六月六日(土)。

 この日が碇シンジの誕生日であったのは、はたしていかなる神の作為があったのだろうか。
 全てが仕組まれていたように。
 彼もまた、仕組まれた存在であるかのように。

 物語が、いよいよ、動く。
 そして百六六話が六月六日となったこともまた運命。











第佰陸拾陸話



急迫不正のドゥリンゲント












 そんな生放送があった六月六日は周知の通り、碇シンジの誕生日であった。
 かねてから計画していた通り、ランクA適格者とガードたち全員を巻き込んだ誕生パーティが開かれることとなった。
 このメンバーになってから行った誕生パーティは過去二回。最初のときは綾波レイ、次は染井ヨシノ、桜井コモモ、朱童カズマ。
 今回は碇シンジと、それから五月三十日にめでたく一つ歳を重ねていた清田リオナの二人であった。
 先日のアイズ・ラザフォード事件以来、リオナの姿勢は目に見えて変わっていた。もちろんランクA適格者の館風レミをガードすることは当然なのだが、それにもまして碇シンジを守るという考えが中心に備わり、シンジの同期メンバーたちと同じように活動することができるようになっていた。
「世界を守る少年を守る、か」
 この日もパーティに行く前に館風レミの部屋に寄ってから行かなければならない。もちろん、それを嫌がったことなど一度もない。レミは同い年なのに年下のように可愛い。
(でも、私もレミも、すべてはシンジくんの盾になるために必要とされている命)
 おそらく自分は満足したのだろう。本当はエヴァンゲリオンに乗って世界を守るために戦うということをしたかったし、今もその気持ちはある。だが、それ以上に今の立ち位置が気に入っている。
(碇くんを守ることで、私も世界を救うメンバーの一員になれる)
 自分が直接世界を救うわけではない。だが、結果的には自分も世界を救う役割を果たせるのなら。
「私の命に代えても、碇くんは守ってみせる」
 きっと、同期メンバーは最初からその覚悟を持っていたのだ。
 自分は今、ようやくその境地に達した。だが、同じ考えに立てるのならあとは行動するだけだ。
「行くわよ、リオナ」
 そして心に仮面をかぶせて、今日も一日を始める。






