目の前でコアが光ったとき、叫びながら彼は頭の中で思い出していた。
「私、あなたに出会えて、本当に良かったと思ってる」
 彼女のことを思い出すとき、自分の頭の中に浮かぶのは元気だったころの彼女の姿。衰弱して、骨と皮だけになった彼女のことなど思い出さない。彼女がそれを望んだから。一番きれいだったときの彼女をいつも思い出してほしいと言っていたから。
「あなたはいつだって私に力をくれた。勇気をくれた。あなたがいてくれなかったら、きっと私はもっと早くに亡くなっていたと思う」
 そんなことはない、と思う。彼女は強かった。いつだって死ぬことと戦い、正面から立ち向かい逃げなかった。
「適格者になったのね。おめでとう。世界を守るために、がんばってね」
 本当は世界なんかじゃない。目の前にいる彼女を守りたかった。
「それから、最後に」
 彼女は一番いい笑顔で言った。
「今度は、本当に好きな人を見つけてね」
 EはEvangelion。すなわち、エヴァ。











第佰捌拾肆話



反撃のE












『喉だ! 喉にコアが──』
 その声が終わらぬうちに、彼の喉から絶叫がほとばしる。
 ただちにシンクロ強制停止。だが、灼熱の光線を一瞬でも浴びてしまったら、ショック死しても仕方ないほどだ。
「パイロットの生存、確認! 呼吸微弱!」
「心臓マッサージ開始!」
「待ってください! 使徒が、さらに──」
 そう。
 使徒は、倒れたエヴァンゲリオンに向かって、さらに攻撃を続けた。
「何やってんのよ!」
 いくら使徒だとはいえ、相手は既に倒れているのだ。それなのに。
「無駄だ。いくら言ったところで、使徒と我らとの間には会話など通じん。そんなことより、急げ。惣流アスカ! ジークフリード・メッツァ! ヴィリー・ラインハルト!」
 三人の名前が呼ばれる。
「ただちに出撃! ヴィリーとメッツァはまず拾漆号機を救出! アスカは敵のコアを攻める。急げ!」
「ヤヴォール!」
 三人が駆け出していく。それなのに、アルトだけが名前を呼ばれなかった。
「長官、私は」
「お前に出撃許可を出すことはできない。それが総意だ」
「そんな」
「実際、A.T.フィールドをはることもできないお前が出ても足を引っぱるだけだ。見ていろ」
 こんな大事なときに、見ていることしかできないなんて。
(どうして、私は自分の力で動かすことができないの)
 分からない。自分のことが、一番分からない。
(教えて、エン)
 エンは知っていた。きっと自分がA.T.フィールドを展開することができない理由までも知っているに違いない。
(展開できるだけでいいのに。どうしてそれすら私にはできないの?)
 だが、答など誰も出すことはできない。そして軍人は命令に従うものである以上、この場から動くこともできないのだ。
 そして三人は急いでエヴァに乗り込む。乗り込んだところで長官から通信で指示が入った。
「アスカ。敵の弱点、もう分かっているな」
「当然。クラインが命をかけて見つけてくれた弱点、無駄にはしないわ」
「OKだ。作戦を説明する」
 手早くミュラー長官から説明が入る。頷いたアスカは自信ありげに笑った。
「オッケー。それでいいわ。頼りにしてるわよ、長官!」
「そのための作戦部だ」
 適切な作戦を立案し、犠牲を少なく相手を倒す。それができなければ長官と呼ばれる意味がない。
「ヴィリーはA.T.フィールドを展開して使徒と拾漆号機の間に割り込め。メッツァがその後ろで拾漆号機ごとクラインを救出。安全圏まで動かせ」
「エントリープラグだけ射出することは?」
 メッツァが尋ねる。が、長官は首を振った。
「どうやら完全に壊れているようだ。機体ごと運んでくれれば、後はこちらでどうにかする」
「了解。とにかく救出を急ぐ」
「頼むぞ」
 通信が切れて、エヴァンゲリオンが三機とも射出される。
「急ぐわよ、二人とも!」
「承知」
「当然だ」
 アスカを先頭に、赤、青、緑のエヴァが接近する。
「こっちよ、使徒!」
 アスカは思い切り飛んで、使徒の後方に着地する。新たな敵の出現に、拾漆号機への攻撃がいったん止まる。
「くらえ!」
 その間にヴィリーが体当たりで拾漆号機と使徒との間に隙間を作り、ただちにA.T.フィールドを展開する。
「攻撃はさせないわよ!」
 後方からはハンドガンでアスカが攻撃。使徒に攻撃する隙を作らせない。
「大丈夫か、クライン」
 メッツァが声をかけるが、もちろん答などない。期待していたわけでもない。作業スピードを少しも緩めず、メッツァは拾漆号機を担ぎあげる。
「頼むぞ」
「そっちも」
 ヴィリーとメッツァとの間でかわされた会話。すぐにメッツァは戦場を離脱。帰ってくるまでには数分の時間が必要だ。
「ヴィリー、頼むわよ!」
「了解」
