適格者番号:131005002
 氏名:エリーヌ シュレマン
 筋力 −C
 持久力−A
 知力 −A
 判断力−A
 分析力−A
 体力 −B
 協調性−B
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 20.502%
 ハーモニクス値 31.21
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−B
 格闘訓練−B
 特記:二〇一五年四月の適格者試験でランクA登録。












第佰肆話



「もちろん恨んでいます」












 二人の女性と共にシンジとエンは別室に入った。エリーヌの方がそれを求めたからであり、シンジとしてもそれに応えないわけにはいかなかった。
 マリー・ゲインズブールの一番の友人の位置にいるこの女性を避けて通ることはできない。シンジはそう考えていた。
「私は通訳の長谷部サヤカといいます」
 最初に黒髪の女性が礼儀正しく頭を下げて自己紹介する。
「エリーヌとは友人で、ネルフに軍属という形で所属しています。適格者ではありません。父が保安部に勤めており、もともと私がエリーヌと友人だったということもあり、今回の本部視察にあたってエリーヌのガードを務めることになりました。通訳は必要でしたので、エリーヌとしても気心の知れた人間がガードの方がありがたいということでした」
「じゃあ、サヤカさんはエリーヌさんとは同い年ですか」
「私が一つ上です。日本人ですがフランスで育ったので、どちらかといえばフランス語の方が得意なくらいです」
「それで、話というのは」
「サードチルドレンには既にお分かりかと思いますが、マリー・ゲインズブールはエリーヌの友人でした。もちろん、私とも、ですが」
「そうか。マリーが日本語を少し分かるのは、長谷部さんがいらっしゃったからですね」
 エンが言うとサヤカは「はい」と答えた。
「正直、サードチルドレンが日本人だと分かったときは私も嬉しくなりました。日本人ですからね。ただ、マリーの件があってからはそうも言えなくなりました」
「待ってください。シンジくんは何も」
「分かっています。ですが、サードチルドレンがいなければマリーは死ななかった。それもまた事実です。そのことをサードチルドレンはどうお考えなのか、最初にうかがいたい」
「それは長谷部さんからの質問ということですよね」
「はい。私もマリーの友人として聞く権利があると思います」
「その通りです。マリーは僕をかばって死んだ。どんな言葉も、何もかも、その事実を変えることはできない。じゃあ、僕はマリーのために何ができるんだろうかと考えました。もちろん何もできるはずはないけれど、一つだけ、マリーが生きていたということを示す方法があります」
「それは?」
「僕が使徒に勝って、全世界に向けて『僕の命を助けてくれたのはマリーというフランスの少女だ』と言うことです」
 はっきりとした答に、サヤカの方が何も言葉が出ない。
「それがマリーのためになるなんて思わない。でも、使徒を倒した英雄を、命をかけて守った少女ということになれば、マリーの死は無駄にならないと思いました。だから、僕は英雄になる。とてもそんな柄じゃないですけど、そうすると決めたんです」
 やはりシンジは強くなった、とエンは思う。カナメが死んだばかりのシンジであればここまでのことは到底言えなかった。この三週間、マリーとカナメという二人の死を乗り越えて、シンジは確かに強くなっていた。
「マリーのために英雄になる、か」
 サヤカは苦笑した。そして、ここまでの概略をエリーヌにフランス語で伝える。するとエリーヌも苦笑して、何やら答えた。
「エリーヌは『立派だ』と言っていますが」
 サヤカは少し言葉を選んだ。
「エリーヌは他に言いたいことがあるそうです」
「うかがいます」
 そしてエリーヌのフランス語をサヤカが訳す。
「『サードチルドレン、碇シンジ。あなたは今、幸せですか?』」
