五月二日起動実験結果

 ジークフリード・メッツァ        :エヴァ拾伍号機起動成功
 ヴィリー・ラインハルト         :エヴァ拾六号機起動成功
 エルンスト・クライン          :エヴァ拾七号機起動成功
 紀瀬木アルト              :エヴァ拾八号機起動成功
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン:エヴァ拾九号機起動成功
 ムサシ・リー・ストラスブール      :エヴァ弐拾号機起動成功
 サラ・セイクリッドハート        :エヴァ弐拾壱号機起動成功
 ルーカス・ストラノス          :エヴァ弐拾参号機起動成功
 エレニ・ストラノス           :エヴァ弐拾四号機起動成功
 エリーヌ・シュレマン          :エヴァ弐拾伍号機起動成功












第佰弐拾捌話



空、手紙、祈りとともに












 五月四日(月)。

 全世界での起動実験はこれでひとまず終了した。とはいえ、適格者たちはまだエヴァンゲリオンを『起動しただけ』にすぎない。これから実際に『思い通りに操る』作業が必要になる。
 技術部では既にその作業が進められるように準備が行われており、日本では連休明けの週末からすぐに実際に起動・連動実験、歩行訓練などが行われる予定となっている。
 無論、全機体を一度に行うわけにはいかない。適格者たちはある程度順番が決められ、その通りに活動することとなる。一日に二機ずつ稼動するとなれば、一人あたり五日に一度はエヴァンゲリオンを動かす計算となる。ということは、月曜から金曜まで毎日のように起動実験を続け、土日は今まで通りという感じになるのがこれからの動きになるようだった。
 実際、技術部にしてもそれが限界の数字だった。労働者ゆえ、交代で休まなければならない。かといって人手が多いわけでもない。結局は技術部がフル稼働で働かなければならないのだ。
 だからといって他の部署で手があいているかというと、無論そんなことはない。人類の砦ともいえるこの第三新東京で手のあく者などいない。
 それは特殊監査部といえども同じことであった。
「さあて、ネルフに来てようやくそれらしい仕事が回ってきたぜ」
 昨日のうちに新幹線で新潟へ、そして車で石川までやってきていた門倉コウは、金沢市内にある使徒教の支部へとやってきていた。
 その建物は外見上は何の変哲もない普通のビルだ。いくつかの企業がそのビルの中に入っている。だが、それらは全て架空──とは言わないが、隠れ蓑となっている企業。それらの企業は全て使徒教が運営するものである。
 今回、この建物を襲撃するのは門倉コウ率いる戦略自衛隊一個大隊五百人。古参の隊員には突然司令官として選ばれたコウに対して不満を持つ者もいたようだったが、上官の命令は絶対ということでしぶしぶ服従していた。
 いずれにしても普段からの訓練の成果を出す機会を与えられ、大隊の兵士たちはみな意気が上がっていた。
「行くぜ」
 コウが指示を出すと、一斉に動き出す。建物の全ての出入り口を封鎖。そして突入。万が一のため全員がガスマスクを装備している。過去、使徒教は毒ガスによるテロを行ったことがあった。
 コウも先頭に立って建物に突入する。一階のスペースはすべてがもぬけの空。二階、三階に向かった小隊も使徒教信者の一人も出会わなかった。
「逃げられたかな」
 誰もいないということは、使徒教はこの拠点を捨てたということだ。手際のいいことだ。おそらくは他の支部も同様に捨てられているのだろう。
「……おかしいな」
 だが、このビルは使徒教が所持していたようなもの。それをあっさりと捨ててしまえるものなのか。
「撤退だ」
「は?」
「撤退だ。もしかしたら、このビルごと──」
 だが、コウの指示は一歩遅かった。直後、すぐに爆発が生じる。
「撤退だ! すぐにこの建物から脱出しろ!」
 仲間たちを逃し、コウは最後尾につく。こういう場合に一番危険なのは最後方だ。もちろん生き埋めにされる可能性もあるが、上官として一人でも多くの部下を逃がさなければならない義務もある。
 だが、残っていたことが幸運だったのか。
 コウの目に人の影が映った。
「……使徒教か?」
 女だった。黒いショートカットの髪。そして修道服。使徒教らしく、祈りでも捧げるつもりなのか。だが、その手に持つのは十字架でもなければ悪魔崇拝のための生贄でもなかった。
 それは得物。二挺拳銃。
「まさか、お前──『死徒』か!?」
 一見、まだ二十にもなっていないのではないかという童顔に、コウがほんの一瞬だが動揺する。だが、それを見逃さず『死徒』フィー・ベルドリンテは二挺拳銃を素早く構える。構えると同時に撃つ。
「くっ」
