【一度燃えたもの、二度燃えたとしても同じ】

 また、声がする。
 昼夜途切れずに自分にささやき続ける声。その声に甘美な響きが含まれていて、ともすれば流されそうになる。
 母上もそうだった。時折、何かに流されたように、性格が変わってしまうことがあった。
 あれが、紋章の意思なのだろう。
 今なら分かる。

【燃やしてしまえ。自分に協力しないものなど、何が必要なものか】

 母上は、二年もの間、この声に悩まされ続けてきたのだ。
 ならば、息子である自分に同じことができなくてどうするというのか。

「消えろ、僕に、余計なことを言うな」










幻想水滸伝V





『I'm whispered by the sun』










 ロードレイクへとやってきたのはラグの他、リオンにサイアリーズ、ゲオルグといつもの四人。さらにはカイルとルセリナであった。
 ルセリナの同行はラグが強く望んだ。理由はいくつかある。まず、ルセリナ自信の問題。父・兄と別れ、これからは一人でやっていかなければならないという不安。それは何か行動しているときよりも、じっと待っているときの方が強い。そのため連れまわした方が本人の精神安定のためにもよい、と考えた結果だ。
 そしてもう一点。これは誰にも言っていないことだが、自分の方の問題。太陽の紋章による影響は時間とともに強くなっている。だが、ルセリナと──おそらくはその右手に宿す黎明の紋章と──一緒にいるときは、それが幾分和らいでいるのだ。
 思えば母が暴走しかけたときも、正気に戻るにはたいてい近くに父親の姿があった。心を許せる相手がいれば、すぐに立ち直れるのかもしれない。
「それにしても、この間ここには来たばかりだってのにねえ」
 サイアリーズが滅びかけた町の前で言う。
「今思えば、これも何かの縁なんだと思う」
 ラグはそう言って町の中に入っていく。
「縁、ですか」
 いつものようにリオンがその隣に立った。反対側にはルセリナが気遣うように寄り添う。
「ああ。僕たちがこの町に以前来たことがあるのが運命的に感じるけど、実はそうじゃない。それは単なる偶然。ただ、直前に来たことがあるという事実が僕らを少し衝撃から防いでくれている。僕らはこの惨状をあらかじめ知っているわけだからね」
 初めてここを訪れたカイルとルセリナにとっては、その町の様子を見て言葉を失う。
 乾いた大地。人々は町の中を歩いてすらいない。みんなが家に閉じこもって、やがてくる滅びの時を待っている。
「これでも協力を頼もうっていうのかい、ラグ」
 サイアリーズが尋ねる。
「いや、僕は最初から協力を頼む気はないよ。ただ、この町の人たちがどう考えるのか、どう行動するのか、それを見たかっただけだから」
「協力が得られないのなら、単なる寄り道にすぎないからな」
「それでも町の人たちに希望をあげることはできるからね。その辺りは王家の人間の義務かな」
 ラグは辺りを見回しながら先へ進んでいく。ルセリナがその後をついていき、王子の手を取った。
「ルセリナ?」
 突然の行動に戸惑う。ルセリナは少し涙を浮かべていたようだ。
「この現状は、王子が引き起こしたものでもなければ、王子に責任があるわけでもありません。全ては私の父と兄が招いたこと。王子が心を痛める必要はありません」
 彼女の労わる心が伝わってくる。それが頭の紋章の声を和らげてくれる。
「ありがとう。でも大丈夫。僕にはやらなきゃいけないことがあるからね。それに、何度も言うようだけど、僕はこの町を助けることを決めている。だからそれに対して何の戸惑いも迷いもない。問題なのはこの町の人たちだね。僕たちの話を聞いてくれるのかどうか」
 とはいえ、聞いてもらえないのなら、こちらが何をするかを伝えてくるだけだ。たいした問題ではない。
「いやー、それにしてもひどいもんですよねえ」
 カイルがようやく口を挟んでくる。
「どうしてここから他の町に移住しようとか考えないんですかねえ」
「してるらしいよ」
 サイアリーズが答えた。
「ただ、他の町には行きたくない、この町にいなければいけない理由がある、そうした人だけが残ってるって話だ」
「あ、そっか。そりゃそうっすよねえ」
「どちらの選択も、考えて出した結論だ。とがめることも賞賛することもない。ただ、それを認めてあげればいい」
