アンチA.T.フィールド。それは理論として提唱されながらも、そもそもA.T.フィールド自体の研究が進んでいなかったために頓挫していた研究である。
A.T.フィールドが何者も通すことがない(例外として光の粒子だけは通り抜けるが)絶対的な壁だとするならば、その壁を溶かし、無力化するのがアンチA.T.フィールドである。
ベネットがネルフなしでも使徒と戦う見込みがあったのは、まさにこのアンチA.T.フィールドを実用化していたからに他ならない。そして、この力があればネルフを排除でき、さらには他の国々に対してアドバンテージをとることが可能なのだ。
BはBardiel。すなわち、使徒。
第佰玖拾漆話
戦慄のB
「撃てえっ!」
三発のミサイルが命中。そのミサイルはA.T.フィールドを溶かし、完全に消滅させてしまう。
「今だ! 全軍、一斉砲撃!」
艦載機が、戦車が、いっせいに火薬兵器で攻撃をしかける。使徒といっても元はエヴァンゲリオン、その装甲ごと破壊してしまえば消滅させることは十分に可能なのだ。
爆撃が何発も直撃する。そして、爆撃機が使徒の直上に到着した。
「N2、投下!」
爆弾を落下させ、そのまま爆撃機が遠ざかる。そして、大爆発が起こった。
「やったか!?」
ベネットが画面に食い入るようにして見る。煙が晴れるのを全員が息をのんで待つ。
「駄目です、A.T.フィールドの反応、感知しました!」
だが、まだ煙が晴れる前から先に報告が入った。ベネットは「ふん」と腹立たしげに言う。
「ならば、何発でも打ち込むまでだ。こちらは大量生産ができているのだからな! 撃て!」
艦載機から何発ものアンチA.T.フィールド弾が放たれる。
だが、使徒も単純ではない。この攻撃が自分の『盾』を消滅させるものであるということを学習したようだ。アンチA.T.フィールド弾を受けるのではなく、回避、あるいは撃墜することに決めたようだ。使徒は高くジャンプして避けた。あるいは右腕をのばして攻撃を打ち落とした。
「ふん、単なる足掻きだ。通常攻撃も交えて火力を集中させろ!」
ベネットの指示が現場に伝わり、次々に攻撃が繰り返される。だが、使徒は綺麗にアンチA.T.フィールド弾を避けていく。そして近づく戦車や艦載機を確実に撃墜していった。
「何をやっている! 当たればA.T.フィールドを消すことができるのは実証されたのだ! よく狙って撃て!」
そう。ベネットの言っていることは正しい。アメリカの技術力はたいしたもので、A.T.フィールドも完全に研究されていないうちから、アンチA.T.フィールドの技術を作り上げたのはまさに世界に君臨するアメリカならではとしか言いようがない。
ただ、相手が悪かった。これが敏捷性に鈍いロシアや中国の使徒であれば十分に通用しただろう。だが、今回の相手はもともと敏捷性に優れたエヴァンゲリオンがのっとられたもの。のろのろしたミサイルを回避することなど造作も無いことなのだ。
「回避する隙間もないくらい、ミサイルを撃ち込んでしまえ!」
ここまでくるともう意地が通るかどうか、それだけだ。ベネットは自分が劣勢に立たされていることをまだ理解していない。この敵は最初は油断していたのか、それとも相手に合わせてくれていたのか、決して自分の力を出し切ってはいなかった。だが今は、対等に戦うためにこちらの攻撃を完全に回避している。
ベネットは誤解していた。第一、第二使徒はA.T.フィールドで全ての攻撃を受け止めていた。だから使徒はこちらが何を仕掛けてもそのまま受けるものなのだろうと勝手に信じてしまっていた。だが、そんなことはないのだ。A.T.フィールドで受けるのは、その方が確実に敵の攻撃を防げるからだ。A.T.フィールドが破られるのなら、回避した方がダメージを受けないのは当然の理屈だ。
そのとき、一撃だけアンチA.T.フィールド弾が命中した。
「いまだ!」
使徒めがけて、いっせいに爆撃が放たれる。だが、
「A.T.フィールド、回復!」
そう。
一度破られたA.T.フィールドならば、もう一度張りなおせばいいだけだということをベネットは考えていなかった。
ベネットは、アメリカ軍は何度も使徒のA.T.フィールドを破るだろう。だが、そのたびに使徒は新たなA.T.フィールドを築いてくる。
「同時攻撃だ。使徒が新しくA.T.フィールドを張りなおす前に攻撃を当てろ!」
無茶な命令だった。ただでさえアンチA.T.フィールド弾からして当たらないのだ。同時攻撃など正気の沙汰ではない。
「とにかく倒せ! アメリカの勝利を全世界が待っているのだ!」
アメリカ空軍のエースパイロットでもあるグレッグは、その命令を聞くなりただちに帰投した。上官から「何をしている!」と叱責がくるが、そんなものを聞いている暇はない。
