二〇〇八年九月十一日。六カ国襲撃。
セカンドインパクト後、復興を続けていた旧第一東京は、これをもって完全に崩壊。封鎖地区となった。
東京を襲撃したのは、中国、韓国、北朝鮮、インド、パキスタン、バングラデシュ。この日、ミサイルの雨が東京を襲い、百三万人という死者・行方不明者が出た。セカンドインパクトを除けば、戦後世界最大の武力抗争、いや、一方的な虐殺であった。
六カ国襲撃後、国連はただちに東京へ軍を派遣。六カ国軍を殲滅したものの、東京は完全に廃墟と化した。政府機能が第二東京へ移っていたのが幸いしたのか、主要政治家のほとんどが無事であった。
原因となったのは二点。一つは日本への国連本部移転。セカンドインパクト後、使徒の攻撃によって世界の主要都市のほとんどは壊滅した。東京もそうだが、それまで国連本部があったニューヨークは人の住めるような場所ではなくなった。そこで国連を招致したのが日本、それも外務大臣の地位にあった御剣レイジであった。
それまで世界の中心国家の一つであった中国。そのすぐ近くに国連本部を持つことになった島国日本。中国としては武力をもってでも阻止したかったというのが本音だったのだろう。六カ国軍の盟主として立ち上がることになった。
そしてもう一点。セカンドインパクト後、飢餓による戦争、混乱は後を絶たなかった。それも二〇〇七年から二〇〇八年がピークで、それを境に少しずつ減少していくことになるのだが、そのピーク時に起こったのが六カ国襲撃だった。
特に人口の多かったインドや、食料を手に入れる当てのなかった北朝鮮、バングラデシュが積極的に参加し、日本からの略奪を考えていたのだ。
インドに負けじとパキスタンがこれに参加、そして中国と日本の板ばさみになった韓国も参加することになり、総勢六カ国軍が東京に攻撃をしかけたのだ。
だが、この事件には一つだけ、不可思議な現象が存在した。
これだけの死者、行方不明者を出していながら生き残った人々のうち、何人かが同じような証言をしたのだ。
曰く、あのとき東京に『光の巨人』が現れた、と。
第佰伍拾参話
驚天動地のテンペストーソ
真道カスミの説明は、そうした一般的な知識から入った。
六カ国襲撃における事実を整理し、その上でベネット大統領、当時は一上院議員でしかなかった彼がいったいここで何をしたというのか。当然ながら現時点では誰にもその説明はできない。
「まずアメリカ内部の説明だが、ベネットは民主党。二〇〇八年の大統領選挙に民主党から出馬した大統領候補がノア上院議員ってやつだったんだが、そのノアから副大統領に指名されていたのがベネットだった。まあ二〇〇八年の選挙は共和党が勝ったんだけどな。それが前大統領のマイケル・ロックフェラー。ロックフェラー財閥の人間で、典型的なWASPだな」
「わすぷ?」
シンジが疑問符を浮かべる。
「ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント。アメリカで大統領になるときの条件みたいなもんだ。白人で、アングロサクソン民族で、宗派はキリスト教プロテスタント。略してWASP。まあ財閥の人間だけあって資金力はあるってことで文句なしの当選だったわけだが、ベネットはこのとき次回選挙のための布石を打っておいたわけだ」
「布石?」
「ああ。次の大統領選挙ではノアではなくてベネットが出馬する。そして確実に当選する。そのための布石だ。まずやらなければいけないのは共和党政権を倒すために、その勢力を削ぐこと。もう一つは民主党党内の予備選挙に勝ち残って大統領候補者となること。この二つが早急にベネットがやらなければならない活動だった。ベネットの基本政策は、対使徒戦をネルフではなくアメリカ政府が主導権を握って行うことだった。一番簡単なのは、ネルフ本部と国際連合本部がなくなってしまうことだった。しかもネルフ本部は当初から、国際連合本部も二〇〇七年四月から日本に移った。まとめて殲滅するには好都合だったんだ」
つまり、アメリカが国際世論で優位に立つために、アメリカ主導で対使徒戦を迎えるために。
「たったそれだけのために、六カ国襲撃を計画したっていうのか」
カズマの表情が猛っていた。それが真実ならとても許すわけにはいかないという顔つきだ。
