一方、同日別場所において、別の適格者が到着していた。
 こちらを出迎えたのはジンをリーダーに、タクヤ、コウキ、カスミの四人。美人の女性が二人もいるということで、カスミが是非にと頼み込んだ。
 もちろん、美人観賞だけが理由ではなかったが。
「ようこそ日本へ。ネルフ本部適格者代表の、倉田ジンです」
 到着したランクA適格者は三人。アイズ・ラザフォード。マリィ・ビンセンス。キャシィ・ハミルトン。
「ジン・クラタ?」
「はい。英語の方がよかったですか」
「いや、大丈夫。三人とも日本語が分かる」
『天才』と名高いアイズ。そしてこの歳で大学博士号を持つマリィ。秀才がそろっている。二人が日本語が分かるのはある程度頷けるのだが、最後の一人、キャシィも分かるというのが意外だった。
「それはよかった。俺たちはあまり英語が堪能じゃないから」
「それより、サードチルドレンはどこだ?」
 アイズは早速といった様子で尋ねる。
「ここには来てないぜ。他の適格者の出迎えに行ってる」
「そうか。まあ、今回日本を訪れるのは我々だけではないと聞いている。本部代表が来ているという点で厚遇されていると判断しよう」
 ツンとすました様子で言う。なかなか癇に障る言い方だ。
「ジン。あなたはランクA適格者ではない。それなのにあなたがリーダーというのはどうしてだ?」
「僕たちランクA適格者は、エヴァンゲリオンを操縦し、使徒を撃退することが優先事項です。だからランクBの方にガードになってもらい、ガードのみんなが僕たちの行動を監督してくれているんです」
「なるほど。合理的だな」
 アイズは腕を組んで一度目を閉じた。
「アイズはー、ちょーっと考えすぎなんだよねー」
 あははは、とキャシィが笑う。
「お前が考えなさすぎなのだ」
 マリィが冷たい目でキャシィを睨む。
「へえ、あんたたちがアメリカ噂の美人適格者か。よろしくな、俺は真道カスミ。ランクBで申し訳ないが。で、こっちがランクAの野坂コウキと、榎木タクヤ」
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
「立ち話もなんだな。早速だが本部を案内しよう」
 ジンが言うと、アイズが「いや」とさえぎった。
「サードチルドレンに会わせてほしい。話はそれからだ」












第佰弐話



「僕は君を信じる」












 久しぶりにシンジ、エン、アルトと三人そろってネルフ本部を移動していると、正面からやってきたのはレイとコモモだった。
 二人には特別出迎えの役目を与えられていなかった。何をしていたのかと尋ねると、コモモの考えでレイを外国の適格者に会わせようというものだった。
「いや、レイさんって自分から自己紹介とかしないから、だったら私がプロデュースするしかないだろ?」
「プロデュースって、アイドルじゃないんだから」
「でもこの間のミライさんだって、やっぱりきちんとプロデュースされているから人気があるわけじゃないか。だったら私がレイさんを人気者にしてみせる!」
 無理だと思う、とはシンジは言わなかった。確かにファンは多いかもしれないが、レイは人を寄せ付けない神秘性がある。それを乗り越えて近づいてくる人間はそう多くない。
「というわけで、アルトさん、はじめまして!」
「はい。はじめまして。紀瀬木アルトです」
「私はレイさんのガードをしている桜井コモモ。そして、ファーストチルドレンの綾波レイです」
「……よろしく」
 ふっ、と格好をつけるレイの姿に、シンジとエンが驚愕した。
「ど、どうしたの綾波!?」
「何か面白いことでもあったんですか?」
「……そう言えって、桜井さんに言われた」
「ヤヨイさんの真似をしてもらったんだ。レイさん格好いいだろ?」
 だが、当のレイは少し憮然としている。反応が悪かったことと、やはり自分には似合わないと思っているのが理由だろう。
「そういえばアルトさんとシンジは、ドイツで仲良くなってたんだよな」
「はい」
「そうか。私もできればドイツに行きたかったんだ。シンジが一人で路頭に迷うことになったらと思うと」
