ランクA適格者、および適格者ガード誕生日。

 碇  シンジ :2001/6/6
 綾波 レイ  :2002/3/30
 朱童 カズマ :2001/5/5
 神楽 ヤヨイ :2001/3/3
 榎木 タクヤ :2001/10/10
 野坂 コウキ :2000/9/13
 館風 レミ  :2001/8/13
 鈴原 トウジ :2001/12/26
 赤井 サナエ :2001/11/25
 不破 ダイチ :2002/2/13
 染井 ヨシノ :2001/4/13
 古城 エン  :2001/9/22
 倉田 ジン  :2000/10/14
 真道 カスミ :2001/1/19
 桜井 コモモ :2001/4/30
 相田 ケンスケ:2001/9/12
 清田 リオナ :2001/5/30
 谷山 マイ  :2001/7/3












第玖拾玖話
















 四月二十一日(火)。

 格闘訓練は通常通りに進んでいく。だが、その日も染井ヨシノは不機嫌だった。
 淡々と進む訓練。今までと何も変わらないように進む。
 だが、自分が守るべき相手は美綴カナメではなく、赤井サナエという新人。しかもどこかカナメとかぶるところがあって、いつも一緒に行動してはいても、どうしても好きになれなかった。
 それは相手にも伝わるところがあったのだろう。サナエもあまり話ができなくなってしまっている。これではガード失格だ。いったい自分はカナメとのやり取りで何を学んだのか。
 今日は珍しく、自分で直接サナエと手合わせをしてみた。実際に自分で組み手をしてみなければ相手の力は分からない。ガードとしてそれは必要な作業だと思った。
 筋は悪くない。さすがにランクAまで順調出世しただけのことはある。何でもソツなく要領よくこなし、自分をさらに成長させていく。それだけの力があることを感じとっていた。
「赤井さんは、どうして適格者になったのですか?」
 休憩になって、猫を被ったまま尋ねる。相手のことを知るのもガードの務めだ。
「アタシですか? そうですね、パパがネルフに勤めてるっていうのが一番大きいです」
「お父様が」
「それまで適格者とか全然興味なかったんですけど、たまたま検査してみたら適性あるって言われたんです」
「本当に偶然なのね」
 ヨシノはシンジが以前に抱いたものと全く同じ感想を抱く。そんな偶然で、カナメの後釜に座り込んだこの人物。いや、考えてみればカナメもそれほど大きな理由などなかった。どこまでこの二人は似ているのだろう。
「ヨシノさんは、美綴さんのガードをされていたんですよね」
「ええ」
「だいたいの話は……その、聞きました。何て言ったらいいのか分からないですけど」
「そう。まあ、何を言われてもだいたいその通りだと思います。私は結局カナメを助けられなかったのですから」
「いいえ。アタシは美綴さんがうらやましいんです」
 うらやましい?
 いったい突然、何を言い出すのだろう、この娘は。
「ヨシノさんにこれだけ思われて、それなのに自分で勝手な行動を取って。確かにいろいろあったのは知っています。何も知らないくせにと思われても当然です。でも、ヨシノさんにこれだけ思われているのにそれを……」
「カナメにはカナメの事情があったのよ」
 とやかく言わないでほしい。結局、自分は何の力にもなれなかった。それは事実なのだから。
「アタシは、ヨシノさんを信じたい」
 サナエは正面からヨシノを見て言う。
「アタシはヨシノさんから逃げません。だから、ヨシノさんももう少しだけ、アタシの方を見てほしいです」
 それが結局、言いたいことか。
「そうですわね。ガードなのにあなたの方に向き合えていないのは、謝罪申し上げます」
「そんなものはいりません。アタシがほしいのは、壁も何もなくヨシノさんと話し合えることだけです」
「あなたはいい子ね。同い年なのに、私の方がずっと融通がきかなくてわがままなお子様みたい」
「そんなことは」
「いいのよ。でも、ごめんなさい。あなたのせいじゃないのは分かっているけど、すぐに気持ちが切り替えられるものでもない。それは分かってほしい」
「はい……」
 そこで会話が途切れる。そして訓練再開となった。






