適格者番号:130900006
 氏名:倉田 ジン
 筋力 −B
 持久力−A
 知力 −C
 判断力−D
 分析力−C
 体力 −B
 協調性−S
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 16.221%
 ハーモニクス値 38.88
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−A
 特記:法律上の保護者は剣崎キョウヤ。












第佰弐拾参話



「俺は謝らないといけない」












 五月一日(金)。

 本日は週一回のシンクロテスト日である。本来は土曜日に行う予定なのだが、今週は明日の土曜日が五月二日──亡くなった美綴カナメの誕生日──ということもあり、一日早いシンクロテストとなった。とはいえ、起動実験が終わっているランクA適格者たちに今週のシンクロテストはなく、ランクBのみがテストを行うことになっていた。
 次々にシンクロしていくランクB適格者たち。だが、果たして何人が分かっているのだろうか? この中で数人はテストをする必要がないということを。自分に適格者のことを言わなかったエンは知っているのか。他のメンバーたちは。
 考えていても仕方のないことだ。同期の中ではコモモとコウキ、この二人だけが適格者。そしてリオナ、マイ、ケンスケといった後からガードとして召集された組は当然適格者ということになる。つまり、五人だけが本来の対象ということだ。
 そういえばコモモも言っていた。コモモが適格者になる条件は、最初の血液テストに合格することだったと。だからコモモだけは間違いなく適格者。だが、他のメンバーは違う。
 倉田ジンがシンクロテストを終える。前回とさほど変わらない数値。それは操作された数値。
 おそらくはMAGIが、二〇一三年九月組の数値を好きなようにいじっているのだろう。
 ジンは知っているのか。自分がシンクロ率〇パーセントだということを。知っていて、それほどに努力しているのか。






「ようやく俺の番だな」
 その夜、シンジはジンの部屋へとやってきた。毎日行われている同期メンバーとの話もこれで六人目。手強いと言われた最後の二人。
 同期メンバーのリーダー、倉田ジン。彼がいったいどういう過去を背負ってこのネルフに入ってきたのか。
 コウキは割と話の内容が見える。なにしろAOCだったと既に判明しているのだ。確かにその内容はとても重いものだろうし、みんながコウキだけは本気で仲間と思っていないと言っているように、いろいろと問題はあるのだろう。
 だが、ジンだけは全くそうした過去を見せていない。謎のベールに包まれている。そして一対一になった途端、いつものリーダー然とした様子が、ただの一人の少年、悩んでいる子供に戻ってしまったのだ。
「ジンくん」
「悪いな。俺も、いろいろと考えはしたんだが、素直に話をするのが一番堪える」
 やつれた表情だった。いつもの堂々とした態度がどこにもない。
「いっそ、俺が先だったら良かったんだけどな。お前のことはエンに任せていた部分もあったからな」
「ジンくんはみんなのリーダーだから、仕方ないと思うけど」
「俺はそれをキョウヤさんに見込まれたからな。個性派ぞろいのこのメンバーを率いていくのは骨が折れるんだぞ」
「うん。本当に尊敬する」
「やめてくれ」
 だが、ジンは大きく首を振った。謙遜ではない。本気で言われたくないという様子だ。
「俺は、お前からそんな風に見られる人間じゃないんだ」
「どうして」
「俺は謝らないといけない。お前に、カナメの件で」
 意外な言葉だった。
 カナメのことを持ち出してきたのは同期のメンバーの中ではヨシノだけだ。ヨシノは自分がカナメのガードだったこともあり、それを強く引きずっている。最近は少し明るくなってきたが、誰の目にも無理をしているのが分かる。
 だが、それ以外のメンバーは違う。誰もが最善を尽くそうとして、その結果としてカナメを失った。反省も後悔もあるが、手を抜いたわけではない。だからこそ謝罪はしない。それでいいとシンジも思う。
「カナメが、どうしたの」
「カナメを洗脳して、お前を殺そうとしたのは使徒教と呼ばれる連中だ」
「うん」
「その使徒教には導師と呼ばれる人物がいる。これは各地の使徒教信者を束ねる地位に与えられる称号だ」
「うん」
 話が、危険な方向に進んでいく。
 これ以上聞けば、引き戻せないところへとやってきている。
 だが、もうこれ以上、聞かないわけには、目をつむっているわけにはいかない。
 シンジは自分の意思で、みんなの考えを聞こうと決めたのだから。