「それはひどいよ、コモモ」
「大丈夫ですよ、コモモさん。僕がついてますから」
 すぐにシンジとエンから突っ込みが入る。
「シンジくんは、本当に良い仲間にめぐり合っているんですね」
「なんだ、私のことを褒めてくれているのか?」
「ええ。コモモさんは誰が相手でも態度を変えない人ですね。優しくていい人です。彼女にするならコモモさんのような人がいいと思います」
「わ、私が!? シンジと!? そそそそ、それは、ちょっと」
「いや、それはないよ」
「……いや、一言であっさり終わらせられてもそれは寂しいんだけどな」
 血の涙を流すコモモ。レイがぽんと肩を叩いた。なぐさめているつもりなのだろう。
 そんな五人のところに、もう一人来客がやってきた。
「おーにーいー」
 徐々に近づいてくる声。この声は、まさか。
「ちゃーんっ!」
 ダイビングボディアタックが、シンジの腹に直撃する。世界が暗転した。
「ひっさしぶりー! 会いたかったよ、シンジおにいちゃん!」
「イリヤ……ひさし、ぶり……」
 がくっ、とそのまま崩れ落ちそうだった。それほどに今の衝撃は大きかった。
「エンにアルトにレイにコモモも久しぶりー!」
 和やかだった場が一気に騒々しくなる。さすがのイリヤといったところか。
「あれ、レイさんとイリヤはもう顔見知りだったのか?」
「うん。この間日本に来たとき、最初に挨拶に行ったよ? シンジおにいちゃんのあんな過去やこんな過去も教えてもらったし」
「あ、それ聞きたいです」
「私も聞きたいな」
「僕も興味あります」
 アルト、コモモ、エンが一気にレイの方を向く。びくっ、とレイがその勢いに驚く。
「いったい何を話したの、綾波」
「……たいしたことじゃない」
 少し顔を赤らめている。本当にいったい何をイリヤに話したのやら。
「それでね、ここからは真面目な話」
 イリヤが真剣な表情に戻って、シンジを見る。
「ごめんね、おにいちゃん」
「イリヤ?」
「アメリカがシンジやカナメを狙うのは予想してたの。だからロシア政府側からもアメリカに圧力をかけてもらうようにしてもらった。でも……」
「カナメを狙っていたのはアメリカじゃなかった」
「そうなの。だから、助けることができなかった。おにいちゃんを悲しませるようなこと、絶対にいやだったのに」
「大丈夫だよ、イリヤ」
 ぽん、とシンジは彼女の頭に手を置く。
「みんながそうやって心配してくれるのが嬉しいから」
「もー」
 ばふっ、とイリヤがシンジに抱きつく。
「本当に、本当に心配したんだから。会いに行きたくても行けない。ずっとずっともどかしかったのに、どうして一人で立ち直っちゃってるの?」
「僕は一人じゃないよ。仲間に、アルトやイリヤだっていてくれるんだから」
「う〜」
 イリヤは既に涙目だ。励ますつもりが逆に励まされているのが不満なのかもしれない。
「人数が増えてきましたね。場所を変えましょうか」
 話が一段落した様子を見て、エンが提案してくる。既に六人。確かにぞろぞろ歩くには多い人数だ。
「カフェにでも行ってゆっくり話すか?」
「それがいいですね──と、すみません」
 通信機が鳴り、エンが応答する。
「ジンくん? はい、はい……そうですか。場所は? はい、分かりました」
 簡単にやり取りをすると、エンが全員に向かって言う。
「アメリカの適格者たちが到着されているようです。シンジくんに会いたいと言っているようです」
「僕に?」
「うん。どうやら噂のサードチルドレンを一度見てみたいっていうことなんだろうね」
「じゃあ、せっかくだからみんなで行こう。レイさんの紹介もできるしな!」
 コモモが乗り気だ。アルトもイリヤも反対しない。
「ミーティングルームD−03で待っているということです」
 そうして六人はぞろぞろと移動を始める。移動中もお互いの近況が話される。ドイツで、ロシアで、日本で、それぞれこの一ヶ月であったことが共有されていく。
「考えてみれば私も来週が起動実験なんですよね」
 アルトがしみじみと言う。
