適格者番号:130900005
 氏名:野坂 コウキ
 筋力 −A
 持久力−B
 知力 −D
 判断力−B
 分析力−C
 体力 −S
 協調性−C
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 29.342%
 ハーモニクス値 41.55
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−A
 特記:過去のデータ抹消。












第佰弐拾伍話



「俺は何をすればいい」












 五月二日(土)。

 無論、この日は彼らにとって非常に重要な日である。特にシンジにとっては一つの区切りの日とも言える。
 本部地下に設置された慰霊所。そこに今も彼女の骨がある。四十九日までは彼女の魂はここで過ごす。
 今日は五月二日。
 美綴カナメの誕生日である。
 いや、美綴カナメ本人はもう死んでいるのだから、もしかしたらカナメではなく、本名で呼んであげたほうがいいのだろうか。洗脳されていた彼女は自分をカナメ本人だと信じていた。ならばカナメと呼んだ方がいいのか。いずれにしても、事実を公表することができない以上、そこには『美綴カナメ』と書く他はない。
 彼女は十五歳を迎えることができなかった。
 天真爛漫な笑顔を振りまき、シンジと幸せに過ごしていたはずの彼女は、突然いなくなってしまった。
 その彼女の骨の前には、朝から大勢の人間が手を合わせにきていた。
 ランクA適格者は本部の中でも尊敬を集めている存在だ。ランクAというだけでどこか次元の違う存在であると認識させられる。実際はただの同じ十四、五歳程度の子供だとしてもだ。
 カズマやヤヨイのように、その雰囲気からも特別をにおわせる存在もいる。
 一方でレミやカナメのように、回りから愛されるようなキャラクターもいる。
 カナメはいつも元気で、誰にでも笑顔で、だからこそ愛されていた。
「僕にはもったいないくらい、素敵な人だった」
 シンジはその骨の前で手を合わせた後、隣にいたエンに言う。
「臆病だった僕をいつも励ましてくれて、元気にさせてくれた」
 それが洗脳によるものだったということは、もう二人とも分かっている。だが、たとえ洗脳されていたとしても彼女が心からシンジのためにしてくれていたことは事実だ。
「カナメのことが好きだった。本当に。ずっと一緒にいたかった」
「美綴さんはシンジくんと一緒にいて、本当に幸せそうだった」
 エンもそれに応える。
「たとえ何があったとしても、シンジくんと美綴さんがあのとき幸せだった。それを否定するものは何もないよ」
「うん」
 そうして後ろを振り返ると、既に何人も順番待ちをしていた。場所を譲って慰霊所を出ようとすると、その先にヨシノとサナエが待っていた。
「おはようございます、碇くん」
 サナエの前ではまだ猫を被っているのか、穏やかな笑顔で声をかけてくる。
「おはよう、ヨシノ」
「カナメ、すごい人気ですのね」
 ヨシノが捧げられた花を見ながら言う。
「みんな、カナメが好きだったから」
「そうですわね」
 もう二人の間で話すことというのは何もない。お互いすべてを語りつくした。
「ところで、今日で最後ですわね」
「あ、うん」
「最後は野坂くん?」
「うん」
「大変な方が最後に残りましたわね」
「みんなに言われてる」
「私がどうして、いつもできるだけ野坂くんと一緒にいたか、お分かりになりまして?」
「え?」
「野坂くんがあなたに危害を加えないかどうか、ずっと見てましたのよ。私、野坂くんだけは信じてませんでしたから」
 そういえば、確かにヨシノはコウキと一緒に食事をしにくることが多かった。エンのガードが始まる前までは、一番よく部屋に来ていたのがコウキとヨシノの『ペア』だ。
「そうだったんだ」
「ここにきて野坂くんがどうこうっていうことはないと思いますけれど、でも気をつけて。二人きりになるのは仕方のないことでしょうけど」
「うん」
 そうしてヨシノたちと別れて、部屋に戻る。
「エンくんも、コウキのことをそう思ってるの?」
「コウキくんは別に、シンジくんに危害を加えようとかそんなことは思ってないと思うよ」
 エンは自分の基準で応える。
「ただ、シンジくんのことがというより、僕ら全員のことが好きじゃないんだと思う。カスミくんだけがそのことを分かっているから、一緒にいてウマが合うんじゃないかな」
 エンはコウキから親愛の情というものを感じたことがない。他の同期メンバー全員から感じられるものが、コウキにだけは感じない。
 機械のように育てられた自分にすら、シンジや他のメンバーに対して愛着を抱いているというのに、この差はいったい何だというのだろう。
「ゆっくりと話さないと何も分からないと思うよ」
 シンジは小さく頷いた。そう。AOCの一員だったという野坂コウキとの会話で、同期メンバーとの話は全て終わるのだ。






