イスラエルの失われた十氏族

 かつて、古代イスラエル王国はダビデ王時代に十二部族が一つとなったが、王の死後十部族が北王国イスラエルを、二部族が南王国ユダを建国した。北王国は紀元前七二二年にアッシリア王国によって滅ぼされ、十の部族はアッシリアの虜囚となった。
 だが、この虜囚となった十部族の行方はいまだ正確には分かっていない。












第佰弐拾弐話



「お前は俺の仲間だ」












 建物の図面は簡単に見つけることができた。
 初期状態の建物の図面を見ると、今とは全く違う作りになっている。そもそもこの建物は三階建てだが、初期は二階建てだった。
(六芒星の縦型だな)
 横に伸びる一階と二階の廊下。そして調度品の位置。そこに同じ調度品が一階と二階に二個ずつある。これが六芒星の頂点をそれぞれ示しているとすれば。
(食堂の真下あたりだな)
 食堂ということはワインセラーとか、そんなものなら地下にある可能性が高いのではないだろうか。
 まずはそこを調査しなければいけない。図面をポケットに入れてカスミは食堂へ向かった。
「おや、真道様」
 執事がそこで待っていた。昼食の準備だろうか。
「悪い。ちょっとここ、調べさせてもらうぜ」
「はい。どうぞご自由に」
「ワインセラーとかはあるのかい?」
「はい。地下がございます」
 やはり、とカスミは判断した。だが、すぐに見つかるような場所にはないだろう。
 そこから隠し通路とかがあるというのがセオリーだが、そんな簡単にいくものだろうか。
「こちらです」
 案内された先は、たいそう立派なワイン倉だった。誰もこない別荘に、どうしてこれほどのワインがあるのか。
「あんたの旦那様は、よっぽどワイン好きなのかい?」
「いえ。トレジャーハンターの方が飲みたいなら好きなだけ出してかまわないとおっしゃいましたので」
「だからってこれはそろえすぎだろ。子供が二人もいるのに、大人三人で何本飲むつもりだ」
 一人一本毎日飲んだとして、三十日で九十本。だが、ここにはその軽く五倍はありそうだった。
「ワインは日持ちしますので」
「といってもやりすぎだろこれ」
 まあいい。自分の目的はワインではない。この地下室にあるはずの秘密の入口だ。
 こまかくあちこちを探していくが、何もそれらしきものは存在しない。ふと思いついてカスミは尋ねた。
「ここのワインは、俺たちが来る前にそろえたのかい?」
「はい。それまでは空でした」
「ということは、ワインが鍵になるというわけでもないのか」
 見当違いだったか。いや、自分の勘ではここに何かがあるはずだった。
(落ち着け。六芒星を描いたときにあてはまる位置といえば──)
 頭の中で空間図形を描く。同じ調度品が四つ。そこから導き出される点は──
(ワインセラーそのものじゃねえか)
 ということは、今の考えがただしければ、このワインセラーの中にタブレットがあるということか。
(それに、六芒星ってことは、この丁度真上にもあるはずだよな)
 頭の中で急いで図面を描く。この上を真っ直ぐ上り、三階には何があった。
(行ってみた方が早いな)
 カスミは先に手掛かりになりそうな場所を見た方がいいだろうと、先に三階へ行くことにした。
「悪い、後でまた来る」
「はい」
 そして急いで三階へ。
 ちょうどワインセラーの真上の地点は、単なる空き部屋だった。一応、ベッドと机、それに調度品が置かれている。
(調度品は銅像か……って、銅像?)
 ポケットから先ほどの地図を取り出す。そして六芒星の頂点にある調度品を確認すると、やはり銅像。
(てことは、ワインセラーにも銅像があるってことだよな)
 だんだん、見えてきた。
 カスミはその銅像に近づき、触れる。
 大きさは自分の頭より小さいくらいだ。
 手に取って、あちこち触ってみる。
 かすかな穴がある。そこにトレジャーハンター道具の針を差し込む。
 すると、銅像が割れた。その中から出てきたのは、無論。
「こいつか」
 そっと手に取ろうとしたときだった。
「フリーズ」
 背中に硬いものがあたった。
「……どういうつもりだ」
 動かずに尋ねる。
「分かっているでしょう? そのままゆっくり離れて、壁に手をついて」
 言われた通りに動く。この時点では逆らえない。
「ダンケ。私、どうしてもこれが欲しかったの」
「ずっと俺を張ってやがったのか」
「そう。見つけてくれるのはあなただと思ったから」
「お宝を前に完全に油断してたぜ。真希波・マリ・イラストリアス」
 くす、とまだ十歳の少女が笑う。
「お前、ただのトレジャーハンターじゃねえな」
「ええ。私は『とある組織』の人間とだけ言っておくわ。組織の指示でね。どうしてもこれを手に入れたかったの」
「だが、そいつはまだタブレット一枚にすぎないぜ。他のタブレットはどうするつもりだ?」
「いいえ、もう全部回収したわ」
 手が早い。やはり、先にこの建物を全て確認していたのか。
「銅像は全部私が回収した。最後の一個がここだったんだけど、先にあなたに手を出されちゃったわね」
「教えてほしい。いったいこのタブレットには何が書かれているんだ?」
「知ったら、生きて返すことができなくなるわ」
 くす、と笑って彼女が銅像を手に取る。
「アウフ・ヴィーダーゼーエン」
 綺麗なドイツ語で「さようなら」と残したマリが三階の窓を破って外に飛び出る。
「おいおい!」
 カスミはすぐに窓に駆け寄るが、その向こうにジェットエンジンを背中に積んだマリの姿が見えた。
「用意周到だな、おい」
 とはいえ、秘宝の持ち逃げをされたのだ。すぐに追わなければならない。
 カスミは他のメンバーにも声をかけてマリを追跡した。






