痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ。

 肩が、焼けるように熱い。
 熱くて、痛い。
 痛くて、苦しくて。

 涙が出た。
 同時に。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫。
 それは最初の慟哭。そして悲劇の幕開け。











第佰陸拾捌話



一気呵成のフィエラメンテ












 オレンジ色の玖号機が倒れる。振動と土煙が舞う。右手で左肩を押さえたまま、玖号機が悶えている。
『玖号機シンクロ率低下! 十七%です!』
『レイ、マリィ、鈴原くん、第二陣出るわよ!』
「はい」
「Yes, Sir」
「了解や!」
『レイとマリィは朱童くんの援護、鈴原くんは玖号機を回収して! 玖号機の安全を確認次第シンクロカット!』
 第一陣の残り時間はまだ六分以上。
『朱童くん!』
「わかっている」
 玖号機の身を挺した行動のおかげで、漆号機はすでに立ち上がっている。
「同じミスは二度としない」
 だが、そこで冷静さを失ってはいない様子だった。その様子を確認してミサトは安心してうなずく。
『任せるわ。あと六分、使徒の弱点を少しでも暴いて』
「了解した」
 今のは油断だっただろうか。確かに油断といえば油断なのだろう。相手のA.T.フィールドがどれほどのものかを調べようとした。だがそれは、自分が攻撃を受けることがないという勝手な判断が先にあった。
(使徒は賢い。こちらの裏をかいて攻撃をしてくる)
 ならばこちらはそれ以上に賢くならなければいけない。
「この借りは十倍にして返すぞ、使徒!」
 カズマは手にしたナイフを構える。だがいきなり飛びかかったりはしない。まだ戦う体制ができていない。
 使徒も玖号機にとどめをさそうとはしなかった。もしそのような行動に出れば、後ろを漆号機、伍号機から狙われるというのをわかっているのだろう。
 だが、使徒は一つだけわかっていないことがある。この場合、時間が経過すればするほど、使徒が不利になっていくということが。
「零号機、いきます」
「拾壱号機、いくわよ!」
 二体のエヴァがさらに左右を挟み込むように配置。それを見てからカズマが突撃をかけた。
「援護を頼む!」
 三体から同時に使徒に向かって射撃。使徒はそれを飛び上がって回避する。そして目が輝く。
「回避!」
 カズマの指示で三体のエヴァが回避行動をとる。そしてカズマは飛び上がった使徒にナイフを両手で持ったまま、
「くらえ!」
 使徒と激突する。攻撃直後でA.T.フィールドは張られていない。確実にカズマのナイフは使徒の肉体を傷つけた。
「こっちはOKや!」
 その間にトウジの参号機が玖号機を戦闘圏外へ連れ出す。ただちにシンクロがカットされ、玖号機から力が抜ける。
「野坂! よけろ!」
 少し離れた瞬間に、使徒は伍号機を射程に入れていた。やべえ、とコウキは回避行動が間に合わないことを悟る。
「A.T.フィールド!」
 スイッチを押しながら展開する。すると、爆発はそのA.T.フィールドの位置で起こり、爆発の衝撃で伍号機が吹き飛ばされる。
「今のは──葛城一尉!」
『確認したわ! 使徒の攻撃はA.T.フィールドの反対側に攻撃ができない!』
 かなり情報がそろってきた。もちろん、伍号機に玖号機、かなりの被害は出ている。だが、伍号機は戦闘不能になっているわけではないし、玖号機だとて完全に破壊されたわけでもない。
「あと五分。作戦は立つか?」
『任せて。三分でシンジくんたちを出撃させるわ!』
「なら、俺のしておくことは戦力を少しでも削いでおくことだな」
 カズマが使徒に向かい合う。






