適格者番号:130900003
 氏名:染井 ヨシノ
 筋力 −D
 持久力−C
 知力 −S
 判断力−B
 分析力−A
 体力 −C
 協調性−B
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 12.881%
 ハーモニクス値 27.34
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−D
 特記:元SS(イギリス情報局保安部)年少部所属。












第佰拾捌話



「それでは、ごきげんよう」












 少女はSS年少部の所属として、必要な知識を身につけていった。
 一番必要だったのはサバイバルだ。一人で何もない場所で生存する方法。将来的にはトレジャーハンターを夢見ていた少女にとって、これほど必要なスキルもない。
 SS年少部にいるということは、自然と機密レベルの情報に触れる機会も多くなるということでもある。当然まだ子供に対して、重い機密を扱わせることはない。だが、情報の重要さ、大切さというものは肌で感じられるように、実際の情報を知らされることがある。そして、それを知られてしまったらどうなるかも。
 治安維持を目的とするSSにとって、一番の懸案事項は北アイルランド紛争であった。
 真のアイルランド共和軍、the Real Irish Republican Army、通称RIRA。アイルランド島からイギリス関係者を追い出し、アイルランド人による統一を考える組織だ。セカンドインパクト直後の二〇〇〇年九月二〇日にSIS本部にミサイルを打ち込むなど、常にテロを繰り広げる過激派。イギリスのような先進国にもこうした組織は存在する。
 もっとも、今となってはイングランド人やスコットランド人も多くアイルランドに入り込んでいる。今さら分離することは不可能に近い。だが、それでも理想を求めるRIRAは武力闘争をやめない。
 少女もおかげでアイルランド紛争については人並み以上に詳しくなった。日本ではイギリスは平和な国というイメージが強いが、決してそんなことはない。アイルランド紛争は日常化してしまっているし、テロも絶えない。
 北アイルランドは宗教や政治が複雑に絡み合い、単純にAvsBという図式化ができない問題となってしまっている。できるだけわかりやすくするならば、ユニオニストと呼ばれるイギリスの一部でいたいという派、ナショナリストと呼ばれる南北アイルランドが統合して一つの国家を目指す派、さらにはごく少数だが、北アイルランドのみ独立しようとする派が存在するが、これはごく少数だし、そこまで考えるとややこしくなるので、この場合は考えないでおく。
 RIRAに代表されるテロ組織はナショナリスト、すなわち南北アイルランド統一を目指して動く集団である。大規模なテロが近く行われるのではないかという見方もあったが、今のところは小さなテロ活動以外での目立った動きはない。
 先進国であるイギリスが、RIRAのようなテロ組織を許すはずがない。RIRAの本部は日夜捜索されているが、なかなか足をつかませない。
(探し方が悪いのよねえ)
 いつもは猫をかぶっている少女も、頭の中では上品さなどカケラもなくなっている。いつも念には念を入れて発言しているのだ。
(まあ、スマートなSSじゃたかが知れてるわね。SISの力の半分、いや三分の一でもRIRA掃討に力を割ければ、あっという間に潰せるのに)
 そうは思っても、結局自分にできることは何もない。組織の人間にできることは組織の方針の通りに動くことだけだ。
(潮時かしらね)
 もうこれ以上、SSに所属している必要もない。自分がほしい『お宝』の情報も、それを手に入れる技術も、このSSで全て手に入れた。後はこの組織から綺麗に抜けることだけだが、それがうまくできるかどうか。
「何してるの、サクラ?」
 資料室に入ってきたサラが尋ねてくる。
「いえ、RIRAの資料を見せてもらっていただけですわ」
「ふうん。研究熱心だね」
「そんなことありませんわ。興味があることを調べているだけですもの。趣味みたいなものですわ」
 最近になって、ようやくサラも少し性格が変わってきた。というか、少女が矯正した。サラの人当たりがよくなって、少しずつ嫌らしさがなくなってきた。そろそろ友人もできるだろう、と少女は考えている。
(ちょうどいい機会ね)
 少女は、このSSでの最後の任務を自分で決めた。
「サラ、少し時間はありますか?」
「ん? 珍しいわね、あなたから誘ってくるなんて」
「ええ。ちょっとこの後、何人かで研究会をいたしますの。よければご一緒しません?」
 明らかに表情を変えた。サラにとって他の人間というのは、自分を理解することもない、かといって優秀ですらない、そんな『不要』な存在だった。
「それならサクラと一緒に話していた方が有意義ね。あなただって私と話してる方が有意義に決まっているのに」
「あなたは将来、SSを背負って立つ人間でしょう。下の人間を教育するのも仕事のうちですわ」
