起動実験結果。

 初号機(碇 シンジ):成功。シンクロ率67.221%
 参号機(鈴原トウジ):成功。シンクロ率23.990%
 肆号機(館風 レミ):成功。シンクロ率29.514%
 伍号機(野坂コウキ):成功。シンクロ率29.333%
 陸号機(榎木タクヤ):成功。シンクロ率25.540%
 漆号機(朱童カズマ):成功。シンクロ率32.515%
 捌号機(神楽ヤヨイ):成功。シンクロ率20.098%
 玖号機(赤井サナエ):成功。シンクロ率31.122%












第佰陸話



「あなたのこと、本当に嫌い」












 最初の初号機の実験から大騒動となった起動実験だったが、最後にもう一波乱があった。
 玖号機パイロット、赤井サナエ。シンクロ率がなんと三一.一二二%。これにて本部四人目の三〇%台突入となった。二九%で足踏みしている野坂コウキをはじめ、五人をごぼう抜き。すさまじいペースでシンクロ率を上げている。これだけシンクロ率が高いとなれば、自然と扱いも変わる。単なる新参者ではなく、エースである碇シンジと、その周りを固める主役格に匹敵するようになってくる。
 赤井サナエの数値はシンジに遠く及ばない。だが、この成長率はどうか。サナエがシンクロしたのはほんの二週間前にすぎない。たった二週間で七%近くも上昇させたのだ。この上昇率はシンジに匹敵する。
 みんなからすごいすごいともてはやされ、サナエも悪い気はしない。そしてまだあまりよく話せていないサードチルドレン碇シンジも本当に「すごいね」と、すごそうに言ってくれた。それが何より嬉しかった。
「碇くんは本気であなたのことをすごいと思っていますわ」
 ヨシノがサナエに言う。
「でも、碇さんの方がはるかにすごい数値なのに」
「碇くんは自分の数値は何かの間違いだと今でも思っているのよ、心の底ではね。ですから、あなたのように数値を伸ばしている人を見て、素直に感心できるの」
「なんだか子供みたいですね」
「そうね。でも、それはあなたもよ」
 ヨシノがサナエの頭をなでた。そうするとサナエは途端に嬉しそうな表情を浮かべた。まさに子供だ。
「さ、みんな。今日はお疲れ様。誰ひとり事故も起こらず無事に終了してくれて良かったわ」
 ミサトが実験の終了を告げる。
「今日はこのあと、実験の終了をかねてあなたたちをねぎらうパーティがあるから参加してちょうだい。もちろん、見学に来てくれたみんなもね」
「ただで飲み食いできるっちゅうことか?」
「もちろん。今日はなんでもオッケーよん」
 一気に盛り上がる適格者たち。だが、それを聞いてもぼうっとしているシンジに、エンが話しかける。
「さっきから、大丈夫かい、シンジくん?」
「え、あ、うん。大丈夫。ちょっと疲れてるのかも」
「お兄ちゃんのはそれだけじゃない気がするけれど」
 近づいてきたのはイリヤだった。
「ねえ、お兄ちゃん。会えた?」
 目的語を省略した問い。だが、その意味は充分に伝わる。だいたい、彼女を探せと最初に言ったのはイリヤだ。
「会えた、と思う」
「なんだか頼りないなあ」
「夢みたいな感覚だったから。でも、話はできたと思う」
「そっか。でもお兄ちゃんがショックを受けてないみたいで良かった。いい子だった?」
「うん。優しそうな子だった」
「良かった。これからお兄ちゃんの大切なパートナーになるんだから、喧嘩とかしちゃ駄目だよ」
「ありがとう、イリヤ」
 隣で聞いているエンにはいまひとつ事情が飲み込めないが、あえて口を挟まない方がいいと感じたのか、何も言わないでいた。
「シンジ」
 そこに声をかけてきたのはアイズだった。
「さすがだな。また数値を伸ばすとは、まさにエースだ」
「ありがとう。でも、僕はまだまだだと思っているから。僕を助けてくれる仲間のためにもがんばらないと」
「仲間、か」
 アイズはそう言われてから振り返る。そこではマリィとキャシィが楽しそうに会話をしている。
「今までそういうことをあまり考えたことはなかったのだがな。やはり亡命するかどうかということになれば話は変わってくる」
「三人で相談したっていうことだよね」
「一応な。アメリカにいる間は充分に用心して俺は何も話さなかった。日本に来て盗聴の心配もなくなったところで二人に話した。その了承を得て、昨日シンジに話した通りだ」
「亡命したら、もう国には戻れないんだよね」
「俺とキャシィは孤児だ。マリィも直接の親戚はいない。俺たち三人はネルフを出てもいく場所がない」
 アイズであればピアニストとして充分に収入を得られるだろうし、マリィも既に飛び級で大学の博士号を手に入れているのだから職には困らないだろう。ただキャシィはそうもいかないか。
「明日は一日自由行動らしいな」
「うん」
「どうするかは決まっているのか?」
「アルトやエンくんと一緒に行動することになってるけど、アイズも一緒に来る?」
「そうだな。できればマリィやキャシィも同行させたい。あまり俺たちが別行動を取るのもよくないからな」
「お兄ちゃん、私もー」
「今回イリヤは一緒にいられるの?」
「うん。お母さんが実験後も一日くらいならかまわないって」
 前回ドイツでは残念なことに実験後すぐに帰ってしまったイリヤ。今回は同行できるらしい。
「それは聞き捨てならないわね!」
 と、やってきたのはサラ。
「もちろん私も一緒に──」
「あら、サラさんは本日中のお帰りらしいですわよ? 先ほどSISの方におうかがいしましたもの」
 ヨシノがその会話に割って入る。
「嘘よ。だって私、ちゃんと火曜日までここにいるっていうことにしてきたもの」
「確かめてごらんなさい?」
 ヨシノが勝ち誇ったような顔。不安に感じたサラがすぐに携帯で自分の行動予定を確認すると、確かに今日の午後六時、本部出発となっている。ということはあと一時間もない。
「Why!?」