 碇シンジの誕生会は、飯山ミライのイベントが終わった後、午後五時から始まった。
 もちろんランクA適格者、およびガードたちは全員が集合。みんなで本部エース・碇シンジの誕生日を祝っていた。
 まあ、リオナも今日が誕生パーティなので、二人まとめてのパーティとなったが、シンジとしては一人だけ祝われるよりも誰かが一緒にいてくれた方がありがたかった。それも面倒見のいいリオナならば文句のあるはずもない。
 リオナはリオナで、いつも通りに笑顔と愛嬌を振りまいている。
「それじゃあ、まずは主賓の二人からの挨拶で始めたいと思います!」
 こういうときに仕切るのは当然桜井コモモ。
「ではまず、先に一つ年をとった、最古参適格者のリオナさんから一言お願いします!」
「桜井さん? その言い回しはちょっと後でお説教よ?」
 普段が落ち着いているので(ときどきドジなところを見せるが)年上のように見えるリオナだが、シンジやコモモたちと同い年だ。むしろコウキやヤヨイの方が年上となる。
「えーと、まずは誕生会、ありがとうございます。でも、今回の主役は碇くんなのは分かってるので簡単にいきますね」
「いや、そこは男より女の方が大事だろ」
「カスミ、茶々入れない」
 カスミをたしなめるのはマリィ。すっかりと仲がよくなっている。
「あまりこういう機会もないので、せっかくだから宣言をしておきたいと思います」
 宣言。その言葉に違和感があった。
「この中で一番適格者として長いのは、綾波さんを除けば舘風さんですよね。私はその次くらいに古い適格者です。ランクBに上がってから一年半たちました。もう、私はランクAに上がるのは無理だと自分でも分かってます」
 過去、ランクBからランクAに上がるのに、一年以上かかった例はない。つまり、シンクロ率というのは、上がりやすい人間と上がりにくい人間に分かれるということになる。一年以上経ってもシンクロ率二〇%に到達しないということは、それは才能がないと判断されたのと同じだ。
「でも、こうして今は私にもやることができました。ガードとしてランクAの舘風さんを守り、碇くんを守り、他のみんなを守る。それが今の私にできることです」
 誰も、何も言わない。
 リオナがこの場を借りて、重大な決意を伝えようとしていることが誰もが分かっていた。
「私は世界を守りたかった。だからすぐに適格者に立候補した。世界を守るという目的は果たせなかったかもしれないけど、でも私でも役に立てることがあった。世界を守る人を、守る。腕力ばかり強い私にはうってつけの任務だと思う。だから、私は」
 一度、息をのむ。
「ランクAの、みんなの盾になる。ガードのみんなはその気持ちがあってなっているのだと思う。でも、私はまだ甘かった。命をかけるというのは、文字通り、自分が死んでもパイロットを守るということだと知った。だから、私は命をかけてみんなを守る。それが私の、十四歳の決意表明、宣言です」
 そして、にっこりと笑う。
「同じ命をかけてるみんなには伝えておきたかったの。ごめんね、せっかくの誕生会、暗い雰囲気にしちゃって」
「いや、そんなことはない」
 リーダー格のジンがそれを受けて答える。
「同じガードとして、リオナのその意識を嬉しく思う。俺たちガードではエヴァンゲリオンは動かせないからな。でも、俺たちにだって俺たちにしかできないことがある」
「うん。だから私、今の自分の任務に全力をつくす。以上でした。それじゃ、本命の碇くん、お願い」
「え」
 突然話をふられてシンジは戸惑う。だが、これだけお膳立てされては自分も何も言わないわけにはいかない。それに、自分はもうとっくに決めている。
「僕は、清田さんみたいに、自分の意思で適格者になったわけじゃない」
 最初にシンジは前置きした。
 同期のメンバーはそのことを知っている。もともと適格者など興味のない少年、それが世界を守ることになるということで集められたメンバーなのだから当然ともいえる。
 だが、それ以外のメンバーにとってはあまり愉快な話というわけではない。とくにランクA適格者はそれぞれ自分が守りたいものをもって適格者となったからだ。
「どうして自分がこんなことをしなきゃいけないのかって思ったこともあった。ただでさえ父さんの七光りって言われて、イジメっぽいこともあって、周りの人を傷つけて、死なせて、僕にいったい何の価値があるのかって、本当に分からなかった」
 本部のエースパイロットである碇シンジの言葉は、ここにいる適格者たちにとっては良くも悪くも聞き逃すことのできない内容だ。
「でも、みんなが僕を支えてくれた。こんな僕でも友達ができるんだって思った。辛いときに助けてくれた。優しい言葉をくれた。一緒に戦ってくれた。鍛えてくれた。守ってくれた」
 だからこそ。
「僕は、みんなを守るために戦う。僕の大切な友達を守るために戦う。だから、みんなも──」
 何と言っていいか分からなかった。ただ、素直な気持ちを伝えるなら。
「一緒に、戦ってほしい」
 最初に握りこぶしをあげたのはエンだ。それからみんなも同じように拳をあげる。
「まかしとき!」トウジが最初に口を開いた。
「ま、友達だからな」ケンスケがいつもの笑顔で言う。
「全力をつくすわ」リオナが隣で笑う。
「……それがあなたの選択なら」ヤヨイが意味ありげに言う。
「やろうぜ、シンジ!」コモモが元気よく言う。
「どんなことがあっても守るよ」エンが優しく言う。
「俺のやれる限りのことはするさ」カスミも笑顔だ。
「一緒にがんばりましょう!」サナエが上気している。
「私も全力をつくしますわ」ヨシノが微笑む。
「がんばろうね☆」レミが歌うように言う。
「みんな、気持ちは同じだよ」タクヤが落ち着いた笑顔で言う。
「私も、アイズの分まで戦おう」マリィは真剣な表情で。
「ま、戦場では俺が守ってやるよ」コウキがニヒルに言う。
「……まかせろ」ダイチは静かに言う。
「私もしっかりとみんなを守ります!」マイが声を上げる。
「全力をつくす。がんばろう」ジンが威厳のある声で言う。
「……守る者を見つけた人間は強い。その意気だ」カズマは目をそらして言う。
 そして、最後に。
 静かな少女が、笑顔を見せた。
「碇くん」
 めったに笑顔を見せない、綾波レイの笑顔。
「私も、がんばる」
「うん。みんな、ありがとう」
 その、シンジの感謝の言葉の後で、コモモが声を張り上げた。
「シンジ、リオナさん、誕生日おめでとう!」

