【簡単なことではないか】

 まだ声は響く。こうしてみんなで協力ができるようになった今でも、変わらずに声は途切れない。

【どうやって城砦を壊すか?】
【そんなもの、考えずとも分かること】
【ロードレイクと同じよ】
【ロードレイクのようにしてしまえばいいことだよ】

 ストームフィストの次はヘイトリッド城砦か。
 だが、その声に流されるわけにはいかない。太陽の紋章の力ははかりしれない。いったいどこまで被害が及ぶか想像もつかない。

「僕はその選択はしないと言ったはずだ」

【では、お前の軍師もそうか?】

 ずきん、と心が痛む。

【信じられぬであろう?】
【あの軍師が太陽の紋章を全く使わないと思うのか?】

「そんなの、話せば分かることだ」

 そう。
 太陽の紋章のささやきに負けないためには、すべてを明らかにしてしまえばいいことなのだ。










幻想水滸伝V





『予期せぬ再会』










「王子、よくご無事でした」
 ラフトフリートに戻ってきた王子たち一行をルクレティアが出迎える。
「紹介する。ビーバー族のマルーンとムルーン。長老の代理で来てもらっている。マルーンは実働部隊を動かしてくれる。ムルーンはヘイトリッド城砦の基礎土台を設計した人だ。それ以外のビーバーたちは別行動で、数日のうちに到着する」
「よろしくな!」
「よろしくお願いします」
 マルーンとムルーンがそれぞれ挨拶をする。それを見てルクレティアが笑顔で会釈する。
「こちらこそよろしくお願いします」
「それから、こっちはロードレイク代表のゲッシュ。町を代表してきてもらっている」
「よろしく頼む」
「こちらこそ。ロードレイクの方に来てもらえたのが何よりもありがたいです。何しろ、これから先、ロードレイクを元に戻すためには、大勢の人が必要になりますから」
 どういうことなのか、ラグはまだ説明を受けていない。いったいどうやって城砦を破壊するのか。それをまずは明らかにしなければならない。
 到着したメンバーを全員個室へ案内させ、その間にラグはルクレティアと二人きりになる。
「ルクレティア。一つだけ、最初に確認しておきたい」
「なんでしょう」
「城砦を破壊するのに、太陽の紋章は必要なのか?」
「まあ、真っ先にその方法を考えましたけどね」
 しれっと、ごく当然という風に言う。まあ、全く考えていないとしたら絶対に嘘だろう、この人物が。
「ただ、正直その破壊力、被害の度合い、何もかもが不明な状態で、壊せるのか壊せないのかも分からないような不明確なものを作戦の根本に置くわけにはいかないんです。やるからには絶対に成功しなければいけませんからね」
 白羽扇でルクレティアは顔の下半分を隠す。
「なので、王子に紋章を使ってもらうことは、今回は全くないと思います」
「分かった。今後は?」
「分かりません。ただ、あやふやなものを戦争の道具に使うことは私はいたしません。その太陽の紋章の力がはっきりと分かるなら、作戦に組み込むこともあるでしょうけど」
 なるほど、それは非常に理にかなっている。太陽の紋章はロードレイクを焼き尽くしたが、紋章を使っても規模をおさえられたり、こちらの意図通りに使えるのならば、それは良い道具にすぎない。風の紋章や炎の紋章と何の変わりもないのだ。
「やっぱり、ルクレティアを軍師にして良かったよ」
「あら、ありがとうございます。私も王子が自分の主でよかったと思っていますよ。こういうときに一番困るのは、部下を疑って、疑心暗鬼になって自ら離れていくことですからね。分からないことは相談してくださるのが一番いい。私は王子に対しては真実しか申し上げませんし、それを疑ったときが我々の関係の終焉と思ってください」
「心しておくよ。これからもよろしく」
「はい」
 ルクレティアは嬉しそうに頷いてから王子を見つめなおす。
