太陽の紋章が滅ぼした町。
 今となっては太陽の紋章というより、水をせき止めていることが原因なのだが、それでも紋章の爪跡があちこちに残っている。

【いらないものなら、滅ぼせ】

 頭の中ではいつもそんな声ばかり。

【目障りなら、焼いてしまえ】

「誰が目障りだと言った。誰がいらないと言った」

 その言葉に反駁する。

「僕の気持ちを、勝手に操作するな」

 まだ、自分は冷静でいられる。
 冷静でいられるうちは、紋章に振り回されることはないだろう。










幻想水滸伝V





『揺らぐ太陽』










「待てよ!」
 と、声をかけたのは少年だった。
「トーマくん」
 リオンが驚いて名前を呼ぶ。以前、このロードレイクに来たときにモンスターに襲われているところを助けたロードレイクの少年だった。
「長老と話してたこと、全部聞いたぞ。この町を救うってのは本当か?」
「本当だよ」
「余計なことすんじゃねえ!」
 いきなり反対される。だが、これくらい感情を出してくれる方がかえって気持ちいい。感情が出ているうちはコミュニケーションの取りようもあるが、タルゲイユのように全てをあきらめ、感情が出ていない状態では何を話しても意味がない。
「ここは俺たちの町だ。俺たちのことは俺たちでやる。だからお前たち余所者は出ていけよ!」
「ああ、出ていくよ。でもロードレイクを救うことは僕が僕自身で決めたことだ。だからこれは譲らない」
「なに?」
「トーマ。僕はロードレイクを元に戻すと決めた。君がそれを望んでいなくてもそうすると決めた。考えてごらん。もしここに困っている人がいるなら、トーマは助けようと思わないかい?」
「それとこれとは話が別だ! もとはといえばお前らが勝手にやったことだろ!」
「そうだよ。だから責任は取らないとね」
「何を今さら言ってるんだよ。だったらなんでもっと早く来ないんだよ!」
「僕が、この現実を知らなかったからだ。そして、知らないっていうことが罪であるということも、僕は知った」
 トーマの目を見て話す。自分の信念を曲げないためにも。
「僕はもう、何も知らない子供じゃない。僕はこの国をもっとよくするために行動する。その覚悟を決めた。だからこそこのロードレイクを見て見ぬふりはできない。僕は僕の信念に基づいて、このロードレイクを元に戻すと決めたんだ。だから、トーマの意見は聞かない」
 そしてもう一度、ゆっくりと告げた。
「僕は、絶対に、この町を元に戻す」
 それが決まりきった事実であるかのように。
「そ、そんなこと言ったって、あの城がある限り無理じゃねえか!」
「それ以上は議論しても仕方がないよ。僕はどうにかすると言っている。君に信じてもらう理由も必要もない。僕はただ動くだけだよ」
 そしてトーマから目をそらす。
「逃げるのかよ!」
「君と話す必要はない、そう言った。行こう、みんな」
 トーマを置いていこうとする。が、トーマが回り込んで王子の前に立つ。
「だったら、俺も連れていけよ!」
「なんだって?」
「俺も連れていけよ! お前たちが最後まできちんとやり遂げるか、見届けてやる!」
 後ろでカイルが吹き出したのがわかった。確かに笑いたくなる気持ちはよく分かる。だが、言われた方となるとあまり喜べるものではない。
「駄目だ」
「なんでだよ! やっぱり嘘ついて逃げようっていうのかよ!」
「話は聞いたと言っていたね、トーマ。タルゲイユさんは協力はしないと言った。つまり、ロードレイクの人たちから協力者を得るわけにはいかない」
「誰も協力するなんて言ってねーぞ!」
「同行すること自体が協力なんだ。もしトーマがどうしてもついてくるというのなら、まずはタルゲイユさんの許可を得ることだ。それがない限り、僕は絶対に君の同行を認めない」
 絶対拒絶の意思を表明する。ちっ、とトーマは舌打ちした。
「そこで待ってろ。今、長老に聞いてくる!」
 トーマが走り出していく。それを見送ってから、王子がしまったという表情になる。
「叔母上の話が裏目に出るかもしれない」
「ああ、そうかもね。悪いことをしたよ。アンタと話した後だったら長老も駄目だって言うだろうけど、今はもう長老も考えを改めてるかもしれないからねえ」
「どうしますか、王子。連れていきますか?」
「たとえタルゲイユさんが許可したとしても、トーマを連れていくわけにはいかない」
「そりゃそうですよねえ。だってまだ子供ですもん」
 カイルが当然というように頷く。
「それだけじゃない。これから僕たちはビーバーロッジや他の場所に行くことになるんだ。トーマがもし同行したら、出会う相手の端から全員に喧嘩を申し込むことになりそうだ」
「ありうるな」
 ゲオルグが苦笑して頷く。
「もう少し思慮分別のある相手なら──」
 と、そのときだった。
 彼ら六人を、町の人間たちが一斉に取り囲む。
「おっと、なんだかずいぶん怖そうな人たちがいるんですねえ」
「協力するほど力がないなんて、長老も嘘が上手だねえ」
 カイルとサイアリーズが周りを見て言う。
「ルセリナさんは真ん中に」
 リオンの指示で、ルセリナを中心に五人が背をあわせる。
「何か用かい?」
 ラグが尋ねると、代表格の男が答えた。
「その娘を渡してもらいたい」
「何故?」
「バロウズの娘だ。俺たちをこんな目にあわせた張本人だろう」
「渡すとどうなる?」
「そんなことは、王子さんたちの知るところじゃない」
「ロードレイクをこんな目にあわせたのは彼女のせいじゃない」
「そんなことは分かっている。だが、その娘を殺すことで親に対して少しは復讐できる」
 頭痛がした。
 これは相手の馬鹿さ加減に生じたものではない。
 理不尽な怒りをぶつけられたことに対する反発だ。
 その反発は無論、自分自身の感情だけではない。

