次の日、ルセリナにメルセス卿の話を聞くと居場所を教えてくれた。
 アゲイト監獄。そこはゴドウィン家の管轄となっている場所。
「もしかして、アゲイト監獄に行こうとお考えですか?」
 まさかそんなことは、という感じの質問だった。
「もちろんそのつもりだけど?」
 さらりと答えると、途端にルセリナの表情が変わった。
「い、いけません、殿下! 危険です!」
「危険は承知のうえだよ」
「そういう問題ではありません! もし王子の身に何かあったら、残された姫様はどうすればよいのですか!」
「そうならないようにするよ」
「殿下!」
 するとルセリナは自分の手にしがみつくようにしてきた。
「……お願いします。どうか、そんな危険なことはおやめください」
 ルセリナが自分の心配をしてくれているのは分かる。
 だが、自分は何があっても自分だけの軍師を連れてこなければいけない。そのためには自ら行くことが必要なのだ。
「ルセリナは、僕に協力してくれるんだよね」
 だから、ここはしっかりとしておかなければいけない。
「僕は、自分にとって必要な仲間だと思えば、必ず自分から迎えに行こうと思う。それがたとえどんな場所、どんな相手でもだ」
「ですが、今回は」
「だから、ルセリナの存在が必要なんだ」
 え、とルセリナは声を奪われる。
「君がいないと、ここに戻ってこようっていう気にならないからね」
「で、殿下」
 彼女の顔がぱっと赤く染まる。
「そんな言い方は、卑怯です」
「ごめん。でも、絶対にメルセス卿を連れて帰ってくるよ。だから待ってて」
 真剣な言葉に彼女は「はい」と小さく頷いた。










幻想水滸伝V





『 I wish 』










 ログとランにバスカ鉱山まで移動してもらい、そのままケイヴドワーフの村へ。
 そしてドワーフたちが掘った地下水脈を通ってアゲイト監獄までやってくる。
「ここが本当にアゲイト監獄なのかよ」
 物置にたどりついて、ランが胡散臭そうに父親を見る。
「ああ。ガン公の仕事に間違いはねえぜ。ここがアゲイト監獄だ。警備員がいるかもしれねえ。こっそりと──」
 ログが言う間もなく、すぐに物置の中を調べ始める。すると、すぐに見つかった。
「みんな、これを着て」
 それはゴドウィン軍の軍服であった。
「ゴドウィン軍に化けるんですね?」
 リオンの言葉に頷いて「ああ」と答える。
「なるほどなあ。やっぱ王子さんは考えることが違うぜ。で、親父。『こっそりと』なんだって?」
「うぐぐ……」
 それにしても仲のいい親子だ。見ていて飽きない。
 それに、父親が生きているという、ただそれだけでいい。
 生きている。ただそれだけで。
「行くよ。落ち着いて慎重に」
 帽子を被った王子が先頭でドアを開けた。
「度胸あるな、王子さん」
「自分から行動するタイプの方ですから」
 リオンがランと一緒にその後をついていく。
 辺りは一面、囚人ばかりだった。
 誰もが静かに牢屋の中にいるのだが、そのうち一人が牢屋の中から声をかけてきた。
「おい」
 声の主を探すと、赤い着物の男がその牢屋の中にいた。
「お前、どこから来た」
 その男は鋭い視線で自分を見つめてくる。
「僕はここの──」
「取り繕う必要はない」
 すると、牢屋の奥で立ち上がった男が事もなげにその扉を開く。
「な、なんでいきなり……」
「私は逃げ道がなかったから牢の中にいただけだ。牢から出るだけならいつでも出られた。それより、お前たちはどこからこの監獄に入った」
「よく監獄の外から来たと分かりますね」
「靴が泥で汚れているぞ」
「なるほど。よく見てますね。僕たちは向こうの物置から入ってきました。地下に通路が伸びているんです」
「了解した。それから、そこの男も助けてやるといい。フェリド騎士長に縁のある人物らしいぞ、ラグシェリード王子」
 自分の正体まで知られているのかと首をかしげる。だが、敵対しているわけではないのなら気にすることではない。
