バフラム艦隊は追い返した。だが、一番の問題が残る。
 レインウォールを牛耳るサルム・バロウズ。
 自分は彼を排除することに決めた。いや、どういう形でもかまわない。このままサルムと共闘することはもうできない。
 自分の目的を考えなおしてみる。
 ゴドウィン家からリムを取り戻し、ファレナス王家の威光を取り戻す。
 そのときにバロウズ家はゴドウィン家に近くにいられたら困るのだ。
 だが。
 バロウズを排除するのは一つだけ問題がある。それは、
「王子殿下、何をお考えですか?」
 窓から外を見ていた自分に声をかけてきた可憐な少女。
「いや、何でもないよ、ルセリナ」
「嘘です」
 ルセリナは、花のような笑顔で言う。
「私に聞かせたくないようなことを、お考えなのでしょう?」
「それは……」
「大丈夫です。私も、覚悟はしております。私にとって仕える相手は王子殿下なのですから」
 たとえ父親と袂を別ったとしてもかまわない、と彼女は言う。
 だが、自分は。
(それ以上のことをしようとしているんだよ、ルセリナ)
 やはり、話せるはずもなかった。










幻想水滸伝V





『I want to help you.』










「女王騎士カイル、王子殿下のもとに馳せ参じました!」
 オボロ探偵に依頼し、ノルデンの協力が得られたその直後、カイルがレインウォールへ到着した。
 ルクレティアはこれで敵軍の状況が見えると喜んでいたし、自分にとっても信頼できる仲間が一人増えたのは嬉しいことだった。
 自分にとってカイルという人物は、心が大きくて柔らかく、それでいて義に厚い人物であった。普段は飄々としているが、その中で自分が命をかけるべき場所というものを心得ている。その外面だけを見て女王騎士らしくないという者もいるが、実際にはこれほど女王騎士にふさわしい人物はいないと思っている。足りないのは風格くらいで、それはフェリド騎士長やゲオルグといった、比べる相手があまりにも風格がありすぎるせいでもある。
 サルムもまた喜んでいた。サルムは女王騎士の中では温厚なカイルを自分の仲間と考えている節がある。そんなことは全くないのだが。
「王子殿下」
 サルムがいなくなったところで、カイルは深く頭を下げた。
「すみませんでした。俺がしっかりしていれば、王女殿下も、それに女王陛下だって」
「何を言っているんだ、カイル」
 筋を通したかったというのは分かる。だが、今の謝罪は全く不要だった。
「ゴドウィンは完全に勝てる状況で女王宮に乗り込んできた。僕らが何をしたところであのときは勝てる見込みはなかった。カイルが生きていたこと、カイルがここに来てくれたこと、それがどれだけ僕にとって嬉しいことか、カイルは分かっているのかい?」
「王子」
「僕にとってカイルはお兄さんみたいな人なんだ。本当に生きていてくれてよかった……無事でよかった」
「王子」
 目を閉じて、カイルは再び頭を下げた。
「その言葉だけで充分です。俺はこれから先、ずっと王子殿下の傍にいます」
「ありがとう、カイル」
 普段は見られないカイルの真剣な様子に、見ていたリオンやサイアリーズなども感心しなおしたところだった。
「さて、それじゃあしめっぽい話はそれくらいにしますか!」
 だが、次に顔を上げたときはもう既にいつものカイルだった。やはりカイルはこうでなければいけない。
「調子がいいんですね、カイルさん」
「ま、それが俺のとりえだからね。それに気づけば王子の傍にも美女美少女がたくさんでうらやましいことで!」
「まったく、アンタは本当に変わらないねえ」