 だが数時間の後、結局彼女は見つからなかった。おそらくは『組織』とやらがマリを回収したのだろう。
「やられたな。彼女の同行には気をつけていたつもりだったんだが」
 全てが終わって、加持がタバコを吸いながら言う。
「知っていたのか?」
「ああ。彼女は諜報組織ではかなりの有名人だからな。真希波・マリ・イラストリアス。所属組織不明の諜報員。だが、このタブレットに絡んできたとなれば、使徒に関する組織の人間だというのは想像つくがね」
「名前と顔が知られているのに、所属組織が分からないのか?」
「そんなものだ。上から見れば下のことは全てが分かるが、下から上を見ても全貌が分からない。それが組織ってものだ」
「タブレットに書かれてあること、加持サンには分かっているのか?」
「無論内容は知らない。ただ、使徒の出現に関する情報だと聞いている」
「使徒の出現だって?」
 それが分かるなら、あまりに重大なデータだ。
「なんとかネルフで押さえたかったんだがな。まあ、仕方ないだろう」
 そうか、とカスミは頷いた。
「それにしても、今回は彼女にやられたな、真道カスミくん」
「俺の方が先に気づいてたんだけどな。情報を盗まれた」
「そうだな。真希波くんはずっと君の動向だけを見張っていた。そして君が情報を手にした瞬間に動き始めた」
「ストーカーみたいだな」
「その結果がこれだ」
 確かにそうだ。彼女のねらいはあくまでタブレット。それを回収したのだからたいした腕前だ。
「で、どこの組織だっていうんだ?」
「おいおい、俺は所属組織は不明だって言ったんだぞ?」
「知らないとは言っていない」
 加持は肩をすくめた。
「俺は詳しいことは何も知らないさ。だが、彼女が以前顔を見せた場所なら知っている」
「どこだ?」
 加持は紙とペンと取り出すと何かさらさらと書き出した。
「アメリカ生物学の権威、ビンセンス博士を知っているかい?」
 そう言って渡してきたのはアメリカの住所だった。
「何か手掛かりくらいはつかめるかもしれないな。もっとも無駄足になる可能性もあるが」
「サンキュ。もらっておくぜ」
「で、お前さんはどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「秘宝を根こそぎ持っていかれて、どうするつもりなのかって聞いているんだが」
「決まってるだろ」
 へっ、と笑う。
「俺はやられたら十倍でやり返すタチなんだ」
「強いな、君は」
 加持が苦笑する。
「ではまた会おう。アウフ・ヴィーダーゼーエン」
「やめてくれ。その言葉はトラウマになる」
 カスミが嫌そうな顔をすると、加持はさらに笑った。