 更衣室で着替えている間、ヨシノはコモモから話しかけられた。
「ごめん、ヨシノ」
 いきなり謝られては、いったい何のことだか全く分からない。
「何のことですの?」
「いろいろあってすっかりできなかった。ヨシノの誕生会だ」
「ああ」
 それは自分でも完全に忘れてしまっていた。四月十三日(月)。ちょうど謹慎が解かれた日。それが自分の誕生日だ。だが、さすがに謹慎明けすぐにパーティというわけでもなく、またその日に一悶着あったこともあり、自分の誕生日なんていうものにまで頭が回らなかった。気づけば過ぎていたなという感じだ。
「それで、話なんだけど」
「ええ」
「できれば私は今からでもパーティを開きたいと思っている。でも、ヨシノが今は嫌だと思っているのなら自粛する」
「あら」
 くす、とヨシノは笑った。
「さすがの桜井さんでも、私を案じてくださるのですか」
「いつも心配だぞ。でも、今回は今までのとは訳が違う。だから、どうしようか悩んでいる」
「それで直接相手に聞くということですのね。あなたらしい」
 ヨシノは笑顔を絶やさずに答える。
「そうですわね、確かに今は少しでも一人の時間がほしいところではありますけど、今回のことをきっかけに同期のみなさんと溝ができてもいけませんものね」
「じゃあ、いいのか」
「ええ。どうぞ、ご自由になさってください」
「それなら、私のと一緒にやろう。それからカズマも」
 さらなる提案。そういえばコモモの誕生日は四月三十日(木)。毎年立て続けにパーティを開くので、一緒にやりたいという話も出ていたところだった。
「朱童くんも近いの?」
「ああ。この間全員のを聞いた。カズマが五月五日。GW中でもよかったんだけど、どうせならヨシノのも入れて三人まとめてやったら楽しいかなって」
「朱童くんが困るのが目に映りますわ」
「じゃ、OKだな? よーし、それじゃあ決行は明日!」
「急ですのね」
「だって水曜日で午後オフだからな。この機会を逃す手はない! サナエも、レイさんも、それでいいよな?」
 ガード二人が勝手に決めている。
「アタシならもちろん」
「……かまわないわ」
 というわけでコモモは他に着替えているヤヨイやレミたちに「おーい」と話しかけにいく。
「まったく、桜井さんにはかないませんわ」
 何故わざわざ一緒にやることにしたのか。もしヨシノだけが主役のパーティだったなら、カナメのことを誰もが思い出してしまう。だがそこにコモモやカズマまでいれば、それは主役のうちの一人にすぎない。あくまで誕生日パーティがメインで、主役が脇役になる。
(考えてやっているのだとしたらすごい才能よね)
 メンバー間の取りまとめはジンやタクヤがやっていることがほとんどだが、実際にパートナーシップを築いているのはコモモの力があってこそだ。それを実感させられる一幕だった。