「名前を教えてもらえるかい」
「聞いてどうする」
「助けてあげたわけだから、今度会うときには借りを返してもらおうと思ってね」
 笑顔を見せて言う。彼は逆に首をかしげた。
「キリィだ」
「キリィ。また会おう」
 赤い着物の男は何も答えずにそのまま物置へ向かった。
「さて、出してあげないと」
 向かいの牢屋に捕われていた男を助け出す。物置で軍服と一緒に見つけた牢屋の鍵を入れて回す。
「ああ、ありがとうございました」
 少し痩せている男が深く頭を下げる。
「話は聞かせてもらっていました。ラグ王子殿下ですな」
「ええ。あなたは?」
「タカムといいます。お父上のフェリド殿に、ファレナの地図を作るように言われていたものです」
「父上に」
「はい。お父上は地図を作ってそれを国民に配布しようというお考えでしたが、ゴドウィン卿は反対だったんです。地図は軍事的に重要なものだから国民に知らしめることはできない、と」
「そうだったのか」
「ええ。ここでお会いできたのも、お父上のはからいかもしれませぬな」
 タカムが考えてから言った。
「私が今まで学んできたこと、身につけたことを殿下のために役立てたいと思いますが、ご同行をお許しいただけますでしょうか」
 こんなところで仲間が増えるとは思わなかった。だがありがたいことだ。地図の知識は戦争をする上では不可欠だ。
「もちろん。ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方です。助けていただいてありがとうございます。王子はメルセス卿に会いにこられたのですね?」
「分かるかい」
「ええ。王子が自らここに来られたということは、この監獄の中でも最重要人物に会うために他ならないでしょう。でしたらメルセス卿以外ございません。ご案内します。メルセス卿がどこにいらっしゃるかは知っていますから」
 それは助かる、と早速案内をしてもらうことになった。タカムの先導で監獄の奥へと突き進む。
 そして一つの部屋の前で、何人かのゴドウィン兵と遭遇した。
「ついに来たか」
 その先頭に立つ二人。一人は少し老けた感じに見える青年、もう一人は背の高い女性。この一隊を率いているのがこの二人のようだ。
「ここは通させん。メルセス卿をお守りするのだ!」
 そして片手剣をそれぞれ構える。
「待て。僕たちは──」
「問答無用!」
 話にならない。そして女性が斬りかかってくる。
(やれやれ)
 この女性の剣の使い方はそれほど悪くない。だが、名のある剣闘奴隷を軽々と倒せる力がある自分にとってみれば、それほど強い相手には見えない。
 女性の剣をセンチ単位で回避して、三烈棍を叩きつける。
「うぐっ!」
 もちろん女性が相手なのだから手加減はしている。だが、これで戦意を喪失してくれないようだともう少し戦わなければならない。
「はあっ!」
 一方、リオンはもう一人の男性の方を叩きのめしていた。残った兵士たちも自分とリオンで倒していく。それほど時間もかからず制圧することができた。
「くっ……ここは、通させん」
 それでも女性が立ち上がって剣を構える。やはり手加減しすぎたか。
「さっき、メルセス卿を守るとか言ってたけど」
「それがどうした」
「それなら僕たちは敵じゃない。僕はメルセス卿の力を借りに来た者だ」
「なに?」
「僕はラグシェリード・ファレナス。ゴドウィンを倒すためにメルセス卿の力を借りたい」
 すると、兵士たちが驚いて目を丸くした。
「お、王子、殿下……?」
 男性が信じられないと呟く。
「ふざけるな! こんなところに、王子が来るはずがない!」
 女性が意気込んでさらに戦う姿勢を強める。
「あのさあ」
 王子は少し機嫌を悪くしてその女性に近づく。
「やる気か!」
「やる気になってるのはそっち。メルセス卿にとっても悪い話にはならないだろうに、どうして君たちは邪魔をしようとするの?」
「ゴドウィンはメルセス卿の命を狙っている。我々はメルセス卿の命をお守りするのだ」