「残念でしたわね」
「サクラ! あなたいったい、何をしたというの!?」
「何って、私が何をするというのですか?」
「私のスケジュール、勝手に変更したわね!」
「そんなことが簡単にできるわけありませんわ。イングランドのスケジュールはイングランドで決めるものでしょう?」
 さすがにここまで妨害が過ぎるとサラも冗談では済まさなくなったようだ。
「いい度胸ね、サクラ」
 様子が変わった。本気だ。
「あなたに免じて今までは容赦してたけど」
「あら、それは私の母親を殺した罪滅ぼしのつもりですか?」
「何を言っているの。ヴォクスホールから機密文書を盗み出したのはあなたの母親でしょ!」
 爆弾発言。さすがにその言葉にはその場にいた全員が驚愕する。
「証拠がありまして?」
「なんですって」
「母は突然殺された。何もしていなかったのに、勝手に機密文書を盗んだと決め付けられた。それもあなたの指示でしたわね、サラ」
 ヨシノも負けてはいない。この状況ではどちらが正しいなどと判断することは不可能だ。それを分かってヨシノは勝負を挑んでいる。
 だが、サラはそれでも強気だった。その表情はいささかも変わらない。
「情報を操作するのは本当にうまいわね、サクラ」
「どういうことかしら」
「知っているわよ。あなたが、本当は適格者なんかじゃないことくらい!」
 今度こそ。
 今度こそ、全員が騒然とした。全員がヨシノに集中する。もっとも、当の本人は身動ぎもしてはいなかったが。
「何をおっしゃってますの?」
「隠しても無駄よ。SISの情報網をなめないでよ。あなたがヴォクスホールに捕まっている間に、あなたの血液検査なんてとっくにすんでるんだから。あなたは適格者になる資格なんてどこにもない、ただの一般人だなんてことは分かってるのよ!」
「だったらどうして、私はシンクロできるのですか?」
 ヨシノも怯んだ様子はまったくない。それどころか有利な立場にいるかのように振舞う。
「知らないなら教えてあげましょうか。適格者資格というのは簡単に出せるようなものではありません。資格が与えられるのはシンクロが可能な子供だけなのです。つまり、資格のない者がシンクロしようとしても、シンクロ率は〇%。起動する可能性など万が一にもありませんわ」
「そんなことは分かっているわ。そしてあなたはその血液検査で、シンクロ率〇%と認定された。そのあなたが適格者になれるはずがないでしょう!」
「だとしたらその検査結果が間違っているのでしょう」
 さらりと答えたヨシノに、表情を緩めないサラ。
「今、分かったわ」
「何がですの?」
「私、あなたのこと、本当に嫌い」
「それは良かった。私もですわ」
「お情けで生かしておいて後悔した。今度はもう許さない」
「それは、私の母を殺したことを認めたということでかまわないのですね」
「ふざけないで。あなたがたが何を考えていようと、ヴォクスホールからあなたの母が盗みをしたのは分かっているのよ。SISがあなたたちを放置するはずがないことくらい、理解しているでしょう?」
「証拠もないのに相手を消すのがイギリスのやり方なのですね」
「話を逸らさないで。証拠があろうがなかろうが、あなたの母がやったことなのよ。アレを盗まなければ北アイルランドの十万人は死ななかった! それをどう償うつもりなのよ!」
「証拠のないことです。母のやったことではありません」
 平行線。片方はやったといい、もう片方はやってないという。いったいどちらが正しいのか、傍から見ている分には分からない。
「私、サクラのことはそれでも、信頼していた」
 サラがうつむいて、視線を逸らす。
「あなたがネルフにいるのは知っていた。それはきっと、北アイルランドの十万人の償いをしてくれてるんだろうと勝手に思っていた。だからあなたを見逃してよかったと思っていた。でも、それは違ったのね。そう。信じていた私が馬鹿だった」
 ヨシノは何も言わない。言ったところで無意味だと思っているのか。
「今から、あなたのことは敵とみなすわ」
「私は、母が殺されたときからとっくにあなたのことを敵だと思っていましたわ」
「そう。あなたにそれでも友情を感じたように思っていたのは、気のせいだったのね」
「気の迷いですわ」
「分かりました」
 その表情にはもう、迷いなどなかった。
「今日のところは引き上げる。でも、次はこんな風にはいかないわよ」
「あなたが本気になったら私ではかないませんわ」
「あなたはすぐにそうやって私を持ち上げる。私が情報局でかなわなかったのはサクラただ一人だけだったのにね」
 そしてサラはその場を出ていった。突然始まった深刻な喧嘩。それが終わってヨシノはため息をついた。
「ごめんなさい。変な空気になってしまって」
「いや、それはいいけど、でも」
「私のことは詮索しないでくれると助かります」
 ヨシノは作った笑顔でシンジに話しかける。
「今回サラが何を企んでいたか分かりませんが、多分サラの目的は防げたんだと思いますわ」
「サラの目的?」
「そう。最終的には碇くんをイギリスに引き抜くこと。そのための下準備をするつもりだったのでしょうけど、残らず私が止めましたから」
 この三日間、ヨシノにとっては正念場だった。どうすればサラの裏をかけるのか。一番良かったのはサラに『行動させない』ことだった。サラとシンジを接触させず、自由に動き回らせないこと。それでイギリスの行動は防げると考えた。
「碇くんを狙っているのはたくさんいるということ。それを忘れないでください」
 しおらしいヨシノの言葉には違和感があったが、それでも本気で言っているのは分かる。シンジは強く頷いた。
「さあ、そうしたら今日はゆっくりと食事をしましょう。赤井さんもいい数値が出てくれたので、私も嬉しいですし」
「ヨシノさんに喜んでもらえてよかった」
 サナエがほっと安心したように言った。






