また、あの夢だ。

【燃やせ】

 脳裏に、何度も、何度も、執拗に語りかけてくる『声』。

【燃やせ。すべてを、燃やせ。すべてを、灰に】

 やめろ。
 自分はそんなこと、何も望んでいない。

「僕の意識を、勝手にもてあそぶのはやめろ……!」










幻想水滸伝V





『太陽の呼び声』










 ラフトフリートに戻ってきた一同は、早急にこれからの動きを考えなければならなかった。
 王子ラグシェリードを筆頭に、サイアリーズ、ゲオルグ、リオン、ルクレティア、ラージャ、キサラ、ボズ、そしてルセリナ。集まっているメンバーはまさにこの軍の中核となる者ばかり。それがラージャの部屋に集合している。
 我らが軍師、ルクレティアにしてみるとサルムのもとから出ていくのは規定事項だったらしく、別にあわてた様子もうろたえる様子もない。しかも彼女の頭の中では既にこれからの計画が描かれているように見える。
「それで、王子。これからどうなさいますか」
 そのくせ自分の意見がありながらこうやって尋ねてくるのだ。どこまでも自分を試しているのだろう。
「僕が目指すところならもう決めている。ルクレティアの考えとは違うかもしれないけれど」
「伺いましょう」
 ルクレティアは笑顔で頷く。
「僕らの最終目標ははっきりしている。ゴドウィン家を倒し、リムを取り戻す。向こうはリムの名前で僕らを反逆軍とか賊軍とか言ってくるだろうけど、そんなのはどうでもいい。最終的には僕らが勝っていればそれでいいんだ。だからといって、今すぐに戦争なんてできない。あまりにも戦力差がありすぎる。だから今は味方を増やし、自分たちの勢力をさらに増やしていかなければならない」
「同意見です。では、まず手始めに何をしますか」
「それで申し訳ないけれど、いきなり味方を増やす方向で動こうと思っていないんだ。僕は先に、ロードレイクを助けたい」
「いやいや! それは殿下の考えるとおりと思いますぞ!」
 ボズが真っ先に声を上げた。
「今回の事件で一番の被害者はまさにロードレイク。放置してはおけませぬ!」
「早急に仲間を集めなきゃいけないのは分かっているんだ。でも、これだけは見逃すことができない。王家の人間として、一刻も早く、ロードレイクを助けなきゃいけない。余裕がないのは分かってる。でも、」
「お待ちください、王子。私は別に反対なんて申していませんよ」
 ルクレティアが優しく声をかける。
「というより、私の中では他のどの地域よりも先にロードレイクありき、と思っています」
「どこよりも先に?」
「そうです。サルムが失脚し、ゴドウィン軍はさらに勢力を拡大してくることでしょう。そのとき、ゴドウィンに対抗するために、王子は何をもって旗印となさいますか?」
 それは考えたことがなかった。リムを救出することしか頭になく、そのリムは敵側にいるのだから。
「王子の旗印は民衆です」
「民衆」
「そうです。王子は常に民衆の味方であり続ける。それを内外に示すことが必要です。ロードレイクを救出しても一人の仲間も増えないかもしれません。でも、それでいいのです。ロードレイクが救うために行動し、結果を出す。それが他の地域に確実に波及していきます。まあ、ロードレイクが協力してくれるのが本当は一番なんですけどね」
「あの地域の人たちにこれ以上の戦いを求めるのは酷だ。生きるので精一杯なんだから」
「ええ。だから私もそれ以上は考えないようにします。とにかくロードレイクを救出すること。この一点で王子の軍は動きます。どなたか、異存のある方はいらっしゃいますか」
「ラグとアンタの意見が一致してるんだ。他の誰に異議があるっていうんだい」
 サイアリーズが肩をすくめた。
「では、全員一致ということで。王子、それからもう一つ、先に決めておかなければいけないことがあります」
「なんだい?」
「この軍の名称です。何も決めないままでは、ゴドウィンの方から賊軍とか反乱軍とか勝手につけられちゃいますからね。せめて自分たちくらい、自分たちの軍の名前を高らかに言いたいものです」
「なるほど」
 確かに公称が『反乱軍』では仲間になろうという者も怯むというものだ。
 だが、この軍の名前は難しい。名前は象徴だ。自分たちが何を成そうというのかを明確にあらわすもので、かつ人の心をとらえるものでなければならない。
「王子の軍だから、王子軍でいいんじゃないですか?」
「それならオレンジ軍とかユニコーン軍とかでもいいじゃないか」
 わいのわいの、と楽しそうに名づけ会議が始まる。
「ルセリナは何かいい考えがある?」
 隣に座っていたルセリナに尋ねてみた。
「そうですね。過去に王子と同じような境遇の方がいれば、参考にできると思いますが」
 どうやらルセリナには何かアテがあったようだ。ただ、こういうのは自分で気づいた方がいいということなのだろう。それ以上はあえて何も言ってこなかった。
(過去に同じ)
 ファレナは昔から女王が君臨してきた国。その国で男の英雄となると──
「フェイタス軍」
 ぽつり、とラグが呟く。
「川の名前ですか?」
 リオンが尋ねる。
「いえ、この場合だと、かつてこのファレナが三カ国から攻め込まれたときに、寡兵で撃退したといわれる英雄ファルナバードの率いた軍の名前ですね」
 さすがに軍師。こういう知識には詳しい。
「フェイタス軍では川の名前に勘違いされそうですが、それもまたいいかもしれませんね」
 ルクレティアが賛成の意思を見せた。どういうことだい、とサイアリーズが尋ねる。
「最初は川の名前で誤解させておくんです。そしていざ、この戦いが終盤に近づいたときに実はこの名前にはそんな意味がこめられていたんだと、民衆の間で話題になる。その方が面白いと思いません?」
 なるほど、軍の名前を利用できるだけ利用するつもりなのだ。
「良い名前だと思いますが、みなさんはどうですか?」