「さあて、作戦部の本領発揮よ! 地図を出して!」
 モニタの一部が地図に変わる。その中央に赤い点=使徒が示される。
「使徒の攻撃間隔は?」
「使徒の目が光ってから爆発が生じるまでコンマ五秒です。光った瞬間に飛ばないと回避は間に合いません。一撃目を放ってから二撃目までの間隔、最短で八秒。光のパイルは三秒」
「それよりも早い可能性は?」
「断定はできません」
「エヴァの確認方法は『視力』で間違いなさそう?」
「爆発は視線の方向で起こっているのは間違いありません」
「最大の攻撃と同時に、弱点のコアも正面。難しい戦いになるわね」
 正面から攻撃しなければコアに傷をつけることはできない。だが、正面から攻撃をすると爆発の攻撃が待っている。左右から近づくものには手から生み出される光のパイル。となると後方が当然使徒の攻撃範囲から離れる。
 この状況で導き出される最適解は?
「光のパイルを零号機、拾壱号機で牽制。正面と後背から肆号機と陸号機がシールドを持ってA.T.フィールド全開で接近。陸号機の後ろから捌号機が飛び出して使徒のA.T.フィールドを消滅させ、肆号機影から初号機が飛び出してコアに攻撃をかける。MAGIに計算させて。成功確率は?」
 ミサトの言葉に応じてエヴァの配置情報が地図に現れていく。もちろん、その情報はリアルタイムで適格者たちに届く。
「待ってください──出ました、成功確率二九%!」
「三割弱か。失敗原因の上位予測は?」
「捌号機の撃退確率が最も高くて三八%、続いて使徒の不確定攻撃によるものが二三%です」
「MAGIにシミュレートさせて。捌号機が確実に使徒に接近できる方法を!」
「二十秒ください!」
「巨大シールドを肆号機と陸号機に準備させておいて! 成功確率を五割以上にして勝負をかけるわよ!」
「了解!」
「自衛隊に連絡! 自走砲、無人機で攪乱してもらうわ。使徒が視力で相手を識別しているのなら、少しでも手ごまが多い方がいいわ!」
「打診します!」
「エヴァ全機の最適配置、出ます!」
 そして地図上に全機の配置と進行ルートが現れる。正面に肆号機と捌号機、後背に陸号機、使徒右手側に拾壱号機と無人機、左手側に零号機と初号機。拾壱号機と自衛隊各機が遠距離攻撃を続けて使徒を四五度振り向かせる。そこへ陸を先頭に、零、肆が接近。陸が注意をひきつけているうちに捌が後ろを取ってA.T.フィールド中和。さらに回転する使徒の懐に入って初号機が攻撃。
「捌号機は正面からなの?」
「最初に使徒を振り向かせるところから攻撃を開始しますので、結果的に最初に向いている方向が一番安全とのことです」
「成功確率は?」
「四八%!」
「五割弱、か」
 二回に一回。本当にギャンブル要素の強い戦いだ。使徒が何か隠し技を持っていれば終わり。そうでなければ撃退可能。
「参号機を戦いに組み込むと?」
「待ってください──出ました、最初に拾壱号機方面から接近して囮になること。参号機が撃破される確率八八%と同時に、成功確率が六一%まで上がります」
『かまへんで』
 それを聞いていたトウジが答える。
「ばっ、何言ってんだよトウジ!」
 ガードのケンスケが大声で反対する。
「撃破されるってことは、死ぬかもしれないってことなんだぞ!? それでいいのかよ!」
『いいわけあらへん。でもな、正直自分じゃみんなの役に立てる方法なんて、他に考えつかんからのう』
 せいぜいこうして仲間を運んだり、弾除けになるくらいだろう。
『せいぜい、犬死にはせんといてや』
 トウジが親指を立てる。ミサトは「大丈夫よ」と話す。
「撃破確率は高いけど、使徒の攻撃から考えて、パイロットの生死にかかわることはないと思うわ。確率は?」
「参号機完全撃破時の生存確率九八%です。少なくとも今の攻撃からは」
『ならなんも問題あらへん。頼むで、みんな』