「よう、シンジ」
 ネルフにはさまざまな施設が存在する。地下の大プールもそうだし、コウキが会話の場所として選んだこの体育館もそうだった。
 コウキは先に到着していて、バスケットボールで遊んでいた。一人でシュートを打っている。ミドルレンジからだが、綺麗に決まる。
「上手だね」
「そうでもない。鈴原の方がうまいんじゃないか?」
「トウジは小学校のときミニバスやってたから」
「そりゃ上手いわけだ。あいつに唯一かなわないのがバスケなんだよな」
 何でもない会話。するとコウキはシンジにボールをパスしてきた。
「スリーポイント」
「無理だよ」
 シンジは苦笑するが、言われたとおりシュートを打つ。リングにあたって跳ねたところを、コウキがリバウンドでとってもう一度シンジにパス。
「もう一本!」
「オーケー!」
 シンジもやけになってもう一度打つ。今度は綺麗に決まった。
「ナイッシュウ!」
「ありがとう」
 身長の高いコウキが笑顔で言う。
「ねえ、コウキ」
「なんだ?」
「みんなが、コウキのことをあまりよく言ってくれないんだ」
「ああ、そういやカズマやタクヤからも悪く言われたな」
「コウキは、みんなのことが好きじゃないの?」
「ああ」
 あっさりと認める。ここまですがすがしいと、何ともしようがない。
「俺はこの同期メンバーの中では役割がちょっと違うからな」
「違う?」
「ああ。他の連中は単にお前をガードするのがメインだろ? 俺は最初からランクA適格者としてお前をガードすることを前提にネルフ入りしたんだ」
「最初からランクA適格者?」
「ああ。だから俺だけランクA適格者になっている。他に本当に適格者になってるのはコモモだけだろ? カスミが全部調べた」
 さすがは情報担当。そしてカスミとコウキはやはり深くつながっている。
「最初のうちはこんなガード制度ができるなんて思ってなかったからな。ランクBまでならジンやエンで充分お前を守れるだろうが、ランクAまできたらあいつらには手が出せない。エンやダイチなんて自分が適格者じゃないってことすら知らないだろ」
 ヨシノにジン、カスミは知っていた。ヨシノとジンはそもそも最初から知っていた素振りだったし、カスミはおそらく後でMAGIに接触して判明したのだろう。
「俺はもともと別の人間のガードだったんだよ。で、お前がランクA適格者になれば狙われると思ったお前の父親と俺の被ガードが話し合って、俺をお前のガードにつけた。正直に言うと俺は知らない人間のガードをやりたいなんて思わなかった。俺にとって守るべき人はたった一人だけだからな」
「それは誰?」
「想像つくだろ? お前はその場にいたからな」
 そう。
 実はそこまで言われてはじめてシンジはようやく分かっていた。コウキが態度を変えた人間、そしてコウキとつながりのある人間は多くない。
「御剣レイジ総理大臣?」
「ああ。俺がまだAOCだったときのターゲットだ」






 二〇〇七年、国際連合の本部が第二東京へ移転。その報復というわけでもないのだろうが、翌二〇〇八年、中国を中心とする六カ国が第一東京を襲撃。これにより中国は常任理事国の座を日本に明け渡すこととなり、国際社会での発言権を失う。
 国連本部移転を進めていたのは当時外務大臣であった御剣レイジ。彼はその功績によって二〇〇八年の衆議院選挙で得票率八割を超える人気で再選。再び外務大臣となった御剣レイジは次期首相としての地歩を固めた。
 だが、この期間レイジを暗殺しようと思っていた者は多い。アメリカはその最先鋒だった。
 前大統領はCIAに命じて日本に潜伏させてあるAOCに命令を下させる。
『御剣レイジ外務大臣を暗殺せよ』
 その命令を受け取ったAOCが野坂コウキであった。
 命令を受け取ったのは二〇一〇年十二月。彼の誕生日まであと五日という日だった。
(今さら御剣大臣を殺して何になるんだか)
 もはや国連本部が移された後でこのような手段をとっても何も効果はない。既に国連総会が日本本部で開かれていて、各国とも既に日本に場所を移動し終わっている。今さら国連本部をどこの国にするかなどという議論にはならないし、そうならないように外務大臣が全て段取りをつけたのだ。
(いや、今こそ殺す必要があるということか。将来の内閣総理大臣に御剣レイジが就いたとしたら、アメリカにとっては厄介な相手だろうしな)
 このとき、野坂コウキはまだ九歳。あと五日で十歳になる。だが、アメリカからの教育が非常によろしく、世界情勢については同じ年の子供たちよりははるかに詳しい。
 もしこのまま御剣レイジが内閣総理大臣となったらどうなるか。海外、特にEUと人脈の多いレイジは、日本の立場をより強化させていくだろう。そうなるとセカンドインパクトからずっと低迷しているアメリカはますます立場が悪くなる。
 EUは現在名目上十五カ国、ただしオランダは事実上存在しないため正確には十四カ国だ。これらの国が全部集まることによって、アメリカの国力を上回ることができる。しかもセカンドインパクトで立ち消えになっていたが、これからEUの拡大が始まる。全ヨーロッパをEUの加盟国として、EUとしてヨーロッパが発展しようとしている。
 今はフランス、イギリス、ドイツの綱引き合戦となっているため拡大EUにはいたっていないが、歩調を合わせれば拡大するのは一気だ。そうなるとアメリカはもう太刀打ちできない。
 インパクト以前のように、もはやアメリカが日本をうまく使って世界の大国として君臨した時代ではない。日本は日本で新たな道を模索し、EUはアメリカを追い抜かんとする。
(ま、俺にとってはどうでもいいことか)
 コウキは命令書を燃やすと、旅支度を整えた。外務大臣御剣レイジ。彼を暗殺するには準備が必要だった。