 その、額におさまっている太陽の紋章。

【殺せ】
【燃やせ】
【破壊しろ】
【この町ごと──】

 だが、その声をラグは無視する。聞かない振りをする。
 感情をコントロールされては駄目だ。母、アルシュタートと同じことになってしまう。
「悪いけど、それなら渡すわけにはいかない。ルセリナは僕にとって一番大切な人だ。彼女を失うくらいなら、きわめて不本意だけど僕は君たちと戦わなければならない」
「いけません、王子」
 そのルセリナから反対の声が上がる。
「ロードレイクの人たちを助けようと思っているのに、その人たちと争うわけには」
「争うつもりはないよ。襲われたら自衛するだけだ。そしてここにいる僕の仲間たちなら、それくらいの技量があると信じてるよ」
 紋章術を使うサイアリーズに、女王騎士が三人。確かにこのメンバーなら兵士でもないただの人間が傷をつけることすら不可能だろう。
「ですが王子。王子に自分の信念があるとおり、私にも信念があります」
 ルセリナはそう言うと、王子の前に立つ。
「ルセリナ!」
「大丈夫です。私も、王子を置いて死ぬことはできませんから」
 そしてルセリナは、民衆たちの前で膝をつくと、そのまま土下座をした。
「父のしたこと、どれほど謝っても償えるものではありません。ですが、私は娘として、知らなければいけなかったことすら知りませんでした。知らないということは罪だということを知りました。どれほど謝罪しても謝罪し切れませんが、謝らせてください。申し訳ありません」
 ルセリナの毅然とした態度に、ロードレイクの人たちは逆に何も言えなくなってしまっていた。
「私も、父のしたことは許せないことだということを今ではよく分かっています。皆さんは同朋をたくさんなくされて、その代償に私を殺してやりたいと思うこともよく分かります。ですが、私は死ぬわけにはいきません。この国のために戦おうとする王子のためにも、私はその力になりたいと思っています。そして、私の命の限り、この国が少しでもよくなるように戦いたいと思っています。だから、私は王子に協力して、ロードレイクを元の姿に戻したい。そのために全力をつくします」
 そしてルセリナは立ち上がり、代表の男をじっと見つめる。
「私を許さなくてもけっこうです。ですが、王子は本当に、この事件には何の関係もないのです。王子のことだけは、否定なさらないでください」
「そんな、割り切れることじゃねえ」
 男は首を振って言う。だが、進むも引くもできなくなっている状態であることは違いない。
「何事じゃ!」
 と、そこへタルゲイユとトーマが戻ってきた。
「ゲッシュ兄ちゃん! なんだよ、これ!」
 見られたくなかった相手に見られたというように、ゲッシュは顔をしかめた。
「ゲッシュよ。たとえ相手がバロウズの娘であったとしても、父のしたこととこの娘には何の関係もないであろう。それをよくわきまえよ」
「けどよ、長老!」
「だいたい、もしもここでこの娘を殺したならば、バロウズ卿のこと、今度はこの町を完全に滅ぼすために軍隊を派遣してこよう。そうなれば我々はもうどうすることもできん。死ぬのみじゃ」
 そこまでは考えていなかったのか、ゲッシュと呼ばれた男が顔をしかめる。
「すみませんでしたな、王子。若い衆がご迷惑をおかけしました」
「いえ」
「トーマを連れていってくれはしませんか」
 タルゲイユが尋ねてくる。
「心変わりの理由をうかがってもいいですか」
「トーマが行きたいと言っているのが一番の理由ですじゃ。この子にせめて食事くらいは与えてくださるじゃろう?」
 なるほど、食い扶持が一人減るだけでもこの町にとってはありがたいことなのかもしれない。
「ただ、サイアリーズ様に言われて、私も少々堪えました。いえ、その前の王子の言葉かもしれませぬな。自分たちの町のことを、他人任せにしてもいいのかと。せめて町を代表して、誰かが王子に同行してもいいのではないか。そう思いました」
「な、なんの話だよ」
 ゲッシュがその話に割り込んでくる。
