適格者番号:130900004
 氏名:古城 エン
 筋力 −S
 持久力−B
 知力 −C
 判断力−C
 分析力−D
 体力 −A
 協調性−B
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 17.392%
 ハーモニクス値 28.34
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−C
 格闘訓練−S
 特記:人工進化研究所の一組織である『ハイヴ』の出身。












第佰捌話



「大丈夫?」












 部屋に戻ると、そこに残っていたのはエンだけであった。
 アルトと一緒に戻ってきたシンジを見て、少しエンは驚いていたようだったが、すぐに状況を察したらしい。
「アルトが、シンジくんを見つけてくれたの?」
「ええ」
「そうか。ありがとう、アルト」
「言っておくけど」
 アルトは厳しい目でエンを睨む。
「シンジくん、とてもつらそうだった。あなたがシンジくんを傷つけたというのなら、私は許さないわよ」
「違うよ、アルト」
 シンジは逆にアルトをなだめる。そしてエンに向き直った。
「エンくん。話がしたいんだ」
 エンも頷く。
「そうだね。僕も、シンジくんに話さないといけないことがたくさんある。まず、今さらだけど信じてほしい」
 一つ、呼吸を入れてからエンがはっきりと言う。
「僕は、たとえ経緯がどうあれ、シンジくんのことが好きだし、シンジくんのことを守りたいと思っている」
「うん。僕もエンくんのことを信じてる」
 ほっとした。
 そう。ノアの言う通りだ。たとえどういう経緯だったとしても、今が信頼しあえるのならそれで充分だったのだ。
「良かったね、シンジくん」
「うん、ありがとうアルト。アルトのおかげでエンくんと話し合う勇気を持つことができた。それに」
 アルトを見ながら、もう一人の『ノア』に向けて言う。
「ありがとう」
「え、何も二回言わなくても」
 アルトが慌てる。だが、これでいい。ノアはアルトを通してすべてを見ている。きっと今の言葉がノアへ向けてのものだということは気づいたはずだ。
「シンジくん。まさか」
「うん。彼女に会った」
「そうだったんだ」
「優しい人だったよ。厳しかったけど」
「なるほど。たしかにね」
 エンが苦笑する。厳しくて優しい。それは確かにノアの性格に一致する。
「それじゃあまず、僕たち二〇一三年九月組の話を先にしておこうか」
 シンジが頷く。
「あ、それじゃあ私、席を外すね。おやすみなさい、シンジくん」
「ごめん、アルト。おやすみなさい」
 そうしてアルトは自分の部屋に戻る。もう今の二人なら大丈夫だろう、という判断でもあった。
「さっき、キャシィさんが言った通り、二〇一三年の九月っていうのはネルフ本部にとって重要な月で、サードチルドレンを生み出すために適格者が集められたんだ」
「生み出すために?」
「うん。サードチルドレンになれるシンジくんを先頭に、ネルフを絶対に裏切らないだろう七人をサポートメンバーに加えた。そしてシンジくんを物理的にも精神的にも守り、無事にサードチルドレンとして初号機パイロットにすることを目的に、僕らは集まった」
「最初からみんな知り合いだったの?」
「初めて会ったのは、シンジくんと会うあの日から三日前くらいかな。他のメンバー同士ではもしかしたら知り合いがいるかもしれない。他の六人がどうやって集められたのかは分からないけど、おそらくは剣崎さんが関わっているんだと思う」
「剣崎さん?」
 ネルフ保安部を統括する黒眼鏡の人物。シンジも面識はある。
「後で話すけど、僕は自分の命の危険があったところを剣崎さんに救われた。そしてネルフ本部に連れてこられて、その戦闘能力をかわれてシンジくんのサポートをすることを命令されたんだ。命を救ってもらったかわりにね」
「そうだったんだ」
「もともと守るのは僕の性格上問題ないことだった。恩返しの意味もあって快く引き受けた。そして僕には同じようにシンジくんを守ろうとする仲間がいることを知った。そして出会ったのが、あの集合三日前だった」
 適格者として認定された場合、事前に通達が行き、いつまでにネルフ本部に来ればいいかが指示される。適格者認証式が行われる前日にはネルフ入りしなければならない。つまりその日が同期の適格者が初めて顔を合わせる日ということになる。
 だが、七人はそれより早く三日前に既に第三新東京に来ていたということだ。
「最初は剣崎さんが仕切っていたんだけど、そのうち僕らだけで勝手に話し始めて、いつの間にかシンジくんをうまく守るにはどうするかって議論になってた」
「そっか。だから最初なのに顔見知りみたいな感じだったんだ」
「気づかれないようにはしてたんだけどね。実際、会ったのもあれが二回目だったし。だから、こういう言い方はよくないけど、他のメンバーがどうして集められたのかっていうのは僕も知らないし、シンジくんのことをどれだけ思っているのかもよく分からない。コモモさんは間違いなくシンジくんのことが好きだろうけどね」
「そ、そうかな」
「それで、聞いてほしいんだ」
 いよいよエンが本命の話に入る。
「僕がこれまでどう生きてきて、そしてどうしてネルフに入ることになったのか。その一部始終を、全部」






