスミ組は早くに到着したどころか、もう既に訓練を開始できる状態だ。
「おう、遅かったなシンジ」
 カスミが声をかけてくる。
「真道くんが早すぎるんだよ」
「そりゃ、三時間目からここにいたからな」
「授業は?」
「そんなもん聞いて、なんの得になるんだよ」
 早いわけだ。シンジは心から納得する。
 そして最後にやってきたのは、新人の組だった。
「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」
 さわやか元気っ娘の赤井サナエと、その隣を憮然とした表情で歩く染井ヨシノ。
「ヨシノ」
 コモモがレイから離れて話しかけに行く。
「昨日はごめん。ヨシノの気持ちも考えずにいろいろ言いすぎた。謝る」
 コモモは九十度に体を傾けて謝る。
「そうしましたら、桜井さんは私に言ったことが間違いだったとおっしゃるの?」
 相変わらずの猫かぶり。まだこの中にはヨシノの正体を知らない人間が半数存在する。
「思っていない。でも、ヨシノの気持ちを考えずに言ったのはよくないことだ。だから謝る」
「なるほど。あなたらしいですわね。分かりました。そういうことなら謝罪を受け入れます」
「すまない」
「気になさらないで。あなたのそういうところが、私は好きなのですから」
 ヨシノがお嬢様っぷりを見せるが、それを聞いていた同期メンバーは露骨に視線を逸らしている。
 と、その会話にサナエが入り込んできた。
「ヨシノさんって、本当に凛々しいですよね。言葉づかいも丁寧で」
 笑顔でサナエは言う。その言葉の重みも知らずに。
 瞬時にヨシノの顔つきが強張る。あれ、とサナエが慌てる。
「何か、気に障ること言いましたか?」
「……気にしないでいいわ。あなたのせいじゃないもの」
 ヨシノは少し諦めたように苦笑すると、サナエから距離を置く。誰か適当な訓練相手を探しに。
「アタシ、やっぱりヨシノさんに嫌われてるのかなあ。あんまり話してくれないし」
 はあ、とため息をつくサナエ。いつも元気な彼女が珍しく落ち込んでいる。
「まあ、ヨシノの場合は事情が事情だからな」
「分かってるけど」
「ま、あんまり気にするなよ。よかったら今日は私とやるか? あんまり強くないけど」
「こちらこそお願いします。私もあまり強い方じゃないですから」
 そうして、サナエとコモモがペアを組んで行う。
 シンジはいつも通りカズマに教わり、残る格闘ランクSのリオナとエンが睨みあった。
「ねえ、エンくん。ちょっと話があるんだけど、いいかなあ」
 眼鏡っ娘のリオナだが、格闘のときだけはコンタクトにしてくる。単純に眼鏡では激しい動きが制限されるからだ。
「なんでしょうか」
「対戦成績、私の十一勝十敗、だったわよね」
「ええ。なんでしたら今からもう一回、勝負しますか」
「そうね。ぜひお願いしたいわ。それも」
 一度区切る。そしてはっきりと言った。
「本気のあなたと戦ってみたいのよ」
 リオナの挑戦状に、周りがざわめく。特にドイツ遠征組が強い関心を示した。
「いやあ、さすがはリオナさん、自ら倒されに行くとは、自虐精神満点ですね!」
「……マゾ」
 マイとヤヨイが互いにひどいことを言う。
「ちょっと、どうして最初から勝てないって決め付けるわけ?」
「だって……ねえ、ヤヨイさん」
 話をふられたヤヨイは、ふっ、と笑う。
「結果は火を見るより明らか」
「ま、たしかに私も本気のエンくんには勝てないと思うわ」
 そう。ドイツ遠征組は見ている。ドイツの格闘ランクS、嫌味なエルンスト・クラインとの直接対決で、一方的に勝利をおさめたところを。
 本気を出したエンがどれほどの強さか、ドイツ組は分かっている。
「そんなに強いの?」
 タクヤがジンに尋ねる。
「さあな。俺もエンが格闘ランクSなのは知っているが、その強さがどこまでなのかは知らない」
「同じランクSとして、カズマの意見はどうだい?」
