ネルフという組織の中で、ギリシャ支部はもっとも遅く設立された場所である。
 ネルフは最終的に十二の支部を作るつもりでいたが、九番目以降の支部についてはそれほど場所を重要視してはいなかった。七番目までが設立されていればそれでよく、八番目以降の場所はいわば数合わせのようなものだ。八番目のブラジルまでは最初に設立されたものの、実際にはそれほど重要視されていたわけではない。
 現に、後に設立された支部のうち、ブラジル、サウジアラビア、南アフリカにはいまだにランクA適格者が存在しない。オーストラリアには錐生ゼロが出たものの、ギリシャにしても、もともとアメリカにいたギリシャ人ランクA適格者を移動させただけのことであり、新たにランクA適格者を生み出しているわけではない。
 要するに、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ、オセアニアにそれぞれ新たに一つずつ支部を設立するというプランだけがあり、その際の候補地としてはその場で決められたというのが正しい。
 その中でも最後に設立されたギリシャの方が、実は最初に決定していたというのはネルフ関係者ですら意外に知らされていない。ギリシャは設立してしまえばランクA適格者は既に存在している。それに、設立を後回しにしても近くにドイツやフランス、ロシアといった既に稼動している支部が存在する。後からゆっくり設立しても問題はなかったのだ。
 そうした事情はギリシャ支部のメンバーの方が詳しい。もしかすると本部の設立委員会より詳しいかもしれない。
 Tはtwin。すなわち、双子。











第佰捌拾壱話



騒乱のT












 ぐらり、とエヴァ弐拾肆号機が傾く。
 一瞬、ルーカスは我を見失った。そして怒りの業火にすべてを焼き尽くそうと、理性が吹き飛ぶところだった。
 だが、弐拾肆号機はまだ倒れなかった。殴られたその腕をとると、一本背負いを決めてきた。
「っ……たあ」
 致命傷ではなかった。たちまちルーカスは冷静さを取り戻していく。そして弐拾肆号機に近づく。
「大丈夫か」
「ああ、ごめん、アニキ。ちょっと油断した」
「お前は油断などしていない。敵の攻撃が想像以上だっただけだ」
「時間は?」
「四分二十一秒。まだ半分もある」
 その言葉でエレニもようやく落ち着いてくる。
「どうすれば倒せる?」
「胸のコアだ」
 ルーカスの言葉に、エレニもそのコアをじっと見つめる。
「一体でいるときはパワーもスピードも倍だ。だが、二体に分離したら敵の数も増えるが、全ての能力がダウンしている。おそらくは防御力は、A.T.フィールドの能力も下がっているだろう」
「なるほどね。アニキの言いたいことはよくわかった。同化させなければいいんだよね」
「そういうことだ」
「タイミングをあわせればいいね?」
 それを聞いてルーカスは笑った。
「お前が妹でよかった」
「私も、アニキの妹でよかったよ」
 そして、使徒が動く──いや、分裂する。
 再びオレンジとグレイに分かれた使徒を、それぞれルーカスとエレニが迎撃する。A.T.フィールドをはって相手の進撃を阻み、槍と斧とで逆に攻撃を返す。
 オレンジは二本の腕をしならせてルーカスを攻撃してくる。が、同じ速度ならルーカスが負けるはずがない。うまくスピードをあわせてその腕をつかむ。力比べだ。
 が、そのルーカスの背後に回り込もうというグレイ。
「させないよ!」
 突進してくるグレイを、エレニがA.T.フィールドを全開にして阻む。完全に相手の足を止めてから、背後の兄の背中をけりつけた。
「行け、アニキ!」
 エレニがやろうとしていることがわからなければ、それで体勢を崩すところだ。だが、ルーカスはエレニがそうすることがわかっていた。だからこそ、その力を利用して相手を一気に押し出す。
「くらえ!」
 使徒を地面に叩きつけて、両手を振りかぶる。その使徒のコアめがけて手を振り下ろした。一撃。使徒が奇声を上げる。悲鳴だ。
 だが、使徒もただではやられない。狭い範囲に作り出したA.T.フィールドが次の一撃を阻み、さらには逆にひるんだルーカスを弾き飛ばしてしまう。
「ここでA.T.フィールドか。さすがに使徒、手ごわい」
 その隙にグレイが上空に飛び上がり、そこからルーカスを攻撃してきた。しなる二本の腕がルーカスに迫る。
「させるかぁっ!」
 エレニは上空のグレイに向かって投擲。A.T.フィールドではじかれたが、ルーカスへの攻撃も同時に止めることができた。さらには、
「A.T.フィールド!」
 ルーカスがオレンジに対してA.T.フィールドを張りながら跳躍する。落ちてくる槍を手に取ると、グレイに向かってその槍を再び投擲した。
 グレイは身をよじり、コアへの直撃を避けた。だが、その槍はグレイの腹部に突き刺さり、またしても奇声が上がる。
 ルーカスとエレニの攻撃は確実に使徒にダメージを与えていた。使徒が演技しているわけではない。二人のコンビネーションは、オレンジとグレイを常に分断しつつ、二人の同時攻撃で別々の使徒へ攻撃をしかけている。一と一をあわせた結果が、三にも四にもなっている。いや、相手の使徒を二にしていない。
 オレンジとグレイはそれがわかったのか、挟み込むような立ち位置をやめて、横に二体並ぶようにした。
「修正してきたな」
「挟み撃ちは分が悪いってわかったみたいだね」
「だが」
「うん」
 その立ち位置こそが、二人にとっては求めていたもの。
「現在六分二二秒」
「充分!」
 今度は二人の方から仕掛けた。オレンジとグレイは同時に後ろへ跳ぶ。だが、それを見越していたかのように二人はさらに加速した。同時にプログナイフを取り出し、上から切りつける。
「アニキ!」
「任せろ!」
 何故だろう。
 二人は、不思議なほどにこの戦いそのものを肌で感じていた。