 四月二十二日(水)。

「ではでは、染井ヨシノ、桜井コモモ、朱童カズマの誕生日を祝して──」
『かんぱーいっ!』
 というわけで誕生会は和やかに始まった。主賓であるはずのコモモがいつものように全メンバーに集合とプレゼント持参の徹底をかけ、会議室を借り切ってランクA適格者とそのガードたち全員でのパーティとなった。
 オードブルを注文したほか、これもまたいつものようにシンジが料理を一品自分で持ち込む。今回はタクヤも持ち込むこととなった。さすがに十八人分となると、それだけで一苦労だ。
 これだけ人数が多いと席を作るよりも立食形式で、好き勝手わきあいあいと話し合うのが一番ということになり、せわしなくあちこちと動き回っている。
「つーか、カズマも人並みに誕生日とかあったんだな」
「殺されたいのかお前」
 コウキに冷やかされて、逆に冷たい眼差しで答えるカズマ。
「さすがに十八人もいれば、毎月のように誕生会ができるな」
「人数がどれだけ増えてもコモモちゃんがいたら大丈夫だね☆」
 ジンの台詞に反応するのはレミ。確かにコモモがいなければこんな企画は誰も考えたりしないだろう。
「でも自分で自分の誕生会を企画するっちゅうのは予想できへんかったわ」
「そこがコモモちゃんの活動力のなせるわざよね」
 トウジにリオナまでがコモモを賞賛する。
「いやー、そこまで言われるほどのことでもないけどな」
「褒めてない」
 コモモが頭に乗りそうなところをレイが押さえ込む。
「でも、こんな人数でパーティなんてすごいよね」
「同感同感。私も先月の綾波さんのパーティでびっくりしたから」
 サナエがフォローすると、マイもしきりと頷く。
「……三月、三日……」
「誕生日が終わった直後か……あわれだな、神楽」
 がっくりと両手両膝を床につけたヤヨイに、ため息をついてあわれむケンスケ。シンジがランクAになり、コモモたちがガードになったのはヤヨイが誕生日を迎えた後。これではさすがに誕生会は開けない。
「来年に期待するといい」
「きちんと全員が生き残ってな。でないとプレゼントの取られ損だぜ」
 ダイチの台詞に少し現実味を加えたのがカスミ。
「それにしても、碇くんの料理はやっぱりおいしいね」
「榎木くんも。この味つけが上手でびっくりした」
 タクヤとシンジはお互いの料理について感想を言い合う。
 そんなふうに、全員が誰かかれかと話をしていたが、やはり、どうしても、ヨシノだけは気楽に話をすることができないでいた。
 確かにパーティを認めたのは自分だ。だが、この場にカナメがいないということがどうしても気に入らない。先月のパーティと、たった一人違うだけなのに、こんなにも大きな違和感。
「そんなに、気に入りませんか」
 ヨシノに話しかけてきたのはエンだった。他の適格者たちに聞こえないように、少し離れたところで話す。
「ま、仕方ないわね。みんなが祝ってくれようとしているのは分かるけど、正直祝ってもらえるような立場じゃないし」
「誕生日は誰にでも平等ですけどね。といっても、聞き入れてはもらえないでしょうけど」
「ごめんなさいね。あなたにも迷惑かけるわ、エンくん」
「ヨシノさんが苦しんでいるのは誰だってわかること。少しでもそれを和らげてほしいとは思いますけど」
「そうね。気楽にできれば、それが一番だったんだろうけど」
 ヨシノは苦笑する。
「正直に言うとね、同期メンバーの中ではあなたが一番話があうと思っていたのよ」
「突然ですね」
「私みたいな人間にとって、コモモは少しまぶしいから。あなたが私みたいな悪人じゃないのは分かっているんだけど」
「いえ、充分に罪人ですよ、僕は」
「ええ。あなたがそう思っていることもよく分かっているわ。だからかもしれない」
「だから?」
「あなたに助けてほしいと思っている自分と、そんなあなたがシンちゃんの傍にいるのが許せないと思っている自分が葛藤している。なかなかうまくいかないものね」
「そうですね。僕も無条件にヨシノさんを助けて上げられればいいんですが……」
 そうもいかない事情もある。特にエンの場合はドイツに一番大切な人がいる。もっともヨシノにしても本気で言っているわけじゃないのだろうから、そこまで大事に考える必要もないのだろうが。
「カナメとシンちゃんが一緒にいるとき、よくこうして話をしたじゃない」
「そうですね」
「あなたにとって、二人のことはどう思う?」
「僕はシンジくんと美綴さんのことも見てきましたが、同時にマリーさんのことも見てきましたから、ヨシノさんと同じ意見にはならないと思います」
「そうだったわね」
「理解してあげてほしいのは、シンジくんは決して美綴さんを裏切ってなんかいないということです。確かにマリーさんといて楽しそうにはしていましたけど、それでも心の中には常に美綴さんがいた。目の前でシンジくんをかばって死んだからあまりに辛い過去として残ってしまいましたが、心の中で一番好きに思っていたのは美綴さんだったと僕は思います」
「根拠は?」
「シンジくんがマリーさんを見る目が、綾波さんを見る目に似ているから、ですね」
 つまりそれは、守る対象だということ。
「美綴さんはシンジくんと一緒に歩いていくことができる相手。マリーさんはそうではなかったと思います」
「ふうん。それは私へのフォローなのかしら」
「いえ、純粋にそう思いますよ。もっとも、マリーさんとの付き合いが長くなれば話は変わったかもしれませんけど、マリーさんが亡くなるまで、シンジくんがマリーさんを女性として意識していなかったのは事実です」
「そっか」
 むしろ、亡くなったからこそマリーの存在は大きい。そうエンは分析している。
「僕は、マリーさんには言いたいことがあるんです」
「なに?」
「自分の命をかけるような真似をして、シンジくんを苦しめないでほしい、と」
「それは……」
「あのとき撃たれるのは僕であるべきだった。そうすれば、もう少しヨシノさんとシンジくんの間の溝は浅かったんだと思います」
「怒るわよ」
「ご自由に。でも、ヨシノさんが怒っているのは、一番はそこですよね」
 それは否定できない。やはりエンはよく人を見ている。
「あなたがどういう人生を生きてきたのか、とても興味があるわ。どうしたらそんなふうになれるのかしらね」
「お互いさまです。でも、そろそろ僕らは自分たちの過去を話すべき時期にきたのかもしれませんね、シンジくんには」
 もっとも、エンの過去についてはかなりの部分を知られてしまっているが。
「さーて、そろそろ主賓お待ちかねのプレゼント引渡し会といくか!」
「引渡しってなに引渡しって。なんかヤバイもの渡すつもりじゃないだろうな!」
 コウキの言葉にコモモが反応する。そして各々、三人へ自分たちのプレゼントを渡していく。もちろんヨシノにもたくさんのプレゼント。ヨシノからも二人へプレゼント。二人からもヨシノへプレゼント。
「ヨシノ。これ、受け取ってほしい」
 コモモがそう言って手渡したのは、あの、手鏡だった。
「これ」
「ああ。カナメが持っていたやつだ。キョウヤさんから譲ってもらった」
「どうして」
「ヨシノが今一番欲しがっているものが何か分からなかった。でも、カナメに関することの方がヨシノは喜ぶと思ったんだ」
「それなら、シン、碇くんだって」
 わざわざ言い直すあたり、猫皮をはがす気はないのか。
「シンジも、ヨシノが持っている方がいいって。男は手鏡を使うわけじゃないし、他にもいろいろとやり取りしたものがあるらしいから」
「そう……ですの」
 ヨシノがその手鏡を見る。
 毎日毎日、その手鏡を見ながら、シンジへの恋心を募らせていった少女。
「嬉しい……」
 ヨシノは涙を流して、その手鏡を胸に抱いた。
「本当に、あなたにだけは絶対にかないませんわ、コモモさん」
 そして、とびきりの笑顔を見せて、ヨシノはコモモに抱きついた。






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