「さて、それでは準備に取り掛かりましょうか。まずは私とムルーンさんとで大筋を決めてしまいますので、みなさんはどうぞ休まれてください。ただ、王子にはしていただくことがあります」
「なんでもするよ」
「ありがとうございます。このロードレイクの上流にセラス湖があるのはご存知ですか? その近くに洞窟があるのですが、そこへ行っていただきます」
「僕は何も知らないままの方が都合がいいのかな?」
「はい。ここで話を始めると、どこから話が洩れるか分かりませんから。何人かと一緒に行っていただきますけど、目的地は誰にも言わないでくださいね」
「リオンや叔母上にも?」
「ルセリナさんにもです」
「場所が僕にも分かるかな」
「地図をお渡しします。タカムさんに正確な地図をいただいていますから、確認しながら進んでください。それほど遠くはないですよ。そして、現地には既に私の知り合いがいますので、あとはその人の指示に従ってください」
「分かった。とにかく僕はそこへ向かうだけでいいんだね」
「はい。王子と、それからルセリナさんにそこにいていただくことが一番大切なんです」
「ルセリナも?」
「はい。あとは誰でも自由にお連れください。あ、ログさんとランさんは置いていってくださいね。やっていただくことがありますので。あとはサイアリーズ様も」
 とすると自分とルセリナの他、リオンが確定として、ルセリナの護衛にはカイル。こんなところだろうか。ゲオルグはやはりサイアリーズについてもらった方がいいだろう。
「四人だけでよろしいですか?」
「別に危険なことはないんだろう?」
 だが、ルクレティアは首をかしげた。
「もしかしたら危険かもしれません」
「なぜ?」
「そこはシンダルの遺跡なんです。罠があっても専門家がいるので大丈夫なんですが、強いモンスターがいた場合は大変かもしれません」
 少し考えたが、これから人手が一人でも必要なときに、これ以上割くわけにもいかないだろう。
「まあ、何とかするよ」
「無理はしないでくださいね。それでは、よろしくお願いします」
 頷いてから部屋を出ると、既にそこにはルセリナとリオン、カイル、ゲオルグの四人が待っていた。
「休んでいたんじゃなかったの?」
「私は王子の護衛が任務ですから」
「その、王子が心配だったものですので」
「いやー、他にすることもないと暇なんですよねー」
 こちらが意図した三人が待っていてくれたのは本当にありがたい。
「叔母上は?」
「ええと……その、いつもの」
「ああ、眠たかったのか。いいよ、寝かせておいてあげて。あとでルクレティアから依頼が行くはずだろうから。あと、ゲオルグはいつもの通り、叔母上の護衛と、ルクレティアから依頼を受けたら動けるようにしておいて。僕はリオン、ルセリナ、カイルと一緒におつかいに行ってくる」
 冗談めかして言う。ゲオルグも苦笑した。
「分かった。大丈夫か?」
 ゲオルグから気遣いの言葉を受ける。ラグは強く頷いた。
「焦っても仕方のないことだけど、ロードレイクの人たちにとっては一分、一秒が飢えと乾きとの戦いなんだ。少しでも早く何とかしてあげたいと思うよ」
「お前が倒れても仕方がないのだが、まあ今のお前に言っても仕方のないことだな。では、一つだけ心得ておけ」
 ラグは頷く。いつもこの人は自分にとって進むべき目標であった。
「自分のことより、仲間のことを気にしろ」
「仲間」
「分かりやすくいうとルセリナ嬢だ。彼女はお前ほど体力があるわけではない。彼女を行動の基準にすれば、お前たち三人はいつでも万全の力で戦えるだろう」
 なるほど、確かにルセリナに無理をさせるわけにはいかない。
「分かった。ありがとう、ゲオルグ」
「俺にできることがあれば何でも言ってくれ」
 そのゲオルグの気持ちは分かるつもりだ。自分の母を、成り行きとはいえ殺さなければならなかったこと、それはゲオルグにとって強く後悔するところなのだろう。
「よし、三人とも、行こう」
 こうして、三人はセラス湖へと向かって出発した。