「俺は、使徒教の導師の息子だ」






 西暦二〇〇〇年の九月。セカンドインパクト発生。第一使徒、第二使徒と呼ばれる地球外生命体は地球の大都市を次々に破壊し、一体は太平洋に、もう一体はドイツに消えた。
 そのときから、使徒教の活動は始まる。
 人間は何をしても使徒にはかなわない。それならば、自ら使徒に祈りを捧げ、自分たちの身を守ろうとする宗教結社が生まれた。それが使徒教だ。
 生まれも違えば、育ちも違う。ある者は宗教家、ある者は退役軍人、ある者はごく普通の会社員。そんな、何もかもが違う者が五人、集まった。
 中の一人に日本人がいた。使徒の攻撃で妻を失い、生後二ヶ月の赤子だけが残された。彼は絶望した。だが、使徒を憎むのではなく、使徒の怒りを避けるようにした。
 この世界が守られるのなら。
 そう思って彼は、自らの赤子を捧げた。朽ちた教会に赤子を置き去りにし、それを使徒へと捧げたのだ。
 だが、彼が教会から出た直後、その建物に雷が落ちた。彼の目の前で建物が崩れ落ちた。
 彼は思った。これは、使徒に捧げた赤子を、使徒が連れていったのだと。
 そして彼はその倒壊した建物から瓦礫を避けていった。するとそこには、何の偶然か、傷一つなく健やかに寝ている赤子がいた。
 周りでこれだけのことが起こっているというのに、それでも眠り続けるこの赤子のたくましさといったらなかった。これは使徒が連れていったのではない。使徒の力を授かったのだ、と父親は思った。
 この赤子が後の倉田ジンである。生後二ヶ月。セカンドインパクト『前』に生まれた子供である。
 赤子はすくすくと育った。仲間の『導師』たちもこの赤子を組織のリーダーにしようと考え、さまざまな教育が施された。組織を率いるにはどうすればいいのか、心理学、用兵学、帝王学、そういった学問を惜しみなく少年に行っていく。
 その少年は子供のうちは父親や導師たちの言うことを素直に聞いていた。
 ある日のこと。少年が仲良くしていた友人が死んだ。その友人は組織のために死ぬことを全く何とも思わなかった。そのためにみんなが救われるということに誇りすら覚えていた。
 だが、少年は違った。幼いながらに大量の知識を手に入れていた彼は、死はただの終わりであるということを理解していた。そして使徒がもたらすものが救いではなくただの終わりであることも分かってしまった。
 二〇一〇年八月。
 ちょうど十歳になった彼に、運命の分かれ道が迫っていた。






「おお、若様。誕生日、おめでとうございます」
 アメリカの『導師』が日本へとやってきた。導師は全部で五人。少年にとっては誰もが顔見知りで、全員が自分によくしてくれている。
 だが、既にこの組織に対して疑問を抱いていた少年にとっては、決して油断のならない相手であった。自分を使徒の化身であるかのように扱う彼らと、自分がどうやってつきあっていけばいいのか、まだ十歳の少年には難しいところであった。
「ありがとう。息災のようで何より」
「使徒のおかげをもちまして。アメリカは使徒の被害を受けはしても沿岸部ばかりでしたから、内陸ではなかなか教義が広がらなくて大変です」
「一人でも多くの人間を導き、使徒の許しが得られるように頼む」
「はい。若様もどうぞ我々をお導きください」
 うやうやしく自分を扱う態度。心の底ではどう思っているのか。自分が落雷から守られた話は父親から何度も聞かされた。そのとき彼ら導師たちも一緒にいたと聞く。だからこそ奇跡的に救われた自分を敬うのは分からなくもないが、たかが十歳の子供に本心から頭を下げているのだろうか。
「だが、テロは駄目だぞ。アメリカは特にテロ対策が厳しい国だ。そんなことをしたらアメリカの使徒教は完全に潰される」
「心得ております」
 だが、使徒教の教義では使徒に対立するものは武力をもってあたることになっている。そして実際にテロも起こしている。今となっては使徒教は世界でもっとも危険な宗教組織、いやテロ組織とみなされているだろう。
(俺はいったいどうすればいいんだろう)
 所詮は十歳の少年にすぎないのだ。知識がない状態では良策など浮かばない。間違っていることは分かっていても、正す方法を知らない。かといって相談する相手もいない。
(この組織を変えるか、それとも──)
 この組織を作ったのは五人の導師。彼らの考えを変えることができなければ不可能。そして自分がそれをできるとは思わない。
 ならば、方法はたった一つ。
(逃亡)
 問題は、いつ、どうやって。それだけだ。
 少年は組織のことを調べ続けた。どれだけの規模で、どこに行けば身を隠せるのか。
 そんな折、再びテロがあった。二〇一〇年九月十一日。復興途中のニューヨークで起こった自爆テロ。当時の副大統領を含む四桁の死者・行方不明者を出したこの事件は、セカンドインパクト後もっとも大きなテロ活動となった。
 当時の大統領はすぐに対テロ戦線を決め、テロ組織の摘発にあたったが、世界各国に散らばっている使徒教を捕まえることは不可能だった。何人かの構成員を捕まえはしたものの、そこから割り出したアジトに乗り込んでもそこは既にもぬけの空だった。
(アメリカには手を出すなと言ったはずだ)
 アメリカから来た導師は分かっていると答えた。だがやはりそれは言葉だけだったのだ。
 父親はアメリカに攻撃できたことを喜んでいるが、それが最善と考えているわけではないようだった。
「分かるか、アメリカなどは使徒の敵ではない。本当の敵を叩かなければ勝利ではないのだ」
「本当の敵とは?」
「国連の特務機関でネルフという組織がある。奴らが今開発している決戦兵器が完成したならば、使徒にとって大きな脅威となるだろう」
「ネルフ」
「奴らは止めなければならん。あの女の思う通りになどさせん」
「ネルフとはどういう組織なのですか」
「国連の下部組織で、この日本に本部があり、世界各地に八つの支部を作っている」
 二〇一〇年の段階ではギリシャや南アフリカなどの支部ができておらず、まだ八つしか支部はなかった。
「ではネルフの活動を制限すればいいということですね」
「そうだ。アメリカ政府など放置しておけばいい。それを分からずにテロなどしても仕方がないのだが、まあネルフ推進派の副大統領を殺害できたのは手柄だな」
 やはり、ここの人間はどこか間違っている。人を殺すことが正しいと本気で考えている。
 父親は本気で使徒が自分たちを助けてくれると信じているのだろうか。その根拠はどこにあるというのだろうか。