「王子の決めた名前に異存はありません」
 リオンが答え、みんなが頷く。
「それでは私たちの名称はフェイタス軍ということで。では早速、フェイタス軍の最初の行動として、ロードレイク解放の動きをとります」
 軍師による宣言。全員が同じように頷く。
「早速だけどルクレティア。ロードレイク解放するためには、いくつか問題点があるんだ」
「ええ、わかっています。太陽の紋章はあくまで湖を干上がらせただけ。ロードレイクの問題は、現在水が来ていないこと。ですよね、王子」
 さすがに話がよく分かっている。というより、ずっと監獄にいたのにどうやって情報を集めていたというのか、この人は。
「水が手に入らない理由を、王子はご存知ですか?」
「川から水が入ってこないんだから、上流でせき止めてるということだと思う」
「その通りです。ロードレイクの上流にはヘイトリッド城砦というところがあって、それが完全にロードレイクへの川の流れをせき止めているんです。それも開門すれば水が流れるとか、そんな仕組みではありません。そこに大きな壁があって、水が流れてこないようにしているんです」
「分かりやすく言うと、ヘイトリッド城砦を破壊しなければいけないということ?」
「その通りです」
 ルクレティアはあっさりと言うが、それがどれだけ大変なことなのかは誰にも分かることだった。
 一つの城砦を占領するのではない。完全破壊するのだ。
「まあ、他に水を流す道を作ってもいいのですが、それだと何年単位の作業になりますし、ゴドウィンも見逃してくれるはずがないでしょうからね」
「それなら破壊する方が早いし確実だし、何よりこの場所からゴドウィン軍の拠点をなくすことができる。一石二鳥だね」
「王子は飲み込みが早くて、説明の手間が省けて助かります」
 くすくすとルクレティアが笑う。
「問題はどうやって破壊するかだ」
「王子には何か考えがありますか?」
「一番手っ取り早いのは火だと思う。城内に潜入、あちこちに火をつけて弱らせたところを破壊する。これが一番じゃないのかな」
「通常であれば、その通りです。でも、今回に限って言えばもっと簡単な方法があります」
「火よりも簡単な?」
 何かあるだろうか。ルクレティアは今回に限って、と条件をつけた。ということはヘイトリッド城砦に限るということだろう。
「ごめん、僕には思い浮かばない」
「良かったです。もしここで王子に思い浮かぶようでしたら、正直軍師としての価値を疑われるところですからね」
 そんなことがあるはずがない。だが、確かに自分の考えだけで話を進められるのなら、軍師がいてもいなくても変わらないというのも分かる。
「いずれにしても、基礎部分をもう少し弱める必要があります。土台がしっかりされていると火を使おうが何をしようが、完全に破壊しきることは難しいですからね。王子、ビーバー族と協力しましょう」
「ビーバー族?」
 たしかラフトフリートにもビーバー族がいたが。
「ヘイトリッド城塞の基礎土台を作ったのはビーバー族です。彼らならうまく破壊することができるかもしれませんし、それに……」
「ビーバー族に、ほかに協力してもらうことがある?」
 尋ねるとルクレティアが目を見張った。
「驚きました。よくわかりましたね」
「一つの行動から二つ以上の価値を作るのがルクレティアのやり方だって、ようやくわかってきたから」
「あらあら。なかなか王子には隠し事ができなくなりましたね」
「でも、ルクレティアがどうやってヘイトリッド城塞を破壊しようとしているのかは分からない」
「それは秘密ですよ。ここにいるみなさんを信じていないわけではありませんが、秘密は漏れるもの、真実は暴かれるものです。もしもあの砦を破壊する方法がゴドウィンに知られたなら、ゴドウィンはそれを阻止しようとしてくるでしょう。時が来るまでは私一人の心の中に」
「分かった。信頼しているよ、ルクレティア」
「ありがとうございます。それでは早速王子、メンバーを決めてビーバーロッジへ」
「いや、何度も悪いけどその前にやることがあるんだ」
 ラグが言うと、ルクレティアが驚いた様子を見せる。
「うかがいましょう」
「ビーバーロッジへ行く前に、先にロードレイクへ立ち寄っておきたいんだ」
「協力を仰ぐのですか? ですが、現状ではロードレイクの方は協力する気力も体力もないかもしれません」
「そんなのは関係ない。ただ、彼らに確認したいだけだ。自分たちの手で、自分たちの故郷を取り戻したいと思うのか、どうなのか」
 ラグは一度言葉を切ってから、全員の顔を見回す。
「今、僕たちはゴドウィン軍と戦っている。でも、ここでマルスカールなりギゼルなりが裏切って、僕たちのところにリムを連れて投降してきたとする。もしそんなことがあったら、僕は悔しくてどうしようもなくなると思う。勝手に故郷と両親とリムを奪われ、時間が経ってから勝手に返される。僕はそんな、翻弄されるだけの運命なんて真っ平だ。自分の運命は自分で掴み取る。リムの救出は他の誰にも任せたくない。それは僕が僕自身でやるべきことなんだ。僕自身で助けにはいけないかもしれない。ゲオルグやリオンに動いてもらった方がうまくいくかもしれない。でも、その指示を出し、行動を決定するのは僕でありたいと思っている」
 うまく伝わっただろうか。相手に伝えるにはあまりに難しい、自分でもしっかりと定まったものではない感情。
「ロードレイクの人たちは確かに犠牲者で、僕らが救出するべき対象だと思う。ただ、それはロードレイクの人たちから見てどうなんだろうか。勝手に故郷をあんな目にあわされて、気がつけば勝手に土地をもとに戻された。いったいこの苦しんできた二年間は何だったのかと思わないだろうか。確かにこの二年でロードレイクの人たちは精神的にも叩きのめされたのは間違いないと思う。でも、だからこそ、知りたい」
 強く、王子は告げた。