「ゲッシュよ。王子殿下は、このロードレイクを元に戻してくださると、そうおっしゃっているのだ」
「元に……」
 ゲッシュが信じられないものを見るように王子を見つめる。
「そういうわけで、殿下。我々としては今後の協力はお約束できません。ですが、ロードレイクを元に戻すことは我らの悲願でもあります。できることはしておきたいと思います」
「ありがとうございます、タルゲイユさん。でも、僕はトーマの同行は認めない」
「どうしてだよ! 長老の許可があったらいいってさっきは言ったぞ! やっぱり嘘つくのか!」
「今の台詞が全てだよ、トーマ。誰が相手でもかみついていくような人を同行させるわけにはいかない。これから僕たちはこの町を元に戻すためにいろいろな人の協力をあおがないといけない。君の言葉がそれらを全て台無しにしてしまうおそれがある。そんな同行者を連れていくことはできない」
「何言ってんだよ! そんな、そんなの──!」
「いえ、確かに王子のおっしゃるとおりですな」
 意外にもタルゲイユが王子の言葉を肯定した。
「な、なんだよ長老まで!」
「トーマ。今のお前では王子に協力することはできん。おとなしく村で待っておれ」
「そんな!」
「そのかわり、こいつを使ってやってくれませんかな」
 タルゲイユがゲッシュに近づいて、その肩を叩く。
「な、なんだよ突然」
「この男はゲッシュといって、町の若い衆を束ねる者です。ここにいる若者もゲッシュの言葉にだけは従います。無論、このゲッシュ一人だけを連れていってくださればいい。荷物運びでも何でもさせてやってくだされ」
「か、勝手に話を進めるんじゃねえよ!」
 ゲッシュが困っている。ついていきたいと思わない者を強引に連れていくのはどうなのか。
「どう思う、ラグ?」
 サイアリーズが尋ねてくる。
「この町の指導者的な立場の方が、ついてくるメンバーとしてはありがたいよ。ただ、今のやり取りを見ていると不安も残る」
 そう。ゲッシュは今、ルセリナを殺すためにここに来たのだ。そんな人間を連れていっても大丈夫なのか。
「そうだね。だったら──」
「私ならかまいません」
 ルセリナがはっきりと言う。
「たとえ襲われたとしても、今の私には紋章もありますし、それに王子の傍を離れなければ大丈夫でしょう?」
「おっと、これは一本取られたね」
 サイアリーズが苦笑した。
「じゃあ、どうする?」
「ロードレイクが自発的に協力してくれるのなら、これほどありがたいことはないよ」
「OK、決まりだ。長老、そのゲッシュっていう若者でラグがいいって言ってるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ただし!」
 サイアリーズがゲッシュを指さす。
「こっちが何をしようと口を挟まないこと、文句を言わないこと。それだけは守ってもらうよ!」
 するとゲッシュはぶんぶんと首を振って「ああ、わかったよちくしょう!」と叫んだ。
「要するに俺は王子さんたちを見張ってればいいってことなんだろ?」
 察するのが早く、正確だ。なかなか賢い。
「王子さんたちの邪魔にならないようにしよう。トーマ、お前のかわりにしっかりと見届けてきてやる」
「ああ。頼むぜ、ゲッシュ兄ちゃん!」
 ゲッシュがついていくのなら安心だ、というようにトーマが笑顔になった。
「王子殿下。ゲッシュをどうかよろしくお願いします」
「ああ。ありがとう、タルゲイユさん。必ずロードレイクは元に戻す。それもできるだけ早く。だから、待っていてほしい」
「お待ちしております」

 タルゲイユは当然、まだラグ自身それほど意識していなかっただろう。
 だが、二人のやり取りを見ていたサイアリーズにははっきりと分かっていた。

 このロードレイクが元に戻ったとき、ロードレイクは必ずラグに協力するようになるだろう、と。






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