「悪い、整備班のメンバー、大変なのは分かってるが、俺の機体にUATF弾とN2、両方積んでくれるか」
同時攻撃を二機で呼吸を合わせて行うのは不可能に近い。それなら一機がタイミングを考えて行う方が可能性としては高い。
整備班は一流のプロだった。グレッグの考えていることをただちに理解し、もっとも効率がよくなるように弾薬を積んだ。
「ご武運を」
「誰にものを言ってるんだ」
にやり、と男は笑った。
「俺は天下無敵のグレッグだぞ」
そうして機体に乗り込んだグレッグは、戦場へと飛び立つ。次々に打ち落とされる味方機。気づけば半分以下ではないか。
「よーし、みんな聞いてるか。これから使徒に接近して弾薬を打ち込む。援護頼む」
『特攻するつもりですか!?』
味方機からの返答。
「そんなヘマはしねえよ。使徒を倒して英雄になって帰ってくる。お前らは英雄を手伝った従者たちだ。頼むぜ」
いつもの大口が味方を和ませる。とはいえ、当の本人はそれほど気楽なわけではない。
(百回のうち、九十九回までは死ぬだろうな)
運がよければ生き残ることもあるだろうが、使徒と刺し違えられるのならそれで充分だ。
「さ、いくぜ、使徒!」
味方の援護の元、グレッグの機体は使徒に接近していく。そして、使徒のA.T.フィールドを視認し、距離を正確に割り出す。
「くらえ、使徒!」
絶対に避けられない位置までやってきてUATFを放つ。A.T.フィールドに命中し、綺麗に消滅していく。その間にもグレッグの機体は接近するほどに使徒に近づいていた。
「N2、発射!」
そして、使徒の目前で、全てが白く輝いた。
「N2、直撃です!」
「よし、よくやった!」
爆炎が巻き上がった。命中したのは間違いない。そして、これだけの爆発だ。N2の直撃をA.T.フィールドなしに防ぐのは不可能だ。
間違いなく倒した、とベネットは思った。ベネットだけではない。誰もがそう思った。
だが、彼らは知らない。使徒を倒したとき、その使徒の直上に光の十字架が発現することを。知るはずがない。何故なら、まだどの国でも使徒を倒したという報告は入ってきていないのだから。
「これで我らがアメリカの力を全世界に誇ることができるな」
「イエス、プレジデント」
完全に調子を取り戻したベネットが満面の笑みで言う。
「よし、世界中に伝達だ。使徒の一体をアメリカが撃退したと──」
「お待ちください! パターン青、感知!」
そのオペレーターの言葉が、全員の熱を一気に冷やした。
「馬鹿な、直撃のはずだ」
だが、その爆炎の向こう側から現れたのはまぎれもなくエヴァンゲリオンの形をした使徒の姿。それも、無傷だ。
「何故だ。何故、N2の攻撃が通じないのだ」
「解析画像、出ます!」
スクリーンに映像が出る。スロー再生で、使徒のA.T.フィールドにUATFが直撃した瞬間の映像だ。
「間違いなくここでA.T.フィールドが消滅──」
ベネットがそれを見て「違う!」と叫んだ。
「これは我々が消滅させたのではない、使徒が消滅したように見せかけたのだ!」
つまり、着弾直後にA.T.フィールドを解き、改めてもう一度A.T.フィールドを展開しなおした。
そこに艦載機のN2が着弾。結果、N2の熱量はA.T.フィールドによって防がれたということだ。
「これが使徒の力というわけか」
だが、希望がないわけではない。今のように攻撃を繰り返し、確実にA.T.フィールドを消滅させてしまえば攻撃は通じるのだ。そこまでして使徒が防御に徹しているのが何よりの証拠。もしN2から自分の身を守れるのなら、A.T.フィールドの展開にこだわる必要はない。
「何度でも繰り返せ。使徒の弱点は明らかだ。そこをつけば戦いは終わる!」
だが、使徒もそこまで相手に好きにさせておくことはなかった。今度は自ら動き、UATFを撃たれる前に次々に周りの艦載機や戦車を撃沈していく。
「散会して間断なく攻撃を続けろ!」
だが、既に残り機数が少なくなった現状で、アメリカ軍にそこまで戦う力は残っていない。個別の攻撃もむなしく、アメリカ軍が次々に倒されていく。
「馬鹿な」
ベネットが呆然として目の前の事実に呟く。
そして、最後の一機が撃沈すると、使徒は大きく咆哮し、ニューヨークに向けて走り出した。
「ニューヨーク市民の避難状況は!?」
「現在、六〇%まで完了、残り四〇%です!」
「くそっ、間に合わん! 時間を稼げ! N2でも何でも攻撃するんだ!」
だが、その攻撃をする戦車も戦闘機もない。これではベネットの指示も、受け取る相手がいない。
みるみるうちに使徒はニューヨークに接近する。そしてその先端、エリス島に上陸する。
「やめろ」
使徒が飛び上がり、そのランドマークに襲い掛かる。
「それはアメリカの象徴なのだ。やめろ!」
