【何をためらうことがある】

 紋章は繰り返し、繰り返し言葉を重ねる。

【燃やせばいいではないか】
【あの太陽宮に住む者たちを】
【妹がかわいいのなら、いっそストームフィストを】
【お前にはその力があるのだから】

 そう。
 ロードレイクを出てから太陽の紋章は攻撃の矛先を変えてきた。今までは何でもいいからとにかく壊せ、燃やせというだけだったのに。

 ストームフィストの破壊。それは今の自分にはあまりに魅力的だった。

「でも、僕はその選択はしない」

 それは第二のロードレイクを生むだけだ。そして悲劇は悲劇を呼び、さらなる不幸が重なる。

「僕は、これ以上不幸になる人間を作りたくない」










幻想水滸伝V





『they regret what they did』










 ゲッシュを加えた一行は、ログの船でビーバーロッジまでやってきていた。
 自分たちの姿を見るなり逃げ出していくビーバーたち。いきなり来てこの待遇だとため息もつきたくなる。
「ずいぶんと嫌われているな、俺たちは」
 ゲオルグが言うが、問題は自分たちというわけではない。
「人間が嫌いなんだろうね。何しろ、これから攻略するヘイトリッド城砦を作ったのはビーバー族なんだし」
 その言葉にゲッシュが体を震わせた。当然その事実はロードレイクの人たちであれば常識の範疇なのだろう。
「余計なことは言わないでおくれよ」
 サイアリーズが釘を刺しておく。「わかってる」とゲッシュは気を悪くしたまま答えた。
「まずは誰かと話さないと進みませんねー」
 カイルが桟橋の上からきょろきょろと辺りを眺める。
「でも誰もいないですね」
 リオンが少しむくれた様子で言う。
「ビーバーの長老に会いにいけば確実だろう」
 ゲッシュの不機嫌な声が響く。おお、とカイルとリオンが手を打った。
「ということはあの家かな」
 ラグは村の中心にある、少し大きめな建物を見る。そうしてギシギシ音を鳴らす桟橋の上を歩いていく。
「ルセリナ、落ちないように気をつけて」
 少し過保護な感じもしたが、ルセリナは微笑んで「はい」と答える。
「王子はルセリナちゃんに優しいなー。俺もサイアリーズ様に優しくしてもらいたいなー」
「風の魔法で送ってあげようか?」
「ははは、冗談ですよう」
 カイルは相変わらず冗談で場を和ませている。が、その様子でようやく、ラグも気づいた。
(そうだったのか)

