適格者番号:130900007
 氏名:真道 カスミ
 筋力 −B
 持久力−D
 知力 −A
 判断力−S
 分析力−B
 体力 −C
 協調性−C
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 12.881%
 ハーモニクス値 27.34
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−S
 格闘訓練−A
 特記:世界最高のトレジャーハンター、真道マイカの息子。












第佰弐拾壱話



「秘宝は私がもらうね」












 依頼人のところに着いたのは夜中だった。その日は弱い雨が降っていて、何かが起こりそうな気配があった。とはいえ、初日から秘宝が見つかるはずもない。スピードある活動は必要だが、土地勘のないところで、雨の夜。闇雲に探そうとしても無意味だ。
 まずはゆっくりと話を聞いて、それからだ。
「いらっしゃいませ」
 島に唯一の建物は豪華な洋館。ゲームなどでよくありそうな展開だ。島の外部との連絡が取れなくなり、島からの脱出方法もなくなる。そして始まる連続殺人。そんな展開が。
「いやー、まいったまいった。まさか雨が降るなんて思わなかったからな」
「ご連絡をいただけたら、港までお迎えにあがったのですが」
「気にしないでくれ。雨が降ったのは誤算だったが、自分で歩かないと分からないことは多いからな。歩ける距離なのは分かってたから自分の判断で歩いただけだ」
 カスミがそう言ってタオルを受け取り、雨をぬぐう。
「お風呂の用意ができておりますが」
「悪いな。ただ、それより先に部屋を見せてくれ」
「はい。こちらでございます」
 執事らしき男が二階への階段を上がる。カスミは五歩離れてその後を続いた。
「もう他の連中は着いてるのかい?」
「真道様が最後でいらっしゃいます」
「そっか。ま、他の仕事があったんでな、勘弁してくれ」
「秘宝を見つけていただけるならかまいません。真道様は他のトレジャーハンターより優秀と聞いております。旦那様も一番期待していらっしゃるとのこと」
「ま、期待には応えたいけどな。それより一つ聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「秘宝を見つけてほしい。で、その秘宝は譲ってもいい。じゃあ、あんたの旦那様はどういうメリットがあるんだ?」
「その秘宝を見せてくれればいい、ということです」
「見るだけ?」
「はい。見るだけでございます」
 胡散臭い話だった。秘宝を見つけたら報告せず、すぐにトンズラしてしまった方がいいかもしれない。もしかすると自分を罠にかけて、秘宝も命も奪われる可能性がある。
「使徒に関する秘法というのはいったい何なんだ?」
「使徒に関する古文書、らしいのです」
「古文書?」
「はい。失われた十氏族。ご存知でいらっしゃいますか」
「もちろん。古代メソポタミアに作った北王国イスラエルに住んでいたユダヤ人の部族で、アッシリアに征服されてどこかに連れていかれたって奴だろ」
「はい。その失われた十氏族の一部がタブレットを持って逃亡し、人知れずこの島へ逃れたということらしいのです」
「タブレット──粘土板か。まだ紙のない時代とはいえ、パピルスとかじゃないのか?」
「当時、パピルスは貴重で、エジプトでは禁輸項目であったと聞いております」
「なるほど。それで持ち逃げしたってわけか。それにしてもタブレットなら随分重かっただろうに、いったいいくつ持っていったんだ?」
「後でアッシリアが確認したところ、終末の予言に関わる部分六枚が失われていたとのことでした」
「十氏族だから十枚とかじゃないんだな」
「はい。旦那様は終末の予言の内容を知りたいと、こうして皆様をお呼びしたのです」
「何でこの島にあるって、あんたの旦那様は分かったんだ?」
「旦那様は失われた十氏族の末裔でいらっしゃいます」
「なるほど、納得。で、ご先祖様がこの島のどこかに隠したタブレットの在り処が知りたいっていうわけだな」
「はい。終末のときは必ず分かる。もし必要になったときはタブレットを探せというのが一族の伝承に残されているそうです」
「セカンドインパクトが終わり、使徒がやってくる今か。確かに終末だな。第二次世界大戦よりよっぽど終末だ」
「いえ。大戦の折も、セカンドインパクトの折も、先代がくまなく島内を探されました。ですが見つからなかったのです」
「じゃあ何で今さら?」
「先代がなくなり、旦那様が跡を継がれましたので」
「それで探してみようってことか。でも自分じゃ見つからないからトレジャーハンターを呼ぼうと」
「さようでございます」