 それから一年後。真道カスミはアメリカで秘宝探索を行っていた。
 その探索の際に近く適格者となる予定の博士、マリィ・ビンセンスと出会う。マリィとの会話の中で、真希波・マリ・イラストリアスの手掛かりを発見する。
(まさか、ネルフの中に入り込んでいるとはな)
 アメリカ第二支部の写真を見ていたときに見つけた顔。まぎれもない、真希波マリの顔であった。
 だが、適格者登録されている名前と顔写真を全て探しても一致する人間は一人もいなかった。ということは、適格者ではなく別の方法でネルフに入り込んでいるということになる。
 つまり、スパイ活動。
 アメリカ第二支部の人間に話を聞いても、彼女の情報は手に入らなかった。
 自分もネルフに入れば、彼女の情報を掴むことができるだろうか。
 だが、誰にも知られないように受けた適格者試験に合格することはなかった。自分は不適格者だったのだ。
 どうしたものか、と考えていたところに接触があった。
「真道カスミくんだね」
 サングラスをかけた男は剣崎キョウヤと名乗った。
「加持リョウジから聞いている。優秀なトレジャーハンターだと」
「加持サン? ああ、去年会ったネルフのあいつか」
「私はネルフ保安部の者だ。君をスカウトに来た」
「スカウト?」
「そうだ。君が優秀なトレジャーハンターであることは知っている。知力、判断力に優れ、射撃能力も高い。その能力を買いたい」
「俺は高いぜ?」
「君がネルフの適格者試験を受けていることも知っている。君はネルフに入りたがっているようだね」
 気づかれていたか。カスミは動揺を顔に出さないようにした。
「真希波・マリ・イラストリアスの情報がほしいのならば、それを交換条件にしてもいい」
「そういう話なら断る」
 きっぱりとカスミが言う。
「俺は情報は自分で手に入れる主義なんだ」
「では、なおのことネルフに来ればいい。彼女がネルフの中にいるのは間違いない。中に入らなければ彼女を捕まえることはできないのではないかな」
 なるほど、確かにその通りだ。
「あんたは俺に何をさせたいんだ?」
「人類の未来を守る少年を、守ってほしい」
「ガードってことか。それは了承できるが、俺は自分の目的を達成したらネルフから出ていくかもしれないぜ」
「そのときはそのときだろう。君の協力があれば、彼は助かるかもしれない」
「俺は仲間なんか持たないぜ」
「君は君のスタンスでかまわない。無論、仲良くしてくれた方が嬉しいが」
「それは相手次第だな。男か?」
「男だ。君より一つ年下だ」
「女で美人だったら良かったんだけどな」
 カスミは肩をすくめた。
「いいぜ。そのかわり、俺のハッキング能力でネルフ内部から情報を盗み出すのは大目に見てくれよな」
「ネルフの防壁を突破できるのなら、そうすればいい。ただ、君がハッキングに失敗しても君を捕まえることはない。その約束はしよう」
「一方的に攻め続けていいってことだな。ありがたい」
 その条件なら問題ない。
「で、俺はいつ、どこに行けばいいんだい?」






「っていうのが俺の話」
 シンジは息をついた。確かに重い話だったが、それでも重過ぎるというわけではない。
「お前や他の連中に会うまで、別に仲間としてつるむつもりはあんまりなかったんだけどな。ただ、コモモの奴がやけにみんなをくっつけようとするし、お前は守りがいがないし、気づけばどっぷりはまってたな」
「褒めてないよね、それ」
「ダイチが言ってたぜ。お前は才能を隠しすぎてるって。だから分析できないんだそうだ」
「買いかぶりだよ」
「いや、俺もそう思う。お前はまだこれからすごいことをする奴だ」
「どうして」
「決まってるだろ。俺が入れ込んでる奴がただの人間なはずがないからだ」
 すごい理由だった。
「ところで、真希波さんにはもう会えたの?」
「いや。まだだ」
 真剣な表情に戻ってカスミが答える。
「じゃあ、これからカスミはどうするの?」
「またMAGIにハッキングして、情報を検索するだけさ。俺はもともとあいつと決着をつけるためにここに来たわけだからな」
「もし決着がついたら?」
「安心しろよ」
 ぽん、とカスミはシンジの胸をたたいた。
「お前は俺の仲間だ。お前が最後まで戦うんなら、俺も付き合ってやる」
 その言葉が欲しかった。シンジは安心して微笑みを浮かべた。






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