これにて、各地の使徒とエヴァンゲリオンとの戦いの記録を終える。
日本における使徒殲滅を最後に、戦いの第一幕は終わりを迎えた。
ここに、使徒戦の結果を一覧として残す。
日本:サキエル・殲滅(参号機大破、鈴原トウジ・神楽ヤヨイ重傷)
ドイツ:シャムシエル・殲滅(拾伍号機消滅、拾漆号機大破、ジークフリード・メッツァ死亡、エルンスト・クライン重傷)
中国:ラミエル・生存(弐拾号機消滅、ムサシ・リー・ストラスバーグ死亡、ネルフ第六支部消滅)
オーストラリア:ガギエル・殲滅(弐拾弐号機中破、錐生ゼロ軽傷、ネルフ第九支部消滅)
ギリシャ:イスラフェル・殲滅(弐拾参号機中破)
イギリス:サンダルフォン・殲滅
ロシア:マトリエル・殲滅(拾玖号機大破、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン重傷)
南アフリカ:サハクィエル・殲滅(ネルフ第十一支部消滅)
ブラジル:イロウル・生存(ネルフ第八支部消滅)
サウジアラビア:レリエル・生存(ネルフ第九支部消滅)
アメリカ第一:バルディエル・生存(拾弐号機浸食、ネルフ第一支部消滅)
フランス:ゼルエル・生存(弐拾伍号機消滅、ネルフ第五支部消滅)
アメリカ第二:使徒発生せず
殲滅した使徒は七体。まだ現れていない三体の使徒、さらには殲滅がすんでいない五体の使徒、あわせて八体の使徒が現在生存。
エヴァンゲリオンで消滅ないし大破したものは七体。残るエヴァは中破したものも含め十六体。
死亡したパイロットは二名。また、重傷・意識不明者が四名。現在行動可能パイロットは十六名。ただし、次回戦闘までに四名が戦線復帰の可能性あり。
Yはyet。いまだ、終わらず。
第佰玖拾捌話
終結のY
戦いは終わった。終わったといっても、少年『渚カヲル』の言った通り、一か月の猶予が手に入っただけのことにすぎない。
はたして今回、世界ではどれだけの人が使徒の脅威を感じただろうか。ネルフ近隣の都市の人々は避難したりシェルターに入ったりということだったが、関係ない地区の人々にとってはこの日世界で戦いがあったことすら気づかなかった者もいるだろう。
だが、戦場の記録はこれから一か月の間で何度もテレビで流れることになる。もちろんそれはネルフや政府を通して限られたものになってしまうが、避難せずに戦闘を撮影するような者も少なからずいたのは間違いない。つまり、今回の戦いの記録は全世界の人々にオープンになるということだ。
さらにはニューヨークなどの例もある。直接使徒に襲い掛かられた町。滅びたネルフ支部。そういった戦いの爪痕をまず整理するところから始まる。この作業はおそらく一週間以上にもなるだろう。
もちろん、ネルフがそんな些事にかまっていることはできない。中破したエヴァを直し、次の戦いに備えなければならない。幸い、出現した使徒のデータはそろっている。
「やはり来たな、碇」
画面から『渚カヲル』が消えて、大きく息をついた後で冬月が言う。
「ああ。あれが最後の使徒、タブリスだ」
碇ゲンドウは指令室で腕を組んだままで言う。いつも冬月は石化でもしているのではないかと思っている。
「最後、と言っていたが、まだあと二体の使徒が確認できていないぞ」
「あわてるな。先に出現した使徒のすべてを倒せば次に出てくるのはその二体。それが終わればタブリスだ。順番通りだ」
「まずは生き残った使徒の殲滅か。どうする、アジア、アメリカのネルフ支部はすべて崩壊したが」
「“黒き月”さえ残っていれば問題はない」
「だが支部は“封印”だぞ。すべての支部が崩壊すればどうなると思っている」
ゲンドウは押し黙った。都合が悪くなると黙り込むのは悪い癖だと冬月は思う。
「ドイツが戦力を集中するそうだな」
「他の支部を見殺しにして、ドイツだけを守るということか?」
「既に封印は解かれ始めている。崩壊した支部はいくつだ」
「一、二、五、六、八、九、十、十一、既に八つだ。残っているのはドイツ、イギリス、ギリシャ、ロシアのみ。そのうちロシアはもうパイロットもエヴァもいないぞ」
「ならばもう、ドイツ以外は切り捨てた方がこちらも戦力を集中して戦える。ドイツの封印はミュンヘンの石碑ともつながっている。あそこを落とされるわけにはいかん」
ふう、と冬月はため息をつく。
「残り三カ所を見捨てるつもりか」
「エヴァンゲリオンを分散して全部が破壊されるより、確実に一カ所を抑えた方がいいということだ」
「何のための十二支部だ。封印を分散するのが目的ではなかったのか」
「だが、実際にはそれを各個撃破されている。次にくるのは生き残ったより強い使徒だ。このまま当初の作戦にこだわっていても仕方あるまい」
「では“封印”をどうする」