 その行程は、ゲオルグの忠告通り、早くもなく、遅くもなく進んだ。ルセリナにとって余裕のあるペースというのは、あとの三人にとっては何の問題もないペースであった。女王騎士のリオンとカイルはもとより、ラグも十分に力のある戦士。モンスターが多少群れて出てきたくらいならば、大きな問題ではなかった。
 そう、モンスターならば。
「そっちだ、追え!」
 見つかったのはモンスターではなかった。たまたまこちらの方角に斥候に来ていたゴドウィン軍だった。
 当然、一人や二人ではない。一班六人で、それが五、六班はいるだろう。半小隊というところか。
「どこか隠れるところもないし、やるしかないかな」
「ルセリナちゃんをかばいながらだと厳しいですぜ」
「じゃあ、僕らが囮になって、リオンとルセリナを先に行かせようか」
「無理ですよ! さすがに王子とカイルさんだけで全員の足止めは無理ですし、王子が捕まったら何の意味もありません!」
 ルセリナは声にならないくらいに全力で走っている。だが、それも限界が来る。
「せめて、背にできるところがあればいいんだけど」
「森まで遠いですねー。ま、そうなったら仕方がない。俺がなんとか敵を食い止めますよ」
「いいえ。ここはルセリナさんを守りながら、確実に私たち全員がばらばらにならない方がいいと思います」
「そうだね。リオンの意見に賛成かな。といっても、向こうがこちらを殺すつもりで、囲まれて突進されたら終わりだけど」
 数というのはいつでも実力者を圧倒することができる。一対一なら自分たちは絶対に負けないだろうが、数で圧迫されるともうどうにもならない。
「覚悟を決めようか」
「最悪の場合は、王子だけでも退避を」
「それくらいなら太陽の紋章の力を解放するよ」
「それだけは勘弁してほしいですね。ロードレイクがもう一個できる」
 カイルが笑って言った。もちろん王子も冗談で言ったのに対して答えたものだ。
 だが、万が一のときはそうせざるをえなくなる。自分は何よりこの仲間たちを守りたい。そのために太陽の紋章が暴走しようが知ったことではない。

【さあ、我を解放せよ】

 紋章の呼び声が聞こえる。

【焼け】
【殺せ】
【お前の敵を、葬れ】

(まだだ)
 ラグは自分の心を落ち着ける。
 これは最後の手段。自分まで母親のように、精神を病んではならない。
 ゲオルグから聞いた、母の最期。

 愛するものをこの手で滅ぼすなど、そんなことは絶対にしない。させない。

「やれっ!」
 一斉に襲い掛かってくる敵兵。近くの敵から次々に倒していくも、それでも限界はある。一斉に攻撃を受けてはどうにもならない。いくら三人で円陣を組んだところで、いつかは綻びが生まれる。
(ここまでか)
 一瞬、ほんの一瞬、太陽の紋章を解放しようか、と思った。
 だが。
「そこまでだ!」
 誰かの声がした。敵の攻撃が一瞬、止む。
「今だ!」
 その瞬間、三人は動いた。身近な敵を打ち倒すと、倒れた敵兵から離れるように場所を移す。死んだ兵士たちが邪魔になって動けなくなる前に、場所を移動することも必要だ。
 それにしても、今の声は。
「助太刀する!」
 ラグたちの目の前に、颯爽と現れたのは。
「え」
 その男は、大きな剣を振り回して、あっという間に五人の敵兵を斬り倒していた。
 そう。
 彼を、ラグは知っている。ラグたちは知っている。
 何しろ。
「これは、王子殿下!」
 彼もまたこちらを見て驚いた。それは当然だ。何しろ。

「助かったよ、ベルクート!」

 もしかしたら、自分の兄弟になるかもしれなかった相手なのだから。






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