適格者番号:130900002
 氏名:不破 ダイチ
 筋力 −B
 持久力−C
 知力 −B
 判断力−A
 分析力−S
 体力 −C
 協調性−D
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 6.335%
 ハーモニクス値 31.38
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−D
 格闘訓練−A
 特記:第二東京の孤児院出身。












第佰拾伍話



「寂しくなるね」












 四月二十八日(火)。

 一日の休暇を終えた適格者たちが国へ帰っていく。
 フランスのエリーヌ。ギリシャのルーカスとエレニ。中国のムサシ。ロシアのイリヤ。そして──
「またしばらく会えなくなりますね」
 アルトがシンジに話しかけた。
「うん。またアルトに会えるのを楽しみにしてる」
「私も。エン、ちゃんとシンジくんを守るのよ」
「もちろん。アルトもアスカさんを守るんだよ」
「もちろん。それが私の一番の役目だからね」
 そうしてアルトもまた、ドイツへと帰っていった。
「寂しくなるね」
「うん。エンくんはもう、アルトとは話が終わったの?」
「まあね。シンジくんに話したことがきっかけになったかな。アルトとも今回できちんと和解できたと思う」
「よかった」
 シンジにとってエンはかけがえのない友人。そしてアルトとも不思議な結びつきを感じている。その二人が仲たがいしているのは嫌だった。
「エンくんに一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「僕ら同期組って、みんな剣崎さんが集めてきたのかな」
「そうだと思う。最初に七人を集めたとき、剣崎さんが最初にあれこれと説明してくれたから。そしてみんな剣崎さんのことを知っているみたいだったし」
「やっぱり、そうなんだ」
 二〇一三年九月組には剣崎の意向が重視されている。ということは、剣崎は碇ゲンドウや冬月コウゾウの意図を強く汲んで行動しているということになる。
(剣崎さんからも話を聞いてみたい)
 昨日のコモモとの会話からシンジはそう思うようになっていた。だが、剣崎と話すのはまだ早い。先に話しておかなければいけない相手がまだ五人もいる。
 シンジから見て、同期七人というのはいずれもクセのある人物ばかりだった。ただ、その中でもエンとコモモは自分に好意を持ってくれているのは分かる。だから先に話すことができた。
 だが、残りの五人はどうだろう。コウキはいつも自分をからかうようにしているし、ダイチはあの通りの能面。ヨシノとはカナメの件でぎくしゃくしていたし、カスミはとらえどころのない性格。そしてジンはリーダーとしてはふさわしいが、義務感で付き合ってくれているような感じもする。
 考えた結果、その日の夜にシンジが訪れたのは不破ダイチの部屋だった。ダイチの部屋に入ると、何故か既に長話の準備、すなわち菓子とジュースが用意されていた。
「何これ」
「いや、今日は俺のところに来ると思っていたから準備していた」
「どうしてそんなことが分かったの?」
「消去法だ。野坂は一番秘密が重そうだから後回し。染井とはこじれているからこれも後回し。倉田と真道は何となく聞きづらい。となれば三番目は俺の番だろう」
 自信満々に答える。さすがは分析力S。
「僕が来なかったらどうするつもりだったの」
「そのまましまって、明日の菓子にすればいい。正直その可能性もあった。先に染井のところに行くか、それとも俺のところに来るか。可能性は半々か、それより俺の方が少し上だった」
 表情を出さないダイチは、シンジにとって苦手な相手であった。だが、決して嘘を言うことはなく、きわめて理論的、理屈的な彼のことは信頼に足る相手だと思っている。
「不破くんは僕のことをどう思っているの?」
「今、もっとも興味深い研究対象だ」
 コーヒーを飲みながら答える。
「研究対象?」
