おそらく、サルムの考えはこうだ。

 自分たちの部隊と、ディルバの部隊が戦う。
 そのとき、アーメス軍が王子の援軍としてその戦いに割り込む。
 こうしてアーメスが王子に協力したという既成事実を作り上げてしまう。
 そうすれば、もはやファレナにとって王子がアーメスと手を組んだということを覆すことは不可能だ。
 それをもって、サルムは王子をかつぎあげ、この地に新たな国を興すつもりなのだろう。
「というわけで、サルムさんには悪者になっていただきましょう。それでよろしいですか、王子?」
 今までの自分なら躊躇するところではない。だが、今の自分にとっては国と同じくらい大切な人物がすぐ隣にいる。
「ルセリナ」
 だからこそ、けじめをつけなければいけない。
「僕は、どんなことがあってもこの国を守り、そしてリムを助けなければいけない。だから」
「分かっております、殿下」
 ルセリナは悲しそうな様子を漂わせながらも、それでも笑顔を見せる。
「私は、殿下の決めたことでしたら」
「待ってくれ、ルセリナ」
 だが、自分は強引にルセリナの台詞を止める。
「これは僕が言わなければいけないこと。僕が覚悟を決めなければいけないことだ」
 もう引き返すことはしない。
「僕は、サルム・バロウズを破滅させる。ルセリナ、君には辛い結果になると思う。でも、僕はそうすると決めた。そして──」
 目を逸らさない。だが、信じる。
「こんな傲慢で、身勝手な僕でもよければ、君についてきてほしいんだ」
「無論です。初めから申し上げております」
 ルセリナは笑う。
「王子のためにつくすことが、私の喜びなのですから」










幻想水滸伝V





『君を悲しませたくないのに』










 アーメスの部隊を発見したので共闘せよ、とディルバ軍に使者を出す。
 さすがに敵味方に分かれているとはいえ、自分たちにとってアーメスは共通の敵だ。一時の私情にかられるディルバではない。アーメス軍を叩くことを即座に決めた。
 だが、ルクレティアはその程度では満足しない。
 せっかくの餌なのだ。有効に活用しなければならない。
「どうするつもりだい、ルクレティア」
 今回、王子は『邪魔になる』というルクレティアの一言によって後方に下げられた。今回は起動力勝負になるし、誰からも見える位置に王子がいなければならないとルクレティアが強行に主張した。
「大丈夫です。王子の兵を一人たりとも損なうようなことはいたしません」
 ルクレティアは白羽扇で口元を隠しながら言う。
「ただ、アーメス兵とディルバ軍に、壮絶な正面決戦をしていただくだけですから」
「僕もそれは考えていた。ただ、いい方法が思い浮かばなかった」
「簡単なことです。先手を打ってこちらから仕掛け、アーメス兵を誘い出します。ディルバ軍の目の前に」
「可能なのか? そんなことが」
「はい。オボロさんにも協力していただけましたし、何よりリオンちゃんがいますから。王子にはお分かりにならないかもしれませんが、リオンちゃんのそうした能力は、この軍で最も優れています。それこそゲオルグさんやカイルさんよりも」
「リオンが隠行に優れているのは分かっているよ。それでも、おびき出すっていうのはそんなに簡単なことじゃない」
「王子が心配なさる必要はありません。たまには部下に任せてじっと待つということも、総大将には必要です」
 その言葉で、ようやくルクレティアの考えが読めた。
「なるほど。ルクレティアは僕を試しているのかな。仲間を信じ、耐えることができるかどうか」
「いいえ、試しているのではありません。王子はこれから仲間に任せるということが今後増えてきます。そのために慣れていただかなければならないのです」
 ふう、とため息をつく。
「自分が動けないっていうのは、辛いな」
「王子はご立派です」
「何故?」
「普通、自分の安全を欲しがる者は、自分から動きたがることはありませんから」
「僕は、仲間が倒れるくらいなら自分で動いた方がいいと思っているだけだよ」
「その優しさが王子の魅力ですね。ですが、忘れずにいてください。私やゲオルグさん、リオンちゃんは王子を守るのが役目です。王子を守る人はいくらでもいます。ですが、王子には代わりはいないのです」
「自分の命を最優先にしろ、か。あの太陽宮でよく分かっていたつもりだけどな」
「王子はまだまだ、自分のことに無頓着すぎます」
 ルクレティアの言っていることに間違いはない。正しすぎて自分を殴りたくなるほどに。
(リオン。ゲオルグ。カイル)
 一番危険なところを受け持つことになった女王騎士が三人。
(頼む。どうか、無事で)
 だが、王子の心配は杞憂だった。それこそ国でも有数の騎士たちだ。命の危険どころか、怪我一つする心配はなかった。
 リオンによってたくみに誘導されたアーメス兵は、ディルバ軍の正面に進軍。そのまま戦いとなった。
 双方疲弊したところで、ゲオルグ、カイルの率いる軍がアーメス軍を討つ。なすすべもなく倒れていくアーメス兵たち。
「なるほど。誰のさしがねかは分からぬが、どうやらいっぱい食わされたようだな」
 ディルバは自分がはかられたことを悟った。だが、もはや立て直すだけの余力はない。
「アーメスは蹴散らした。ここは一旦引き上げるぞ」
 そうしてディルバ軍が去っていくのを追うことはしなかった。共闘を持ちかけたのは王子の方だ。それを叩いたとなれば、今度こそアーメスに協力したと思われても仕方がない。
 疲れていたアーメス軍などものの数ではなかった。
 軽傷者たったの十三名という完全勝利で幕を閉じた。すべて、ルクレティアの掌の上だった。
「僕はとんでもない人物を味方につけたんだな」
「あら、今さらお気づきでしたか」
「分かっていたつもりだったんだけどな。ありがとう、ルクレティア。君がいてくれれば、僕も目的を達せられると思う」
「どういたしまして。私にも目的があります。この女王国が安寧であることが私の目的。ぜひとも王子にはそれを成し遂げていただきたいものです」
 こうして、ディルバ軍との戦いは中途半端なままで終わる。
 だが、これからが一番の問題だ。

