二〇一三年九月組、契約年月日リスト

 2012.9.10 倉田 ジン
 2012.9.30 桜井 コモモ
 2013.2.19 真道 カスミ
 2013.5.11 不破 ダイチ
 2013.5.23 古城 エン
 2013.6.21 野坂 コウキ
 2013.7.14 染井 ヨシノ












第佰拾陸話



「それでは駄目なのか?」












「スカウト?」
 もちろん自分をスカウトに来るということは、自分の能力をかってのこと、ということなのだろう。だが、相手がおかしい。相手はネルフの人間だと言った。ネルフがどうして自分などに興味があるのか。
「そうだ。君には適格者になってもらいたい。対使徒決戦兵器、エヴァンゲリオンの名前を聞いたことくらいはあるだろう」
「無論だ。この孤児院からも一人、ネルフに行った」
「ここの孤児院の子たちは全員が適格者検査を受けたようだが、君は受けていないそうだね」
「ああ。検査もしないで適格者になれるものなのか?」
「普通はなれない。だが、時と場合によってはなれる」
「話が見えないな。あんたは俺に何をさせたいんだ?」
 今の話では、適格者になることは二の次で、他に何か目的があるようだった。
「あるチームに入って、仲間と共に行動してほしい」
「チーム?」
「一人の人間を護衛するチームだ。その護衛されるメンバーも含めて、仲間でいつづけるということを引き受けてほしい」
「何故俺に?」
「第一に優秀で、第二に冷静だ。今、君と同年齢の優秀な『仲間』を探しているところでね。テレビで何度か出演している君に白羽の矢が立ったというわけだ」
「テレビといっても月に一度あるかないかだが」
「それでも見れば分かる。単に数学・物理の問題だけではない。条件を与えられたところから分析する能力、それを買いたい」
「なるほど。だが、買うということはお金を払うということか。俺はいくらだ?」
「契約金として一千万。ネルフに入ってからの待遇は他の適格者たちと同等だが、その他、ネルフから孤児院に毎月百万の振込みを行う。君がテレビ出演をして稼ぐよりはずっと高額だし、確実だと思う」
 剣崎という人物はあくまでもビジネスという姿勢を崩さない。と同時に、ダイチにとってその金額は、以前から自己評価していた金額とほぼ変わらなかった。いや、それより少し多かったか。給料の他に百万だ。その分だけプラスだ。それは正当以上に評価された金額であった。それ以上を欲張るのはわがままというものだろう。
「覚悟が決まったようだね」
「ああ。それで俺は何をすればいい?」
「二〇一三年九月の適格者になってもらう。そのメンバーと仲間になってほしい」
「護衛対象は?」
「同じ九月の適格者になる予定の少年で、名前を碇シンジという。いずれ、この世界を救うことができる少年だ」
「今は守らなくていいのか?」
「おそらく彼は、二〇一五年になるまで狙われることはない。本格的に動くようになるのはそれからだ」
「では、一年と半年の間、碇シンジと仲良くなり、いつでも守れる体制になっておけということだな」
「分析が早くて助かる」
「仲間の人数は?」
「できるだけ多くしたいとは思っているが、多すぎてもいろいろ問題があるだろう。碇シンジを含めても十人弱というところだ」
「もう人選は済んでいるのか?」
「何人かはもう決まっている。だが、九月まではあと四ヶ月ある。最終的に誰がメンバーとなるか、現時点では確定していない」
「会うことは?」
「適格者が全員顔をそろえるのは九月の就任直前。碇シンジ以外のメンバーが一度顔を合わせておく必要があると考えている」
「もちろん、全員がその目的を理解しているのだろうな」
「理解してくれないのなら、呼ぶことはできない」
「なるほど。よく分かった。九月まで俺はどうしていればいい?」
「好きにしていていい。契約金は即時君に渡すし、今月からすぐに百万円を振り込もう。ただし、君への給料は九月からだ。こればかりは他の適格者と足並みをそろえてもらわなければならない」
「充分だ。俺には破格の条件だ」
 ダイチが頷く。話はそれで終わりか、と尋ねるとキョウヤも頷いた。
「よろしく頼む。不破ダイチくん」
「こちらこそ。俺がいなくなってもこの孤児院を頼む」
 そうしてダイチはネルフに入ることが決まった。
 八月になったところで一度キョウヤがやってきて、念のための血液検査を行うことになった。やはり適格者の資質はなかったが、それは問題ないとのことだった。他にも資質がなくて適格者になる人間がいるということだった。
「適格者の資質というのはどうやって決まるのだ?」
「資質がなければ対使徒決戦兵器、エヴァンゲリオンを動かすことができない。これは生まれ持っての才能というものだ」
「なるほど。碇シンジはその才能が桁外れに高い。そのための護衛ということか」
「やはり飲み込みが早いな、君は。なお、資質がなければエヴァンゲリオンはぴくりとも動かない。君がエヴァンゲリオンに乗ることはまずないだろう」
「かまわん。ちなみに、その才能というのはもともとなくても伸ばすことができるものなのか?」
「そこまで研究されてはいないが、無理だろうと推測される。資質があればそれを伸ばすことはできるが、資質がなければ──」
「あるものは伸ばせるが、ないものは造れないということだな」
「そういうことだ。君と話をするのは余計なことを言わなくていいので楽だな。学校の勉強など、君にとっては退屈なものではないか?」
「ああ」
