「バカっ! アルト、アンタなんでっ!」
 アスカが叫ぶ。が、そのピンクの機体からは返事がかえってこない。
「アルト。まさか、アンタ」
 サラと戦ったときと同じだというのか。
 拾捌号機からの返事はない。だが、右手の親指で背後を示す。引き上げろ、のサインだ。
「アルト?」
 いったいどういうつもりなのか。
 サラと戦ったとき、アルトの意識はなかった。後で精密検査をしてみて分かったのだが、本当に記憶をなくしていたらしい。
 今も同じなのか。エヴァの中にいるアルトはいつものアルトではないというのか。
 だが、考えている暇はない。
「ヴィリー、メッツァ。一度立て直すわよ」
「だが、アルトが」
「私たちがいたら足手まといなのよ! ここはアルトに任せて一度引く! 一秒でも無駄にするわけにはいかないわ!」
 アスカが先頭に立って引き上げる。ヴィリーもメッツァも同じように拾捌号機の傍らを抜けて戦闘区域から離脱する。そこで三人はシンクロを切った。
 最終的には十分を少しオーバーしていたが、それは誤差の範囲。日本で起こった暴走事件から、エヴァの侵食が始まるのは十三分前後と既に分かっている。
「大丈夫なのか、アルトは」
 メッツァが心配そうに尋ねてくる。
「分からないわよ、そんなの」
 アスカも歯がゆかった。もちろん、機体から降りるつもりはない。一秒でも長くシンクロ時間を回復させること。それが今の三人にできる唯一の行動だ。
「でも、今のアルトなら時間を稼ぐくらいのことならできるはずよ」
 はるかかなたに見えるピンク色の機体。
 もちろん、その中にいるのはアルトであって、アルトではなかった。
「まったく、勢いで飛び乗り、出撃したところでお前の力では何もできないだろうに」
 アルトの口からは、いつもの口調ではなく大人びた女性の声。
「お前にエヴァを操縦させるわけにはいかない。私は死にたくないからな」
 無論、その意識の本体はノアであった。
 Fはfifteen。すなわち、拾伍。