「私も私もー。ヨーロッパはラングレー以外全員来週だもんね」
「弐号機パイロットか。話には聞いてるけど、一度会ってみたいな」
 コモモが言うと、アルトが首をかしげる。
「ええと、アスカさんは、あまり話しやすい人じゃないですから」
「やわらかく断られてるみたいだよ」
 エンが苦笑する。確かに、話しやすいというわけではない。毅然として、立派ではあるものの、人の心の機微には疎い。そういう印象だ。
「アメリカの人たちは、何を考えているのかな」
 シンジがぽつりともらす。
 そう、今までアメリカといえば自分たちを狙ってきた国。その適格者三人が集まっているということになれば、何か不穏なものを感じる。
「アメリカは一枚岩じゃないから、何があっても不思議ではないよね」
 エンもそれに合わせて答える。彼の使命はシンジを守ること。もし三人の適格者がシンジを狙ってきたならば、自分が壁となり、盾とならなければいけない。
「まずは話してみないと分からないってことでしょ?」
「イリヤさんの言う通りですね。会う前から疑っても仕方のないことです」
 イリヤとアルトが続ける。確かにその通りだが、会う前から向こうが自分たちを敵視していてはどうにもならないのも事実だ。
「まあ、コウキくんたちが先にいるはずですから、問題はないと思いますけど」
 そうして六人はミーティングルームに到着する。若干緊張しながら、エンが先頭に立って入る。
 中にはアメリカ適格者三人と、コウキやタクヤたち四人が座って待っていた。
「よう、遅かったな」
「まっすぐ来たつもりだよ」
「そりゃすまなかったな。というわけで、アメリカ適格者の三人だ」
 シンジがその三人を見る。三人とも驚くほどの美形だった。
 一人は色素の薄い男性、天才と称されるアイズ・ラザフォード。鋭い視線で自分を刺すように見つめてきている。
 そして朗らかな笑顔を浮かべるキャシィ・ハミルトンと、冷たい表情のマリィ・ビンセンス。
「はじめまして、サードチルドレン、碇シンジ。自分はアイズ・ラザフォード。そしてキャシィ・ハミルトンとマリィ・ビンセンスだ」
「こちらこそはじめまして。僕は碇シンジ。よろしくお願いします」
「なるほど。話に聞いていた通りの人物のようだ」
 目の前でアイズが冷たく言う。
「聞いた通り?」
「優しいが甘い、臆病だが心が強い、そういう相反する性格の持ち主だと──」
 褒められているのかけなされているのかが分からない。
「──野坂コウキが言っていた」
「ばらすなよっ!」
 コウキが、やべぇ、という顔をする。シンジはジト目でコウキを睨むが、まあ彼のことは後回しだ。
「僕に用事があるって聞いたけど」
「そうだ。アメリカの話をしておきたくてな」
「アメリカの?」
「クローゼ・リンツ女史がおそらくこちらへ来ているはずだ。違うか?」
 違わない。だが、極秘で活動している彼女のことをべらべらと話すわけにはいかない。
「クローゼ・リンツって──」
「いや、答えにくいのは分かっている。何も言わなくて結構。ただ、自分たち三人はネルフ本部の敵ではないということを最初に示しておきたかっただけだ」
「敵ではない?」
「アメリカ政府、ベネット大統領はエヴァンゲリオンシステムに反対だ。最悪の場合、自分たち三人ですら粛清の対象となりうる」
「なるほどな」
 話を聞いていたカスミが頷いた。
「つまり、アメリカ政府とアメリカネルフとは対立してるってことか。今までシンジにちょっかい出してきたのは全部政府の意向で、ネルフとは無関係、と」
 確かにクローゼも、ベネットがネルフ・エヴァに反対だということを言っていた。
「でも、自分の国のことなのに」
「自分の国のことだからだろう。ネルフなんていう外様の組織にアメリカのことに携わってほしくないというのが本音だ」
「ネルフは別に、そんなこと」
「考えていないのだろうな。だが、使徒迎撃でネルフが中心となるなら、アメリカ政府にとっては同じことなのだろう」
「それで、ラザフォードくんはどうするつもりなの?」
 シンジが言うと、アイズは顔をしかめた。