「それも、アメリカが表舞台に出ないで、他の国がやったことにするのが一番だった。日本に武力攻撃をしかけるのに一番いい駒となる国はどこか。わかりやすくいえば、日本と共倒れにしたい国はどこか。そこで、セカンドインパクト後、急激な成長・発展を続ける国が日本のすぐ傍にあった。その国はセカンドインパクト後もいまだ四億人の人口を抱え、経済成長をし、GDPはすでに日本を追い抜き、アメリカに迫ろうとする勢いだった」
それが、六カ国襲撃の盟主であった、中華人民共和国。
「中国政府も馬鹿じゃない。日本に国際連合本部が移るということを苦々しく思っていたとはいえ、気にいらないからという理由で攻め込むわけにはいかなかったし、そもそも日本に攻め込むというようなプランは当時の中国にはなかった。それはアメリカの、ひいてはベネットのしかけが徐々に芽吹いていったからに他ならない。まず、親日派・反日派のリーダーが直接顔を合わせる会議が上海あったが、その際に二人まとめて暗殺した。二〇〇七年十一月九日、いわゆる【十一月九日の上海テロ】だ」
上海テロ。上海のホテルで行われたトップ会談の現場で起こった自爆テロ事件だ。親日・反日の間で決定権を欠く国家主席に対して、親日派・反日派のリーダーが集まって意見を交換する会談が上海の一流ホテルで行われたが、そのホテルに旅客機が衝突、大爆発を起こした。
この自爆テロの犯人が親日グループだったことが問題を複雑にした。彼らによると親日派のリーダーが反日派に譲歩し、国連本部を移設した日本に対して敵対姿勢を強めることで合意するつもりだったというのだ。
これにより国内における親日の印象はきわめて悪いものとなり、反日ムードが高まることとなった。国家主席は『自分の責任』として首席を辞任。後任に世論の後押しを受けて反日派のリー・ロンジーが国家主席に就任し、日本との対決姿勢を強めていく。
「ま、だいたい分かると思うが、これをやらせたのがアメリカだ。アメリカは日本と中国をかみ合わせるつもりでテロを決行した」
「いや、ちょっと待て」
ジンがカスミの話を止める。
「やったのは中国親日グループなんだろう?」
「そこにもぐりこませていた暗殺者だよ。飛行機の乗務員を全員買収して、パイロットから乗務員まで全員テロリストに代わっていた」
「お得意のAOCじゃねえのか」
「当時のベネットは大統領じゃない。大統領とそのブレーンじゃなきゃAOCのことは知らされてないからな。一方でロックフェラー大統領はAOCを使って御剣レイジ外務大臣を暗殺しようとして失敗している」
つまり、当時のアメリカは、共和党と民主党とでそれぞれアメリカの国益を考えてテロを行っていたということだ。
「ひでえ国だな」
コウキが吐き捨てるように言う。
「今さらだな。アメリカがひどいのはとっくに分かっていたことだ。いずれにしてもあの十一月九日の上海テロがベネットの仕業だなんていうのが世間に知られたら、あっという間に現政権が傾くぜ。というわけでこれは他言無用な」
「使徒戦が終わった後まで保証はしないぜ」
「ま、それは俺の知ったことじゃない。いずれにしても使徒戦が終わるまでに大混乱が起こるのはまずい。アメリカが機能しなくなるだけじゃない。国連、しいてはネルフまで機能しなくなる」
ネルフが機能しなければ使徒を迎撃することなどできない。当然のことだ。
「敵を守らなきゃいけないってのは面倒なことだな」
「より大きな敵と戦うためだ。やむをえないな」
コウキの愚痴にジンが答える。
「というわけで、俺の知っているのはここまでだ。大統領が何をしたのかは知っているが、どうしてネルフを目の仇にしているのかは知らないぜ」
それは最初の断り通りだ。
「質問」
ダイチが手を上げた。
「あいよ」
「あの六カ国強襲はベネットの仕業だと言った。だとしたら噂に聞く【光の巨人】もベネットの仕業なのか?」
全員が言葉をなくす。あの六カ国強襲のときに現れたという【光の巨人】が何者かというのはまったく分かっていない。目撃例はあるものの、その光の巨人が何をしたというわけでもないし、ただあの場所に存在したというだけ。
「さあな。まあ、見たことがある奴から直接聞ければ少しは分かるかもしれないが」
「いや、多分たいした情報にはならないと思うよ」
カスミが答えようとするとエンが手を上げた。
「僕はあのとき第一東京にいて、光の巨人を見た」
その情報は知らなかったのか、さすがにカスミも驚いているようだった。
「エンくんが」
シンジも隣に座るエンを見つめる。
「どんな感じだった?」
カスミが冷静に尋ねる。