 カイルは、サイアリーズを。

 だが、その気持ちは届かない。サイアリーズが結婚に対してどういう感情を持っているのか、それはルナスで聞いている。王家が分裂することを防ぐために、ハスワールとサイアリーズは結婚せず、子も作らないということに決めた。カイルがどれだけ思っても、そしてサイアリーズがカイルに応えたいと思ったとしても、それはどうにもならないことなのだ。
「何をお考えですか、王子?」
 何もよく分かっていないという様子でリオンが顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。心配かけてごめん、リオン」
「私はいいですけど、ルセリナさんには心配をかけさせちゃ駄目ですよ」
「ああ、分かってる」
 自分がルセリナと恋愛関係になっても、リオンと自分の絆はまったく変わらない。それもそれでどうなのかとは思うが、ぎくしゃくするよりはずっといいだろう。
 やがて一行は長老の家につく。人間が入っても余裕があるくらいの広さだった。王子を先頭に中に入っていく。
「おやおや。人間の方がたくさんいらっしゃいましたな。ご苦労様でござりまする」
 その中心にあった毛玉から突然声が出てきた。
「私、この村の長老をしておりまする、フワラフワルと申します」
「僕は──」
「ああ、いや、何をしに来たかは聞かないことにいたします。なので、このままどうぞお帰りくだされ」
 と、客に対する言葉とは思えない言いようだった。
「と言いますと?」
「いえ、そちらの事情をうかがうと、また私らは争いごとに巻き込まれることになるのでしょう。私らは先の件を本当に後悔しているのです」
 なるほど、また嫌な仕事を頼みに来たと思われたわけか。
「ですが──見たところ、そちらの方はロードレイクの方でいらっしゃいますか?」
「そうだ」
 ゲッシュが喧嘩を売らないように答える。余計なことは言わないようにと釘が刺されているせいだ。
「そうですか。それでは、見て見ぬ振りもできませぬのう」
 フワラフワルがため息をついた。
「ロードレイクの方には、大変申し訳ないことをしたと思っておるのです。わかってくだされとは申しませぬ。ただ、私らも武器で脅されたら、抵抗するほど力があるわけでもございませぬ。従うしかなかったのです」
 ゲッシュは何も言わない。言いたいことはいろいろあるだろうに、それでもじっと我慢している。
「彼は、今回同行するにあたって自分からは何も言わないように、と僕から言ってあるんです」
 ラグが先に言う。
「だから僕が代わりに言います。それでも彼ほど、強い感情がこもるわけではありませんが。つまりあなたたち、ビーバー族は自分たちが助かるために、他人を犠牲にしなければならなかった、ということなのですね」
「厳しい言い方ですが、その通りでございます」
 フワラフワルがうつむいて答える。
「彼らが苦しんでいるかわりに、あなたたちはこの場所で、今も仲間を失うことなく平和に暮らすことができている。それを分かっていて話も聞かずに僕たちを追い返すつもりですか」
「何勝手なこと言ってんだよ!」
 と、そこに別の声が割り込んできた。ゴーグルをかけたビーバーが一人、長老の部屋に入ってくる。
「もとはといえばアンタたちが勝手に戦争を始めて、オイラたちを巻き込んだんじゃないか!」
「よしなさい、マルーン」
「でもさ、長老!」
「私らが自分たちの生活のために、ロードレイクの人たちを苦しめているのは事実なのじゃ」
「そんなこと分かってる。でも、その前にアンタたちだって自分勝手じゃないか! オイラたちばかりに責任を押し付けないでくれよ!」
「ゲッシュ」
 ラグは相手の顔を見ずに呼びかける。
「なんだ」
「一回だけ、いいよ。言いたいことを言っても」
「いや、自分が惨めになるだけだからいい。ただ、そこのマルーンとかいうビーバーに一つだけ聞きたい」
「な、なんだよ」
「俺は父と母と弟と何十人もの仲間と、そして故郷を失った。お前は何を失ったんだ?」
 マルーンは何も答えられなかった。失うことをしていない人間が、今の問いに何を答えられるものか。
「すまなかった、王子」
「いや、いいよ。それより、今の君の憤りを、それだけに抑えてくれたことを心から感謝する。フワラフワルさん。もし、彼らロードレイクの人たちを助けることができると言ったら、協力してもらえないか」
「ロードレイクを助けるですって!?」
 また別の声がする。今度は丸眼鏡をかけたビーバーが入ってきた。
「ムルーン。お前まで」
「長老。この人たちの話を聞くべきです。僕たちは今までずっと後悔して暮らしてきた。この先もずっと後悔しながら暮らすより、少しでも罪滅ぼしをするべきです!」
