聞こえる。
エヴァンゲリオンに乗ったと同時に、さらに呼び声が強くなった。
『あなたはどうして戦っているの?』
そんなこと、考えたこともない。
ただ、戦うという選択肢があって、自分はただそれを選んだだけ。
父親がネルフにいたから。
自分に適格者の資質があったから。
強い理由などない。ただそれだけ。
『でも、それじゃ、駄目』
エヴァンゲリオンの中から、やさしくささやきかけてくる声。
『理由がないなら、これから作ればいい』
そして。
赤井サナエの意識が、急激に覚醒する。
第三使徒サキエル。最初にして、最後の戦い。
第佰漆拾壱話
電光石火のトリオンファレ
『エヴァンゲリオン、発進!』
ミサトの声で、エヴァンゲリオン各機が戦場に出る。
修復中だった使徒が、それを確認したのかA.T.フィールドを一度下げた。だが、見てわかるとおり、まだ修復は不完全だった。右肩の部分に火傷の跡が残っていて、しっかりと動くかどうかわからない。
だが、使徒はA.T.フィールドの中に閉じこもって修復を続けるより、A.T.フィールドを一度撤去して戦う道を選んだ。そこには二つの意味がある。
一つは、回復が完了するまでに、エヴァンゲリオンがA.T.フィールドをやぶって使徒に致命傷を与えることができるということ。
もう一つは、それくらいなら修復が不完全でも戦い、エヴァンゲリオンを殲滅するという選択肢をとったということだ。
「慎重にいけよ」
カズマから全機に通信が飛ぶ。
「あいつはただのバーサーカーじゃない。知恵と知性がある。考えずに戦ったら、相手の思うつぼだ」
そう。ここにきて信じられるのはミサトの作戦だけ。作戦の通りにやれば勝てるはずなのだ。
「GO!」
カズマの指示で、全機が動き始める。
(A.T.フィールドを出さないな)
前回の初号機との戦いで味をしめたのか、最初からわかりやすくA.T.フィールドをはろうとしてこない。タイミングをはかって、こちらを倒すときに展開しようとしているのか。
(それなら、一気に間合いをつめるか)
カズマの駈る漆号機が、一気に使徒との間合いをつめた。
「A.T.フィールド全開!」
ここは力比べだ。手に持つプログナイフを一気にコアめがけて振り下ろす。刃が刺さる瞬間、強烈な衝撃にその軌道が阻まれる。
(やはりA.T.フィールドを張ってきたな!)
突き出すナイフと、それを握る腕をめがけてA.T.フィールドが展開される。だが、事前にその攻撃を読んでいたカズマはA.T.フィールドを全開にして突撃をしかけた。そのため、フィールド同士のぶつかり合いとなったのだ。
そう。ここは力比べなのだ。
「頼むぞ!」
「OK!」
カズマの声に反応して、マリィの拾弐号機が動く。使徒の後背から迫り、一気に攻撃をしかける。すでに使徒のA.T.フィールドは展開されている。ここから新しいフィールドを開くことは不可能。
「A.T.フィールド全開!」
マリィが拳を振るう。その右拳がA.T.フィールドに接触して激しくスパークを起こす。
「くっ!」
そう簡単に使徒の防壁は破れない。だが、こうして自分も接触することにより、漆号機のカズマが楽になるのなら、いくらでも援護をしなければ。
「こっちも忘れないでよね☆」
レミがライフルで使徒を狙う。一瞬、気がそれた瞬間、カズマはA.T.フィールドをさらに強める。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
強引にA.T.フィールドをこじ開ける。いまだ、と思った瞬間、使徒はA.T.フィールドを消して、上空に飛び上がった。
「しまった!」
A.T.フィールドを破ることばかり考えていて、使徒が逃げるという可能性をまったく排除してしまっていた。
直後に使徒の目が光る。そして巨大な爆発。
「──!?」
爆発した、と思ったが、自分と使徒との間に割り込んできた陸号機がそれをA.T.フィールドで防いでいた。
「大丈夫かい、朱童くん」
「助かった」
「気にしないで。それより、あれを」
ゆっくりと使徒は降下してくる。飛び上がるのは一瞬だが、下りてくるのは時間がかかる。これはそういう仕組みなのだろうか。
次に使徒はこちらに向けて右手を伸ばした。
「散れ!」
カズマの指示で三人が思い思いに飛ぶ。その中心を通りすぎていく光のパイル。
「チャンス!」
攻撃しているときは逆に、こちらからの攻撃チャンスということでもある。距離をとっていたサナエの玖号機から放たれたライフルが使徒のコアに命中し、使徒がひるんで二歩下がる。
「まだだ!」
カズマから静止の声。それで近づこうとしていたマリィだったが、直後に使徒の目が光る。爆発。距離を置いていたおかげでダメージは少なかった。
「Oh、サンキュー、カズマ」
「一筋縄ではいかない相手だ。十分に慎重に」
そうしてカズマがまた先頭に立つ。タイミングをはかって、うまく接近するしかない。
「僕が弾除けになろうか?」
タクヤが尋ねてくる。
「いや、結果としてお前が倒され、逆に相手を倒すことができなかったら無駄になる。あわてなくてもいい。まだ時間はある」
時計を見る。まだ活動開始してから一分程度。
「時間を有効的に使うぞ。シンジ、タイミングをうまくあわせろよ」
「了解」
そのシンジはカズマの後ろでしっかりと集中していた。
『タイミングは一瞬。しっかりとあわせてくださいね』
シオリの声が響く。小さくシンジはうなずく。
(シオリさんは、使徒の弱点とかってわかるの?)