 コウキが話を振ってくる。すると、シンジとの訓練に集中しようとしていたカズマの手が止まる。
「古城が本気を出すというのなら、清田ではとうていかなわないだろう」
 というコメント。
「へえ、そりゃエンが強いってことか?」
 だがカズマは答えない。そのかわりに手を止めてエンとリオナの方を見る。さっさと始めろ、ということなのだろう。
「格闘ランクS同士の戦いか……くぅ〜っ、カメラ持ってくるんだった!」
「お前はほんにそればっかりやのう」
 ケンスケとトウジが言葉を交わす。そしていつしか全員が、エンとリオナの周りを囲んでいた。
「どうやら、勝負をしないと周りが納得してくれない雰囲気だね」
「私としてはそのつもり。あなたがどれくらい強いのか、確かめてみたいもの。もう一度言うけど手加減はなしよ。そんなことをされて勝っても嬉しくなんかないんだから」
「分かりました」
 そうして、二人が向かい合う。リオナは左半身。レンは左足を少しだけ前に出して、かるく溜めを作った。
 勝負は一瞬。
 近づこうとしたリオナ、それよりも早くエンはその懐に入って相手を弾き飛ばしていた。リオナにしてみれば何が起きたか分からないほどの速さ。
「嘘」
 それは誰がもらした言葉だったのか。覚醒したエンの強さに、誰もが唖然としている。
「これでお互い十一勝十一敗ですね」
「……もうあなたには二度と勝てる気がしないから、二十三戦目はないわよ」
 リオナは体を起こす。弾き飛ばされたのはどこだったのか、腹部と両肩が痛む。ということはあの短い時間で三箇所も攻撃を受けたということか。いったいどれだけの修練を積めばそのように鍛え上げることができるのか。
「恐ろしい強さだな」
 そのエンに向かって、カズマが近づく。
「今度は俺だ」
「朱童くんが?」
 エンは困って周りを見るが、全員がその戦いを注目していた。どうやらこれも既に、引っ込みがつかなくなっているらしい。
「同世代で、俺と同じくらい強い奴がいるとは思わなかった」
「朱童くんも尋常じゃないくらい強いけど、それはきっと意思の強さだね」
「お前は違うのか?」
「いや、似たようなものだよ」
 今度は、リオナのときと違ってしっかりとしたファイティングポーズをとった。それを見てからカズマも腰を落とす。
 純粋な力と力のぶつかり。これは間違いなく、ネルフ本部適格者の頂上決戦だった。
「はっ!」
 カズマが気合を入れて拳を繰り出す。それを取ろうとするエン。もちろん簡単に腕を取られるわけにはいかない。カズマは攻撃しては離れ、またさらに攻撃と繰り返していく。
 エンは観客の目にとまらぬ速さでカズマに接近する。さきほどリオナに攻撃したのと同じように、至近距離からの乱打を放つ。だが、カズマもそのかわりに一撃を返した。互いに後ろに弾き飛ばされる。
(四発)
 カズマは自分の体の痛みから、何回攻撃を受けたかが分かった。自分が一撃を繰り出す間に、エンは四回も攻撃してきた。
(こいつは、シンジのガードをするために適格者に入ったようなものだな)
 冷静に分析する。瞬間、カズマの脳裏を何かがかすめた。
(ガードをするために……)
 いや、今は集中を乱すときではない。エンとの頂上決戦の最中だ。
 エンが乱打で攻撃したのと対照的に、こちらは重いのを一撃、相手に見舞っている。ダメージ総量は同じはず。
(そっちがスピードならこっちはパワーで押すしかないな)
 相手が攻撃してきたところをカウンターで当てる。それが一番確実だ。
 エンが動く。
 素早さは確かに一級品。だが、乱打で攻撃する以上、絶対に体重は乗らない。
(くらえ!)
 相手の動きを読み取って、そこにカウンターを当てる。が、その拳が逆に『打ち返された』。
(なに!?)
 自分以上のスピードを保ちながら、自分と同じだけの力で攻撃をし返してきた。そんなことが、
(恐ろしい男だな、こいつは)
 足技をフェイントでかけて距離を保つ。そして自ら打って出る。
(それなら、これで!)
