【誰が仲間で、誰が敵かなど、見分けることはできぬ】

 頭にある真の紋章は常に自分に語り続けている。
 たとえ自分が食事をしていようと、仲間と共にいようと、寝ていようと、始終暇なく常に語り続ける。おそらくはそういうモノなのだろう。
 二十四時間途切れない【破壊】への誘い。
 それを二年もの間、ずっと耐え続けてきた母上は、やはり名君だったのだと思わせられる。

【お前の仲間は本当に信頼できるのか?】
【人間など、いつ裏切るかも分からぬ】
【信じられるのは自分のみ】
【己が力を解放して、全てを破壊してしまえば良いことではないか】

「僕は負けない」

 その声に対抗するように、自分は心の中であらん限りの力で抵抗する。

「僕は仲間を信じる。そして、お前の誘惑に膝を屈することなど、絶対にしない」










幻想水滸伝V





『自分の弱さと信じる心』










 レリーフから光が発せられると共に、地響きと轟音が起こる。そのレリーフのあったところが左右に開いていき、そこに洞窟の入口が現れた。
「さすがはシンダル族の遺跡だな。凝り方が一筋縄ではない」
 黎明の紋章を使わなければ開かない扉。こんなものをそう簡単に使うことはできないだろう。
「ところでツヴァイクさん」
「呼び捨てでかまわんよ。私も別に君に頭を下げようとは思わん」
「ではツヴァイク。あなたはこのシンダルの遺跡に何を求めているんだ?」
 ラグの質問にツヴァイクは苦笑する。
「君たちにとってはたいしたものではないよ。シンダルの遺跡に魅せられた者はシンダルの遺跡を暴くこと以外に楽しみがなくなる。私が欲しているのはいわば、シンダルそのものだ。この遺跡のことを研究し尽くして、また次のシンダルの遺跡を探す。それだけが楽しみで生きているようなものだ」
「それほどシンダルの遺跡には魅力があるということか」
「魅せられた者にとっては、これほど価値のあるものはない。シンダルの遺跡を一つでも多く見つけること、それだけが我々遺跡を研究する者の楽しみだからな」
「見つけた後はどうする?」
「どうもしない。いずれはシンダルを追う他の者もこの地にやってくるだろう。だが、この遺跡を最初に暴いたのは私で、その事実は未来永劫変わらない。それで充分だ」
 どうにもラグには理解のできない世界だった。が、それだけの魅力のあるものに携わっているということが、身を引き締めさせていた。
「では行こうか。この中の様子を早く知りたいからな」
 と、ツヴァイクが中に入っていこうとすると、
「待て!」
 と、若い女の声がした。
「また君か、ローレライ」
 ツヴァイクが振り返ると、そこにいたのはラグとほとんど変わらないか、少し年上程度の女の子であった。
「なんで私は駄目なのに、そいつらは連れていくんだ。女子供ばかりじゃないか」
 確かに六人のうち女子供が四人。カイルとベルクートが目を合わせて苦笑する。
「君も女子供のうちだろう。だいたい、私にはかかわるなと言ったはずだ」
「そういうわけにはいかない。私だって、シンダルの遺跡を探しているんだ。この遺跡に入れるチャンスを不意にするつもりはない!」
「自分一人で入れないからといって、誰かについていくというのか。そんなものは、ただのコソ泥と同じだ」
「くっ」
 ローレライと呼ばれた美少女が顔をしかめる。それからラグを睨みつけた。
「おい、お前!」
 ラグをさして『お前』呼ばわりである。当然、周りの人間が黙ってはいない。ルセリナは一気に感情が昂ぶったし、カイルとリオンはいつでも闘える体勢に変わった。マリノはおろおろしていたが、ベルクートは注意深く相手の様子を探る。
「お前がこの隊の隊長か?」
「そんなところかな」
「お前もシンダル遺跡を追いかけている者か?」
「いいや」
「それなのにこの遺跡にいったい何の用だ」
「初対面の相手に言うことじゃないかな」
「馬鹿にしているのか!」
 随分な激情家のようだった。ラグは苦笑して、武器を取る。
「納得がいかないなら、これで勝負をつけようか」
 ラグの方から提案した。
「僕に勝てれば一緒に連れていってあげるよ。でも、もし君が負けたらそこまで。それでどうだい?」
 その提案に、周りの方がぎょっとする。ツヴァイクは顔をしかめて「余計なことを」とぼやいた。
「その言葉に二言はないな」
「ファレナ女王国の王子として、太陽と河に誓うよ」
「ファレナ女王国の王子……?」
 ローレライはじろじろとラグを見定める。
「そうか、お前が噂のラグシェリード王子か。話には聞いている、相当腕が立つということもな」
「それはどうも」
「それなら相手にとって不足はない。私は、私より強い男しか認めないからな!」
 ローレライはそう言って愛用の鞭を取り出す。ラグは当然ファレナ王家に伝わる三節棍。
「ちょ、ちょっと、ベルクートさん、いいんでしょうか」
 ベルクートの後ろでマリノがあわてている。が、ベルクートは涼しい顔だ。
「ええ。王子が負けることはありません」
 ベルクートはマリノを安心させるように言う。
「王子は先の闘神祭の奉納試合において、闘技奴隷若手一番のシュンを倒しています。私でも苦戦する相手です。その王子が負けるはずがありません」
「王子は、普段は自分の力を見せませんから」
 リオンも自信を持ってうなずく。