第佰捌拾伍話



閃光のF












 さかのぼること五分前。
 アルトは司令部が戦いに熱中しているのを見計らい、一人ケイジに駆け込む。そのままプラグに入ると司令部の制止を振り切り、勝手に出撃したのだ。
 このままもしも時間が過ぎて使徒を倒せなかったとしたら、そのときは三人はなぶり殺しにあうことになる。せめて自分が時間稼ぎをしなければ。
 そう考えてのことだったが、ノアにしてみるとそんな時間稼ぎはもののたしにもならないはずだった。
「十秒や二十秒、時間を稼げたところで何になるものか。せめて出撃する以上、十分全てを稼げるようでなければな」
 そのためにはアルトでは役者不足。当然、ノアの出番となるわけだ。
「もしかしてアルトめ、自分が乗り込んだらまた私が出てくるかもしれないと思ったのか? 原理は分からなくても何かが起こる、と。まったく、油断のならない奴め」
 だが、そういう成長ならノアにとっても好ましいところだ。こうしてエヴァによって隔離されているというのなら、自分がいくらでも活躍することができる。
「もっとも」
 プログナイフを構える。
「時間稼ぎどころか、倒せるものなら倒してしまうがな」
 ノアの拾捌号機が動く。球体の胴に接近すると、たくさんの足が動くのを無視して強烈なニーキックを叩き込む。メッツァに半分ねじ切られた骨のような尾で攻撃をし返してくるが、それにはA.T.フィールドで防御。
「多少、速く動ける程度のことは何のアドバンテージにもならんぞ、使徒」
 たくさんの足を細かく動かし、使徒が拾捌号機の背後に回り込む。
「貴様の動きはエヴァを通じてすべて見させてもらった。攻撃のパターンはもう読めている」
 背後から噛み付いてこようとする使徒をジャンプしてかわす。そして、両手で使徒の頭に着地した。使徒の頭に逆立ちしているような体勢だ。
「くらえっ!」
 そのままエヴァが円軌道を描き、使徒の顔面に膝を叩き込んだ。使徒の顎が完全に砕けたらしく、ぼろぼろになっていた。
「強い」
 ヴィリーが目を見張った。
「アルトの奴、あんな戦い方ができたのか」
「違うわ」
 メッツァの言葉にアスカが否定する。
「あれはサラと戦ったときの拾捌号機よ。アルトの意思じゃない」
「だが、乗っているのはアルトなんだろう?」
「そうよ。でもメッツァも分かっているでしょう。あのときアルトには意識がなかった。じゃあ、あの拾捌号機を動かしていたのは『誰』なの?」
 アルトが乗っているのに、アルトの意識がない。それなら答は一つ。
「アルトじゃない『誰か』がアレを動かしている。そうでなければつじつまがあわない」
「だが、アルト以外は誰も乗っていない」
「そうね。でも、あの機体をアルトじゃない誰かが動かしているのは間違いないわ」
 そして時計を見る。自分たちがシンクロを止めてから既に二分。
「私たちがシンクロを止めるより、アルトが起動する方が当然早かったわね。誤差はどれくらい?」
『一分三十五秒だ』
 司令部のミュラーから連絡が入った。
「じゃあ三分三十五──四十秒経過、か。司令、どのタイミングで私たちは起動すればいい?」
『おそらくはお前も同じ意見だ。アルトの残り時間が四分となったタイミング。ここでエヴァ四機による同時攻撃で一気に攻め落とす』
「やっぱりね。それが一番確実とふんだわけだ。それに今度は私たち三機が残る番。メッツァ、アンタは動けるの?」
「大丈夫だ。意識は保てる。囮くらいにはなる」
「いい覚悟ね。司令、今度こそ確実に勝てる作戦をお願い」
『ああ。今から作戦を送る』
 そして送られてきた作戦を確認する。
「コアは胴体で間違いないの?」
『今の攻撃で頭部がかなり破壊されている。それなのに使徒には防御した様子がなかった。つまり、そこにはコアがないということだ』
「尾も半分ねじ切ってるし、ということは当然胴体にコアが眠ってるってわけね」
「あとは、この作戦をアルトに理解させることができるかどうかだが」
『おそらく大丈夫だ。この間のサラとの格闘訓練でも、情報の受信だけは行っていたという記録が残っている。こちらから連絡を送れば必ずアルトにも伝わる』
「いいわ。その賭、乗ってやろうじゃないの」
 アスカが時間を見る。四分が経過。あと四分。
「死ぬんじゃないわよ、アルト」
 そして再び、アスカは戦場を見つめる。
 顎を砕いた拾捌号機は、さらなる攻撃に移っていた。一番やっかいなのは熱光線による攻撃。それを防ぐにはどうすればいいか。簡単だ。光線の出所となる目をつぶせばいい。
 そう判断したノアは、手に持つプログナイフを深く、使徒の眼球に突き刺した。深く刺しすぎて引き抜くことができなくなったが、その痛みで使徒が暴れた。暴れた拍子に、残った片目で無闇やたらと熱光線を照射し続ける。
