さて、それではこの日、六月六日の世界各地を見ていくことにしよう。
 世界で同時に現れた使徒。それをこれより、東から順に物語を見ていくものとする。
 ただし、エヴァンゲリオン、およびランクA適格者の存在しないNERVは使徒にかなうはずもない。そのため、ここでは紹介にのみとどめて、詳細は割愛する。
 まず、アメリカには支部が二つあるが、そのうち第二支部は既に消滅していたため、ここに使徒が出現することはなかった。
 次に第八支部ブラジル・サンパウロ。ここには使徒がやってきたようには見えなかった。ただ、突然第八支部のMAGIが暴走を始め、たった一分で自爆した。使徒の仕業と思われる。
 そして第十支部サウジアラビア。ここにやってきたのは白と黒のコントラストで作られた巨大な球体だった。UN軍が攻撃を仕掛けると、突然消えて、大地に巨大な穴を作り出した。NERV第十支部はその穴から虚数空間に放り込まれて消滅した。
 最後に第十一支部南アフリカ。ここには大気圏外から急速落下してきた巨大使徒が自爆テロを行った。本部は消滅したものの、使徒のパターンも完全に消滅しており、エヴァの配備されていない支部が使徒一体と刺し違えた形になった。
 ここまでがエヴァの配備されていないネルフ支部。そして、ここからが使徒とエヴァが戦ったネルフ支部。