 理数系は全部分かっていることなのでつまらない。文系はそもそも興味がなく覚えるつもりもないのでつまらない。結局は退屈なことばかりだ。
「それよりも今は、碇シンジに興味がある」
「なぜだ?」
「その適格者としての資質。俺とどこが違うのか、冷静に分析したい」
「なるほど。君らしいな」
 そうして九月になって、ダイチは正式に顔を合わせる三日前に第三新東京に入った。
 ダイチが時間ぴったりにミーティングルームに入ると、先に来ていたのは五人。自分が六番目だった。女が二人と、男が三人。ダイチが席に着くとすぐにキョウヤが入ってきた。
「そろったな」
「空席が一つあるぞ」
 小柄な女の子が言った。キョウヤは少し黙ったが「いや、来ないのならそれでもかまわない」と答えた。
「ここにいるメンバーが──」
「悪い、遅れた」
 そして、人懐っこそうな男が遅刻で入ってきた。
「間に合ったのか」
「いやあ、最後に敵のやつらとドンパチしてたら時間なくなってよお」
「げ、あんた」
 もう一人の女が最後の適格者を見て声を上げる。
「まさかトレジャーハンターの真道カスミ?」
「そういうお前こそ、強欲トレジャーハンターの染井ヨシノ」
「強欲はよけいよ」
 どうやら顔見知りというか、同業者なのでお互い顔を知っているという関係らしい。
「ドンパチって、いったいあなた、どこで何をやってきたのよ」
「いやー、ちょっとインカ帝国の財宝をめぐっててな。危なく命落とすところだったぜ」
 どういう人生を送っているのか興味のあるところだが、これでとにかく全員そろったということか。
「まずは自己紹介からしておこう。こちらから順番に、野坂コウキ」
「よろしくな!」
「桜井コモモ」
「よろしくお願いします!」
「染井ヨシノ」
「よろしく頼むわね。あ、このメンバー以外のところでは猫被るつもりなのでそこのとこヨロシク」
「古城エン」
「お願いします」
「不破ダイチ」
「よろしく頼む」
「真道カスミ」
「頼むぜ」
「そして、このチームのリーダーになる倉田ジン」
「初めて会ったメンバーの中でリーダーを拝命した。いろいろと不慣れなことがあるかもしれないが、よろしく頼む」
「いや、大丈夫だぜ。どう見ても曲者ぞろいのメンバーで、お前みたいな責任感ありそうな奴が真ん中にいてくれるとありがたいからな」
 コウキがキョウヤを挟んで反対側のジンに言う。
「さて、もうこのメンバーが何をするのかは分かっているだろうが、目的は三日後、君たちが出会う少年、碇シンジを守ること。それは肉体的なものに留まらず、彼の心も守ってほしい。この点については既に全員に説明をしていると思うが、質問は」
「確認」
 ダイチが手を上げる。
「どうぞ」
「普段は適格者の振りをして、いつも碇にくっついていればいいのか。それとも」
「適格者は十人程度で班を作り、毎月第二土曜日になると新しく班編成を行う。新しく適格者となったメンバーは必ずばらばらの班に割り振られるので、ここの七人が最初から碇シンジと同じ班になることはない。それどころか、使徒が現れる二年後まで、一度も同じ班にならないかもしれない」
「じゃあ、どうやって守れっていうのよ」
「二〇一五年までは碇シンジに陽が当たることはない。問題は二〇一五年以降だ。適格者はAからEまでのランクづけをされることになる。一ヶ月ごとに昇格試験を行い、合格すれば上のランクに上がれる。違うランク同士の人間が同じ班になれることはない。そして碇シンジは二〇一五年には必ずランクBまで上がってくる。これは定まっているものとして考えてくれていい」
「ランクBまで上がると何か問題があるのだな?」
「エヴァンゲリオンの操縦資格はランクBからだ。碇シンジはこの本部の誰よりも上手に操縦することができる。それを見てさまざまな組織が動き出す。碇シンジを消そうとするかもしれないし、懐柔しようとするかもしれない。それを守るのが君たちの役割だ」
「じゃあ、少なくとも二〇一五年までに私たちは全員ランクBに上がっていないといけないわけか」
 コモモが考えながら言う。
「まあ、ここにいるメンバーは優秀な人間ばかり集まってるから問題ないだろ?」
 カスミが後を続ける。
「だからといって、シンジくんを放置するわけにもいかないですね」
 エンがさらに続ける。
「ちょくちょく顔見たり、一緒に食事でもして仲良くなれってことね」
 ヨシノが頷きながら言う。
「碇シンジからの信頼を得ておかなければならないということだな」
 ダイチがその後を続ける。
「さすがにどいつもこいつも話の分かるやつらばかりだな」
 コウキが手を上げた。もう自分が言うことなど何もないというように。
 最後にジンがまとめた。
「俺たちは、共通の目的のために集められた仲間だ。だが、俺はそれだけではよくないと思っている。俺たちがお互いのことをよく理解し、そして碇シンジも含めて八人で本当の仲間として使徒に立ち向かう。その最少チームだ。まずは俺たちがそれをはっきりと自覚していなければならない」
「同感だ。守る、守られるじゃシンジだってきっと気がつまる。私たちは本当の意味でシンジと仲間にならなきゃな。みんなもそう思うだろ!」
「同感」
 コモモに続いてダイチも手を上げる。
「ま、そういうことなら俺も参加するか」
「僕はもともとそのつもりでしたよ」
「仕方ないわねえ」
「やれやれ。本当にここの連中はおめでたいな」
 カスミ、エン、ヨシノ、そしてコウキと次々に賛同する。
「よし。それじゃあ三日後、改めてもう一度挨拶だな」
 ジンが言うと、全員が強く頷いた。