 作戦はヴィリーにもメッツァにも伝わっている。そしてサッカーという組織プレイで鍛えているヴィリーにとって、今自分に何を求められているか、ということを把握するのはとても得意なことだった。
 自分は、アスカが使徒を倒すために下準備をするのが役割だ。ならば、派手に動いてアスカが隙を突きやすいようにしなければならない。
「さあ使徒、試合の時間だ」
 A.T.フィールドを展開しながら間合いをはかる。瞬間的にフィールドを解いて、接近。
「くらえ!」
 ヴィリーは右足で使徒を強く蹴りつける。使徒はたまらず、三歩後ろによろめく。
「肉弾戦が苦手だと、クラインが教えてくれたからな!」
 さらにもう一撃を食わせる。この辺りはサッカーをしているだけのことはあり、足の振りはまさに凶器そのものだ。
 攻撃が途切れたところで、ヴィリーは間合いをもう一度取り直し、A.T.フィールドを展開。そのヴィリーに光の鞭がしなる。
「クラインを苦しめた光の鞭か」
 その一本は既に根元から粉砕している。あと残りは一本。
「クライン一人ですら倒せなかった攻撃。二対一で倒せると思うな」
 その動きから軌道を読む。そして、両腕で捕まえる。
「クラインにもこうやって振り回されただろうが!」
 ヴィリーは力任せに上空に放り投げようとする。
「アスカ!」
「上出来!」
 アスカの弐号機が飛び上がる。そして使徒はコアを上に向けるように、つまり仰向けに投げ飛ばされた。アスカはその上に飛び乗るように放物線を描いて落ちてくる。
「くらええええええっ!」
 使徒が熱光線を出すより早く、そのコアにプログナイフをつきたてる。が、コア自体が強い装甲を持っているのか、簡単には突き刺さらない。
「このおっ!」
 そのままアスカは体重を使徒に預けた。つまり、二体分の体重を全部そのナイフに集中させる。
「これで終わりよ!」
 地面に落ちたときの衝撃が、プログナイフの先、一点に集中する。そして、きれいにナイフが突き刺さる感触を、アスカは確かに感じた。
「離れろ、アスカ!」
 ミュラーの声が響く。すぐにアスカは飛び退いた。
 直後、その使徒が爆発を起こした。
「使徒は!?」
「パターン青は消えていない! 生きているぞ!」
 だが、すぐに長官から声がかかる。コアを貫き、爆発までしたというのに、まだ生きているというのか。
 爆発の煙がおさまり、次第に使徒の姿があらわになる。
「何よ、こいつ。全然違うじゃない」
 先ほどまでのイカの形をした使徒はもういなかった。それがオーバースーツであったかのように、中から現れたのはまったく別の姿。球形の胴体からはえる何本もの足。そして、骨状の蛇のような首と尾をはやしていた。
「こっちが本体ってわけ」
 その首の先にある目から光が放たれる。おそらくは先ほどクラインを倒した熱光線と同じだろう。アスカはそれを受けるのではなく、避ける。これは受けていては危険だと判断した。
「ヴィリーは少し距離を置いて!」
「どうするつもりだ」
「時間はかかるかもしれないけど、相手の弱点も分からない以上、クラインの二の舞になるのは避けないといけないわ」
 アスカの言うことには一理ある。だが、
「それなら俺が様子を見よう。クラインのかわりだ」
「あんた馬鹿? 犠牲を出さないのが私の戦い方だって言ってるじゃない!」
「矛盾しているぞ、アスカ」
 ヴィリーは強く反発した。
「普段は俺たちの命を使ってでも使徒を倒すと言っているくせに、いざ本当の戦闘になったら仲間の命を惜しむか」
「何言ってるのよ、私は別に──」
「いや、すまない。お前の優しさをとがめるつもりはない。だが、勘違いをするな。俺が、俺たちが命をかけるのは、お前が最後にとどめを差してくれると信じているからだ。だから俺もメッツァもクラインも、そしてアルトも、お前を信じて命を差し出すことができる。今さら俺たちの命を惜しむな。お前は、確実に使徒を倒すことだけを考えろ」
 そう言って、ヴィリーは使徒の前に立ちはだかる。
「さあ、かかってこい、使徒。そのかわり弱点はさらけ出してもらうぞ」
 すると使徒は敵を見定めたかのように動く。
 複数の足を器用に動かして俊敏に近づく。
「A.T.フィールド全開!」
 その接近を食い止めようとしたが、その瞬間、使徒の目が輝く。
 危険を察知したヴィリーはフィールドを解いて横に飛ぶ。その空間を熱光線が通過していった。あれはおそらく、ヴィリーのA.T.フィールドくらい軽く貫くことができるほどの威力を持っている。
 が、そうやって回避したせいで使徒の接近を許してしまった。その体格でヴィリーの緑の拾陸号機に乗りかかろうとしてくるので、足で蹴り飛ばそうとする。が、これも器用に動いてその足の軌跡から避けて動く。
「くっ」
 バランスを崩したヴィリーにのしかかり、使徒の口が大きく開いて、ヴィリーの肩に噛み付いてきた。