『かんぱーいっ!』

 全員が唱和した。
 それからにぎやかなパーティが始まった。食事をして、会話をして、サプライズイベントでエンのバイオリンに、コモモとマイによるダブルボーカルでの歌。コモモは『ミライさんに比べたら全然へたっぴだけど」と断りを入れたが、全然上手だった。そのお返しにシンジからチェロ。そしてそれが終わるといよいよプレゼント贈呈式だった。
 毎年シンジは同期メンバーからいろいろともらっているのだが、今年はそれが二倍強。大量のプレゼントだ。思えばレイのときに始まり、先月はヨシノ、カズマ、コモモの三人。今月は自分とリオナ。次はいつになるのか分からないが、月に一度のペースでこうしてみんなで。
(みんなで)
 だが、それはどうなるか分からない。もし使徒がやってきたならば、いつ誰が死ぬかも分からない。次の月にここにいる全員が生き残っている保証などないのだ。
「何を考えている、碇」
 会話の途切れたシンジのところに声をかけにきたのはカズマだった。
「いや、来月もこうしてみんなでいられたらいいな、って思ってた」
「そうだな」
 カズマは真剣な表情だった。今の一言でシンジが何を言いたかったのか、察しがついたのだろう。
「碇。お前に言っておかなければならないことがある」
 カズマの言葉に、シンジも緊張して身構える。
「もし使徒がやってきたら、最初に俺が出撃する」
「え」
 それは意外な言葉だった。自分が最初に出撃するものだと思っていたのだが。
「使徒がいったいどういう奴なのか、全く想像がつかない。記録に残っているような人型だったとして、まったく同じ奴かどうかも分からない。まずは最初にぶつかって、相手の力を確認する役目の人間が必要だ。そしてお前は本部最高のシンクロ率を持つエースパイロット。お前はとどめを刺す役目だ。これは、他の誰も変わってやることができない。責任は重いぞ」
「う、うん」
「同時に、最初に使徒と戦う奴は相手の能力を全部見なければならない。実際に戦ってみなければ分からないことも多いだろう。そして、その役割はできるだけ強く、エヴァの操縦に慣れ、万が一のためにA.T.フィールドの扱いが上手な人間でなければならない。言っている意味は分かるな?」
 つまり、カズマが先鋒としてもっともふさわしいということを言っているのだ。
「もちろん、俺が倒せる相手ならそのまま倒すつもりだけどな。俺の役割は、十分という時間をたっぷり使って相手の能力を丸裸にすることだ。もちろん一人で出撃したら狙い撃ちにされる可能性もあるから、誰かもう一人か二人、一緒に出撃して牽制する役割の人間が必要になる」
「うん」
「だからお前はスタンバイしているところで俺の戦いをじっくりと見ていろ。できる限りのことはする。後はお前に任せる」
「朱童くん」
「考え違いをするなよ。お前はさっき、一緒に戦ってほしいと言ったな。それなら一番ベストの配置をするべきだと言っているんだ。この件については既に葛城さんも承認している。作戦部も同じ考えだ」
「でも」
「お前がいきなりやられたら、使徒を倒す人間がいなくなる。分かるな?」
 シンジは少し悩んでから、小さく頷く。
「大丈夫だ」
 カズマは、近づくと、その腕でシンジの肩を抱く。
「俺に任せろ」
 思えば。
 カズマはずっと自分のことを考えてくれていた。同期メンバーと違って、自分を守るために呼ばれた人間というわけではない。それなのに、自分のためにいつもいろいろと気を使ってくれている。
「朱童くんは、どうして僕のためにそんなにしてくれるの?」
「そう思うか?」
「うん」
「そうか」
 カズマは少し考えるようにしてから言った。
「俺は、守ることができなかった。どんなに後悔してもしきれない。お前に対して、守るものがあるのか、と聞いたことがあったな。俺は守れなかったんだ。だから俺はお前を守ると決めた。俺は、守ることを自分の使命とする人間なんだと思う」
「その守りたかった人のかわりに?」
「気を悪くしたらすまない。ただ、お前は、お前の姿はどうしても──」
 カズマは言葉を止めた。
「どうしても?」
「似てるんだよ」
「誰に?」
「守れなかった、あの頃の自分にだ」
 ふう、とカズマはため息をついた。
「それが理由でいいか」
「え、あ、うん」
「つまらない話だったな。忘れてくれ」
 そう言ってカズマはシンジから離れていった。
 呆然と見送っていたシンジに、今度は女の子たちの声がかかる。
「シンジくんは男の子にも女の子にもモテモテだね☆」
 レミとヤヨイ、リオナ、それからコモモだった。
「まあ、シンジはいい奴だからな。シンジを嫌う奴はそういないだろう」
「コモちゃんはシンジくんラブだからね☆」
「誤解を招くようなこと言うな」
 ぺし、とコモモがレミの額をたたく。
「……三角関係?」
「またそういうことばかり言わないでください」
 ヤヨイと話をするのはためになることも多いが、基本的に疲れることの方が多い。
「それにしても、ミライさんの歌を聞く限りだと、ミライさんもシンジくんのことが大好きなんじゃないかしら」
 リオナがそ知らぬ顔で言う。
「それは思う」
「同感☆」
「アイドルを手篭めにする男……」
 さすがにそこまでうぬぼれるようなシンジではない。まさか、と笑う。
「お、そろそろ七時か」
 コモモが時計を見て言う。一応パーティは七時までの予定だった。
「これだけ料理食べてると、晩御飯なんていらないよね」
「もともとそのつもりだったけど」
 と、さらに女の子たちが話題に花を咲かせようとした。
 そのときだった。



【EMERGENCY! EMERGENCY!】



 全員の顔から、笑顔が消えた。



【ランクA適格者は至急、発令所へ集合してください!】



 そして、次の瞬間には、何が起こったのか誰もがわかっていた。






 ──使徒、襲来。






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