「日本とドイツで分散して持てばいい。イギリスから日本に合流したいという要請があった。“封印”を条件に引き受けろ」
「まったく、お前というやつは」
冬月はやれやれという感じで了承した。
「冬月。国連との調整を頼む」
「面倒なことは全て私か。たまにはお前が自分で動いてみろ」
愚痴を言うが、本気ではない。冬月はしぶしぶと司令室を後にした。
一人残った司令室で、しばらくゲンドウは動かなかったが、やがて小さくつぶやく。
「これでいいのだろう、ユイ」
“渚カヲル”がいなくなった後も、適格者たちはしばらく今の映像についてあれこれと話していた。もっとも、正確な情報がなければ議論にならないということで、すぐに作戦部葛城ミサトから説明が入った。
世界各地での戦いの経過と結果、その後の使徒の動き。日本で適格者たちが戦っている最中、ネルフ内部では完全に情報を封鎖し、目の前の敵だけに集中させた。結果として被害が大きくならずにすんだわけだが。
「まあ、戦いが終わったばかりだから何ともいえないけど、明日から世界はとんでもない動きを見せることになるでしょうね」
各国首脳やネルフ執行部は一週間は寝られないだろう。
「みんなが戦っている間、他の国ではもう戦いが終わっているところも多くてね。それで、あれこれ決まったことだけ伝えるわ」
ミサトの説明は次のようなものであった。
・オーストラリア支部の消滅により、生き残った職員・適格者・エヴァはすべて日本で引き受ける方向で動いていること。
・イギリスは単独で動くことを避け、日本と歩調を合わせることを提案し、日本側がそれを承諾。ネルフ支部としての機能は近日中に停止。スタッフは稼働中のネルフ支部に分散すること。
・ギリシャ・ロシアも単独で動くことを避け、ドイツ支部に合流すること。
・フランスは支部は消滅したもののパイロットは生存。ドイツに合流すること。
・中国・サウジアラビア・南アフリカ・ブラジルは完全に消滅。生存者は国で保護すること。
それら各国の状況を確認するとヨシノが嫌そうな顔を見せた。サラと顔を合わせたくないということなのだろう。
「俺たちは何をすればいい」
カズマが尋ねる。するとミサトはあっさりと答えた。
「とりあえず、寝てほしいわね」
という、なんともいえない言葉が返ってきた。
「これから数時間で世界はさまざまに動くわ。あなたたちにはそれに振り回されてほしくないし、結局パイロットがしなければいけないことなんて一つしかないもの」
「使徒の殲滅」
「そう。作戦部はこれから届く各地の使徒を分析して、攻略方法を検討するわ。あなたたちもそれに参加してもらうことになると思う。もちろん、オーストラリアやイギリスの子たちも含めてね。だからそれまではできるかぎり体力を温存して、いろいろなものに惑わされないでいてくれると助かるわ」
「この昂ぶった状態で眠れるものかわからないが、そうすることにしよう」
カズマがうなずくと発令所から出ていく。ダイチもそれを追った。
それに続いてランクA適格者とガードが二人一組で発令所を出ていく。シンジもエンと共に部屋を出ていこうとした。
「碇くん」
と、そのシンジを呼び止めたのはレイであった。
「綾波もゆっくり休むんだよ」
「うん」
「コモモ、綾波をよろしく」
「任せとけよ。シンジの大切なレイさんは私がきっちり守ってみせるからな」
そうしてシンジとエンが二人で部屋に戻ってくると、エンは「お疲れ様」とシンジをねぎらった。
「右手は大丈夫?」
「あ、うん。もうなんともないよ。あのときは痛かったけど」
一度切断されたエヴァの右手は既に修復が完了している。あの瞬間は、本当に自分の手が落ちたのかと思うほどの激痛だった。
「ゆっくり眠れるように、ホットミルクでも入れるよ」
「あ、ごめん、エンくん」
「いいんだ。シンジくんは今日の一番の功労者なんだから、ゆっくりしないと」
だが、シンジの顔は晴れない。世界でも自分の知っている適格者が二人も亡くなった。さらにはイリヤも重傷だという。これで眠れる自信はなかった。
「みんな一生懸命なのに、僕だけゆっくりしていていいのかな」
「むしろ、それが今のシンジくんには一番の仕事だと思うけどね。体力のなくなったときに攻め込まれたら誰がこの地球を守るんだい?」
はい、と出来上がったミルクを渡す。ありがとう、と受け取る。
「それは分かるんだけど」
「今日は僕も一緒にいるよ。シンジくんは一人だと変なことをいろいろ考えるかもしれないし」
否定できないのがつらいところだ。そして、心細いときに誰かにいてもらえるのは嬉しいと思う。
「ありがとう」
「どういたしまして。こうやってシンジくんの面倒を見るのが僕の仕事であり、願いだからね」