 アーメス兵を導きいれたサルムに引導を渡すのだから。






 凱旋した王子をレインウォールの民たちが歓呼で迎える。だが、民衆の前にサルムの姿はない。裏で画策したことが失敗し、これからどうするか思案にくれていたのだろう。
 無論、もはや許すつもりはない。さて、どうやって叩き落すつもりなのか、ルクレティアの腕の見せ所だ。
「覚悟はいいかい、ルセリナ」
 共に凱旋するルセリナに話しかけると、ルセリナはしっかりと頷く。
 この国を売ろうとした父を、兄を許すつもりはない。その覚悟がしっかりと表情に出ている。
 そしてサルムは帰還した王子たちを自分の屋敷で出迎えた。
「おお、おお殿下! ご無事でしたか! 心配しましたぞ! まさかまさか、アーメスがここまでやってきているとは! ですが、ディルバ将軍を共闘し、アーメスを追い散らすとは! このサルム、感服いたしましました!」
 ルクレティアは何も言わない。
(この場で締め上げるのではないのか?)
 だが彼女には何か考えがあるのだろう。まずは成り行きを見守ろう。
 すると、そこに──
「パパッ!」
 タイミングよく、ユーラム・バロウズが戻ってきた。
(ちょうどいいタイミングだな)
 ユーラムはアーメス軍に混じっていた。彼がいた方が締め上げやすい──まさか。
(もしかしてルクレティア、このタイミングでユーラムが戻るように細工したのか?)
 ちらりとルクレティアを見る。そういえばオボロ探偵にも協力を仰いでいるとか言っていなかったか。もしかすると、ちょうど全員が集まっているこのタイミングでユーラムが屋敷に戻ってくるように謀ったのか。
 ルクレティアの口はしが上がっていた。どうやら、間違いなさそうだ。
(恐ろしい人物を味方にしたんだな)
 さて、いったいどんな茶番劇が待ち構えているのか。
「ユーラム! 大丈夫か!?」
「大丈夫もなにもないよ! ジダンのところから戻ってくる途中で、ディルバの部隊に追い回されたんだよ、ちくしょう!」
 ジダン──アーメス南岳兵団長。
(……ユーラムが暴露するのも、ルクレティアの謀ったことか?)
 あらかじめ、サルムのところに戻ったらすぐに現状を暴露するように誘導されていたのかもしれない。それくらいのことならやりかねない。
「あいつらに仕返ししてやる! パパ! アレを出してよ!」
 だが、ここから先のことまでルクレティアは予見できていただろうか。