 その最初に、オーストラリアを見ていこう。
 AはAustraliaにしてAngel、すなわち使徒。











第佰漆拾参話



復活のA












「今日も寒いねえ」
 一仕事を終えて、いまだに残る瓦礫の山を見ていた錐生ゼロに話しかけてきたのは、すっかりネルフに居ついている真希波マリ・イラストリアスであった。いつもはほとんど姿を見せないくせに、三日に一度くらいは必ず顔を見せる。これで顔を合わせるのは四回目になる。
「冬だからな。寒くて当然だ」
「いやー、北半球から来ると季節が反対で、いきなり寒かったからびっくりしたよ」
「今さら。十日も経てば慣れるだろう」
 六月六日(土)。冬真っ只中の災害救助活動は難航していた。各地で燃料、資源が不足し、津波で道路が寸断されたところはいまだに完全復旧ができずにいる。さまざまな方面での需要が高まるなか、今度は電力供給が間に合わなくなってきていた。
 オーストラリアでは原子力発電をせず、ほとんどが石炭を使った火力発電でまかなっているのだが、シドニーやキャンベラなどに電力を供給するのはここから百キロ以上北にあるハンター・バレーという地区だ。ここに多くの火力発電所を設けて電力を供給してきた。
 だが、今回の震度七の大地震は、オーストラリアでもっとも頑丈な建物であるNERV支部をして被害を出した。ましてや他の施設や建物が無事であるはずがない。唯一の救いは高地であるために津波の被害が出なかったことだけだが、それでも各発電所が相次いで操業停止となったのは大きかった。
 これをうけて、日本からは空輸で電力車を供給したものの、それはエヴァンゲリオンの起動用程度にしかまかなうことができないという状況だった。
「今日は雪降るみたいだよ。いやー、ほんと勘弁してほしいね」
「だいたい、昼間からこんなところにいていいのか。誰かに見つかったらまずいんじゃないのか」
「君に心配してもらえるとはね。でも大丈夫。ようやく昨日、ネルフのパスを手に入れたから。これで私も正式なネルフ職員」
「そんな若い職員がいるか」
「でも適格者ならみんな若いでしょ?」
「オーストラリアの適格者数を知っていて言うのか? たかが三十四人だ。全員の顔と名前が一致している」
「そっか。ドイツや日本とは違うもんね」
 さすがに何百人単位となると覚えられないが、これほどの少数ならばむしろ勝手に頭に入る。
「ところで錐生くんは、今回の地震の原因をどうみてる?」
「なに?」
 突然話を変えられて戸惑う。
「原因もなにも、ニュージーランド方面の造山帯がまた活動を始めたんだろう」
「でも、今回の震源地はプレート境界からは離れてる。ニュージーランドで地震が起こるならともかく、オーストラリア側で地震なんて滅多にないよ」
「一九八九年、ニューカッスル地震で十人以上が死んでるぞ」
「あれは石炭の採掘のしすぎでしょ。地下で採掘した石炭と、その何倍もの水が失われたおかげで断層に影響を与えたのが原因」
「だが、大地震が起こったのは事実だろう」
「ニューカッスルは十二段階もあるメルカリ震度階級の、たかが八段階目だよ。せいぜい建物の一部が崩れたり、家具が倒れたりする程度。だから十三人『しか』死んでない」
「つまり、何が言いたいんだ?」
「よくぞ聞いてくれました」
 にやり、とマリが笑う。
「あれはこれから起こる『事件』の『予兆』ってことだよ」
「事件?」
「うん。決まってるでしょ」
 言って、笑う。真希波マリの言いたいことはよく分かる。
「使徒が出てくる、というのか」
「どうせ今年出てくるのは決まってたことでしょ」
「だが、どうしてここに」
「そんなの簡単。第一使徒が消えたのは、太平洋上。それもオーストラリアに近いところだったよね」
 平気で恐ろしいことを言う。マリは、オーストラリアに使徒が出てくるということを当然のように考えている。
「ネルフを狙ってくるというのか」
「そうだと思うよ。だってエヴァじゃないと使徒を倒せないでしょ。だったらエヴァを破壊すれば使徒はやりたい放題じゃん」
「どうしてそれを先に言わない」
「とっくのとうにオーストラリアの上層部は知ってるよ。私なんかがいちいち言わなくても、私の協力者や、日本の技術者がオーストラリアに何回も警告した。ただ、オーストラリア政府がそれを握りつぶして災害復興に全力を注いでいる。ま、調査したところで使徒が出てくるのを防げるわけじゃないから、やってもやらなくても同じだけど」
 つくづく正論だった。それ以上何も言うことができない。
「さあってと、私は一旦引き上げるけど、ほどほどにしておきなよ。オーストラリアで戦えるのは君だけなんだからさ」
「どこに行く」
「いろいろ。とにかく君の最優先任務は人助けじゃない。使徒を倒すことだよ。別に人類を助けろなんていわない。君を慕ってくれる可愛い二人の女の子と、君のことを今も信じてくれている叔父さんとお姉さん。これを助けようとするだけでいいんじゃないのかな?」
「余計なお世話だ」
 口答えすると、マリは笑って立ち去っていった。
「嫌な女だ」
 悪態をつくことは決して多くない。むしろほとんどない。ただ、あのイラストリアスという女についてだけは例外らしい。
「ゼロさーん!」
 と、入れ替わりにやってきたのは妹分のローラ・ニューフィールド。今日もピンクのワンピースでの登場だった。
「どうした、何かあったか」
「ううん、なんにも」
 相変わらずだった。まあ、ここで問題が起こっても困るのだが。
「今日はもう活動終わり?」
「ああ」
「早いね。まだ昼だよ」
「電力の問題で、エヴァを動かすのもあと一回が限度だ。万が一使徒がすぐにでも現れたら動かないエヴァで迎え撃たなければならない」
「なるほど」
 うんうん、と頷くローラ。
「電力車の予備ってまだあるの?」
「ないわけじゃない。明日には西部から補給をすませた電力車が到着する。今日だけだな」
「そっか。でも、そうしたら午後から暇なんだよね?」
 にこにこと笑うローラ。
「何をたくらんでいる」
「そんなんじゃないよ。たまにはゼロさんと一緒にのんびりするのも悪くないと思って」
 このかしまし娘たちにかかっては、のんびりなどという言葉とは無縁でいられる自信がある。
「その、もう一人のかしまし娘はどうした」
「ひどーい。ゼロさんのために、こんなにおしとやかにしてるのに」
「言葉を覚えてこい。それで、真鶴は?」
 はあ、とローラはため息をつく。
「真鶴ちゃんは具合が悪くなって、医務室」
「またか。最近多いな」
「うん。地震の予知したときくらいから、ずっとだよね」
 ローラの表情が落ち込んでいく。本当に考えていることがそのまま顔に出る娘だ。この二人が仲良しというのはゼロとしても嬉しいことではあるのだが。
「なら見舞いに行くか。ここでやることもないし、戻るぞ、ローラ」
「はい、ゼロさん」
 と、ローラはゼロの手を取って歩き出す。
「つないでもいいでしょ?」
「お子様め」
 だがゼロも別に手を離そうとは思わなかった。






 真鶴は医務室のベッドに体を起こしていた。ゼロが尋ねるともう体調は大丈夫だという。ただ、一つ問題があった。
「何か、悪いことが起きるよ」
「またか。この間の地震や暗殺よりもか」
「多分。今度は、相当」
 地震が発生してからほぼ一月たったというのに、まだ復興の目処すら経っていないこの状況より、いったいどんな悪いことがあるというのか。いや、そんなことは分かりきっていることだったが。
「使徒、だな」
 ゼロが言うと、ローラも真鶴も表情が変わった。
「いよいよ、なんだね」
 ローラは真剣な表情だった。
「ゼロ、大丈夫なの?」
 真鶴は不安そうな顔だった。だが、
「まあ、使徒を倒すために造ったものなのだから、理屈では倒せるのだろう」
 特に不安な様子もなくゼロは答える。
「あっさりしてるのね」
「考えても仕方のないことはするだけ無駄だ」
「あはは、さすがはゼロさん。使徒が相手でもいつも通りだね」
 ローラの笑顔に、思わず首を振る。
「そうでもない」
「え?」
「ゼロさん?」
 ゼロは自分の両手を見る。
「俺が失敗すれば、俺だけではなく、お前たちまで死んでしまう。いつも通りでなど、いられるはずがない」
「ゼロ」
 真鶴がベッドから降りて、ゼロの手を取る。
「ありがとう。でも、ゼロは、ゼロが生き延びることを最優先に考えて。私たちにはかわりはいるけど、ゼロのかわりなんてどこにもいないんだから」
「俺にだって、お前たちのかわりなどいないさ。お前たちが死んでしまうのなら、俺がここで生きている理由はない」
「うわー」
 ローラが顔を真っ赤にした。
「それってプロポーズ? プロポーズなの?」
「馬鹿。ゼロは私たち二人に言ってるのよ。そんなわけないでしょう」
「あ、そっか」
「つまりゼロは、私たちを仲間だと認めてくれたということよね」
 真鶴はにっこりと笑うと、ゼロに抱きついた。
「ありがとう、ゼロ。嬉しい」
「あー、真鶴ちゃんばっかりずるいよー」
 えい、とローラは反対側からゼロに抱きつく。
「まったく、お前たちは……」
 やれやれ、と苦笑する。
 初めてここに来たとき、誰も信じられないと思った。このネルフにいる者たちは全員が敵で、誰にも頼らず、たった一人で生きていくと決めた。
 だが、この妹たちはそんな自分の心を押し開けてくれた。
「お前たちだけは、絶対に守る」
 二人を抱きしめる腕に、力がこもった。