「A.T.フィールド展開!」
 片目だけの熱光線なら、何とかA.T.フィールドで防げるようだった。衝撃はあったが、熱光線のダメージまではこなかった。
「あれだけ暴れてると、近づくのも難しいわね」
 攻撃手段を半減させたのはいいことのはずだ。だが、問題は使徒の目だ。
 おそらく、使徒は視力を使わずに周囲の状況を判断できる力がある。蝙蝠やイルカが超音波で周囲の状況を判断するように、視力以外の別の方法で認識しているのだろう。
 だから使徒には『前後』の区別はあっても『背後』は存在しない。目のように見えているのは単なる柄だ。本当の目ではない。
「お前は賢いな、使徒」
 使徒の攻撃の切れ目を狙って突撃する。
「本当は、混乱などしていないのだろう、使徒!」
 使徒の『背後』から急速に接近する拾捌号機。すると、使徒の首に別の『目』が現れて、拾捌号機に向けて熱光線を照射する。
「予想通り!」
 それを右に飛んで回避する。続けてもう一度熱光線。今度は左に飛んで回避する。そして、
「A.T.フィールド!」
 展開したまま突進。そして再び熱光線が照射される。
 フィールドが熱光線と接したと思った瞬間、拾捌号機は残りの距離を一気に飛んだ。そして使徒の上から胴体に向けて踵落としを決める。
「まだまだ!」
 今度はその首を付け根から脇に絡める。
「くらえっ!」
 鈍い音がした。
 折れた首が大地に落ち、痙攣したように跳ねる。
「これでもまだ攻撃できる?」
 首に現れていた幾つかの目は、次第に色が薄くなって消えた。
「尾も首も折られ、残るは胴体のみ」
 だが、ノアはここでまだ勝利を過信しない。慎重の上に慎重を重ねる。
「正体を現しなさい、使徒!」
 先ほどクラインが使い捨てたパレットライフルを拾い、使徒に向けて乱射する。が、使徒はA.T.フィールドを展開してこれを防御。やはり飛び道具には容赦なく防御してくるようだ。
「作戦開始まで残り一分」
 既に自分は七分起動させている。あと一分もすればアスカたちの援護が来る。
「私がここで特攻するより、セカンドチルドレンたちを待った方がいいわね」
 一人で特攻すると反撃を受ける可能性の方が高い。そして、自分が考える中でも司令部から送られてきたこの作戦が、もっとも成功率が高いと判断した。
「いいわ。使徒が何もしてこないというのなら、せめて嫌がらせくらいはしてあげる」
 パレットライフルを次々に撃つ。使徒がA.T.フィールドで何とか防御してはいるものの、まったくその場から動こうとしない。
「近づいてきたところを何かしらの攻撃をしてくるつもりね」
 あの首から攻撃をしてくるか、それとも胴体からか。もしくは半分切れている尾のところか。
「いずれにしても、胴体をつぶせば終わり」
 残り二十秒。
「さあ、勝負の時間よ」
 何度もライフルを撃つ。そして、いよいよ時間が来る。
「待たせたわね、アルト!」
「今、行く」
「とどめをさすぞ」
 三体のエヴァが再起動。そしてノアは彼らとうまくタイミングを合わせる。
「とどめをさすのがアスカなのは残念だが、あいにくこちらにも攻撃手段がない」
 既にプログナイフは折れて横たわっている使徒の目の部分に突き刺さっている。
「任せよう、セカンドチルドレン」
 そして自分もその隊列の中に加わる。そして、
『A.T.フィールド、全開!』
 ヴィリー、メッツァ、ノアの三体のエヴァがA.T.フィールドを展開する。直後、使徒の胴体から今まで以上の熱光線が放たれた。
「予想通り!」
 それを、三体がかりのエヴァで持ちこたえる。一人では無理でも、三人ならば持ちこたえることができる。それを信じてこの作戦をとった。
 そして、A.T.フィールドとは無縁の弐号機が飛び上がって、使徒の上空から落下する。
「とどめぇ!」
 上空から鋭く振り下ろしたプログナイフが、使徒の胴体を貫いた。
「やった」
 アスカが使徒の胴体を見下ろして微笑む。
 だから、すぐに異変には気づかなかった。
 弐号機のそのすぐ後ろ、折れたはずの使徒の首が持ち上がっていた。そして、あの『目』が再び現れていた。
「アスカっ!」
「!」
 アスカは間に合わなかった。振り向いたときには既に遅く、使徒の熱光線が照射されていた。
 死ぬ。
 一瞬でそう判断した。
 だが、次の瞬間、アスカの弐号機は突き飛ばされていた。
 一番早く動いたのは、青き拾伍号機。
 メッツァだった。

「後は任せたぜ、アスカ」

 それを遺言に。
 拾伍号機の上半身は、光の中に溶けて消えた。






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