「無理だよ、君たちじゃ。何しろ僕ですら倒せないじゃないか」
 女性が動く。だがそれより早く彼女の手首を取り、そのままねじり上げる。
「ぁくっ!」
「無駄な戦いはやめなよ。僕はあまり機嫌が良くないんだ。無駄に戦うつもりなんか、ないんだよ」
 相手を突き飛ばして、その相手に武器を放り投げる。
「……な?」
「僕の武器を預けるよ。僕がメルセス卿にとって危険だと思ったら僕を切ればいい。だからさっさと案内してくれ」
「いけません、王子!」
 リオンはその間に割って入ってくる。
「武器ならば私のものを差し上げます。ですから、王子の武器は返してください」
 そしてリオンは自分の刀を差し出した。
「……あなたは王子の護衛ではないのか。護衛が自ら武器を手放してどうする」
「もしも王子の身に危険があったら、私の身を呈してでもお守りします」
「護衛がそのような考えでいいのか?」
「はい。私は王子のお志もお守りしたいですから」
 すると女性は呆気に取られたあと、微笑を浮かべた。
「レレイさん。どうやら私たちの負けのようです」
 男性の方が声をかけてきた。
「そうですね。武器はお返しします、殿下。私はレレイ。こちらはシウス。メルセス卿の護衛をしております。」
「ありがとう」
 そうして武器を返してもらった後、レレイが扉の奥にいる人物に話しかける。
「メルセス卿。ラグシェリード王子殿下がお見えになりました」
「お通ししてください」
 中から声が帰ってくる。その声に思わずリオンと目を合わせる。
 そうして中に入ると、白羽扇を手にしたその声の主が笑顔で立っていた。
「はじめまして、王子。ルクレティア・メルセスといいます。立ち話もなんですから、どうぞお座りください」
「ありがとうございます」
 勧められた椅子に座る。そして向かいにルクレティアも座った。
「女性だったのですね」
「あら、王子殿下はご存知なかったですか」
「ええ。メルセス卿、という名前しか誰も教えてくれませんでしたから。サイアリーズもルセリナも」
「サイアリーズ様もですか。やっぱり私、嫌われているみたいですね」
 白羽扇で口元を隠しながら言う。
「まあ、王子がここへいらっしゃった理由はだいたい分かっているつもりですが」
「今、どのような状況か、ご存知なのですね」
「ええ。シウスさんとレレイさんが教えてくださいますから。きっとゴドウィンか王子か、どちらかが私に接触してくるとは思っていたんです」
「ゴドウィンが? 何故?」
「私はゴドウィンには嫌われていますから。女王陛下のおかげでなんとか処刑は免れたのですが」
「事情が分かっているのなら、話は早い」
 姿勢を正して、頭を下げる。
「どうか、あなたの力を僕に貸してください」
 そして起き上がり、まっすぐに相手を見る。彼女はふふっと笑った。
「いいですよ」
「ありがとうございます」
 お互いのやり取りには少しの無駄もない。ここにいた人が全員、そんな簡単にと驚いている。
「ルクレティアさんは、初めから僕につくつもりだったのですか?」
「王子のお人柄を見せていただいてからと思っていました」
「どうでしたか」
「力の振るいがいがある方とみました」
「それは、僕が頼りにならないということですか」
「いいえ、逆です」
 ルクレティアは真剣な表情で答える。
「王子は、人を惹きつける力がある。きっとその力がファレナに安定をもたらすでしょう」
「それは買いかぶりです」
「いいえ。たくさんの主君に仕えてきて、その辺りのことはよく分かります。王子のその力は稀有です。それに、これだけの運命を抱えていながらまるで揺らいでいない。失礼ですが、おいくつでいらっしゃいましたか」
「十七」
「その若さでこれだけの力があるのでしたら、将来はどれだけ成長するのか楽しみです」
 ルクレティアは笑った。
「さて、それでは脱出と参りましょうか」






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