 コウも懐から拳銃を抜き、威嚇射撃をする。だが、それより早くフィーは動く。二つの銃が、間断なく火を噴く。
「ちっ。容赦なく攻撃してくるとはな。だいたい、宗教結社が銃なんて物騒なもん、持ってんじゃねえよ」
 そんなことを言っても仕方がないことは理解している。拳銃、爆弾がなければテロなどできない。使徒教がいかに危険な組織であるかはとっくに分かっていることだ。
 問題はこの『死徒』だ。危険な人間に物騒な代物を持たせているのだ。死者が何人出てもおかしくはない。先に部下たちを撤退させておいてよかったと思う。が、
(俺がやられたら世話ないぜ)
 門倉コウは、こう見えてさまざまな戦闘をかいくぐってきた本物のプロである。
 かつて武藤ヨウと共に戦場を駆け巡ったこともあれば、圧倒的不利な状況での山林におけるゲリラ戦、大多数を前に少数で行った撤退戦、市街地におけるテロからの脱出、いずれも共通しているのは、彼は常に『敗者』の側に属するということである。
 傭兵は生き残ることを優先して自分を売り込むので、負ける側につく傭兵は少ない。彼はその少ない傭兵の一人だった。勝ち目が薄いからこそ傭兵を雇う金額は高額となる。その金額に惹かれるのが一番の理由だが、それだけではない。
 安っぽいかもしれないが『敗者』には犠牲者がつきものだ。彼が求めているのは一人でも多くの生存者だ。
 生きている以上、戦いが生じることはやむをえないこと。だが、無駄な戦いで無駄に命を散らすことはない。助けられる命ならば助けたい。
 そんな、およそ傭兵らしからぬ思想を持っていた彼は上官──つまりヨウのことだが──からさんざん叱られた。強制的に考えを変えさせられようとしていた。だが、彼は自分の考えは曲げなかった。戦場での死者を一人でも少なくすること。それが彼の望みだ。
 ネルフに誘われたコウが承諾したのもそれが大きな理由だ。使徒が現れれば人間は滅びる。それは彼の思想にそぐわない。人間を助けるために、使徒と戦う。これほど自分にうってつけの職場が他にあるだろうか。
(だから、お前たちに負けるわけにはいかないんだよ)
 コウは射撃で相手を近づけないようにする。が、『死徒』の動きはそれを軽くまさった。
 拳銃で再び威嚇してくると同時に、片方の手が懐から手榴弾を投げつけてくる。大きく後退したコウの目に飛び込んできたのは大量の光。これは、閃光手榴弾。
(まずい!)
 咄嗟にコウはさらに後退する。正面と、左右二十度の位置に向けて銃弾を放ちながらさらに後退し、物陰に隠れるようにする。その、自分が立っていた位置を鋭く突き抜けていく何発もの銃弾。目がくらんで立ち尽くしていたら確実に倒されていた。また、銃を撃つことによって音で自分の位置を相手に伝えることで、逆に相手の火力を一箇所に集中させた。本当に、咄嗟の機転だった。
 まだ目はよく見えない。相手には自分の位置が分かっているだろうか。誰かが歩く声はしない。やがて、ゆっくりと視力が回復する。相手の位置は分からない。
(落ち着け)
 隠れているのはお互い同じこと。焦って、先に動いたら相手に気取られる。
 緊張の時間が流れる。『死徒』が攻撃を仕掛けてこない以上、自分の位置を把握しているわけではないのだろう。
 ならば。
 コウは少し遠い場所に向かって適当なものを投げる。それが地面について音を立てた瞬間、その場所に向かって二挺拳銃の音がした。
(そこだ!)
 物陰から身を乗り出して、銃声のあった場所に向かって構える。が、そこには誰もいない──
(しまった、罠か!)
 右手四十度の位置から狙撃──されるよりも早く伏せる。が、一瞬遅い。銃弾はこめかみをかすっていく。いや、実際には距離は離れていたのだろうが、空気との摩擦でそう感じさせられた。
(なんてやつだ。『死徒』フィー・ベルドリンテ!)
 かつて敵を翻弄し、欺き、味方を救出してきた自分が完全にもてあそばれている。こちらの作戦を逆手にとって攻撃してくる。
 だが、相手との距離、位置関係は把握した。ならば撤退することも可能。
(ここで戦闘を続けても意味はない)
 既に部下たちは全て脱出した。ならば、こちらも脱出するだけ。
(フィー。ここはお前に花を持たせてやる。だが、次は俺が勝つぜ)
 手榴弾を三個、思い思いの方向に投げる。爆発に乗じて後退。常套手段だ。だからこそ確実性が高い。
『死徒』は追ってこなかった。追撃しても追いきれないと判断したのか、それとも別の理由があるのか。
(あれが使徒教噂の暗殺者か。冗談抜きでとんでもない奴だな)
 ヨウなら勝てるのだろうか。自分の上官が負けるところなど想像がつかない。彼はいつでも勝ち続けてきた。敗戦続きの自分が勝ったのは、唯一彼が上官のときだけだった。ヨウと共にあれば、戦力差が十倍あったとしても勝てるような気さえしてくる。
 とにかく、まずは報告だった。『死徒』フィー・ベルドリンテと遭遇した、と。