「うむ。どうしてそれほどまでにシンクロ率が高いのか。これだけさまざまな問題にぶちあたっても前に向かって進んでいけるのはどういう精神をしているのか。人間観察の対象としてこれほど面白い素材はない」
 きっぱりと言い切るのがダイチの良いところであり、悪いところでもある。だが、こうしてはっきりと言ってくれた方が今のシンジにとってはありがたい。
「やっぱり不破くんは、僕のことを仲間だとかそう思ってくれていたわけじゃなかったんだね」
「何を言っている? 俺たち八人は仲間だろう?」
 だが、シンジが諦めたように言うと、ダイチは真っ向からそれを否定した。
「ふむ。どうやら碇はいろいろと勘違いをしているようだから先に断っておこう。要するに碇が気にしているのは、八人の中で自分だけが仲間はずれにされていると、こういうことだな」
「ええと」
「それは正しくもあり、間違いでもある。どちらかだと断じるのは難しい。もう古城や桜井から聞いて分かっているだろうが、碇を除く九月組は碇を守るために集められた。肉体的にも、精神的にも。だから八人の中で碇が例外だというのは当然のことだ。だが、碇も含めて八人が全員集まったとき、桜井が言ったはずだ。自分たちは仲間だと。俺もそう思う。だから俺にとっては碇は守る対象ではあるが、それと同時に仲間でもある。碇は守られるのは嫌なのか?」
「僕だけが特別扱いされるのはおかしいと思うよ」
「だがそれはサードチルドレン、そしてこれほどのシンクロ率をほこっているのだからむしろ当然の扱いだと俺は思う。そしてこれだけのシンクロ率が出せることをあらかじめ分かっていたネルフが碇の護衛として七人も集めたのはむしろ当然の行程だ。その事実を否定するのは無駄だし、意味がない。だが、俺はその意味では碇を守っているが、それ以外のことで碇を特別扱いしたことはない。八人は皆同じ仲間だからだ。その何が気に入らない?」
「割り切れ、っていうこと?」
「そうだ。碇も含め、俺たち八人は仲間だ。それで充分だと思う。そしてその中でも碇以外の七人と碇は違う。碇は世界を守り、俺たちは碇を守る。俺たちと碇の違いは、結局のところそれ以外にはない。だから悩むだけ無駄だ」
 そういわれても、簡単に切り替えのできる話ではない。
「これがたとえば谷山や清田などが『自分も仲間に入れてほしい』というのなら分かる。二人とも碇を守ることができて、しかもその力もある。実際、碇を守ろうという意気込みがある朱童や榎木なども、俺たちと一緒に碇のことを相談している」
「そうなの!?」
「ああ。今さら隠し事をするのはよくないだろうから伝えた方がいいだろう。俺たち七人は、いざというときは自分の体を盾にして碇を守れと言われている。そしてその覚悟も持っている。朱童と榎木も、野坂がそれを伝えて、二人とも了承した。だからあの二人も同期ではないが、碇シンジプリンセスナイツの一員ということになる」
「いや、その呼び方はやめてほしいんだけど」
 ダイチは無表情でそういうことを言うから、どこまでが冗談でどこからが本気なのかが分からない。
「はっきりさせればいい。碇が一番気にしているのは、自分たち同期メンバーが、やりたくもない任務を、碇のことが好きでもないのに守らなければいけないという任務を課せられていると、そういうことではないのか?」
「それもあるけど、でも」
「いや、一番大きな問題が片付けば他の問題は些細なことだ。もしそれが一番大きな問題だというのなら、少なくとも俺のことで悩む必要はない。俺はお前を守ることを楽しんでいる」
「楽しい?」
「そうだ。お前を守りながらお前の様子を観察しているのが楽しい。最近は朱童も面白いのだが、やはりお前は比べ物にならない」
 褒められているのかけなされているのかが分かりにくい台詞だ。
「俺が思うに、倉田、真道、染井は大丈夫だ。お前のことをなんだかんだ言って気にしている。お前が仲間はずれに思う必要はない。だが、野坂は知らん。あいつは底を見せないからな」
「いや、他の人より今は不破くんの話を聞きにきたんだけど」
「そうだったな。だが、俺の話はそれほどたいしたことはないぞ」
 ダイチは前置きしてから言った。
「俺は孤児だ。金で雇われて適格者になった」






