二〇一五年六月六日(土)。

 人類が、決して待ち望んでなどいなかった『破滅の日』がついに訪れた。
 その日、第三新東京市郊外で、突然強大なエネルギーを探知。
 直後、周囲一キロに渡る爆発を起こす。
 後日の発表によると、市外で起こった爆発のため、被害規模は『きわめて軽微』なもので、死者一〇九四人、重軽傷者あわせて三万人を超えるものだった。
 戦略自衛隊はただちに現場へと急行。
 そこにいたのは。

 黒くそびえ立つ、人型。

『使徒』

 それこそが、終わりの始まり。
 見よ、地に天使が舞いおりた。かの天使の名はサキエル。











第佰陸拾漆話



阿鼻叫喚のアッファナート












 日本時間十九時〇〇分。発令所が一度、完全な沈黙を帯びた。
「第三新東京市郊外に、巨大なエネルギー源を感知!」
 オペレーターの日向マコトが声を張り上げる。
 誰もが緊張した。突然のエネルギー体発生。予想されていたことだ。もしも現れるとしたら、どういう形になるのか、などということは。
 ただちにMAGIの分析が入る。直後、爆発。
「エネルギー源を中心に、半径およそ一キロメートル圏内で巨大な爆発!」
「分析結果、出ます!」
 そして、発令所の巨大モニターに映像が出る。
 巨大な人型。
 細く、黒い足。
 いかつい白い肩。
 頭部はなく、胸の部分に目のようなものが埋め込まれている。
 そして両腕が鋭い十字架のような槍になっている。
「パターン青」
 使徒の放つエネルギーの波形を読み取り、それがいったい『何者』であるかを読み取る。
 その波形が『青色』を示す。
 それこそが、