『それこそ、まさか、です。私はいたいけな中学一年生ですから』
もっとも、肉体年齢はさらに二年前で止まっているわけだが。
(でも、みなさんがおっしゃってましたよね。あの『コア』が弱点だって)
シンジが使徒の胸部をじっくりと見つめる。赤く輝くコアが露出している。
そこまで届けば自分たちの勝ち。そうでなければ自分たちが勝つことはできない。
『じゃあ、一つだけヒントを』
(うん)
『使徒だけじゃなくて、全体を見るようにしてください』
(全体?)
『そうです。使徒の動きだけじゃなくて、仲間の動きも。そして一番ベストのポジションから攻め込むんです。大丈夫ですよ、シンジさんならできます。なにしろ、私をここから助けてくれるんですから』
何の根拠もない言葉だが、その方がシンジにとってはありがたい。
(やってみる)
『はい。お任せします』
そうしてシンジは集中力を高めていく。それが明らかにシンクロ率に影響を与えていた。
『先輩! 初号機のシンクロ率、さらに上昇しています! 七三.二二一!』
『ついに、七十%を超えてきたわね』
この土壇場で、使徒との決戦の中でさらに自分を高めることができる少年。まったくたいしたものだ。
(さすがだな、碇)
それを聞いていたカズマも頼もしく感じる。
「さあ、行くぞ、使徒!」
カズマが叫んで突進する。
『攻撃!』
タクヤ、レミ、サナエ、マリィの四人が唱和して、一斉にパレットガンを打ち込む。その攻撃でダメージを受けながらも、使徒は正面からくるカズマに右手を伸ばした。
光のパイルが伸びる。カズマは、
『A.T.フィールド全開!』
今度こそ、その攻撃を受け止めようとした。サナエは力が足りず、一瞬で貫かれた。だが、A.T.フィールドに長けた自分ならば話は違う。
鈍い音がして、パイルがA.T.フィールドに食い込んでくる。だが、それは途中で消滅した。カズマのフィールドが敵の攻撃を防いだのだ。
「甘いぞ、使徒!」
ナイフを振る。使徒はA.T.フィールドを張る暇すら与えられなかった。だが、コアには命中させなかった。伸ばしていた右手でナイフを防ぐ。つまり、自分の右手を犠牲にしてコアを守る。結果、右手は大地に落ちたが、無防備の漆号機に対して絶好の攻撃タイミングを手に入れることになった。
使徒の目が光る。爆発が起こる。だが、漆号機はかわせない。
(しまった!)
だが、その攻撃は直撃しなかった。いち早く動いたのは玖号機。体当たりで使徒のバランスを崩させ、爆発位置を強引にずらす。そして自分が標的にならないうちに離脱する。
「助かった、赤井!」
使徒がA.T.フィールドを張る前に漆号機の拳が使徒の顔をとらえた。その攻撃で使徒が大きく後退する。
「もらった!」
その背後に回っていたのは拾弐号機のマリィ。大きく足で使徒の後頭部のあたりを蹴りつける。
(やはり、そうか)
初戦で参号機が体当たりをかけたのを見て、まさかとは思っていたが。
(距離を空けて戦うより、近接戦闘の方が苦手なんだな)
考えてみれば、光のパイルも爆発による攻撃も、すべて近距離よりも中距離で効果を発揮する攻撃方法だ。だからこそA.T.フィールドを攻撃に転用することで近接戦闘を避けていたのだろう。
だが、知ってしまえばこちらのもの。
「援護を頼む!」
カズマがもはや遠慮することなしに飛び込んでいく。今度こそ、自信をもって攻撃できる。
もはや右手はない。左手の動きに注意して、あとは使徒の目が光らなければ何の問題もない。もはや敵の攻撃手段など限られている。
だとしたら当然──
「朱童くん!」
シンジの声が飛ぶ。だが、カズマもわかっている。
近距離に入った瞬間の、A.T.フィールド展開。
「そんな小細工でやられてたまるか!」
カズマも同時にA.T.フィールドを展開した。A.T.フィールド同士の接触。
「いまだ!」
カズマの声と同時に、シンジが疾る。
漆号機が両手で強引にA.T.フィールドに穴をあける。その場所をめがけて。
「いけえええええええええええええ!!!!!!!」
シンジの初号機が、両手でプログナイフをもって突進した。
A.T.フィールドは展開中。
そして、コアの前に開かれた穴。
もはや、初号機と使徒との間に障壁は、ない。
プログナイフが、今度こそ使徒のコアに突き刺さる。
激しいスパーク。そして、使徒は飛び上がって逃げようとする。
「させないよ」
その使徒に陸号機が組みついた。後ろから羽交い絞めにすることで使徒を逃がさない。正面のプログナイフと挟み込むことでコアに圧力をかける。
「僕たちは、みんなの希望を持って戦っている」
シンジが歯を食いしばって、さらに力をかけた。
「お前たち、使徒には絶対に負けない!」
そして、最後の一突き。
使徒の目から光が消えて、がくり、とうなだれるように力をなくす。
その、コアの奥で、最後に一瞬、何かが光った。
「ひけっ!」
カズマが叫びながら、初号機を抱きかかえて飛び下がる。陸号機も使徒から離れた。
直後。
第三新東京郊外に、光の十字架が生まれた。
それは、使徒消滅のサインでもあった。
『やったの』
ミサトは自分の口から出た言葉だとは思わなかった。
だが、それに応えるように、オペレーターのマヤから報告が入る。
『パターン青、消滅』
つまり。
『やりました。私たち、使徒を倒しました!』
その声に、発令所が大きな歓声を上げた。
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