「黎明の紋章を!!!」



(黎明の紋章、だって?)
 さすがにその言葉には自分が衝撃を受けた。あの黎明の紋章が、バロウズ家の手にある、とは。
 一拍遅れてルクレティアを見る。その様子は思い通りにいったという満足の笑み。
(知ってたのか、ルクレティア。人が悪い)
 だが、この面前でユーラムが暴露することほど、決定的で致命的なものはない。ここにはボズ卿もいればダイン卿もいる。彼らはサルムがどういう人物か知らない。
 もしもここで、サルムが悪人だということがバレたなら、彼らを自分たちの仲間に引き込める。
(全て、僕の都合のいいように運ぶために)
 どれほど苦心してくれたことだろうか。ここで暴露させるためだけに、ユーラムにいったいどう吹き込んだというのか。
 たいしたものだ。ルクレティア・メルセスという人物は。
「お兄様、今、なんと」
 ルセリナがユーラムに詰め寄る。だが、ユーラムは自分の失言に気づき、何も答えられないでいる。無論、サルムもだ。
「王子殿下、サイアリーズ様、リオンさん。私と一緒に来てください。お願いします」
「何か分かっているのかい?」
「地下です。私でも出入りが禁止されている場所に、もしかしたら──」
「だ、駄目だぞルセリナ!」
 サルムが身を乗り出そうとしたが、先にカイルが動いていた。
「おおっと、動かないでくださいよ、バロウズ卿。この剣は無抵抗の人間を斬るためにあるわけじゃないんですから」
 いつの間に抜いていたのか。カイルの冷たい視線に、サルムは動くこともできずにいた。
「王子殿下、早く!」
「ああ」
 ルセリナに続いて地下の倉庫への階段に向かう。だが、その前に一人の巨漢が立ちはだかっていた。
「ルセリナお嬢様? どうしたんだ?」
 チャック。ここの倉庫番をしている男だ。
「チャック。そこをどいて。地下に用があるのです」
「いや、それは駄目だ。旦那様が誰も入れちゃ駄目だって言ってるんだ」
「チャック。そんなことを言っている場合じゃないの。通して!」
「だ、だめだだめだだめだっ!」
 チャックはその大きな手をいっぱいに広げる。
「ここは通さないんだ。どおしても通りてえんなら、力ずくでも止めるんだ!」
「チャック!」
「ルセリナ、下がって」
 彼女の肩に手を置いて下がらせる。
「殿下!」
「僕が相手をする。三人はそこで待っていて」
「王子!」
 リオンが叫ぶ。だが、ここは自分がしなければいけないことだ。
 黎明の紋章は、女王家の問題なのだから。
「王子様が相手でも、手加減はしないんだ!」
 ぐっ、とチャックが拳を握る。自分も得意の三節昆を強く握った。
 丸腰の相手に武器を持つのは気がひけるが、そんなことを言っている場合ではない。それにチャックもこの巨漢で、倉庫番に抜擢されている人物。万が一のときに素手でも戦えることを考えての配置なのだろう。
 ならば、手加減はこちらこそ無用だ。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
 チャックが突進してくる。だが、単純な攻撃ほど隙は多い。
 両腕で捕まえようとするのをかがんで回避すると、三節昆でチャックの顎を突き上げる。完全にふらついたところに足払いをかけてチャックを倒す。
「悪いけど、通してもらうよ」
 そのチャックの鼻先に三節昆をつきつけた。
「お、おれ、負けたんだ……」
 倒れたまま、チャックは壁際によける。
「通っていいんだね?」
「負けたからには、好きにしていいんだ」
「ありがとう、チャック」
 王子はその肩にぽんと手を乗せる。
「いい気迫だったよ。今度は僕も武器なしで手合わせしてみたいな」
「お、王子様……」
「けどごめん。今は急いでいるんだ」
 そして三人を見返す。
「行こう。地下に何があるのかを確かめる」






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