 自分たちは、まるで負ける気がしない!

「A.T.フィールド、全開!」
 二人のプログナイフを、オレンジとグレイがA.T.フィールドで受ける。ナイフが弾かれた瞬間、エレニはそこで足を止め、逆にルーカスはA.T.フィールドを展開、浸食を開始した。
 高速で浸食していくA.T.フィールド。ルーカスのスピードにオレンジはついていくことができない。ルーカスの方が圧倒的にA.T.フィールドを使いこなしている。
「カウントダウン三秒!」
 ルーカスに合わせて、エレニがその背につく。
「二、一、ゼロッ!」
 同時にA.T.フィールドが完全に解かれた。その穴めがけてエレニの弐拾肆号機が飛び込む。
「くらえっ!」
 今度こそ、エレニのプログナイフがオレンジのコアを貫く。
「やった」
 だが、グレイがいつまでも動かないわけがない。さらにエレニの背後に回り込んで、両腕で背中から攻撃をしかける。
「A.T.フィールド!」
 それをルーカスが防御しようとするが、グレイの攻撃の方が今度は強かった。というより、オレンジのA.T.フィールドを浸食したせいで、グレイを止めるほど力が残っていなかった、というべきだろうか。
 フィールドごと、弐拾参号機の左肩が貫かれ、腕ごと吹き飛ぶ。
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
 声にならない叫びがルーカスの口から放たれる。直後、ネルフ支部から強制的にシンクロがカットされた。
「アニキ!」
『大丈夫。ルーカスなら生きている』
 支部から通信が入る。その言葉にひとまずほっと安心する。
 そして、力をなくした弐拾参号機が地面に崩れ落ちる。
 つまり。
「一対一、というわけか」
 オレンジはコアを貫かれ、完全に機能停止。そして弐拾参号機はシンクロを強制カット。
 この戦場に残ったのは、弐拾肆号機とグレイのみ。
「見ててね、アニキ。残りは私が何とかする」
 プログナイフを握るとグレイと向き合う。
 現在八分〇一秒。残り時間二分。
「くらえ!」
 接近してプログナイフを振る。が、グレイは素早く横に回避し、腕を伸ばして攻撃してくる。
「ちょこまかと、うるさい!」
 力比べは不利になる。何しろこちらは残り時間が少ない。エヴァはいくらでも起動できるが、自分が暴走してしまえば終わり。使徒も倒せるが、自分と支部も倒れる。
 二体ともここで朽ちるわけにはいかない。グレイを時間内に倒せば、自分たちは二人ともに助かるのだ。
「捕まってられないわよ!」
 一度遠くに退き、再び接近する。しなる腕の攻撃を回避しながら懐まで飛び込む。
「肉弾戦で負けてられないってーの!」
 組みつこうとする使徒に対し、エレニは足払いで使徒を倒す。が、使徒は倒れて背中を地面につけた体勢のまま、高くジャンプした。
「インチキィ!」
 追撃でジャンプするが、これは高い位置にいる方が有利。くるりと反転して、上空から攻撃をしかけてくるグレイ。さすがにこれでは防御も難しい。両腕の攻撃をプログナイフで振り払いながら落下。すぐに体勢を立て直すと、グレイは少し先に止まっていた。
(こちらが時間をかけられないことを知っている?)
 それは明らかに時間稼ぎの様子だ。
(でも、そうはさせない。今のでタイミングは取れた)
 あとは、その隙をどうやって作るかだけ。タイミングが合えば、プログナイフをコアに突き刺して終わり。
(力を貸して、アニキ!)
 兄のことを念じ、思い、そして再びエレニは駆け出す。
「今度は、跳ばせない!」
 相手が空中に跳ぶより先に、自分が跳んだ。
 使徒は跳ばずに、落下地点で迎撃しようと上空に構える。
 そこに、一条の閃光。
 跳びあがった弐拾肆号機の下を、光の速さでプログナイフが疾り、グレイのコアに突き刺さる。奇声が上がった。
「とどめだ、エレニ!」
 無論、そのナイフを放ったのは、片腕を失いながらも再シンクロしたルーカス。
「OK!」
 落下スピードも加えて、エレニの渾身の一撃が、グレイのコアに突き刺さった。
「残念だったね、使徒さん」
 エレニは手ごたえを感じて、使徒から離れた。
「やっぱり、コンビネーションの高い方が勝つんだよ」
 そして、オレンジとグレイが、同時に爆発。空中に二つ、光の十字が輝いた。
「やったな、エレニ」
「アニキもナイスフォロー。腕、大丈夫?」
「死ぬほど痛い」
「いつの冗談、それ?」
 エレニはルーカスに近づいて、その機体を起こす。
「残り時間、約三十秒。少しでもエヴァを格納しやすいところまで運ぶよ」
「頼む。俺はもう限界だからシンクロをカットする」
「うん。サンキュー、アニキ」
 そして、エレニが顔を赤らめて言った。
「大好き」
「知っている」
「うわー! 無表情で応えるな! 照れるだろ!」
「俺もお前のことを愛しているからな」
「だから! 無表情で言うの禁止! 恥ずかしいったらないでしょ!」
 と、そんな風に二人は会話しながら支部の格納位置に戻り、シンクロをカットする。