「あー、サイアリーズ様、ひっどいなー。俺はいつだってサイアリーズ様一筋ですよ! それで、こちらの威厳のありそうなすごい美女はどなたですか?」
「くすくす。はじめまして、私はルクレティア・メルセス。王子の軍師をつとめております。女王騎士カイル殿、お名前はよく存じ上げております。どうぞよろしく」
「よろしくお願いします。それでこっちはお久しぶり、ルセリナちゃん」
「はい。カイル様にはご機嫌麗しゅう」
「王子、もしかしてルセリナちゃんとは?」
「実は婚約を」
「させたいとバロウズ卿は考えているんですね?」
 やはりよく頭の回る人物だ。まあね、と答える。そして、
「ただ、僕自身もルセリナと結ばれたいと思っている」
 そう言うとルセリナは見る間に真っ赤に染まる。逆にカイルは嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか。おめでとうございます、と言わせていただきます」
「ありがとう」
「ですが、ルセリナちゃんの前で申し訳ないですが、難しい恋愛になりますね」
「分かっている。それに、ルセリナもだいたいのことは承知している」
 ルセリナも素に戻って頷く。
 そう、サルム・バロウズは王子の味方ではない。王子の名前を使って自分の勢力を拡大することしか考えていないのだ。
「ルクレティア。すぐに動くべきだろうか」
「いえ。今しばらく。そろそろゴドウィン軍も動き出すころです」
 一同、一斉に緊張が走る。
「カイル殿。ゴドウィンの軍に何か動きはありませんでしたか?」
「そういや、ディルバ将軍の舞台が動くことになるとか聞いたけど、それかな」
「でしょうね。こちらを目指してくるに違いありません。ルセリナさんの前で言いづらいのですが……」
 にっこりとルクレティアは微笑んだ。
「王子には、私が何を考えているか分かりますか?」
「ゴドウィン軍とバロウズ軍を戦わせて、お互いに疲弊させる」
「やっぱり王子は私の考えていることがお分かりなんですね」
 ルクレティアは嬉しそうに頷く。おそらく、自分とルクレティアの志向性が全く同じなのだろう。ただ、自分にはそれを実現させるだけの能力がない。
「でも、それをどうやればいいのかは全く分からない。だからルクレティアの力が必要だ」
「必要とされましょう。ですが、もう少し時間をください。今、調査中ですから」
「調査中?」
「ええ。私がバロウズ卿ならどうやってゴドウィン軍と戦うかということを考えてみました。そうしたら答が見つかったんです。今、ゲオルグさんに調べてもらってます」
「どうやってゴドウィンと」
 バロウズ軍が束になってかかったところで、武門の家柄、ゴドウィン軍にはかなわない。女王騎士もいれば兵隊の量も質も違う。
 となれば、バロウズ軍以外の軍が必要になるが。
(まさか)
 表情を変えたつもりはない。
 だが、ルクレティアはにっこりと笑っていた。
「私の考えていることが想像つきましたか?」
「とても、今この場では言えない。そう言えばルクレティアに伝わるかな」
「はい。それくらいのことをバロウズ卿は考えているのだということです。私や王子が考えつくのですから、他にそのことに気づく人がいてもいいでしょう。それがたまたまバロウズ卿だったということです」
 だが、いくらなんでもありえない。思いついた今でも、そんなことがあるとは信じられない。だが、信じられないからこそ、それが唯一絶対の真実だと思わせられる。
 あるはずのないこと。だが、その固定観念をぬぐいさってしまえば。
(バロウズ軍がゴドウィン軍と対抗するにはたった一つしかない。最低最悪の策だ)