「ぐうううっ!」
「何してんのよ!」
 たまらずアスカがとび蹴りでその使徒を蹴り飛ばす。
「大丈夫?」
「すまない、油断した」
「いや、油断じゃないわ。あいつ、さっきの形よりも格段に速くなってるわ」
 先ほどのイカ型は、基本的に相手の動きを待って迎撃するような動き方をしていた。だが、こちらは違う。先手を打って近づいてきて、さらに相手の隙を作って攻撃してくる。同じ使徒なのにまったく異なる戦い方をしてくる。
「遅くなった!」
 と、そこにメッツァが戻ってくる。負傷しているヴィリーも立ち上がった。
「アスカ、ヴィリー。確かに敵の弱点を探すのも悪いことではない。だが、それはこちらに余裕があるときの話だ」
 メッツァが二人をたしなめるように言う。
「どういうことよ」
「簡単なことだ。残り時間を見ろ」
 メッツァに言われて二人がようやく時間を確認する。自分たちが起動してから既に、八分が経過。
「嘘っ、もうこんなに!?」
「戦っている時間は短く感じるものだ。三人がかりであいつを黙らせないと、もうこっちは手が残っていないことになる」
「弱点だろうが何だろうが、とにかく攻撃し続けるということか」
 ヴィリーが納得したように頷く。
「そういうことだ。ま、俺とヴィリーで時間を稼ぐから、アスカは後ろでシンクロを停止させておいてもいいんだが」
「何言ってるのよ。ここまで来たら一連托生でしょ」
 アスカが二人にウインクした。
「それに、あんたたちを死なせたら、あんたたちのガールフレンドに一生顔向けができないもの」
「というわけだ。ヴィリー、いいな」
「了解」
 正面にアスカを残し、ヴィリーとメッツァは素早く両サイドに散った。
「行くぞ、使徒!」
 ヴィリーとメッツァは左右から使徒に迫る。使徒も素早く状況を分析し、先ほどダメージを与えているヴィリーの拾陸号機に突進した。こういうときは座して待つより、どれか一体に向かった方が各個撃破しやすくなる。
 もちろんヴィリーが簡単にやられることはない。むしろこうして自分に向かってくる以上は、アスカとメッツァが使徒を後ろから攻撃することができるということだ。それなら自分の役割は自然と決まる。
「A.T.フィールド全開!」
 相手を食い止める。それだけだ。
「今行くわよ、ヴィリー!」
「くらえ、使徒!」
 使徒の後方からメッツァがライフルで撃つ。が、使徒もA.T.フィールドを展開して攻撃を食い止めた。そして、そのままヴィリーのA.T.フィールドに侵食する。
「簡単には侵食させない!」
 ヴィリーが必死にパターンを変えて逃げる。が、使徒の侵略速度はすさまじく、ほんの数秒であっさりとフィールドが侵食されきる。
 そして、目が光った。咄嗟に逃げるも、右わき腹に強烈な痛み。
「──!」
 声にならない叫びが上がる。だが、その間に既にアスカは使徒の後ろを取っていた。
「くらえっ!」
 その胴体にプログナイフをつきたてる。深く、深くそのナイフはめりこんでいく。だが、使徒の動きは止まらない。骨状の尾をなびかせると、アスカを遠く弾き飛ばしてしまう。
「くっ!」
「まだだ!」
 メッツァがさらにその尾をつかみ、強引にねじ切る。さすがにこれは使徒も悲鳴を上げたが、同時に怒りのエネルギーが全てメッツァに向かったか、突進してメッツァを弾き飛ばすと、熱光線が照射される。
 回避できないと思ったメッツァは咄嗟にA.T.フィールドを展開した。が、そのエネルギー量は莫大で、やはり支えきれるものではなかった。フィールドを力任せに破壊され、その爆発でメッツァは弾き飛ばされてしまう。
「く、そう……」
 その使徒を前に、三人がかりでもどうすることもできない。
「残り時間は四十秒か」
 ヴィリーがわき腹を押さえて片膝をついた状態で言う。
「まだ元気なのは私だけってことね」
 アスカが二体の様子を確認する。
「いや、まだやれる。大丈夫だ」
 メッツァは立ち上がるが、既に警告が出ている。ダメージが相当ひどかったようだ。
(玉砕覚悟で突っ込むしかないわね)
 アスカはそう考えて、両手でプログナイフを握った。
 先ほどは胴体にナイフを差したが効果がなかった。それなら弱点はどこだ。頭か。
 歯を食いしばり、わずかな奇跡にすがろうと、アスカが両手で握るナイフに力をこめる。ままよ。
(さよなら、みんな)
 みんなの命を守るために、自分の命を捨てる。
(でも、ランクA適格者として、これでいいのよね)
 その足を踏み出そうとしたときだった。

 アスカの前に立ちはだかった、ピンク色のエヴァ。

「な、んであんたが……」
 アスカは思わず目の前の存在を疑っていた。

 エヴァンゲリオン拾捌号機。搭乗者、紀瀬木アルト。






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