 およそ、この第二東京ほど子供が一人でいるのに似つかわしくない場所は他にない。ここにいるのはすべて日本の政治を司る人間であったり、国際政治に携わる人たちなのだ。子供が暗殺をするにはふさわしくない場所だ。
(誰か保護者がいれば別なんだがな)
 もちろんそんなアテはどこにもない。ならば自分の足で外務大臣を追うしかない。
 御剣レイジのスケジュールは既に手に入れてある。だが、いきなり行って暗殺をしかけても成功するとは思っていない。
 ならば、今後数日のスケジュールから暗殺しやすそうな場所とタイミングを考えればいい。
(孤児院の表敬訪問が明日か)
 それが一番やりやすいと考えていた。子供だから近づくチャンスもあるだろう。あとはうまく孤児院にもぐりこむことができるかどうかだ。
 コウキは第二東京には入らず、そのまま長野市へとやってきた。セカンドインパクト以前は三十五万人程度であったこの都市も、松本が第二東京として人口二十万から三百万まで膨れ上がったのと同様に、隣接自治体である長野市も三十五万から六十万まで増加していた。伊那市や飯田市なども人口を増やしていたが、同時にこれらのベッドタウンには孤児院も増えていた。余談になるが、ダイチの孤児院もこうしたもののうちの一つだ。
 表敬訪問予定の孤児院にやってくる。子供たちは普通にそのあたりで遊んでいる。SPあたりが事前に見張っていたりしないのだろうかとも考えたが、その気配はない。
 人数はそこそこいるようだ。だからといって子供たちの輪の中に入ることは難しい。異分子が入ってくると子供たちはすぐに警戒信号を出す。
 さて、どうしたものかと考えていると、子供たちのうちの一人がコウキのところまで近づいてきた。
「こんにちは」
 女の子だった。だが、どこか空気がおかしい。
「あなたがAOCの野坂コウキくんですね」
 冷たい目で笑う少女に、一瞬だけだが背筋が震える。
「あんたは?」
「私も同じ。AOCの三橋ヒロミ。大臣のことを命令された者よ」
 おかしい。
 AOCは単独行動が常。それなのにどうしてこの人物は自分の素性を軽々しく述べているのか。
「不思議がってるみたいだね」
「当然だろう。俺たちはお互いに顔を合わせないように言われているはずだ。それなのに」
「簡単なこと。今回の大臣の件については、日本にいるAOC三人全員に指令が下っているのよ」
「全員?」
「ええ。そんなに多いと思った? AOCの構成員なんて世界に百人もいないのよ」
 不思議なのはそれだけではない。
「あんたはどうしてそんなにAOCについて詳しいんだ」
「簡単なこと。私がAOCの幹部だから」
 自分と同じくらいの年のこの少女が。
「分かりやすく言うと、アメリカから来た命令を三人分まとめて受け取ったのが私で、私から他の二人に命令書を送ったのも私。まさかたった四日でこの孤児院にまでやってくるとは思わなかったけどね。たいしたものだわ」
「もう一人は?」
「さあ? ここに来ていないということは孤児院じゃないところに目をつけていると思うけど、基本的にどう動くかなんて指示してないから分からないわよ」
「ならどうして、俺に接触した」
「簡単。あなたがAOCだって分かっているなら、協力すればもっと確実に命令を実行できるでしょ?」
「俺はお前のことを知らないのにか」
「この日本にAOCのことを知っている人がどれだけいると思う? 多分、AOC当人以外は誰も知らないわ。日本の諜報組織なんてたかが知れてるもの。AOCという組織自体、あることが知られていないでしょうね」
 つまり、AOCという言葉を出せばコウキにだけは分かるということだ。
「つまり、あんたが俺の上官ってわけか」
「別にそこまで堅苦しくなることないわよ。私たちはみんな単独行動が基本でしょ?」
「なら、俺は何をすればいい」
「この孤児院、私、一ヶ月前から滞在しているの」
 準備期間が長い。なかなかたいしたものだ。
「前の町の友達が訪ねてきたから、しばらく泊めてほしいって頼んでみるわ」
「それで、明日の訪問のときに襲撃するっていうことか」
「道具は準備しているんでしょ?」
「もちろん」
「なら、やり方は任せるわ。私も狙うし、お互いの邪魔だけはしないように」
「ああ」
 そうして、この奇妙な同盟が成立した。






次へ

もどる