だが、使徒の攻撃は一撃でその女神を粉砕した。破壊された女神の破片があちこちに飛び散る。それが逃げ遅れたニューヨーク市民の表情を絶望に変えた。
「自由の女神が。アメリカの象徴が」
かくも無残に、あっけなく、壊されてしまうというのか。
「援軍はまだか!」
「急いでニューヨークに向かっていますが、まだ一時間以上はかかります」
「ならばどうすればいいのだ。ニューヨーク市民は見殺しか!」
そして使徒はそのままニューヨーク市街へと襲い掛かった。逃げ遅れた市民たちが四方八方へ散らばるが、使徒が破壊した建物の下敷きになったり、それによって引き起こされた火災に巻き込まれたり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「使徒の力はこれほどのものなのか」
ベネットががっくりと椅子に自分の体を落とした。
ニューヨークはもう終わりだ。だが、ニューヨークは終わってもアメリカはまだ終わっていない。UATFが通じることも、N2で致命傷を与えられることもこの戦いで分かったことだ。あとは戦術次第でいくらでも使徒を倒すことができるのだから。
「ぷ、プレジデント」
首席秘書官のターナーが汗も隠さずに告げる。
「なんだ」
「使徒の進路、いまだ変わりません」
「なに?」
使徒は一直線にニューヨークをかけぬける。市街地を通り抜けたため被害は甚大だ。だが、ニューヨーク周辺部まで手を出そうとはせず、そのまま使徒はまっすぐに突き進む。
「どこを目指しているというのだ」
「もし、このまま進路が変更にならなければ、あと二十分以内に」
一度、ターナーは言葉を区切った。
「この、ホワイトハウスに到着します」
「なるほど。使徒め、人間側のリーダーがどこにいるのか、把握しているらしい」
自分がこのままここにとどまって使徒に倒されたならば、多少はアメリカ合衆国大統領としての責務が果たせるだろうか。いや、それは逃げの論理だ。大統領ならば、最後まで戦いぬいて使徒を倒さなければならないのだ。
「ホワイトハウス、およびワシントン全域に緊急避難指示を出せ」
「イエス」
「お前たちもだ。ワシントンにも軍隊があるとはいえ、こちらにUATFは配備されていない。時間稼ぎもそれほど期待はできない。全員すみやかに避難しろ」
「大統領は」
「大統領専用の緊急用戦闘機がある。私は最後でいい。とにかく全員、一刻も早く退避せよ」
その指示に従い、全員がいっせいに動く。残ったのはターナーだけだ。
「どう判断する、ターナー」
「イエス。使徒はエヴァンゲリオンをベースとしているのは間違いありません。とすると、人間側のさまざまなデータが使徒に読み取られていると考えられます」
「そうだろうな。私も同じことを思った。まったく、ネルフの連中はどこまでも我々に敵対するつもりのようだ」
苦々しく言い放つ。だが、ここでネルフの問題をあげつらったところで意味はない。緊急時にはもっと建設的なことを確認するべきだ。
「立て直すにはどこがいい」
「軍を束ねるためにも南部の方が良いでしょう」
「メキシコ湾沿いかね?」
「そこまでは。アトランタあたりでは」
「ふむ。その線で行こうか。あと五分で私は出るが、君も一緒に来たまえ。いや、君の家族はどうしている?」
「一足先に避難させております。万が一のことを考えておりましたので」
「早いな」
「私はこう見えてもエゴイストなので、自分の身を最優先に考えております」
その割には最後まで大統領の傍にいるあたり、言動が一致しているようには感じられない。
「まあいい。全て指示を出し終えたらいくぞ、ターナー」
「イエス」
その場でアメリカ軍への指示と、アトランタへの移動に関する最小限の連絡を出した後、二人はホワイトハウスに格納されている戦闘機へと急ぐ。
だが、二人はそこで愕然とした。
「こ、これはどういうことだ」
格納されていた機体がなくなっていた。燃料の匂いがするということは、誰かが勝手にこの機体で逃げたということか。
「大統領を置き去りにして、この機体で逃げた者がいるということか」
「そのようです。ですが、このままここで使徒の到着を待つわけにはいきません。もはや脱出路はない。それならば、シェルターへ急ぎましょう」
「うむ」
ベネットは頷いた。使徒が自分たちを見つけるか、それともうまく生き延びることができるか。
「五分よりも分の悪い賭けだな」
「大丈夫です。二〇一二年の選挙のときよりは勝算があります」
「なるほど、あのときよりも良いのなら生き残ることもできよう」
ベネットは表情を強張らせたままシェルターに向かった。
(この借りは必ず返すぞ、使徒よ)
自分はどんなことがあっても諦めない。だからこそ、アメリカ合衆国大統領なのだ。
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