「幸せ?」
 聞き返すと、エリーヌがまた何やら話す。
「『私はあなたに言った。ドイツで。マリーは最後に世界ではなくて自分のことを優先したのだと。だから、命をかけて守られたあなたは彼女の分まで幸せになる義務があるのだと』」
「でも、マリーを死なせておいて、自分ばかり幸せにはなれません。マリーの分まで、僕は使徒と戦わないといけない」
「『それは当然です。私たちは適格者なのですから。でも、そうじゃない。使徒と戦うことと幸せになることは別です。マリーは自分が生き残ることより、自分が死んでもシンジが生きていることの方をより強く思ってその身を捧げたのです。そのあなたが生きていてもつまらない、面白くないと考えているならば、それはマリーに対する冒涜です。マリーの一番の望みは、生き残ったあなたが幸せになることなのですから』」
「ですが」
「『誰かに命をかけられて、その結果自分が不幸な人生を歩むことになるのなら、その相手が余計なことをしたということではないですか。あなたはマリーのしたことが余計だったと言うつもりですか』」
「そんなの、冗談でも口にしていい言葉じゃない」
「『その通りです。だからシンジ、あなたは幸せになる義務があるのです。それをあのとき、私は伝えたかった。マリーの死を受け止めることは必要だし、忘れないことも当然。でも、助けられたせいで不幸になるのなら、マリーの死そのものが無駄になる。あなたはまず、誰よりも幸せにならなければならないのです。これは、義務です』」
 ふう、とエリーヌはため息をついた。
「『これをもう一度あなたに伝えるために、私は日本に来たのです』」
「そのためだけに?」
「『そのためだけです。初号機の起動実験を見ても私には何も関係のないことですから。ただ、あなたと話をする機会は、こういうことでもない限り無理だと思ったのです』」
 だが、そこまで言われると逆にシンジは不安になる。それは、マリーの友人たちに共通する気持ちの確認だ。
「これは、確認です」
 だからシンジは前置きしてから尋ねた。
「エリーヌさんやサヤカさんは、僕のことを恨んでいないのですか」
 サヤカがその場で答えたそうにしたが、それを丁寧にエリーヌに訳し、答をもらう。
「『もちろん恨んでいます』」
 その答は予測できていたので、そこまで強く衝撃を受けるということはない。だが、やはり重い。
「『ですが、マリーの気持ちが分かってしまったから、あなたを恨むのは筋違いだということも理屈では分かっているのです。マリーは自分の魂に正直だった。だから、私があなたを恨んでしまったら、マリーに顔向けができません』……ここからは私の意見だが、私はエリーヌとは考えが違う。マリーはサードチルドレンを守ろうと命をかけた。そこに素直な気持ちがあるのは分かる。だが、マリーが命を落とした原因となったサードチルドレンを恨むのも、それは素直な気持ちの表れだ。だからサードチルドレンを恨んでいても、マリーに対してなんら恥じることはないと思っている。それがマリーの望んでいないことだとしてもだ。もちろんだからといって、暴力に訴えるつもりはない。感情は自由だが、行動は制限がつく。そして行動に移したとしたら、そのときこそマリーに対して顔向けはできない。そう思う。だから、サードチルドレン。私はお前を恨む。私からマリーを奪ったお前を憎む。もちろん、その覚悟はできているのだろうな」
 シンジは頷く。
「お二人の考えは分かりました。僕も大切なものを失う気持ちはよく分かっているつもりです。二人の気持ちをしっかりと胸に抱いて、これからもやっていきます。ただ、幸せになれるかどうかはまだ約束できません。悲しいことが多すぎたから、まだ幸せっていうものがどういうものになるのかが見えてこないんです。だから、それについてはしばらく保留にさせてください。といっても」
 シンジはエンを一度見てから言う。