 敵国、アーメスの兵を借りる、など。






 その夜。
 一人、部屋で休んでいるところにやってきたのはサルム・バロウズであった。
「殿下。お話があるのですが、よろしいですか」
 ある程度予測はしていた。いくらなんでもサルムが単独でアーメスと結んでしまっては、誰も後ろだてにつくものがいなくなる。アーメスは敵国だ。だが、アーメスと結ぶことを自分が認めてしまえばサルムには非がなくなる。
「もちろん。今日はどういう要件かな」
「ゴドウィン軍の件です。先ほど、ソルファレナからこちらへ軍が派遣されたとの情報をつかみました」
「敵将は?」
「ディルバ・ノウム将軍。西のディルバ、東のボズと並び称される武人です」
「知っている。何度も会ったことがある。生粋の武人だ。強敵だな」
「確かに難敵ではございますが、これを打ち破れば殿下の名はさらに高まります」
(何をさせるつもりだ、この狸は)
 頭の中でシミュレートする。この男はアーメスの兵を借りるつもりなのだ、という前提に立つ。だが自分がそれを認めるはずがない。ならば、どうする。
「殿下、その勢いに乗じて、王になられるつもりはございませんか」
(王──なるほど、そういうことか)
 答えず、今の言葉をすぐに頭の中で繰り返す。
 自分が王になる。サルムの考えていることは分かる。自分にルセリナをあてがい、自分は国父となって政治を牛耳る。アーメスの以降を借りてゴドウィン軍を撃破し、このレインウォールを地盤に国を分立させるつもりなのだ。
(腐ってるな)
 貴族がこれだけ腐っているからこそ、国が乱れる。母上がどれだけ苦しまれていたかが、これだけでよく分かる。サイアリーズが聞けば、どれほど嘆くだろうか。王家のために自分を犠牲にしてきた方だ。おそらくサルムを八つ裂きにしても足りないだろう。
「いえ、何も姫様を退けてファレナを乗っ取れと言っているのではございません。レインウォールを中心とし、新たな王国を建てるのはどうか、ということです」
「無理だな」
 一言で断じる。
「西にゴドウィン、南にアーメス。こんな立地で新たな王国を建てて栄えるはずがない」
「殿下。私はアーメスの貴族と親交がございます。アーメスに後ろ盾になってもらえれば、ゴドウィンとも充分に対抗できます」
「なるほど。アーメスと戦うのではなく、協力か」
 口端を上げる。
「いいだろう。話は聞いた。この件についてはルクレティアと相談してから改めて返答しよう」
「な!」
 そう返されるとは思っていなかったのか、サルムは大いに慌てる。
「それはなりません。ルクレティア殿の智謀は高くかっておりますが、反対するに決まっておりますぞ」
「当然だな。僕は国を分けるために彼女を呼んだわけじゃない。彼女ならこの意見をどう判断するか聞いてみる。僕も彼女が賛成するとは思わないが、意外な展開になるかもしれないぞ?」
「よくお考えください、王子。このまま仮に王子がゴドウィンを倒したとしましょう。ですが、その結果王子はどうなると思いますか。国を救った英雄が女子なれば女王となりもしましょう。ですが名声を得たのが男子では国が分裂する元になる。王子はこの国から追放されることだって考えられますぞ!」
「その通りだ。よく分かっているな、サルム。僕は最初からそのつもりで戦っていたのだが、サルムは違ったのか」
「なんと!」
「僕が戦っている理由などたった一つだけだ。女王になろうと、あの小さな体でがんばっているリムを、少しでも楽にしてあげたい。今捕らわれているのであれば助け出し、障害となるものを取り除いてあげたい。それが兄の責務というものだ。サルム、女王家を甘くみるな」
「分かりました」
 サルムは顔をしかめてかしこまった。
「今回の話はなかったことにいたしましょう。私も忘れることにいたします。ですから殿下、今回のことは誰にも──」
「お前が女王家に忠誠を誓う限り、誰にも明かしはしない」
「ありがとうございます」
 そうしてサルムは出ていく。話はよく分かった。
「聞いていたね、リオン」
 小声でささやく。
「すぐにルクレティアに連絡を。彼女なら明日の朝までには対抗策を考えてくれるだろう」
 影がゆらめいて、後には何も残らない。忠実で、優秀な部下だった。彼女のような人物が傍にいてくれるからこそ、自分は自分を信じて、前へ進んでいける。
(サルムめ。この国を切り売りしようなどと考えているのなら、ゴドウィンの前にまず貴様の喉笛を噛み切ってやるぞ)
 ラグはその瞳に、憎しみの炎を灯らせていた。






 明けて翌朝。
 いよいよディルバ・ノウムの軍が近づいてきたとの報告が入り、にわかにレインウォール全体が活気づいていく。
 ディルバ将軍を敗れば、ゴドウィンの両腕、海のバフラム、陸のディルバをそろって倒したことになる。意気が上がるのも当然のことだった。
 だが、そのディルバの軍はバロウズ軍の一.五倍。前回のように顔見せの陸軍ではない。本気でこちらを討伐に来た軍隊だ。
 サルムは一人、必ず勝てると息巻いている。その理由は既に自分とルクレティアには分かっていた。だが、決定的な情報を持ってくる男が必要だった。
 ゲオルグ・プライムである。
「よう、久しぶりだな」
 ラフトフリート防衛線後、すぐに行方をくらましたゲオルグだったが、それはルクレティアの指示で動いていたにすぎない。ゲオルグもまた、ルクレティアの指示でならば動いてもいいと判断したのだ。
 王子の部屋でただちに会議が開かれる。もちろんサルムはいない。その場でゲオルグから『南の森にアーメス兵がいた』という報告がもたらされる。
 だが、面白かったのはその後だ。

「同時に面白い奴を発見した。あの軍の中に見覚えのある奴がいたぞ」
「それは?」
「ユーラム・バロウズだ」

 これで、アーメスとバロウズ軍が結託していることが、明らかになった。






次へ

もどる