 その年の十二月に少年は脱走した。機会を見計らっていた少年は、国連本部が移ってきた第二東京を視察に訪れた際、警護の目を盗んで姿を隠した。
 それまで不審がられる行動は全く取っていない。自分から姿を消したというより、誘拐されたという可能性の方を高くしておいた。
 携帯端末は居場所が知られてしまうので、電源を切った上で投棄。
 使徒教がどうやって自分を探そうとするかは分からなかったが、用心に用心を重ねて、街から出るのではなく、街中に潜伏する形を取った。
 テロ活動を行うためにサバイバル訓練も受けている。街中で潜伏する場合に一番いいのは足のつかない場所。つまり、一軒家の建物の影だ。家人に気づかれなければ夜の間はじっと隠れていられる。むしろネット喫茶や公園などの方が発見される可能性が高い。
 ただ、自分が脱走したと使徒教が考えたのなら、当然ながら一軒家まであたって捜索するだろう。問題はそこまで人手が割けるかどうかだけだ。
 運を天に任せてジンは数日の間、街中を転々とした。自分の見込みでは一ヶ月。それだけあればもはや自分がこの街の中にいるとは思われないだろう。
 そして、それより手っ取り早く自分が助かる方法がある。
(日本政府だ)
 第二東京は国際連合に日本政府機能まで有する政治都市。日本政府へ逃げ込み、保護を依頼し、見返りに使徒教の支部を知っている限り伝える。それで自分の身は守れる。
 一週間、あちこちを逃げ回って、朝になったところでタクシーを捕まえ、首相官邸まで送ってもらった。
 そして。
「すみません、あるテロ活動の情報を入手したので、誰か偉い人に会わせてくれませんか」
 と、いきなり警備に言うと、すぐに連絡を取ってくれた。ほっとしてその場で待っていると、すぐに人がやってきた。
「探したぞ」
 絶望した。
 そこにいたのは、使徒教の導師。
 つまり、父親。
「どうしてここに」
「お前の考えていることが分からないとでも思ったか。最終目的地を考えればおのずとここで待っていればいいと判断できる。しかし、一週間もよく耐えられたものだ。その忍耐力は褒めてやろう」
 そして警備に「息子がご迷惑をかけました」と頭を下げる。どうやら先に手を打っていたのだろう。自分のような子供が来たら教えてほしい、と。
 連れ戻されるわけにはいかない。
 自分の考えは父親に知られてしまった。今後、二度と逃げ出す機会などない。
 連れ戻されたら死。ならば、今ここで。
「助けて!」
 恥も外聞もなく叫んだ。ここで抵抗するしかない。
「こいつは俺を閉じ込めてひどいことをするんだ! 助けて、助けて!」
「こら、やめなさい」
 導師は強引に自分を押さえ込む。
「ご迷惑をおかけしました。二度とこのようなことはさせませんので」
「いやだ! 殺される! 助けて! 助けて!」
 さすがに子供の自分がこれだけ叫んでいるのだ。警備のみならず、近くにいた人も何事かとこちらを見る。
 だが、誰も助けには入らない。
 やがて、車が止まる。そして扉が開き、そこに連れ込まれる。
(これに乗ったら終わりだ!)
 必死の抵抗。自分を拘束する男──父親の指を、がぶり、と噛んだ。
「ぐあっ!」
 緩んだ隙に逃げ出す。追いかけてくる警備、そして車。だがサバイバルなら自分の方が上だ。人ごみの中に入り、かがんで姿を隠しながら別の場所へ移動。どこかの建物に入る。
(ちくしょう、ちくしょう)
 子供の言うことなんか、誰も信じない。あそこにいた男がテロ組織の幹部だなんて言っても、自分の声は誰の耳にも届かない。

 少年は、世界で一番孤独だった。






次へ

もどる