「僕には、大切な仲間がたくさんいます。エンくんだってそうだし、それにアルトやイリヤ、アイズだってもう仲間です。そして何より、僕と同期で入ってくれたみんな。同じ月に適格者になっただけの僕に優しくしてくれる。その仲間たちが信頼してくれるというのは、立派に幸せなことだと思っています」






 ミーティングが始まる頃になって、ようやく最後の適格者が姿を現した。
 ムサシ・リー・ストラスバーグ。香港出身の、中国唯一のランクA適格者。セカンドインパクトで何億という人口が失われた中国であったが、香港だけは例外的にほとんど被害が出ていなかった。もちろんその後の食糧不足などで打撃を受けてはいるが、それでも餓死者が出るというほどでもない。このようにセカンドインパクトをほぼ無傷で乗り切った町というのは多くない。
 その香港を支配しているのは現在では三家と呼ばれている者たちであった。ストラスバーグ家はその中の一つで、事実上香港経済の三分の一を占めていることになる。
 ムサシはそのストラスバーグ家の次男坊にあたる。当然家督を継ぐことはできないが、現在の香港経済ではそれぞれの家が親族経営となることはほぼ間違いないため、ムサシにもいずれは役職が回ってくることになるだろう。
 だが、それよりもランクA適格者として、世界を救うことに貢献できればムサシの株を上げることができる。さらにはストラスバーグ家が他の二家に対して優位な立場を取ることもできる。ムサシの立場というのはいろいろと利権が絡み合う複雑なものであった。
「あー、やっぱ日本はいいよなあ、そういうしがらみとか全然なくってよー」
 砕けた感じで話しかけられたのは、昨日に引き続いて出迎え担当となったジンとタクヤであった。
「そんなものなのか? ストラスバーグ家を含めた香港の状況は聞いたことがあるが」
「そりゃもー、ひどいもんだぜ。俺はあの家に生まれたのが不幸だったな。あの家でさえなけりゃ、もっと自由にいろいろできたし、ランクA適格者としてもっと自由な活動ができたんだけどな。何をさしおいても家、家、家。戦時中の日本かっての」
「権力が集まるところは、えてして個人より家の方が大事だからね」
「そういうことさ。あー、このまま日本に居座れたら楽なんだろうけどなー」
 浅黒い肌に、同じく黒く短い髪。典型的なスポーツマンタイプのムサシであった。
「中国の人間は日本が嫌いではないのか?」
「あ? まーそうだな。子供んときから、ずっと日本にあれされたこれされたって習ってるもんだから、中国で普通に育てば日本嫌いになるのは当然だと思うぜ?」
「お前は違うのか?」
「俺、母親が日本人だから。後家入りした母親の息子。家を継ぐ兄とは腹違いなんだよな」
「だが、教育は香港で受けたのだろう?」
「日本の血が混じってる奴って、中国社会で受け入れられるの難しいんだよな。おかげで外国人学校通うハメになったぜ。ま、小学校の頃だけどな。今はネルフに養ってもらってるから、そんなやっかみもないけどよ」
 つまり日本蔑視の思想を植えつけられてはいない、と言いたいようだ。
「中途半端なんだよな。中国人なのに中国人からは白い目で見られる。かといって日本人ではないから外国人学校に通うのは変だって結局いじめられる。まあ、普通の学校に行くよりは日本人学校の方がまだ友達もできたし、悪くなかったけどな。おかげで中国人よりは日本人の方が好きだぜ」
「日本にも偏見を持つ者はいる。だが、このネルフ本部の、ランクA適格者は大丈夫だろう。出自をどうこう気にするような奴は今のところ一人もいない。何しろ総司令の息子がサードチルドレンなんだ。親の七光りだってさんざん陰口叩かれながら頑張ってるからな、シンジは」
「サードチルドレン、か。もうすぐ会えるんだな」
「やはり興味があるか?」
「もちろん。適格者としても気になるし、個人的にも気になる相手だ」
「個人的に?」
「ああ。まあ、いろいろあってサードチルドレンとは縁があってな」
「なんかヤバい話か?」
 ジンが尋ねると、ムサシは「いや」と答えた。
「友人の友人、っていう程度だ。俺自身はどんな奴なのかは知らねえよ」
「僕らの知っている人ですか?」