 ラグが話を締めくくる。そうして一行は代表の家にやってきた。
 この町の代表はタルゲイユという老人。いや、まだ壮年の域なのだろうが、この二年間で老け込んでしまったのだ。無理もない。
「王子、殿下」
 タルゲイユが家の中に入ってきた王子一行を見て驚いたように立ち上がる。
「久しぶり、というにはまだ日が経っていないかな」
「……そうですな。王子がやってこられたのは、つい数ヶ月前のこと。こんなに早くもう一度お来しになるとは思っておりませんでした」
「話があるんだけど、いいかな」
「その話というのは、ロードレイクに降りかかった災厄はバロウズ卿なので、以前のことは水に流して協力しろということですかな」
 口調は穏やかだが、完全に警戒しているという台詞だった。王子以外の五人は表情に出たのか、タルゲイユを射抜くように睨む。
「いえ、すみません。ですが、そう言いたくなるくらい、この町の者たちは打ちのめされておるのです。王子が立ち去ってからも、また多くの者が飢えと乾きで亡くなりました。たとえ協力を依頼されたとしても、われらには満足に戦う力すら残っておりませぬ」
「悪いが、ラグはそういうつもりで来たわけではないそうだ」
 ゲオルグが先に言う。ほう、とタルゲイユが呟く。
「では、何の用ですかな」
「率直に言う。このロードレイクを昔のように戻す。それに協力するつもりがあるかないか、それだけを聞きたい」
「……このロードレイクを、元に戻す、と?」
「そうだ」
 タルゲイユは顔をしかめる。
「何故」
「この町の人たちにとって、僕らの協力が迷惑だっていう気持ちも分かる。ただ、僕らは僕らの目的のためにこの町を元に戻すということに決めた。それによる見返りは求めない。ただ、僕らがこの町を元に戻すということをこの町の人たちが知ったとき、それに協力するのか、ただ元に戻してもらうのを待っているだけのつもりなのか、そのあたりを聞きたかった」
 ラグの口調は挑発的だった。タルゲイユはさらに顔をしかめる。
「勝手な言い分ですな。王子がこの惨状を招いたのではないにせよ、その頭に輝く紋章、太陽の紋章がこの町を焼いたことはまぎれもない事実なのですぞ。それに、そちらはバロウズ卿の娘ですな。もしあなたがこの町で一人で歩いていたとしたら、町の者たちは間違いなくあなたを捕まえて、殺すでしょう。それほどに我らはあなたたちに不安と警戒と敵意とを持っている。それを承知なのでしょうな」
「百も承知だ。そして僕たちも別に協力をしてほしい、頼む、なんて言うつもりはまったくない。ただ、僕たちはこの町を元に戻す。必ずだ。それをあなたたちは指をくわえて見ているだけで本当にいいのか、それを聞きたい」
「なんですと」
「僕も同じだ。僕は太陽宮を制圧したゴドウィンたちを絶対に許さない。そして誰かから協力してもらうことはあっても、誰かにゴドウィン討伐を任せるつもりなんてまったくない。自分のものは自分で取り返す。言い方が悪いのはわかっていて、それでも僕はあえて尋ねる。理不尽に奪われたこの町を、自分自身の手で取り返したいか、それとも他人任せにしておくのか、ロードレイクの人たちはどちらを選ぶのか、ということだ」
 そう言われて、タルゲイユの目に激しい憎悪が生まれるのが分かった。
「それが、あなたの言い分ですか。王子」
「そうだ」
「ならばお引取りください。この町にはもう誰も戦える者はいないと申し上げたはず。協力などしたくてもできないのが実情です。自分だとえ、体が満足に動くのならばどんなことでもいたしましょう。ですが、今となってはもはや、誰もこの町から離れることすらできない状態なのですぞ!」
「町の人たちに何も言わず、タルゲイユ代表が一人で決めてかまわないのか?」
「いいですとも。あなたのような、人の気持ちを分かろうともしない方に協力などできませぬ」
 カイルとリオンから殺気が放たれる。が、ラグは手を上げて二人を止める。
「いや、代表の言うことはもっともだよ。僕は嫌な言い方をしているからね。気にすることはない」
「でも、王子はこのロードレイクのために、自分のことを後回しにしてまで活動しようとしてくれているのに、今の言い方はありません」