「最悪の場合、日本への亡命を」
「亡命って、国を捨てるっていうこと?」
「アメリカでどうしようもなくなれば、それしか手がない」
「でも、日本に来て──」
「いや待て、シンジ」
 止めたのはジンだった。
「ここから先の話をシンジが請合う必要はない。これ以上は政治的な話になる」
「政治的?」
「亡命を認めれば、アメリカが日本に黙っていないということだ」
「ジン・クラタの言う通りだ。自分たちが自分の身を守るために他国へ亡命すれば、アメリカ政府はそれを口実に戦端を開くこともできるだろう」
「過去の実績から否定できないな」
 カスミがおどけて言う。確かにこれは政治的な問題になってくる。
「だから、今の話はシンジじゃない。内閣総理大臣御剣レイジにするべきだろう」
「そうだな。確かに今の話は自分が間違っていたようだ。ただ、これだけは覚えていてほしい。自分たち三人は、ネルフ本部に対していかなる害意も持ち合わせていないということ。さらにはアメリカ政府の圧力から保護してほしいのだということを」
「それを伝えるためだけに、僕に会おうとしたの?」
 シンジが尋ねる。それだけのことなのに、わざわざ自分を呼び出す必要があるのか、と。
「いや。自分は君に会いたかっただけだ、サードチルドレン、シンジ・イカリ」
「僕に?」
「そうだ。君がどういう人物なのか。自分たちアメリカの適格者を、ひいては世界を託してもいい人物なのか。君と仲良くなっておくことが必要なのかどうか、判断するためだ」
「仲良くなるって、何か問題でもあるの?」
「分かりやすく言うとね」
 マリィが後を続ける。
「あなたがアメリカを敵視しているかどうか、ということ」
「そりゃ敵視するだろ」
「今までが今までだからなあ」
 コウキとカスミが口をそろえる。今までアメリカには何度も命を狙われた。マリーにいたっては殺害されている。コレをなかったことにすることはできない。
「だが、それはアメリカ政府のやったことで、俺たちは何も関与できないことだ」
 アイズが事情を全て把握した上で言う。
「わざわざ俺たち三人がこうして海を越えてきたのは、それをサードチルドレンに直接伝えたかった。政府の意向と俺たちの考えは何も関係がないのだということ、そしていざというときはかくまってほしいということを」
「僕の一存で決められることではないけど」
 シンジは前置きしてから答えた。
「僕ができることなら、何でもするよ」
「おい、シンジ」
 コウキが頭を抱える。
「そんな安請け合い」
「確かに僕にできることは少ないだろうけど、でもラザフォードくんの力になるために動くことはできると思うんだ」
「だから、本人目の前にして言うのもはばかられるが、もしアイズがアメリカ政府の手先だとしたらどうするんだと言ってるんだ。本当か嘘かを見極める術なんかないんだからな」
「信じるよ」
 だが、シンジはあっさりと言った。
「僕は君を信じる」
「裏切られるかもしれないぜ」
「いいよ。人を信じられなくなるよりずっといい。さっき、アルトとイリヤに教えてもらったんだ」
「え?」
「私たち?」
 話の腰を折らないように黙っていた二人が突然指名されて驚く。
「二人とも、僕のことを心配してくれていた。たとえ目の前にいなくたってこうして心配してくれる。そうやって適格者同士、信頼していくことが大切なんだって」
 アイズはそれを聞いて、和やかに笑った。
「なるほど。これがサードチルドレンか……とても素直で、良い少年だ。だが、それだけに不安だな。ガードのメンバーはいつも気を揉んでいることだろう」
「分かってくれてありがたいぜ」
「ほんとほんと。シンジのガードじゃなくてよかったと心から思うぜ」
「僕はシンジくんのガードでよかったと思っているけど」
 コウキ、カスミ、エンとそれぞれ反応する。
「だが、誓おう。シンジ・イカリ。自分、アイズ・ラザフォードは君の信頼に足る行動を取ってみせることを」






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