「う」
 サラは行きたがらない。だが、ここは強引さが必要だ。
 少女はサラの手を取ると、相手の抗議も聞かずに連れていく。
 そして、小さなミーティングルームに入ると、そこにいた他の仲間たちは露骨に嫌な顔を見せた。嫌われ者のサラがいるのだから、それは当然といえた。
「ごめんなさい、みなさん。今日はサラをオブザーバーにさせていただきたいのです」
 少女の仲間は三人。いずれも顔に『嫌だ』とはっきり書いてある。だが、この三人はほとんど自分の言いなりに近い。そのことに気づいている者は誰もいないが。
「サラは優秀ですから、いろいろと意見をしてくれると思います。サラは私たちにも分かるように、丁寧に教えてくださいね」
 サラは不承不承頷く。ここまできたらやるしかないのだ。
 今回の研究の内容は、イギリスの治安についての内容だ。対テロを考えたときに、狙われやすい都市や警備上の問題などを話し合う。
 仲間たちは当たり障りのないことを説明していく。大都市が狙われるだとか、交通網が発達している場合にテロリストの行動をどう制限するかとか。
 少女にとっては今さら確認するまでもないことだが、たかが十歳程度の子供ではそうしたことすら『気づき』に当たる。サラが有意義ではないと断じるのもやむをえないことだった。
「サラさんは何か、意見がございませんか?」
 少女から話を振ると、サラは地図上の一点を指さした。
「あなたたち、どうしてここを考えないの?」
 それはイギリス情報局本部、つまり、ここだった。
「いや、だって」
「私たちを攻撃しても、何も意味はないし」
「意味? あるわよ、大有りよ。国内の治安を司るSSが機能不全に陥ったら、テロリストはやりたい放題じゃない」
 仲間たちはそれに気づいて顔を青くする。
「もし組織的にテロリストが活動するというのなら私はここを最初に落とす。だいたい、二〇〇〇年にはヴォクスホールだって攻撃を受けてるのに、危機感が足りないわ。サクラ、あなたそのことに気づかなかったの?」
「仲間を守る前に自分を守れ。どこの国の格言でしたかしらね」
 少女は笑顔で応える。
「ではサラさんから逆に質問をしてください」
「質問?」
「ええ。サラさんはこの中で一番状況を理解できています。大切なことを私たち自身で気づけるように、上手な質問をお願いします」
 サラは戸惑った。少女がここで何をしているのかが分かったからだ。
 少女はたとえ何を知っていたとしても、自分からそれを見せびらかすことはしない。そうではなく、少しずつヒントを与え、他のメンバーが自分から気づけるように『指導』をしているのだ。自分は相手が分からないからといってすぐに答をぶつけたが、大事なのは解答ではなく、自分の頭で理論だてて考えること。その教官役をかって出ているのだ。他のメンバーが気づかないようにしながら。
(やっぱりサクラはすごいわね)
 サラは、やはり自分ではかなわない相手だ、と思う。いろいろな能力判定で自分の方が上に立っているのは知っている。だが、やはり総合的にというか、人間的にというか、自分が彼女にかなわないのはそういうところなのだというのが分かる。
「じゃ、じゃあ聞くけど、この本部を守ろうとするなら必要なものは何かしら」
 いささか質問が直接的すぎたか。だが、他のメンバーたちは自分たちで考えて答を導いていった。
「まず、狙ってくる相手の情報が必要よね」
「SS本部の近辺には隠しカメラがありますから、不審者がいないかチェックすることができるわ」
「普段からの不審者管理が必要ということですね」
 何も言わなくても、ヒントがあればあとは自分たちでも考えていける。問題は最初の一歩。それさえ踏み出せば、誰でも力をつけていける。
(あなたがしていたのはこういうことなの、サクラ)
 ちらりと少女を見る。少女は静かに微笑んだ。
 こうしたこともあって、サラの教官役は意外に適合性を見せ、徐々に仲間の中に溶け込めるようになった。サラもサラで、いざ他の人間と話が合うようになると、今までの鬱憤を晴らすかのように新しい友人と話し始めるようになった。
 サラは感謝していた。きっと少女はあのとき、メンバーだけではなく自分も指導していたのだ。指導する立場にたたせることで、友人を作りやすくしていたのだ。それも、自分に気づかせないように。いつもそうなのだ、あの少女は。
「サクラ!」
 SSの入口に立っていた少女を見つけたサラが笑顔で声をかける。その隣に知らない女性がいた。綺麗な、大人の女性だった。
「サラさん」
 少女が笑顔で言った。
「私、SSをやめることになりましたの。お別れを申し上げますわ」
 愕然とした。
 サラは何を言われたのか分からなかった。
「どうして」
「NERVという組織に移ることになったのです。いずれは日本へ戻るでしょうけど、その前にこちらで見ておきたい組織もありましたし」
「なんでよ。私、サクラと一緒に──」
「最初に申し上げましたわ」
 少女は笑顔のまま言う。
「友達ができたらそれまでですわよ、って」
「で、でも、そんなのいつの約束よ!」