「使徒です!」

 それから。
 発令所が。

 三秒間の、完全な沈黙を帯びた。

 最初に再起動したのは、葛城ミサト。
「緊急迎撃体制! ランクAパイロットを至急発令所に呼び出して!」
「了解!」
「戦略自衛隊、国際連合、日本政府に使徒襲来を通達!」
「分かりました!」
「エヴァンゲリオン各機、発進準備!」
「了解!」
「緊急避難警報発令して! 民間人を所定のシェルターへ誘導!」
「はい!」
 マニュアル通りの指示だが、それを迷いなく行うミサトの姿にリツコが感心する。やはり訓練を受けている『兵士』は戦場での動きが違う。
「リツコ、各ネルフ支部に伝達。使徒襲来、本部第三新東京市に直接攻撃を仕掛けてきた、と」
「分かったわ」
 が、そのリツコの動きが止まる。
「ミサト」
 リツコの表情にただならぬものを感じたのか、ミサトが近づいてリツコのモニタを見る。その目が見開かれた。
「ちょっ……なんで」
「現実に起こっていることを悲嘆しても仕方がないわ。今は私たちにできることをしましょう」
「目の前の使徒を倒すってことね」
「そうよ。ネルフはそのためにあるのだから」
 逆に覚悟が決まった。ミサトの顔に決意がみなぎる。
「いいわ。そういうことならやってやろうじゃないの。戦略自衛隊に伝達! エヴァンゲリオンが発進する前に攻撃を仕掛けさせて! 敵の戦力を見極めるわ。市街地に近づけちゃ駄目よ。とっととN2でも何でもぶっぱなして!」
 幾分過激なことを言っているものの、ミサトの判断はきわめて正しいものだった。現状、半径一キロのエリアが完全に荒野と化しているのだ。その場所で戦闘を開始した方が被害は少なくなる。
「市街地だと、三極プラグの準備が間に合わないわよ」
「エネルギー車をありったけ出動させるわ。これ以上の犠牲者を出してたまるもんですか!」
 少なくとも近づく前に攻撃を仕掛けて、民間人の逃げる時間だけでも稼がなければならない。
「パイロット、到着しました!」
 誕生会を開いていた適格者たちが全員まとめて発令所に到着する。
「来たわね、みんな」
「葛城さん」
 代表してジンが尋ねる。
「使徒ですね」
「そうよ。あそこに映っているわ」
 巨大モニターを指す。それを見た適格者たちがおのおのうめく。
「妙な形をしているんだな、使徒は」
 ダイチが冷静に分析する。そう、きわめて禍々しいなどということはない。かといって神々しいものを感じるわけでもない。
 ただ、そこにそうして存在する。ただそれだけのこと。
「みんな。今まで長い間訓練してきた成果を出すときが来たわ」
 ミサトがパイロットたちを見て言う。
「人類の未来はあなたたちにかかっている。頼むわよ」
『はいっ!』
 全員が唱和する。この時点で誰も決意など揺らいでいない。
「今、戦略自衛隊から使徒へ攻撃をかけるわ。それを見てからこちらも出方を決める」
「被害が出てからでいいのか?」
 カズマが尋ねる。だがミサトはあっさりと「ええ」と答えた。
「軍隊にはかわりはいるけど、あなたたちにかわりはいない。使徒を倒せるのはエヴァンゲリオンだけよ。あなたたちを特攻させて一人でも失ったら、取り返しがつかないわ」
 それが役割というもの。それこそカズマが先に出て、シンジのために少しでも情報を稼ごうとしたことと一致する。了解した、とカズマは答えた。
「決戦は第三新東京郊外。パイロットは全員搭乗。先に出撃するのは──」
 全員の表情を見る。だれも臆している人間はいない。よくここまで成長したものだ。
「朱童カズマ、野坂コウキ、赤井サナエ。以上三名。第二陣に綾波レイ、マリィ・ビンセンス、鈴原トウジ。以上三名。そして第三陣が碇シンジ、榎木タクヤ、舘風レミ。以上三名。神楽ヤヨイは遊撃として別命あるまで待機。以上、質問は」
「作戦はどうする」
「相手が何をしてくるか分からない以上、まだ立てようもないわ。まずは戦略自衛隊の攻撃を見て、それから判断する。パイロットにはプラグ内で説明するわ。それじゃあ、急いで!」
 全員がいっせいに駆け出す。そのシンジに向かって、エンが言った。
「シンジくん、気をつけて」
「ありがとう、エンくん」
 頷くと、シンジもケイジへと駆け出していく。
(さて、いよいよね)
 ミサトは改めて映像を見つめる。
「緊張している?」
 リツコから話しかけられる。
「当然でしょ。間違いなんて許されないもの」
「そうね。でも大丈夫よ。彼らを信じなさい」
 適格者。世界の命運を握る子供たち。
「分かってるわ」
 ミサトはディスプレイから目を離さずに答えた。