 No.五十三。それが、少年に与えられた名前だった。
 物心つく前から、トレーニング、格闘技術を叩き込まれ、余計な感情を持たず、ただ相手を叩きのめすためだけに作られた戦闘マシン。それが人工進化研究所の一部門、ハイヴの行っている研究の一つだった。
 もっとも、それは人工進化の一つの形である『複数人格・記憶共有』の研究成果を守るための『人間の盾』にすぎない。ナンバリングシリーズは、万が一のときのために自らを盾として対象を護衛する。そのためだけに作られている。
 そのために必要な格闘技術は幼い頃から鍛え上げられているため、歳を経れば経るほどその完成度は増す。それどころか、その威力は重く、強くなっていく。
 自分たち、ナンバリングシリーズはお互い会っても挨拶しない。そのようなプログラミング=教育は受けていない。感情は必要なかった。感情を持てばすぐに消される。感情を制御し、全く表に出さないようにする。それがこの研究施設で生き延びる術だった。読み書き算術は一通りを七歳までで終了することになっている。それができなければ再教育を受けることになる。だが、少年は再教育を無事に終えることができたナンバリングシリーズを知らない。
 少年は比較的早くに教育を終えた少年だった。二〇〇七年末、六歳の時点で初等教育にあたる分は全て終了。大人三人を相手にすることができる腕前に成長していた。
 そして二〇〇八年の最初。あの少女たちに会ったのだ。
「ナンバー五十三。お前がガードする相手だ」
「ナンバー五十三です。よろしくお願いします」
 その相手は自分と同い年の女の子だった。女の子の方は『複数人格・記憶共有』の実験を行っている二人の少女。やはり教育はかなり高いものを受けさせられていた。
「紀瀬木ノア。よろしくね」
「紀瀬木アルトです。よろしくお願いします」
 全く同じ顔が二つ。同じ服装で、全く同じように動く生き物二つ。いくら双子とはいえ、この息の合わせ方は尋常ではない。
 だが、当時の少年にとってはそれすらどうでもいいこと。自分の守る対象としての認識しかなかった。
 次の日だ。
「こんにちは」
 女の子が話しかけてきた。
「こんにちは、アルト」
 すると女の子は少し驚いたように見せてから、そして笑う。
「残念でした。私はノアよ」
「そうでしたか。大変申し訳ありません」
 たしかに瓜二つのように見えるが、それでも自分の中ではきちんと区別できていると思っていた。まさか間違えるとは思わなかった。
 さらにその次の日だ。
「こんにちは」
 また女の子が話しかけてきた。昨日と同じ女の子。
「こんにちは、ノア」
「ノアお姉ちゃん? 違うよ、私はアルト」
 また間違った。どういうことだろう。
 そうしてまた次の日、こんにちはと声をかけてきた少女に少年は尋ねた。
「あなたはノアですか、それともアルトですか」
「私の認識ができないの?」
「その口調はノアですね。こんにちは」
「なるほど。外見ではなくて、性格で判断したのね。あなた、相当に賢いわ」
 およそ六歳とは思えないほどの大人びた様子だった。
「自分は相手を間違えるようなことはしないと思っていました。自分の認識が間違っていなければ、今日、昨日、一昨日と、出会った相手は全部同じ相手のはず。それなのに毎日あなたたちは入れ替わっている。その謎を知りたいと思います」
「なるほどね。自分の認識力に自信があるから、私たちの方がおかしいと思うわけか。いいわね、そういう自信家なところ、嫌いじゃないわ」
 ノアは音を立てて笑う。
「まず、これから言うことはアルトも知らないことよ。あなたはそれを認識し、決してアルトには言わないこと。約束してちょうだい」
「約束いたします」
「よろしい。それでは簡単に説明するけど、私たちの体は、二人で二つの体を共有しているの」
「二人で二つ?」
「そう。こちらの体にノアとアルトの心、そしてもう一つの体にもノアとアルトの心がある。私たちは毎日、この体を交換し、それと同時に記憶を共有するようにしている」
「そんなことが可能なのですか」
「ハイヴの力をもってすればね。でも、成功例は私たち一件だけ」
「ノアが知っているのにアルトが知らないのは何故ですか」
「それは私の性格の方が上位にあるから。ノアの心の方が交換のコントロール権を持っている。そのときに記憶の共有を行うのだけど、その作業は全部私、ノアがやっている。アルトは体が交換されていることにすら気づいていないわ」
「なるほど、そういうことでしたか」
 ある程度の説明を聞いてそれで納得する。
「あなたの疑問はそれでいいの?」
「はい。自分の疑問は解決しました。充分です」
「ふうん。あなたって機械みたいね。自分のすることだけを忠実にこなすロボット」
「そのようにプログラミングされています」
「ナンバー五十三」
 番号を呼ばれると、少年の体は直立不動となる。そのように訓練されている。