「私にとって、約束は何よりも大切なものです」
 そして少女は振り返る。
「それでは、ごきげんよう」
 そうして少女は母親と共にSSを去った。後に、泣き崩れる友人を残して。
「サクラ、本当に良かったの?」
 母親が尋ねる。ええ、と少女は答えた。
「あの子、私がいると何でも頼るんですもの。一人でいる方があの子のためになりますわ」
「あらあら。あなたが『今すぐSSをやめたい』なんていうから何が理由かと思ったけど、あの子がいるのが理由だったのかしら?」
「理由の一つというところですわ。他にやりたいこともありますし」
「何がしたのかしら?」
「トレジャーハンター」
 それを聞いて母親は笑った。
「あらあら。ずいぶんたくましくなったのね、私の娘は」
「イギリス情報局に集まった情報から、いくつかめぼしいところを見つけてあるの。お母様は許可してくださいますか?」
「あなたの人生を決めるのはあなただけよ」
 母親は否定しなかった。
「ありがとう、お母さん。NERVに行くなんていう口実まで作ってくれて」
「気にしないでいいわよ。実際、私がNERVに行くのは決まっていることだもの。それで、あなたは最初にどこに行くつもりなの?」
「南アフリカ」
「何を探しに?」
「ツタンカーメンの墓を暴いたカーターが財宝を隠し持っていったのが南アフリカに流れていて、今でもそこに隠されているらしいのです」
「あらあら、随分本格的ね。それじゃあ、ハンターネームを決めないといけないわね」
「それならもう決まっています」
 少女は言った。
「染井ヨシノ。いい名前でしょう?」
「偽名であることがバレバレね」
「バレるくらいの偽名の方がいいと思いました」
「そうね。あなたならきっと何をしても大丈夫。がんばりなさい」
 そうして母親と別れ、ヨシノは南アフリカへと飛んだ。
 それから二年間、彼女はリトル・トレジャーハンターとして一気に名前を上げた。日本に二人、幼いながらも優秀なトレジャーハンターがいる。一人は真道カスミ、もう一人は染井ヨシノ。そのように名前が売れるまで、一年とかからなかった。
 何しろヨシノはカーターの隠し財宝に始まり、ネパール、日本、メキシコと、二年間で四箇所の財宝を手にいれ、もはや一生暮らしていけるだけのお金を稼ぎきった。それもこれも最初の情報、イギリス情報局さまさまだった。
 そんな折、ヨシノのところに入った情報が一つ。
 それは、自分の母親がSISによって暗殺されたというものだった。
 もちろん衝撃は大きかった。だが、それ以上にイギリスで何があったのかが気になった。
 そうしてヨシノは再びイギリスへやってくる。直接飛行機で移動するのは危険が大きいと判断し、イタリアからEU入りし、ユーロトンネルを使って陸路イギリス入りした。
 イギリスの中で身を隠せる場所は心得ている。SSの治安維持の盲点はいくらでもある。とにかく入国さえしてしまえば何も問題はない。そしてヨシノはロンドンの町の中に姿をくらました。
 そしてSIS本部への直接潜入を計る。母親がいったい何故暗殺されなければいけなかったのか、その理由を明らかにしてみせる。
 まずは母親が狙われた理由だ。
 SIS本部は網膜パターンによる認証システムが使われている。機械で網膜の図柄を読み取り、個体認識をする。本来ならヨシノが入れるはずがない。
 だが、ヨシノはあらかじめ細工をしてあった。SS、SISに潜入する可能性を考え、自分の網膜パターンは二年前の段階で登録させてある。自分の網膜パターンを読み込ませると、架空の人間の名前で認証がされる。中に入りさえすれば、もう自由に情報を引き出すだけだ。
 ヨシノは堂々と資料室に入る。自分の母親の事件のファイルを持ち出し、その中身を見る。
 内容はなかなか面白かった。北アイルランド紛争における、重要機密文書。それを自分の母親が盗み出したのだという。その情報がRIRAに流れ、紛争が激化。北アイルランドで十万人の死者を出したとのことだった。
 ばかげている。自分の母親が意味もなく機密文書を盗み出すはずがない。おそらく、これは母親がスケープゴートにされたということだろう。
 機密文書が盗まれた時期に、母親がどこで何をしていたのかを確認しなければならない。情報は手に入った。いつまでもここにいるのは危険だ。
 すぐに出ていこうと、資料室の扉を開けると、そこに武装した兵隊がいた。
 あっという間に縛り上げられる。まさか既に見つかっていたのか。迂闊だった。
「久しぶりね、サクラ」
 そして、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……サラさん?」
「尋問は私が行います。連れていきなさい」
 弱冠十三歳の女の子の命令に従って、兵士たちがヨシノを連れていく。
(どうして、あの子が)
 すれ違う際に、サラの目をじっと見つめる。
 そこに、以前のような親愛の情は少しもなかった。






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