「いや、知らないはずだ。サードチルドレンの小学生時代を知っている奴なら分かるかもしれないが」
 となるとトウジにケンスケ、レイなどもその対象ということになるだろうか。
「ま、そろそろミーティングだ。そこで会うことができるだろうさ」
「ああ、楽しみだな」
 そうして三人はミーティングルームへ移動した。






 ミーティングルームに到着したサラ・セイクリッドハートはただちに『犯人』に詰め寄る。
「サクラ、ちょっ──」
「ああ、そうだ赤井さん。ちょっとこっちに来てくださる? 会わせたい方が──」
「Wait!」
 完全に無視してスルーしようとするヨシノの肩をつかんで振り向かせようとする。
「きゃあっ!」
 すると、ヨシノはその場に倒れこみ、つかまれた肩をつかんでうずくまる。
「え?」
 ヨシノは顔を上げずに、肩を押さえたまま震える。
「ちょ、何しとんねん!」
 と、そこへ駆けつけたのがトウジだった。
「え、いや、私はただ──」
「少し気に入らないことがあるちゅうてもな、暴力はイカンやろ」
「な、何よ何よ何よ! 私は何もしてないわよ! サクラが──」
「いいんですわ、鈴原くん」
 少し涙目のヨシノが肩を押さえて立ち上がる。
「私もサラとはいろいろありましたから、このくらいのことは何でもありません」
「でもな、暴力はあかんで! 訓練しとるわけでもあるまいし」
「それがサラさんの意思ですから、仕方ありません。いきましょう、赤井さん」
「あ、は、はい」
 と、見事にサラを悪役に仕立て上げたヨシノであった。サナエをイリヤに会わせようとした途中、カスミがこちらを見ていたので、他の誰にも気づかれないようにこっそりVサイン。カスミは笑っていた。
「久しぶりですわ、イリヤさん」
「久しぶり、ヨシノ。うまいことやったわね」
「何のことですの?」
「だって、サラが朝からお兄ちゃんの部屋に来なかったのも、さっきの演奏会に来なかったのも、全部ヨシノの仕業なんでしょ?」
「証拠がおありになりまして?」
「そういうときは『心外だ』って言うんだよ」
 くすくすとイリヤが笑う。
「紹介しますわ。こちらが新しいランクA適格者の、赤井サナエです」
「はじめまして。赤井サナエです。よろしくお願いします」
「ご丁寧に。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。そう、あなたがカナメの後に玖号機に乗るパイロットなのね」
 まじまじとイリヤが見つめる。
「あなたにカナメの件を押し付けるつもりはないけれど、あの玖号機に乗る予定だったパイロットはみんなに好かれていた。私も好きだった。みんなあなたにカナメの姿を被らせることになるだろうけど、めげずにがんばってね」
「はい。それはもう既にさんざん」
 サナエが少しおどけて言うとイリヤも笑った。
「そうそう。緊張しないであなたはあなたの思う通りにやりなさい。それがヨシノを助けることでもあるわけだし」
「私はもう立ち直っていますわ。ご心配なさらぬよう」
「そうだといいけれど。サラとのやり取りを見てる限りでは、まだまだ本調子じゃないみたいだったから」
「仕方がありませんわ。サラには何をしてもかないませんもの」
「まったく、あれがイギリスの誇るランクA適格者っていうんだから世も末ね」
 ため息をつくイリヤ。相変わらずこの二人は仲が悪いらしい。
「ええと、サラさんは元気で可愛いですし、特別何も──」
 するとイリヤとヨシノから強く睨まれる。目の奥が光っていた。
「あれは悪魔ですわ」
「同感。サラに騙されたらいつの間にか裸で路上に捨てられてても仕方ないんだから」
「その程度で済めばいいですけど。麻薬漬けになって再起不能になってるかもしれませんし」
「そして一生、誰かの慰み者になるんだね。怖い怖い」
 そこまで言われるサラという人物がいったい何者なのか。サナエは怖くてそれ以上聞けなかった。






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