 自衛隊の攻撃が始まる。
 自走砲の砲撃に、戦闘機からの爆撃。だがそれらは使徒のA.T.フィールドによって事もなく跳ね返される。
 逆に、使徒の手から生み出される光が戦闘機を破壊していく。さらには使徒の胸部についた『目』が輝くと、その視線の先にいたものが爆発する。
「どう思う、カズマ」
 コウキから通信が入ってくる。
「どうも何もない。化け物だ」
「いや、そうじゃなくてな。どうやって戦うかってことだ」
「それを考えるのは俺じゃない」
 兵士は上の言うことに忠実に戦うものだ。
「でも、本当にあんなのと戦うんですねー」
 サナエが延びた声で言う。
「接近戦は俺がやる。お前たちは後ろからあいつを撹乱してくれ」
「ま、格闘の鬼にそのあたりは任せるが、本当に一人で大丈夫か?」
「もしお前たちが倒れても、俺にお前たちを助ける余裕はない。俺たちに課せられた任務は敵の能力を丸裸にすることだ。今俺たちが見ている使徒の攻撃は、使徒の能力のほんの一部だと考えておけ」
 と、そこに連絡が入る。
『MAGIの分析結果、出たわ』
「早いな。それで?」
『使徒の目が輝いた瞬間、爆発ポイントはもう決まっているみたいね。言ってしまえば輝いた瞬間にその場を飛び退けば大丈夫ということ』
「A.T.フィールドで防ぐことは?」
『それは何とも。A.T.フィールドの向こう側が見えるということは、A.T.フィールドでも光は通るということ。それを考えるとあまり使いたくない手ね』
 回避中心の戦いになるということか。
「手から伸びる光は?」
『光のパイルね。先の方になればなるほどエネルギーが弱まっているのが確認できたわ。遠ければA.T.フィールドで弾くことが十分可能。でも、接近戦でそれができるかとなると』
「A.T.フィールドの構成力次第ということだな。了解した。敵の弱点は?」
『おそらくは、腹部に見える赤い球体。あれを『コア』と呼ぶことにするわ。コアを破壊することができれば、使徒が自らを構成することができなくなるはずよ』
「了解した。そういうことなら話は早い」
 接近して、相手のA.T.フィールドを浸食し、コアにプログナイフを突き刺す。これで終了。
「俺が試しに行動してみる。野坂と赤井は使徒の注意を引いてくれ。細かく動いて狙いを定められないようにしろ」
「OK」
「わかりました」
「接近戦でA.T.フィールドを使いながら相手と戦えるか、俺が実戦で試してみる。葛城一尉。俺の戦闘結果をみて、改めて作戦を立ててくれ」
『ありがと。あなたがいないと作戦の立てようもないもの。死なないでね』
「ああ。俺の死ぬ場所はまだこんなところじゃない」
 まったくもって、カズマはまだまだ死ぬつもりなどなかった。この先、使徒との戦いは十五回にわたるのだ。その最初の一回であっさり死んでたまるものか。
『それじゃあ、準備はいいわね』
「ああ」
「任せな」
「がんばります」
 三人の答を聞いて、ミサトが号令をかけた。
『エヴァンゲリオン、発進!』
 三体のエヴァが、地下ケーブルの中を高速移動していく。そして第三新東京郊外に直通で到着する。まだ使徒との距離は十分にある。使徒が破壊したエリアの外側だ。
『エヴァンゲリオン、起動!』
 三体はただちにエヴァンゲリオンを起動すると、すぐ近くにあった三極プラグを差し込む。この辺りは何度も訓練でやってきたこと、今さら手間取るようなところではない。
「二人は使徒背後へ回れ! 俺が正面に立つ!」
 カズマが指示を出す。了解、と二人が応じて動き出す。
 同時に攻撃を続けていた自衛隊が引き上げていく。戦闘が自衛隊からネルフに切り替わったのだ。
「距離をとれ! こちらから仕掛けるな!」
 カズマから指示が飛ぶ。コウキもサナエも操縦技術は育ってきているものの、まだ戦闘に出すには不安が残る状態だ。ここは自分が二人を導くところだ。
「来い、使徒!」
 カズマが荒野の中に踏みこむ。直後、使徒の右手が自分に向けられた。
「A.T.フィールド全開!」
 敵の能力を見るのにはこれが一番。相手の力を確かめるためにも、まずは一撃を受け止めようとした。
 光の筋が伸びる。まっすぐに、自分の命を奪おうと。
 A.T.フィールドと激突し、フィールドが歪む。
「くっ」
 そのままでも破られなかったとは思う。だが、ただちにA.T.フィールドの浸食が始まる可能性もあった。まずは威力を確かめただけでも十分だった。