笑顔でエンが答える。本当にエンには迷惑をかけっぱなしだ。せめて自分のことくらいは自分でできるようにならなければいけない。
「難しいことは全部、朝起きてから考えよう」
「そうだね」
そうしてもう寝ようかというところだった。
突然、部屋のモニターが自動的に点灯し、砂嵐が起こる。
「なんだ!?」
エンがモニターからシンジをかばうように前に出る。
やがて、その砂嵐が消えて、その画面に一人の少年が現れた。
「またお前か」
エンが敵視するように睨みつける。そしてシンジもその画面の少年を見つめた。
きれいな顔だった。ただ、生きているとは思えない、どこか絵画的な微笑。
そして、画面の少年──渚カヲルは、突然こんなことを言い始めた。
『こんにちは、碇シンジくん。誕生日おめでとう』
突然、使徒から名指しで呼ばれた。あまりのことにシンジは言葉が出てこない。だが、これはテレビ画面だ。こちらから何を言ったところで──
『あ、大丈夫だよ。この電波は君たちの部屋にしか届いていない。そして、この通信は他の誰も盗聴することができない。だから、ここでこうして話ができるのは僕と、君たちだけだ』
「話をする?」
『そうだ。この画面の反対側に僕がいる。君たちはこの画面を通して僕と話をすることができるんだよ』
使徒と、直接話をする。
そんなことはまったく考えたこともなかった。だが、考えてみればこの使途、渚カヲルには人間の言葉が通じるのだ。話をすることは可能なのだ。
『驚かせたみたいだね、シンジくん。でも、僕はどうしても君と話をしてみたかった。正確には、君と、美坂シオリの二人になんだけど、今は話せないみたいだね』
「どうして、何でも知っているんだ」
『調べたからだよ。僕らには君たちのプロテクトなんて何の役にも立たない。ブラジルがどうやって消滅したか知らないのかい? 僕らがMAGIを占領するのにかかった時間がわずか一分。それで自爆決議を承認させ、二秒後に自爆。僕らにはそれができる』
「それは脅迫か?」
エンが凄んで言う。
『いや、事実だよ。やろうとすればいつだってできることだ。そして宣言した通り、僕たちは一ヵ月後の七月六日までは戦いを起こさない。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。僕は君に話をしに来たんだからね、シンジくん』
「使徒が、僕に、何の」
『だって、君が僕たち使徒にとって最大の敵だからだよ。逆に言えば、君さえ倒すことができれば僕たち使徒は君たちから倒されることは万が一にもない、と言ってもいい。確かに今は何体かの使徒が倒されてしまったし、これからもそうなるかもしれない。でも、君の力なくして僕ら全員を倒すことは不可能だ。だから君の存在は使徒にとって要注意なんだよ』
つまり、このコンタクトは何かというと。
「宣戦布告ということかい?」
エンが尋ねる。なるほど、とカヲルが頷いた。
『うまいことを言うね。そう、その行動に近い。必ず君を倒してみせるという示威行動。僕は君をそれだけ意識しているということさ』
シンジは意を決して口を開く。
「使徒はどうして、僕たちを殺そうとするんだ」
『たいした理由じゃない。君たちを倒さなければ僕たちが死ぬ。単なる生存競争だよ』
「別に僕たちは、君たちと戦わなければいけない理由はない」
『まさか。だって、僕たちは君たちを殺す。生き延びたければ戦うしかない』
「だから、どうして使徒は僕たちを殺さなきゃいけないのかってことなんだよ!」
話が通じない。シンジが知りたいのは理由だ。使徒が人間を倒そうとする理由だ。
『人間には分からないことなのかもしれないね。だから、たとえ話をしようか。ここにお母さんと、二人の子供がいるとする。お母さんは食事を一人分しか作らない。二人の子供に食事は渡らない。それなら二人の子供はどうすればいい?』
「戦うっていうのか」
『そういうことだよ。僕らは初めから戦うために準備された存在だ。僕らがここにやってくることはもう百年も前から言われ続けていたこと。いや、古くはイスラエルの十支族からかな。まあ、僕らの出現は過去何度も言われ続けたことだけどね。いつの時代も隠されてきたみたいだけど』
やれやれだね、という感じでカヲルが言う。
『それじゃあ、シンジくん。僕は君と戦うために生まれてきた。全ての使徒を倒して僕の前に立つ日を楽しみにしているよ』
「待って」
シンジがそのカヲルを呼び止める。
「戦わないっていう選択肢はないの?」
『ないよ』
あっさりとカヲルは答える。
『戦うために作られた生命体。それが使徒なのだから』
そうして映像は途切れた。後にはただ、静寂だけが残された。
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