『シンジくんへ。

 こんにちは、シンジくん。紀瀬木アルトです。
 こうしてシンジくんにメールを送るのは初めてなので、少し緊張しています。

 もう、結果の方は見たかもしれませんが、無事にエヴァンゲリオンの起動に成功しました。
 ほっとしたこともあり、同時に世界を守らなければいけないという使命感が新たに出てきたこともあり、複雑な心境です。
 ジークやヴィリーなんかは『もっと気楽にいけ』と言ってくれるのですが、なかなかそうは割り切れません。
 シンジくんは、私なんかよりずっと重い使命を背負わされているんですよね。それに比べれば私なんてたいしたことがないのに、少し考えすぎなんでしょうか。

 明日から、エヴァンゲリオンを実際に起動するにあたっての注意点などのレクチャーを受けることになります。
 シンジくんはもうレクチャーは終わっていますか? もし気をつけるとしたらどのようなところでしょうか。
 エヴァンゲリオン起動の先輩として、いろいろと教えてくれると嬉しいです。

 話は変わりますが、このところアスカさんが絶好調です。
 シンクロ率、ハーモニクス値も上がり、以前と違って私たちにも気配りをしてくれることが多くなりました。
 日本に行く前はそんなこともなかったので、もしかしたらシンジくんのシンクロ率がアスカさんにもいろいろと影響を与えたのかもしれませんね。

 シンジくんの方はどうですか?
 エンや他のメンバーといろいろあったことは聞いていますけど、無事に解決できましたか?
 もしまだ解決してないなら、いくらでも私に相談してください。頼りないかもしれませんが、私はシンジくんにとって大切な友人でありたいと思っていますし、友人でいるつもりです。

 長くなってすみません。
 でも、今日はどうしても、シンジくんとお話がしたかったんです。
 私の故郷にいる、大切な友人と。
 迷惑でないことを祈っています。

 遠い空の下にいる友人より。』






「何してるのよ、アルト」
 部屋に入ってきたのはアスカであった。長いシャツとスカート。お洒落には気を使うアスカだが、着る服の種類そのものは大きくは変わらない。ズボンをはくことは少なく、シャツも柄は違えど形は似通っている。今日は赤と白の横ストライプだ。
「シンジくんにメールを送っていました」
「シンジ? ああ、サードチルドレン?」
 やれやれ、とアスカは肩をすくめる。
「アタシよりシンジを優先するんだ、アルトは」
「いいえ。私が優先するのはアスカさんです」
 きっぱりとアルトは言い切る。
「私の幼馴染は、私よりもシンジくんを優先するといいました。それが使命だから、と。私もそうです。私はアスカさんを守るのが一番の使命。だからこそ最優先はアスカさんです。もっとも」
 くす、とアルトは笑う。
「たとえ私がそんな使命を持っていなくても、私にとっての一番はアスカさんですよ。アスカさんは私の理想なんですから。アスカさんみたいになれないなら、私がアスカさんを守る。そう自分で決めているんです」
「なにを恥ずかしいこと言ってんのよ、まったく」
 アスカは人差し指でアルトの額を突く。
「それで、今日は何かあったんですか?」
「あったに決まってるでしょう。あんたたちみんな起動実験に成功したんだから。お祝いの一つくらいかけてもいいでしょう?」
「ありがとうございます」
「礼なんかいいわよ。それより、ちょっと付き合ってくれる?」
 礼を言うのが目的なのか、それとも用事が目的なのか分からない様子だった。おそらく、照れているのだろう。
「はい、もちろんですけど、どうしました?」
「ちょっとね、人に会う予定なのよ」
「人? ネルフ外の人ですか?」
「ええ。といっても全く無関係というわけでもないわ。ネルフに出資している企業の若い重役。日本から出向してきてるっていうから、通訳がいてくれたら便利かなと思って」
「アスカさんは充分日本語ができますけど」
「相手に知られたくないのよ。日本語が話せるっていう」
「それは──」
 アスカが日本語が分からないと思えば、アスカの目の前で日本語で話しても大丈夫だと相手は思う。そしてアスカに秘密にしておきたいことを、目の前で日本語で話す可能性だってある。
「分かりました。私はカムフラージュということですね」
「察しがよくて助かるわ。やっぱり頼りになるわね、あんたは」
 アスカは首に腕を回してくる。こうして頼られるのは気持ちいい。
「それで、相手の方は何というんですか?」
「ええとね」
 アスカは頭の中で思い出してから答えた。
「ライプリヒ製薬の、リョウゴ・カブラギという男よ」






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