 ずいぶんと前向きなビーバーだ。というより、ロードレイクからビーバーロッジまで来て、ようやくラグと波長の合う相手が出てきたような気がする。
 過去に縛られていると、未来の話はできない。当事者に過去を切り離せといっても難しいのは当然だ。だが、それができている者とは未来を語ることができるのだ。
「君の名前は?」
「ムルーンです。実は、僕があのヘイトリッド城砦の基礎土台の図面を作ったんです」
 だとすれば、城砦の根幹を全て知っているということではないか。
「良かった。僕は君に会うためにここまで来たようなものだよ。あのヘイトリッド城砦を完全に破壊するために、あの城砦がどういうつくりになっているのかをまず教えてほしい」
「あの城砦はそのまま普通にくみ上げていっただけです。逆に言うとどこかを崩せば壊れるような簡単なつくりではありません。図面はありますので、お持ちしましょうか」
「お願いするよ。もし、あの城砦を破壊するといったら、協力してもらっても大丈夫かい」
「僕はぜひそうしたいと思っています。長老!」
「うむ……せめてもの償いじゃな。マルーンもよいな」
「そりゃ、オイラたちにできることならするけれどさ」
「ありがとう」
 ラグは三人に向かって頭を下げた。
「いえ、これは僕らの責任です」
 ムルーンがあわてたように言う。だがラグは首を振った。
「それならムルーン、君がこうして誰かに協力を頼む立場だとしたら、相手の弱みにつけこんで当たり前のような顔をしていられるかい?」
 尋ねると、ムルーンは首を振った。
「君たちに事情があるのはよく分かっている。でも、大切なのは相手に対する感謝の気持ちなんだと僕は思っている。ビーバー族のみんなが協力してくれること、ロードレイクの人たちが協力してくれること、僕にとっては本当にありがたいことだ。みんなが協力するからこそ、自分たちのやっていることに勇気と自信が持てるし、何よりその方が嬉しい」
 ラグが笑顔で言う。
「ビーバー族のみんなが、ここで静かに平穏に暮らしたいという気持ちはよく分かる。僕だって自分が太陽宮で暮らしていたときは同じように思っていた。でも今はもうロードレイクが、そしてこのファレナがどういうところなのかを知ってしまった。僕はもう目を背けない。だからみんなの協力を心からありがたく思う」
「こちらこそ、私らの後悔を払拭させてくださる機会を与えてくださり、ほんにありがたいと思っておりまする」
 フワラフワルが頭を下げた。
「俺は、ロードレイクをあんな風にした張本人が元に戻すのは当たり前だと思っていた」
 ゲッシュが、発言の許可がなかったにもかかわらずに述べた。もっとも、誰もそれを止める者はいなかったが。
「だが、あそこは俺たちの土地だ。他の誰かに放り投げていい問題じゃない。そして俺たちの土地を元に戻そうとしてくれることに感謝する」
 ゲッシュにとって、その言葉がどれほどの悔しさから出てくるものか、推し量ることはできない。
 原因となったバロウズの娘、ルセリナ。
 町を焼いたアルシュタートの息子、ラグシェリード。
 ヘイトリッド城砦を築いたビーバー族。
 確かに誰も直接の責任はないだろう。だが、ゲッシュにしてみれば誰もが憎しみの対象になっても仕方がないこと。
 その憤りを全てこらえて、彼は『感謝する』と言ったのだ。
 ラグはゲッシュに近づくと、彼の手を取る。
「君の、そしてロードレイクのみんなのためにも、必ず町は元に戻す」
「王子さん」
「君のその気持ちに、心から感謝する」
 その様子を見ていたリオンが、少し涙目になっていたのか指でぬぐっている。ゲオルグとサイアリーズがふふっと笑ってお互いを見た。
「そうしたら、早速で申し訳ないけど、協力できる人数を集めてほしいんだ。それも、大規模な工事をするつもりだから、人数は多ければ多いほどいい」
 ルクレティアから作戦の概要は聞かされていないが、建築作業のできるビーバーを一人でも多く連れてきてほしい、と頼まれている。
「あの城の解体工事でもするのですかな」
「いや、あの城を壊す方法はあると軍師は言った。だから多分、他にやることがあるんだと思う」
 問題は軍師の頭の中ではどんな方法で壊そうとしているのか、それが分からないことだ。ただそれは言う必要はない。
「分かりました。マルーン、ムルーン。すぐに動ける者たちを集めよ。そして言うのだ。我らが罪を清算するときが来た。ロードレイクの方々を助けるために動くのだと」
「分かりました!」
「やりましょう、みなさん!」
 マルーンとムルーンが言う。そして全員が頷く。
「ヘイトリッド城砦を落とす。やるぞ、みんな!」

『おう!』






次へ

もどる