 カズマが渾身の力を込めて拳を繰り出す。それをエンが──
「そこまで!」
 声がかかって、二人の動きが止まった。声をかけたのは葛城ミサトだった。
「私のいない間に、随分面白いことしてるわね。朱童くん、古城くん。どうして突然決闘なんか始めてるの」
「いえ、訓練ですけど」
「他の人間、全員があなたたち二人の決闘を真剣に見てるのよ? 周りの訓練を妨げるようなことはやめてもらえるかしら。朱童くん、あなたはシンジくんとペアだったはずよね。どうしたの?」
「すまなかった」
 だが、カズマは素直に謝って引き下がる。
「古城くんも、他のメンバーに稽古をつけてあげて。そうね、やっぱりランクAの子を鍛えてもらった方がいいかな。野坂くんなんかちょうどいいんじゃないかしら」
「降参ー」
 と、コウキはいきなり両手をあげる。当然だ。目の前で神技に等しいものを見せられたら抵抗する気などなくなる。
「古城は教え方はうまい。大丈夫だ」
「そういやこの間の犠牲者はダイチだったよなー」
 ダイチから肩を叩かれて、青筋を浮かべながら答えるコウキ。
 そうしてわいわいと話がはずむ中、壁にもたれかかって呼吸を整えるカズマ。
 そこに、クールなファーストチルドレンが近づいてきた。
「お前か」
「……」
 レイは何も言わない。ただ、全力を尽くした少年の傍にたたずむ。
「お前には何故か、かっこ悪いところばかり見られるな」
「どうして?」
「今の戦いは俺の負けだ。あいつ、まだ力を温存しているからな」
 力をセーブしてなお、自分の方が押されていた。これでは本当に同じ格闘ランクSとは言えない。
(違うな。あいつがランクSの中におさまっていないんだ)
 同世代でエンより強い者がいるだろうか。おそらく世界三千人の適格者はもとより、適格者以外のすべての同年代の中で、エンより強い者はいないのではないか。それほど彼の力は卓越している。
「それより、お前の方こそおかしいんじゃないのか」
「私?」
「せっかく碇シンジが帰ってきたのに、まだ何も話していないみたいだな」
 レイは答えない。もちろんカズマもレイとカナメのやり取りについては聞いている。自分も新参ながら碇シンジプリンセスナイツの一員となってしまったのだ。シンジの周りに起こっていることはカスミからほぼリアルタイムで情報が届く。
「今の碇くんに、どんな顔で話せばいいのか分からないの」
「ガキだな」
 話しかけたいが、どうすればいいか分からない。引っ込み思案というよりも、本当にどうすればいいのか分からないということなのだろう。
「表情なんか必要ない。お前はお前で、碇は碇だろう。大切な人に傍にいてもらうっていうのは、相手にとってはありがたいことなんだ。気に病んでいる暇があったら行動しろ」
「……私は、玖号機パイロットを」
「お前のせいじゃねえよ。それこそきっかけなんか無数にあった。お前のことまで考えてたらキリがねえ。お前が美綴のことを嫌っていようが、いなくなってほしいと考えていようが、そんなことは美綴がいなくなったこととは一ミリも関係ない。だから気にするだけ無駄だ」
 ばっさりと言い切る。この無表情の少女のことを一番良く分かっているのは、もしかするとカズマなのかもしれない。
「よく、分からない」
「分からないなら余計悩むだけ無駄だ。さっさと碇シンジを元気づけてやれ。お前以外にそれができる奴なんかいないだろうが」
 そうしてカズマは呼吸が整ったところでシンジを呼ぶ。訓練開始だ。
「ま、この時間は勘弁してくれ。あの男がドイツでどれだけ変わってきたか、見なきゃいけないんでな」
 カズマはカズマでシンジと再会できるのを楽しみにしていたのだ。たとえマリーやカナメのことがあっても、シンジはこの本部のエース、それを鍛え、守るのが自分の役割なのだから。
「そう、がんばってね」
 レイは言い残して離れていく。
(姉さん)
 綾波レイが姉ではないことはよく分かっている。性格も違う。それなのに。
(なかなか姉離れができないな、俺は)
 自分の弱さは分かっている。だが分かっているからこそ先に進める。
 カズマは自分が今できることをしっかりとやろう、と気持ちを切り替えた。






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