「そうですね。だいたい、ロードレイクに立ち寄るよりさっさと俺たちだけで動いた方が早く話は進んだんだ。王子がロードレイクの人たちの考えを尊重したいっていうから立ち寄ったのに、今の言い方は許せませんぜ」
「それも僕たちの親切の押し売りだよ。僕はこうなることが分かっていて来たんだ。二人が怒る必要はない」
 すっくと王子は立ち上がる。
「お騒がせした、代表。一つだけ、誓って約束する。僕はこのロードレイクを必ず元の状態に戻す。それも一年とか二年とかじゃない。できるだけ早急に、これ以上の死者が出る前に、必ず元に戻す。ロードレイクはそれを待っているといい」
「私は感謝を申し上げればいいのですかな」
「いや、それすら必要はない。僕たちが失敗して全滅する可能性だってあるんだ。ただ、もうしばらくのうちに元に戻るという希望は、町の人たちを助けることになるかもしれない。この情報をどう使うかはタルゲイユ代表次第だ」
「勝手な言い分ですな」
「ああ。僕も太陽宮を勝手に奪われた人間だからね。身勝手に行動することにした。その結果、誰かが救われるのなら悪くはないだろう?」
 そう言ってラグは「行こう」と仲間を促す。ルセリナがそれに続き、リオンとカイルが後を追う。
「ねえ、タルゲイユ代表」
 残ったサイアリーズが話しかける。
「なんですかな」
「あの子が嫌な言い方をしたのは分かるけど、あの子を嫌わないでやってくれないかな」
「そうはおっしゃいましても」
「二年前の事件にあの子が何の関係もないことはアンタだって分かっているはずだ。それでもあの子は、自分に責任がないのにロードレイクのことを最優先にすると、アタシらの前ではっきりと言い放った。自分が妹を人質に取られて、すぐにやらなきゃいけないことが山のようにあって、それでもなお、自分たちより残酷な境遇に置かれているロードレイクを優先するって言ったんだ。この意味が分かるかい?」
「人気取りですな」
「そうさ。アタシらは民衆によって立つことを旗印にする。でもね、ゴドウィンやバロウズがロードレイクを助けると思うかい?」
 タルゲイユは黙り込む。
「あの子に協力しろなんて言わないさ。あの子がそれを拒んでいるからね。あの子はロードレイクに協力なんてしてほしくないんだ」
「してほしく、ない?」
「そうさ。だって、協力させるってことは、生きるので精一杯なアンタたちをさらに辛い目に合わせるってことだろう?」
 タルゲイユの目が見開いた。
「まさか、協力をさせないために、わざとあのような言い方を」
「優しい子なんだよ」
 サイアリーズは苦笑する。
「だからさ、協力はしなくていいんだ。でも、叔母としてお願いしたいのさ。あの子を嫌わないでほしい。相手のためになるなら憎まれてもいいんだと考えているあの子のことを、少しだけでいいから許してあげてくれないかな」
 タルゲイユは呻く。
「アタシの言いたいことはそれだけさ。本当に協力なんていらないよ。じゃあね」
 最後に何かを言い残すとでも思ったのか、タルゲイユは出ていくサイアリーズをじっと見つめる。
 だが、サイアリーズは振り返ることもせず、タルゲイユの家を出ていった。
 四人は外で待っていた。遅れてごめん、とサイアリーズが一言謝る。
「叔母上」
「ああ、分かってる。言い過ぎたと反省してるよ。アンタの真意を悟られるのはよくないってのはさ。でもね、アンタが意味もなくただ憎まれるのが、アタシには我慢ならなかったんだよ」
 サイアリーズは近づくと王子を抱きしめる。
「無理はするんじゃない。アタシらはアンタの味方だ。どんなことがあってもアンタを一人にはしないから」
「ありがとうございます」
「そうですよー、王子。たとえ地の果てまでだって、一緒についていきますからね!」
「私もです。一人で背負い込まないでください」
 カイルとリオンも王子に詰め寄る。
「ありがとう、二人とも。それに、ゲオルグにルセリナも」
「気にするな。俺はお前に対する贖罪のようなものだ」
「私は私の信じるものと、この黎明の紋章にかけまして」
 そう。
 自分にはこれだけの仲間がいる。たとえ何があっても裏切ることがない仲間。
「よし、行こう、みんな」
 うん、と頷く。
 だが、その時だった。
「待てよ!」
 六人を呼び止める声がした。






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