 そういうことなら自分がさっさと見つければいいだけのこと。それを主人に見せて、タブレットをいただく。それで終了だ。
 タブレットそのものは秘宝というわけではない。ただの粘土板だ。だが、そこに書かれている内容が重要だ。その知識は充分秘宝にふさわしい。
「こちらがお部屋でございます」
 カスミが部屋に入ると、そこはホテルの客室のように整えられていた。
「部屋はオートロックでございます。鍵を忘れることのないようお願いします」
「あいよ。それと、この島の地図とかってもらえるかい?」
「こちらに」
 既に用意していたのか、内ポケットから封筒を取り出して渡す。
「サンキュー。で、旦那様とやらにはいつ会うんだい?」
「旦那様はこちらにはおられません」
「呼んでおいていないのかよ」
「多忙でいらっしゃいますので、申し訳ありません。何かご用の際は私めに」
「了解。この屋敷の中は自由に動き回っていいのかい?」
「二階には客室しかありません。一階はすべての鍵を取り外しておりますので、どうぞご自由に」
「トレジャーハンターたちが泥棒するかもしれないぜ」
「盗まれて困るようなものは置いておりません」
「へえ、羽振りのいいことで」
 壁のところにかかっている絵や、そのあたりにおかれている壺。どれも軽く六桁はするだろう。
「じゃあ、粘土板を見つけたらどうすればいいんだ?」
「私が写真を撮って、旦那様に送信する手はずになっております」
「ああ、だから現物は持ち帰っていいってことか」
「さようです」
「オーケイ。食事はどうしてるんだ?」
「食堂に来ていただければ、いつでもお出しできるようにしております」
「ありがたい。調達するのは面倒だからな」
「それでは、失礼いたします」
 そうして一人になったカスミは早速その地図を見た。それほど広くない島。とはいえ、たとえば仮にどこかに埋めたなどということがあれば、三千年近くの時の流れで完全に跡形もないだろう。
 保管するとすれば、建物か、それとも保存状況の良さそうな洞窟か。
「二千年以上も前のタブレットが残ってるって奇跡みたいなもんだよな」
「そうだな、真道カスミくん」
 誰もいないはずの部屋の中で声がした。しかも自分にまったく気配を悟られることなく。
「誰だ」
「何を言っているんだ。同業者以外、ここにはいないだろ」
 現れたのは無精ひげをはやした男だった。まだ若い。二十代後半といったところか。
「名前は」
「加持リョウジ。君のことは聞いているよ、真道カスミくん。十歳にして世界の一流トレジャーハンターより優秀な成績をおさめている少年と」
「十一歳だ」
 あえて訂正すると「そうだったな」と男も答える。
「同業者ってことは、あんたもタブレットを狙ってるのか?」
「ま、俺の仕事柄、必要なものでね」
「何をしているんだ?」
「ネルフって組織にいる」
「ネルフ? 使徒迎撃組織の?」
「さすがに詳しいな。知り合いでもいるのかい?」
「そんな物騒な組織に知り合いなんかいねえよ」
「というわけで、取引しないか?」
 何がというわけなのか分からないが、加持は自分のペースで話を続けていく。
「何の取引だ?」
「俺はタブレットの内容さえ分かればいい。君は自分が秘宝を手に入れることが大切なんだろう? だから協力して探さないか、と持ちかけている」
「協力?」
「そうだ。お互い持っている情報は交換する。結果、君が手に入れたら俺に内容を横流ししてほしい。また、俺が手に入れたら物は君に譲ろう。どうだい?」
 なるほど、どうやらこの男の目的はあくまで『中身』だ。つまり、ここの当主と同じ、内容さえ分かればタブレットそのものはどうでもいいと思っている。
 逆に自分の場合は書かれている内容などどうでもいい。十一歳のトレジャーハンターがまた出し抜いたという事実があればそれでいい。
 もちろん、答は決まっていた。
「ノー、だ」
「何故か教えてもらえるかい?」
「誰かの協力で手に入れたとなったら、トレジャーハンターの名折れだからな」
「そうか。残念だよ」
 加持は両手を上げるとそのままドアから出ていった。
「一つ教えてくれ」
「なんだい?」
「あんた、どうやって入ってきたんだ?」
「普通にドアから入ってきたよ」
「客室だけはオートロックだったはずだぜ」
「人間が造った鍵なら、人間の手で開けることもできるだろう」
「鍵があるのか?」
「いや。ただ俺なら開けられる。それだけのことだよ」
 加持はそう言って出ていった。
 油断のならない男だった。放置しておけばかならず後で障害になる。
(まあいいさ)
 こちらが隙を見せなければいいだけのこと。
 絶対に秘宝を先にとられたくない。その気持ちの強さが自分から油断や隙をなくしてくれる。