 以上のように、ギリシャにおける対使徒戦は、人間側の『完勝』に終わった。



「日本でも使徒が出た!?」
 ルーカスとエレニは戻ってくるなり、その報告を受ける。
「ギリシャだけではなく、同時に出たというのか」
「でも、それならもしかして、日本とギリシャだけじゃなくて、他の場所も」
 エレニの言葉に年をとった作戦部長が「その通り」と答えた。
「世界の全ネルフ支部が同時に攻撃を受けている。あっさりと敗北した場所もあるようだが、全支部の中でギリシャが最初に使徒を倒したようだ」
「他の場所は?」
「まだ戦闘継続中、もしくは敗れたり、引き分けに終わったりしているようだ」
「具体的に」
 ルーカスが要求すると、中国が惨敗、ロシアが引き分けに終わったという返答を得た。
「日本はどうなった?」
「現在、N2爆弾によって使徒の進行を食い止めている。何体か負傷したものの、命を落としたパイロットはいないようだ」
「舘風レミは無事か?」
「少し待て……うむ、重傷者は神楽ヤヨイと鈴原トウジ、他負傷者はサードチルドレン碇シンジと赤井サナエ。他は無事とのことだ」
 その言葉に二人はほっと一息つく。が、同時にサードチルドレンもまた負傷しているということに不安を覚える。
「日本にはかなりの数のエヴァがそろっている。サードチルドレンもいる。それなのに劣勢なのか」
「つまり、私たちのところに来た使徒が弱くて、日本の使徒が強いっていうこと?」
「おそらくは、その両方なのだろう」
 二人は自分たちが弱いとは思っていない。だが、サードチルドレンほどに機体を扱える自信もまたない。そのサードが負傷したというのだ。使徒が相当強いということだろう。
「次の作戦行動は?」
「約四時間後。使徒が回復する前に仕掛けるということだ」
 二人は目を見合わせる。
 せめて、自分たちが駆けつけることができれば、少しは協力できる。だが、どんなに早いジェット機で移動したとしても、四時間では絶対に間に合わない。
「レミ」
 ルーカスが歯を食いしばる。その肩をエレニがたたいた。
「大丈夫だよ、アニキ。レミに万が一のことなんて、絶対にない。信じよう」
 その言葉にルーカスがうなずく。
「そうだな。あいつは俺たちにとって、誰よりも大切な存在だ」
「うん。だから絶対に大丈夫」
 そうして、二人は日本、および世界の戦況を見守る作業に入った。






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