「これが俺たちの出会いだ。杞憂であることが分かったか?」
 シンジとしては複雑なところだ。みんなが自分を仲間として考えてくれているのは分かったが、だからといって今現在、シンジを気に入っているのかどうかとは別問題だ。
「僕がチルドレン候補でなければ、みんなは僕の仲間じゃなかったということだよね」
「そうだな」
 ダイチはあっさりと認める。ダイチの人間関係はすべてチルドレンからのつながりしかない。それ以外は皆無だ。
「だが、出会い方などそれぞれだろう。俺はこの八人で仲間になれたことを幸福に思う」
 コモモも同じようなことを言っていた。だが、ここまで明確に仲間になることを決められていたのでは、素直に相手を信じられなくなったとしても仕方ない。
「まず、碇は余計なことを考えすぎる」
「う」
 それは自覚しているだけに返答できない。
「碇にとってサードチルドレンという役は切っても切り離せないものだ。ネルフの中でサードチルドレンと関係なく友人でいられるのは、綾波、鈴原、相田の三人くらいだろう。それ以外の人間にはサードチルドレンでなければ会うこともなかったのだからな」
「うん」
「だとしたらこのネルフの中で築いた人間関係は、すべて碇本人ではなく、サードチルドレンという肩書きが作ったものにすぎない。それ以外の関係など作れないのだから、もうそこは諦めるしかない」
「諦めるって」
「問題はチルドレンに近づいてくる相手が、純粋な好意なのか、それとも碇を騙そうとしているのか。見極めるポイントはそこだろう」
「じゃあさ、僕がサードチルドレンでなくなって、適格者としての資質もなくなって、ガードの仕事がなくなったとしたら、不破くんは僕とまだ仲間でいてくれるの?」
「仲間でいることはないだろう。碇だけでなく、他の誰とも」
 シンジにとっての問題はそこだ。結局、今自分と付き合ってくれている仲間たちは、シンジと付き合っているのか、サードチルドレンと付き合っているのか。
「だが、この関係が解消されるのは非常に残念に思う」
「残念?」
「ああ。できれば、この八人の仲間関係はいつまでも続いてほしいと思う。それでは駄目なのか?」
 充分だった。
 たとえ解消される関係だったとしても、自分のことを少しでも気にかけてくれるのなら。
「ううん、充分だよ」
 シンジはようやく安心したように笑った。






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