 第二東京に天才児がいる、というのは割りと早い時期から騒がれていたことだった。
 名前は不破ダイチ。彼は天才にありがちな、一つは傑出しているがその他は全く無頓着な少年だった。
 国語や社会など文型科目はからきし苦手。そのくせ数学については小学三年生にして既に中等数学までほぼ完璧になっており、理科も物理の公式がすらすら答えられるような、理系に突出した脳を持っていた。
 そして彼はその自分の才能の使い方をよく分かっていた。この才能をもってすれば、自分が済んでいる孤児院に多額の資金援助をしてくれるはずだと考え、自分の才能を売りつけていった。天才少年としてテレビデビューしたのが小学三年の冬。二〇一〇年のことであった。
 小学生なのに中学生の問題をいとも簡単に解きこなす。それどころかこのときにはもう高等数学にまで手を出していた。
 数学というのは面白い。規則、理屈がどこまでも支配していく。数字は人間のように嘘をつくことがない。理論通りに数字を動かせばきちんと解が出てくる。解の見えない人間社会よりずっと簡単で、分かりやすい。
 テレビで得た収入は、当然子供の自分に直接渡されるわけではない。保護者に行く。つまりこの場合の保護者とは、孤児院の院長だ。
 院長は、凡庸を絵に描いたような人物だった。ただ、孤児たちへの優しさだけはおそらく地上の誰よりも強かっただろう。
 ダイチは自分が稼いだお金を院長が自由に使っていいと言った。院長は少し困ったようにしていたが、それはその年の冬、子供たちの着る上着に変わった。ダイチは満足した。
 またテレビの仕事があった。今度も院長にそのまま全部使わせることにした。院長は壊れて隙間風が入り込む壁の修復費用にそれをあてた。
 三回目の仕事のとき、たまには自分のものを買うといいとダイチは言った。すると院長は孤児院のみんなでパーティを開いた。ダイチは院長に尋ねた。
「自分のために使ってほしいと言ったのに、院長はどうして俺の言うことを聞いてくれないんだ?」
 すると院長は答えた。
「みんなの笑顔が欲しかったんだよ」
 うまいことを言うものだ、とダイチは感心した。
 そうして進級したダイチのところにまたテレビの仕事があったが、それと同時にテレビでダイチを見た夫婦が『ダイチを引き取りたい』と申し出てくるということがあった。
 孤児院では引き取り先が出れば、それで孤児院から出ていくことができる。孤児たちにとってはそれがすごろくの『上がり』であるかのように、幸せな未来が約束されることになる。
 だがダイチにとってはありがた迷惑な話だった。
「俺がいなくなったら、この孤児院の経営が傾く」
 三回のテレビ出演の仕事で、自分がどれだけ金を稼ぐことができるかがわかっていた。おそらくこの夫婦も自分のことなどどうでもよくて、ただテレビに出る少年を引き取ることで金儲けや名声を上げる材料に使いたかったのだろう。そんなくだらないことのために、この知恵を譲るつもりはない。
「でも、せっかく普通の家で暮らせるチャンスだったのに」
「他の子が引き取られるのはいいが、俺は駄目だ。人の愛情が欲しいわけじゃない。それより俺はここにいるみんなの役に立ちたい」
 ここで生きる孤児たちが少しでも笑顔でいられるなら、自分がそのためにいくらでも働くつもりでいた。
「みんな、ダイチくんには感謝しているよ」
「俺は院長に感謝している。あなたがいなければ俺はとっくの昔にどこかで死んでいただろう」
「ダイチくんなら、どんな逆境でも跳ね返していけるパワーがあると思うけどね」
 そうしてまた一年間、ダイチのテレビ出演は続いた、月に一度くらいだが、その臨時収入は孤児院にとって徐々になくてはならないものに変わってきていた。
 もともと孤児院には余剰な金はもっていない。きりつめて、きりつめて、ようやく暮らしていける程度のお金。全員で集まるお金など微々たるもので、政府からの援助金もほとんどが食費に消える有様だ。そんな中でダイチの稼ぐお金は、唯一贅沢に使える臨時ボーナスになっていたのだ。
 やがて、孤児院自体の知名度が知れ渡るようになり、一人、二人と『上がり』になる子供が増えてきた。ダイチが小学五年生の冬を迎えるころには、なんと孤児の数は三分の二に減っていた。もはや臨時ボーナスがなくても生活していける水準に達していたのだ。
「これからは、君が稼いだお金は君自身で使っていきなさい」
「分かった。自分の使いたいように使う」
 するとダイチはそのお金を孤児たちにお小遣いとしてあげた。それも自分からあげたことが分かると、後からせがむ子がどんどん増えてくる。分からないように、夜、みんなが寝静まったときに、全員の靴に五百円玉を入れておいたのだ。残ったお金は孤児院に匿名で寄付した。
 もちろん院長は誰の仕業かは分かっていた。後で『そういえばこの間のお金はどうしたんだい』と聞かれた。ダイチは『どこかに落とした』と答えた。院長は『そうかい。じゃあ、お金が必要になったら落とし主を見つけてあげるから、いつでもおいで』と答えた。それから院長がそのお金を使ったのかどうかは分からない。どちらでもいい、とダイチは思っている。
 その年は適格者選抜検査が行われた最初の年でもあった。孤児たちは全員がそれに参加し、一人が資質ありと認められ、ネルフに入った。こうなるとネルフの中で部屋を与えられ、給料ももらえる。これも立派な『上がり』になるのだと孤児たちは知ったが、それが可能なのは宝くじに当たるようなものだということも分かった。全員が検査を受けたのだから、もうこの中から宝くじに当たる人間はいないのだ。
 ただ一人、ダイチを除いては。
「検査を受けなかったのかい」
 院長が尋ねるとダイチは頷いた。
「俺がいなくなれば、この孤児院の経営は傾く」
「今はもう、それほどでもないよ。ダイチくんのおかげで引き取ってくれる親御さんが増えているからね」
「なら、俺がいなくなれば引き取り先が少なくなるだろう。俺がここにいることが何より重要だ。違うか」
「違わないよ。でも、この二年で人数が減った分、たくわえもできたし、なんとかやりくりしていけるよ」
「嘘をつけ。確かに人数は減ったが、新しい孤児が増えたぞ。今は減る人数の方が多いから目だっていないが、引き取り先がいなくなればこの孤児院は以前よりも人数を増やすことになる。そうすればこの孤児院は終わりだ」
「返す言葉もないね」
 院長は優しく微笑みながら言う。結局、ダイチの言う通り、ダイチがいなくなればこの孤児院は成り立たないところまで来てしまったのだ。
 とはいえ、ダイチの方でも問題が生じていた。小学五年生にして高等数学を解きこなす少年。そのインパクトが徐々に薄れ、テレビうけしなくなってきたのだ。
 テレビの出演料がもらえないとなればダイチの存在など必要なくなってしまう。レギュラー番組を持っていないことのデメリットがここで出た。
 次の年の一月から三月の間にテレビ出演は一回だけ。孤児院の人数は増えた人数と減った人数が同数。緊張の三ヶ月だった。
 そして、春。
 ダイチの転機ともなるべき出会いが、五月にあった。
「はじめまして」
 サングラスをかけた男は、ネルフの剣崎キョウヤと名乗った。
「不破ダイチくん。君をスカウトに来た」






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