 パーティが終わって、シンジは自分の部屋へ戻ってくる。
 エンが自室へ戻り、一人になった部屋。ゆっくりとベッドに体を横たえる。
 疲れた体には休息が必要だった。
 ゆっくりと睡魔に身をゆだねる。
 やがて。
 シンジの部屋の扉が、音を立てずに開く。
 廊下の明かりが部屋の中を照らす前に、扉から中にするりと人影が一つ入り込む。
 その影は音もなく歩き、シンジのいるベッドに近づく。
「Bye, third」
 そして、おもむろに懐からナイフを取り出して、そのシンジの体につきたてた。
「!?」
 だが。
 その、突き刺したはずのシンジの体が、あまりに手ごたえがない。
「そこまでだ」
 部屋の電気がつく。
 そのナイフが刺さっていたのは、人形。
 そして、部屋の中にはシンジとエン、さらにはコウキとカスミ、コモモ、ヨシノ、ダイチ、ジンと同期メンバーがせいぞろい。
 さらには、アイズ・ラザフォードもいた。
「まさか、お前とはな」
 そのアイズが残念そうに暗殺者を見る。
「ま、この状況でいまさら言い逃れもできないだろ。観念しな」
「そういうことです。抵抗するというのなら、僕が相手になりますよ」
 コウキが言って、エンが戦闘体勢を取る。さらにはカスミとヨシノが拳銃を構えていた。
「答えろ」
 アイズが言った。
「何故、こんなことをしている。キャシィ」

 キャシィ・ハミルトンが、冷酷な顔で立っていた。






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