「ふうん。私の命令には何でも従うって聞いたけど、本当なの?」
「はい。自分にとって最上位である方の命令には何でも従います」
「たとえば、私がここから逃げ出したいと言ったら、あなたはそれに従うの?」
「従います」
「この研究所の意図に反しても?」
「ターゲットの意に沿うようにすることが自分にとっての最優先命令です。ハイヴよりノアとアルトの命令が優先します。ただ、ノアだけでは駄目です。ノアとアルト、双方の命令である場合、自分は二人の命令に従います」
「ふうん」
 面白いものを見るようにノアが少年の周りを歩く。
「私より少し、背が高いのね」
「そのようです」
「いいわ。もしものときはあなたにお願いするわ、ナンバー五十三」
「何をでしょうか」
「逃げるときよ。そのときまでにアルトを説得しておくわ」
 そうしてノアは意味ありげに笑って去っていった。
 次の日、訓練で怪我をした自分のところへやってきたのは、意識を交換したアルトだった。
「大丈夫?」
 何を言われたのか、よく分からなかった。
 アルトは何の理由もなく、ただ怪我をした自分を気遣っただけなのだろう。こんな怪我はすぐに治る。傷など日常茶飯事だ。
「はい。問題ありません」
「そう。良かった。気をつけてね」
 その日のアルトとの会話はそれだけだった。
 次の日、今度はノアだった。どうやら自分が会うのは常に同じボディの方らしい。
「こんにちは」
「こんにちは、ノア」
「今日は間違えなかったわね」
「もう間違える理由がありません」
「そうね」
 ノアは怪我のことについては何も言わなかった。アルトとはやはり性格が異なる。
「どうして自分は、常に同じボディとしか話をしていないんでしょうか」
「簡単なこと。あなたは一人。私たちは二人。一人で二人を守れる?」
「その自信はあります」
「集団で包囲されて一斉に撃たれたら? まあ、そのときはどうあっても助からないでしょうけど」
「つまり、あなたたちを守るナンバリングシリーズがもう一人いて、もう一つのボディはその人物と会っているということですね」
「ご明察」
「もう一つのボディに会うことはありますか?」
「次のアルトまでがこの体。その次に一日置いて、ノアがあなたに会うわ。そのときはもう違うボディね」
「分かりました。そのときに確認をさせていただきます」
「何を?」
「どの程度、あなた方の記憶が共有されているのかどうかを、です」
「そうね。あなたもハイヴの実験の結果がどれほどのものか、確認してみるといいわ。とはいっても、あなたは昨日、自分が何をしたか正確に全部を言うことができる?」
「不可能です」
「そういうこと。記憶はすぐになくなるもの。それこそ二日前にあなたと話したことを全部話そうっていっても難しいことだわ」
「今、それを行ってもいいですか」
「いいわよ、質問は三つだけね」
「あなたが自分の周りをまわって確認したことは?」
「あなたの背の高さ。少し高いわね」
「自分の疑問が解決したときに、あなたは何と評価しましたか?」
「ロボットみたいね」
「自分が怪我をしていたとき、あなたは何と言ってくれましたか?」
「私じゃないわ、アルトよ。大丈夫と聞いたわ」
「確認しました。ありがとうございました」
「この程度でいいの? もっと深いことを聞かなくて大丈夫?」
「この程度で充分です。三日後、また似たような質問をさせていただきます」
「いいわよ。でもアルトは駄目よ。あの子は入れ替わっていることなんて知らないんだから」
「はい。全て了解しています」
 少年は頷いて答える。
「礼儀正しいのね」
「命令に従うようにプログラミングされております」
「そう」
 微笑を浮かべたまま一度目を伏せる。そして、少年を見据えてから言った。
「ナンバー、五十三!」
 それで、少年の体は直立不動となる。
「あなたそうしていると、本当に機械みたいね」
 自分はそのつもりでいる。ただの機械として、少女たちを守る。
「ナンバーで呼ばれるのはイヤ?」
「好きなようにお呼びください」
「そう。じゃ、決めてあげるわ。五十三、五十三……そうね、決めた。あなたにぴったりの名前」
 にっこりと笑った少女を見て、少年は思った。
 小悪魔のようだ、と。
「古城エン。どう? 自分の名前を持った瞬間は」
「古城エン」
 自分で言ってみて、一度うなずく。
「ありがとうございます」
「感謝なさい。あなたのような人間が、人間らしく扱われるのはそうそうないでしょうから」
 確かにその通りだ。だが、初めてではない。
 自分が人間らしく扱われたのは、ノアと同じ体の中にいる、もう一人の少女だ。
「感謝します」
 自分がどちらに感謝したのか。エンはこのときはまだ分からなかった。






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