「最初に襲撃があった日だった。都心から西の方向に逃げていく途中で、突然現れた。最初、気づかなかったんだ。そこに何かがいるっていうことに。でも、いつの間にかそこに光の巨人がいて、そしてゆっくりと消えていった。大きさは多分、エヴァくらいだったと思う」
「時間帯と場所は、他の証言とほとんど同じだな。にしても、あれがいったい誰の仕業で起こったのやら」
「アメリカじゃないの?」
「可能性の一つとしか言いようがないな。まあ、俺としては反対しておきたいところだが」
「何故?」
「勘」
あっさりとカスミが言う。それでは議論にならない。
「襲撃があった直後に現れたということは、作為的に光の巨人を出したというよりも、襲撃の結果として光の巨人が現れたって考える方が無難だろうさ。ま、あてのない勘だし、別にあの光の巨人が何者だったところで、俺たちの戦いに何か関係するわけじゃない」
「そうかしら」
ずっと黙っていたヤヨイが声を出す。
「使徒が現れてから、この世の中は通常の物理法則では証明できない現象が起こっている。光の巨人もその一つ。そうした超常現象はすべて使徒と関係させた方がいいと思う」
ヤヨイが真面目な表情で言う。いや、真面目な表情はいつものことだ。彼女は真面目な顔で突拍子もないことを言う、そのギャップに戸惑うのだ。
「だとしても、俺たちにはどうすることもできないぜ。もう七年も前のことだし、光の巨人はそれから観測されてないんだからな」
確かにそれが証明できたとしても何も起こらないかもしれない。それ以外に調べなければいけないこと、知らなければいけないことは山ほどある。
「難しい話はボクにはよくわかんないけどさ」
レミが前置きして言った。
「アメリカが悪いことしてるけど、結局どうしてベネットさんがエヴァを嫌いなのかは分からないってことだよね」
「ああ。最初からそう言って──」
レミのなんでもない言葉にカスミの言葉が止まる。
「なるほど」
カスミが何を気にしているのか、カズマが最初に気づいた。
「ベネットがエヴァを嫌い、というところだな。なるほど、盲点だった。確かにあの様子を見ていると、アメリカが主導権を握るためというのは口実で、本当はエヴァそのものを否定したがっている可能性というのはある」
カズマが淡々と言う。それを聞いてカスミが頭をかく。
「調べないことには分からないけどな。だがまあ、相手を知っておくっていうのは必要なことかもしれない。この件、ちょっと調べさせてくれ。何か分かったら報告する」
その点、MAGIを使うことのできるカスミが適任なのは間違いのないことだ。
赤木リツコの仕事は終わらない。実験前の土曜日からここまでほぼ不眠不休で働いている。不測事態の発生からここまで渉外の仕事も含めて全て行ってきた。そしてようやく休むことができそうだった。
半日睡眠が取れればもう元通りになるはずだった。そして彼女は今すぐに寝るべきだった。
だが、どうしても引っかかることがあった。それを確かめてからでなければ寝られない。
前から疑念のあったことだ。だが、朱童カズマも同じような感覚を受けていたのを確認している。あれは、初号機と漆号機との格闘訓練のときだ。
『碇の他にもう一人いて、二人でエヴァンゲリオンを動かしているようなそんな感覚だ』
もう一人。
確かに以前から気にはなっていた。初号機の中に乗っているシンジが、まるで誰かと会話しているかのような仕草を取ることがある。
そして極めつけはこれだ。
リツコは拾号機との戦闘データをリプレイする。
ナイフで対峙した初号機と拾号機。
そして、シンジが。
『了解!』
──いったい、誰に対して答えたというのだ?
「エヴァは分からないことだらけね」
このエヴァンゲリオンを作るのに携わった技術者といえば有名なところでは四人。碇ユイ、惣流・キョウコ・ツェッペリン、赤木ナオコ。ここまでの三人は既に【死亡】している。
ということは最後の一人なら分かるだろうか。
「ロシアのMAGI責任者、アイリスフィール・アインツベルン」
イリヤスフィールの母親。彼女ならこの問題に答えてくれるのかもしれない。いや、それとも全く知らない振りをしてくるだろうか。
だが、これについては解明しておきたい謎でもある。シンジに改めて尋ねてみることも当然だが、アイリスフィールから聞くことができるのならそれでもいい。その方がもっとはっきりするかもしれない。
「母さんも、とんでもないものを娘に押し付けていったものね」
リツコはため息をついた。
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