「自分の故郷を、他人任せにしていいのか、と」

 その言葉は動揺を生んだ。
「僕らが彼らを助けるのは義務であり、当然のことだ。でも、もしも僕がロードレイクの住人だとするなら、勝手に自分たちの町をもとに戻されるなんて、真っ平だ。自分の町なんだ。手段がわかっているのなら、自分の手で取り戻す!」
 大切なものならば、命をかけて戦い、守りとおせ。
 それが、ラグがこの一連の出来事の中で学んだ真実の一つ。
「ロードレイクの人たちがその気にならないのなら、それでもかまわない。僕たちは勝手に、彼らの関係ないところでロードレイクをもとに戻す。でもそこまでだ。その場合、僕はロードレイクに協力を申し込むことは絶対にしない。自分のことすら命をかけられない人間に、協力を求めたところで、いい返事なんてもらえるはずがないし、何よりも僕自身、大切なものを守ろうとしない人間と一緒に行動はできない」
 強く、はっきりとした口調だ。
 それを聞いて、ふう、とため息をついたのはゲオルグだった。
「ずいぶんと暴力的だな、ラグ」
「ごめん」
「いや、謝る必要はない。どちらかといえば俺も同じ考えだ。俺も自分で守ろうと思ったものは自分で守ることに決めている」
「私は、自分の身に変えても王子を絶対に守ってみせます!」
 リオンも全力で発言した。
「アンタもずいぶんとこの戦いで成長したんだね」
 サイアリーズがふふっと笑う。
「というわけでルクレティア。アタシらはラグの味方になるけど、アンタはどうだい?」
「私は殿下の思うとおりに行動する軍師ですから」
「いや、ラグはきっとアンタ自身の言葉を聞きたいと思ってるよ」
 サイアリーズが代弁する。まさにその通り、ラグはルクレティアの意見が聞きたかった。
「正直に申し上げまして、施政者たるもの感情に流された決断はよろしくありません」
 ならば、とルクレティアも率直に答える。
「ただ、今回に限っての話ですけど、私はロードレイクの協力は必要ないと思っています。問題はロードレイクを救出したという事実、ここだけです。宣伝は私の方でやりますし、王子がロードレイクとどういう関係を結ぶかについては、私は何も関知いたしません」
 遠回しだがつまり、ロードレイクは戦力にならないから好きにしてもいい、ということだ。
「ありがとう、ルクレティア。でも、できればロードレイクの人たちが、自分のことを自分で決断できる、勇気ある人たちだと僕は願っている」
「そうですね。それなら今後、ロードレイクとは協力してやっていけると思います。今回は殿下のご随意に。それではパーティメンバーを決めたら、すぐに出発してください」

 こうして、ロードレイク救出作戦が幕を開けた。






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