 シンジは納得がいかなかった。最後は自分がみんなの盾になる。それくらいの意気込みがあった。それなのに、結果はどうだ。自分は一番安全なところで、自分にしかできない安全な仕事をさせられている。自分が一番危険でありたいのに、自分の能力と立場がそれを許さない。
「勘違いするなよ、碇」
 戦闘中のカズマから通信が入る。
「お前は、お前にしかできないことをする。鈴原には鈴原にしかできないことをする。だいたい、危険があるのは鈴原だけじゃない。お前だって同じだ」
「分かってる」
 これはチーム戦なのだ。それぞれが役割分担をしっかりと果たしたならば必ず道は開かれる。勝利するためには個人の感情など封印しなければならない。
「碇くん」
 威嚇射撃をしながらカズマの援護をするレイからも通信が入る。
「あなたは使徒に最接近しなければならない。鈴原くんと同じか、それ以上に、危険な立場。それを忘れないで」
「ああ、ありがとう綾波」
 それがただの慰めにすぎないことは分かっている。作戦部はたとえ参号機や肆号機が完全破壊され、パイロットが死亡したとしても、初号機とシンジが死亡するような作戦を立てることはない。それもこれも使徒を倒すのがシンジであるという、まさに役割分担のせいだ。
 だが、みんなが自分に言いたいことは分かる。
「この戦いに命をかけてくれているパイロットや、作戦部、技術部、ネルフ職員のみんな、ガード、適格者のみんな、そして世界のすべての人のために」
 自分は、自分の役目を必ず果たす。
「僕が、とどめを刺す」
「頼むぞ、碇」
「任せるわ、碇くん」
 通信が切れる。そして、シンクロスタート。
「初号機、いきます!」
 初号機と同時に、
「肆号機、レミもいくよっ☆」
「陸号機、出ます!」
「捌号機……ふっ」
 レミ、タクヤ、ヤヨイと次々に出撃する。
 第一陣で出撃したカズマは既に八分が経過。作戦も決まった以上、一度引いて、万が一のときのためにすぐにシンクロをカットしなければならない。だが、そのタイミングが難しい。
 現在漆号機はもっとも使徒に接近している。せっかく攻撃配置が整ったのに、ここで漆号機が引いて、使徒が他のエヴァに襲い掛かったら元も子もない。
「攻撃開始と同時に引く。あとは頼むぞ」
 カズマが言うと、ミサトがうなずく。
『全員、準備はいいわね?』
『了解!』
 唱和した。さあ、いよいよ勝負だ。マヤがカウントをスタートする。
『カウントダウン! 五、四、三、二、一……』
『攻撃、開始!』






 自衛隊機の突撃、さらには拾壱号機からのライフル斉射、そして参号機がその爆炎に紛れて接近する。煙幕で敵の視力は奪っている。トウジはエネルギーセンサーで相手の位置と、攻撃手段を確認する。
 そのセンサーに、明らかなエネルギー反応。
(パイルや!)
 しゃがんでかわす。が、明後日の方向にパイルは突き出ていた。どうやら誰かが接近すると感じ、てきとうに攻撃をしかけたようだ。
「馬鹿が、こっちや!」
 A.T.フィールドを全開にした参号機が使徒に体当たりをかける。それで明らかにぐらついた。
『なんて野蛮なやり方だ』
 離れてシンクロをカットしたカズマが目を疑った。確実に使徒はダメージを受けているようだった。よろめきながら、だが使徒は目を輝かせた。
 参号機が爆発する。
『トウジっ!』
 ケンスケの叫び。大破した参号機が大地に崩れ落ちる。
「いまだ!」
 陸号機が迫る。だが、続けざまに使徒が──今度は正確に狙いを定めて、陸号機を視界に入れる。直後に爆発。それをA.T.フィールドを巨大シールドで受け止める。弾き飛ばされはしなかったものの、完全に足が止まった。
 だがすでに、肆号機と零号機は使徒に接近していた。光のパイルで迎撃しようとする使徒。だが、それを二体のエヴァがA.T.フィールドで何とか防ぐ。
 その隙をついて捌号機が飛び出た。
 使徒の真後ろ。ここでは爆発を起こすことはできない。絶好の中和位置。
「アンチ、A.T.フィールド発動!」
 あっという間に、使徒のA.T.フィールドが中和されていく。完全に消滅したのを見計らって、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 初号機のプログナイフの先が、使徒のコアと激突した。






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