「葛城さん、分析は」
『随時進めてるわ。すくなくとも今の攻撃でのフィールド浸食は感知できなかったわ』
「となると、単純に攻撃をしただけ」
『かもしれないし、次からは浸食もするかもしれない』
「油断はできないということだな」
 もちろん、一度や二度の攻撃で相手の全部がわかるだなどとは思っていない。そして自分の力で倒そうなどということも思っていない。
 できる限り相手の攻撃を誘発し、そして一度相手に攻撃をして、どれだけの防御力があるのかを確かめる。
 そのためにも前半戦は無理ができない。近づいてもいいぎりぎりの距離を確かめなければならない。
「野坂、赤井、頼む」
『了解』
『はいっ!』
 二つの声が返ってくる。同時に、使徒のはるか後方から使徒めがけてコウキの乗る伍号機がパレットライフルで、サナエの乗る玖号機がハンドガンで使徒を撃つ。
 が、使徒はびくともしない。直前で全てA.T.フィールドにはじかれてしまう。
(やはり直接戦闘か)
 二体のエヴァが気を引いている隙に漆号機が近づく。肩口のウェポンラックからプログナイフを取り出して構える。
 後ろから銃、前からナイフ。
「さあ、どうやって戦う、使徒!」
 間断なく続く砲撃を背に、使徒が身動きをせずに漆号機の接近を待つ。もちろんカズマも決して焦らない。じっくりと、じわじわと相手に近づく。
(残り、八分)
 ちらりとタイマーを見る。まだ十分に時間はある。
「こい、使徒!」
 カズマが吼える。それに導かれたというわけでもないのだろうが、使徒の目が輝く。瞬時にカズマは横に跳んだ。すぐに元いた場所が爆発する。
(今のが爆発のタイミングか)
 爆風が襲ってくるが、そんなものはたいした問題ではない。だが、あの爆発をまともに受けては、死ぬことはなくても戦闘不能には追い込まれるだろう。
(見ていたな、碇)
 自分がかわしたタイミング。目が輝いてからでも十分に回避は可能。
「行くぞ、使徒!」
 今度はカズマから前に出た。距離を詰めて、一気に攻撃に入る。
(まずは相手のA.T.フィールドを確かめる)
 敵が攻撃してくることを予測の範囲に入れて、敵に最接近する。
 だが、使徒の前に現れた金色のカーテンがその進入を防ぐ。
「A.T.フィールド全開!」
 相手のフィールドに浸食を開始。急がなければ当然フィールドパターンをずらされてしまう。ここはスピード勝負。
 そしてA.T.フィールドが展開されている間は敵も攻撃を仕掛けられないということだ。今は安心して攻撃ができる。
 と思った矢先に、使徒の目が光った。
(まずい!)
 咄嗟に横に跳んで地面を転がる。直後に爆発。
「くっ、しまった」
 体勢を立て直そうとするが、それより先に使徒の手がこちらに向いている。
(まずい)
 回避は不可能。なら、防ぐより他はない。
「A.T.フィールド全開!」
 だが、もちこたえられるだろうか。先ほどの攻撃ですら、一撃の衝撃はすさまじいものだった。それが至近距離。
 ハンマーで殴られたかのような衝撃が走る。だが、それでもA.T.フィールドのおかげで装甲にまでは届いていない。フィールドの上からこの衝撃ならば、フィールドがなければどうなっていたのか。間違いなく自分は貫かれていたに違いない。
 だが、その光は一撃で終わらなかった。二撃目、三撃目がさらに漆号機を襲う。
「ぐぐうっ!」
 防いでいるのに、一撃ごとに疲労度が激増している。このままではA.T.フィールドを力づくで破られてしまう。
「何やってんだ、カズマ!」
 コウキがパレットライフルで使徒を背後から攻撃。A.T.フィールドが解かれていたのか、使徒がぐらつく。
「カズマさん、今のうちに!」
 そこに、サナエの玖号機が突進してきた。
「馬鹿野郎! 下がれ!」
 自分だから、使徒の攻撃を防いでいるのだ。これがコウキやサナエならどうなるか。
「私だって、適格者です!」
 使徒が背後から迫る玖号機に向かって左手を伸ばす。
「A.T.フィールド……ぜんかいいいいいいぃぃぃぃっ!」

 光のパイルが、玖号機のA.T.フィールドに触れる。
 浸食も何もない。
 ただ、力で。

 その壁を、貫いた。

「え」

 そのまま、パイルは。



 玖号機の左肩を、貫いていた。






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