 島の探索は、それから二週間にも渡った。
 他のトレジャーハンターの連中とも会った。ごついオッサンと、品のいい女性、自分と同年代のリトルトレジャーハンター。そして加持リョウジ。自分を含めて五人。これで全員。全員が同業者で、全員がライバルだった。
 情報交換をするというわけでもなく、たまに会ったら挨拶をするくらい。ライバルとはいっても、相手の命を奪うような物騒な相手ではなさそうだった。
 さすがにどのハンターもやみくもに探すほど馬鹿ではない。建物に残されている古文書や文献をあたり、情報を集めようとしている。
 だが、カスミは違った。タブレットの時代、それこそ紙が作られるより千年も昔の時代。そんな時代の口伝などが紙媒体で残されているはずがない。
 たとえ千年、二千年経とうとも必ず分かる場所。この島のどこかにそれがあるはずなのだ。
(島の地図を見てもそれが分からないってことは)
 考えられるのは大地の変動。本来ならあったはずの場所がなくなっているとか、そういう可能性ではないだろうか。
 そう考えたカスミは過去三千年のこの地域の様子を調べることとした。が、もし島の一部が自身などで沈降していたとしたら、タブレットの発掘はほぼ絶望的だろう。何百、何千という時間が、タブレットを完全に海の藻屑としているにちがいない。
 もっとも、沈んだ場所があったとして、それが目印になるという理由もない。
(分かりやすい目印か)
 たとえば十字架などはどうか。目印になる場所を四点確認しておき、その中心位置にタブレットを隠す。いや、駄目だ。十字架が信仰対象となったのはキリスト以後のこと。だとすれば──
(北王国の印、六芒星)
 考えて、カスミは地図を見る。
 岬の突端、小高い丘など、目印になりそうなところに印を次々に打つ。
(ここか)
 なんのことはない。
 その六芒星の中心地がまさに、この建物だった。
(後世の人間は分かっていて建てたんだろうな。それがいつしか忘れ去られた。タブレットは建物のどこかに厳重に保管された。そして──)
 今もきっと、この建物のどこかにある。
「どう、何か分かった?」
「ああ。多分な」
「で、どこらへん?」
「そいつはな──って、おい!」
 地図を見ていた自分に後ろから声をかけてきたのは、同年代の少女であった。
「いきなり話しかけるな!」
「だって、カスミ、声かけても返事してくれなかったし」
 自分より少し背の高い、眼鏡をかけた女の子は悪びれずにそう言った。
「で、何か分かった?」
「商売敵には教えねえよ」
「ふうん」
 にやにやと少女が笑う。
「何だよ」
「カスミって面白いね。何でも顔に出る」
「うるせい」
「情報ダンケ。秘宝は私がもらうね」
 そう言って少女は立ち去っていく。自分が印をつけていたところを見られたか。
(急がないとな)
 カスミも動き始めた。
 この建物を徹底的に調べ上げるために。
 まずカスミは建物から出て、その建物をじっくりと眺める。
 タブレットはこの島にずっと保管されていた。そしてあるとき、この建物を建設してそのどこかに隠された。だが、建物となれば火災や地震で倒壊するおそれがある。だとすれば建物の中に隠すだろうか。
 そうなれば保管しやすいのは──
(地下だな)
 島の地図からこの建物に隠されていることを判明し、そして存在しないはずの地下室にそれを隠す。
 だが問題はその地下室がどこにあるかということだ。
「幾何学的にこの建物の場所があるなら、きっと地下室の場所も幾何学的に見つかるんじゃねえか」
 考えて、カスミは建物をじっと見つめる。だが、その新しい建物からは、そのような幾何学文様は何も思い浮かばない。
(待て待て)
 そう。タブレットを隠したのは何百年も昔の話だ。その間に改築も増築もしているだろう。
 とすると、初期状態の建物の図を見なければならない。
(資料室だな)






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