 そして、三人が夕食をとっていた午後七時、支部に緊急警報が鳴った。
「来たか」
 今日はマリの警告に真鶴の予知と、使徒に対して考えることも多かっただけに、逆に冷静でいられた。
 まさに今日こそが、使徒の復活祭。だが、簡単に祭の生贄にされるわけにはいかない。
「行くぞ」
「うん!」
「ええ!」
 二人の妹を連れてゼロは発令所へと向かった。
「フィフスチルドレン、錐生ゼロ、到着しました!」
「ローラ・ニューフィールド到着しました!」
「真鶴・テイラー・天継、到着したわ!」
 三人が発令所に並ぶと、支部責任者が既に待ち構えていた。状況は分かっている。使徒だ。
「使徒はどこに」
「モニターを見なさい」
 発令所のメインモニターに、薄暗い海の映像が流れる。ただの海。
「これは?」
「ボールズ・ピラミッドがあったところよ」
 三人の顔に驚愕の色が浮かぶ。
 ボールズ・ピラミッド。オーストラリア最東の島、ロードハウ島から南に十六キロほどの位置にある岩石島である。高さが五百メートル以上もある天然のピラミッドとして世界自然遺産に登録されていたのだが。
「使徒はあの中から出てきて、現在時速五百キロメートルでネルフのあるニューカッスルへ真っ直ぐに向かってきているわ」
 ゼロは顔をしかめた。
「もしかして使徒は、十五年前にあのボールズ・ピラミッドを寝床として選んだのではないのか」
 思いつきで言ったことだが、責任者は「そうかもしれないわね」と答えた。同じ推測をしていたのだろう。
「時速五百キロということは、一時間もすればここに到着する計算になるな」
「ええ。ゼロくんにはD型装備で戦闘に臨んでもらうわ。水中戦になるかもしれない。いける?」
「やってみなければわからない。もちろん、失敗するつもりはないが」
「OK。洋上戦闘を選択したのは、なんといっても補給の問題。現在、国連軍をニューカッスル沖合に集めてるわ。どの船からでもエヴァの電力供給ができるようにしてある。陸上だと今日はあと一回しか動けないものね」
「どのみち連続戦闘は十五分までだ。その十五分をうまく使いこなせるかどうかで勝敗が決まる。その辺はどうなんだ?」
「ナイフや銃で外側から攻撃しても無駄よ。それなら、内側から破壊するしかないわ」
「どうやって」
「それを説明するために、まずはこれを見て」
 リモコンを操作すると、先ほどの画面が変化し、ボールズ・ピラミッドが破壊される瞬間の映像が流れる。
「ここよ。ボールズ・ピラミッドの中から出てきたこの物体。これこそが、使徒」
「これが使徒?」
 ゼロはまた顔をしかめた。
「魚だな。どう見ても」
「ええ。ただ、このボールズ・ピラミッドを破壊するだけの大きさの魚よ。尋常じゃないわ」
「常識ではかれないから使徒なんだろう。それで?」
「ゼロくんは弐拾壱号機で、使徒と直接戦闘をしてもらうわ」
「直接?」
「そう。そして、使徒の口を大きく開けてほしいの。そこにN2爆弾を搭載した国連軍の小型艇を突っ込ませる。内部からコアごと爆破すれば、A.Tフィールドも何も関係なくなるわ」
 なるほど、とゼロが頷く。
「了解した。なら、すぐに準備を」
「もうほとんど完了しているわ。あとはあなたの準備ができたらすぐ」
「プラグスーツに着替える時間は?」
「高速ヘリを出すから、その中で」
「了解」

 こうして、オーストラリアにおける使徒戦が始まろうとしていた。






次へ

もどる