「それに、王子は自分からやると言ったことはやめません。頑固な方ですから」
「でも、もし怪我をされたら」
「その王子を信じるのが我々の役目です」
 ルセリナが後を続ける。
「私も殿下に怪我などしてほしくありません。でも、私は決めました。私は王子を支えるだけではない、王子の志も支えるのだと。王子が戦うことを決めたのなら、私はそれを信じてついていくだけです」
 だが、ルセリナはリオンほど余裕の表情ではない。愛する人が戦う、それを目の前で見させられる。その緊張と恐怖に顔が歪んでいる。
 その様子を察してか、ラグはルセリナを振り返った。
「大丈夫だよ、ルセリナ」
 そして笑顔で言う。
「だから、笑っていて」
「殿下」
「ルセリナがいてくれるから、僕は自分を信じていられるんだから」
 言われたルセリナは顔を赤らめたが、やがて穏やかな笑顔を浮かべた。
「はい、殿下」
 その笑顔を見たラグは改めてローレライと向き合う。
「待たせたね」
「ルセリナというのは、バロウズ家の娘か。知らなかったぞ、女王家とバロウズ家との間にそんな関係があったとはな」
「別に、家の問題じゃない。僕とルセリナとは、導かれるままに出会っただけ」
 かつて、まだ幼かった頃、自分がまだ自分だと信じられなかった頃から。
「なるほどな。ファレナの王子は飼い殺しだと聞いていたが、存外自分の意見をしっかりと持っていたようだ。侮っていたことをわびよう。そして、敬意を表して最初から本気でいかせてもらう」
 ローレライは両手で鞭を構えた。
「行くぞ!」
 接近して上から鞭を振るう。剣や棍と違い、軌道が不規則に歪む鞭の攻撃は回避が難しい。目で軌道を追いかけても、わずかな力の入れ具合で小刻みに歪む。
 鞭の届かない距離まで後退する。すれすれのところを鞭がしなりを上げていくが、ラグにはぎりぎり届かない。その位置で見極めて回避している。
「なかなかやるな。だが、私の間合いに入ってこなければお前の攻撃は当たらんぞ!」
「確かにね」
 だが、鞭は使い用によっては効果的な武器であるのは間違いないが、少なくとも一対一で戦うときに有用なものではない。何より、鞭を振るうときに一度腕を振りかぶらなければいけない。そのタイミング。
「くらえ!」
 ローレライの攻撃。鞭は横から、長い軌道を描いてくる。
 狙いは、よめた。
 ラグは三節棍で鞭を止める。その鞭の先端がくるくると三節棍に絡んでいく。
「とった!」
 ローレライは鞭を引いて三節棍を奪い取ろうとした。が、その作戦をラグは先読みしていた。力をかける前に間合いを詰める。鞭が絡まって力を発揮できるのは、鞭が完全に伸びきった状態のときに限る。たるんでいてはどれだけ引いてもラグのバランスを崩すことはできない。
 逆に間合いを詰めたラグはその鞭を途中で踏みつける。逆に力をかけられたローレライが腕を取られる。
「そこまでだ、ローレライ」
 ラグはローレライの眉間に三節棍をぴたりとあてた。ローレライではまるで相手にならなかった。力の差を見せつけられた彼女は、その場にへたり込んでしまった。
「つ、強い。これがファレナ女王家の王子……」
「これで、納得してもらえたかな」
 無傷の勝利に仲間たちも笑顔でラグを祝う。
「さすがです、王子」
「いやー、やっぱり王子はすごいっすねー」
「お見事でした」
「感動しました。すごいです、王子様!」
 そして、肝心のルセリナは。
「お疲れ様でした、殿下」
 渾身の笑顔でラグを出迎えた。
「ありがとう、ルセリナ」
 ラグもそれに笑顔で応えた。
「さて、これで結論は出たな」
「くっ」
 ローレライが悔しそうに下を向く。
「ああ、そのことだけど、ちょっと待ってくれるかな、ツヴァイク」
 ラグはツヴァイクの言葉を止める。
「ローレライ、だったよね」
「なんだ。敗者に何も用などないだろう」
「いいや、君に大事な用がある、ローレライ」
 真剣な表情でローレライに接する。
「君も知っているかもしれないけど、僕たちは今、ゴドウィンという貴族たちと戦っている最中なんだ」
「知っている。ファレナの内乱だろう。王子が反乱を起こしたとあちこちで噂になっている」
「僕はゴドウィンを倒して、妹のリムを助けたい。このファレナを元の、争いのない平和な国に戻したい。でも、そのためには一人でも多くの、信頼できる仲間が必要だ」
「……どういうつもりだ」
「簡単なことだよ。君に、僕の仲間になってもらいたい。ゴドウィンと戦い、この国を守るための」
「私に戦えというのか? お前よりも弱いこの私が?」
「君は弱くない。ただ、一対一には向かないというだけだよ。知識も勇気もある。腕も立つ。君がいてくれたら僕は安心できるし、嬉しい」
「何を」
「おそらくこの内乱は長くは続かない。一年続くかどうかだ。その間、僕の仲間になって共に戦ってほしいんだ。もちろん、ただとは言わない」
「報酬か? 悪いがあちこちのシンダル遺跡を巡っているおかげで、金には不自由していない」
「君にお金なんか必要ないだろう。君が一番求めているものを提供する。君にはそれで十分なはずだ」
 ローレライは目を見張った。
「まさか」
「そのまさかだよ。君が僕の仲間だというのなら、ここにいる仲間たちと一緒だ。この遺跡の奥に一緒に行くことができる」
「おい、王子」
 ツヴァイクはそこまで聞いて止めにかかった。
「そういう厄介ごとを増やされるのは困る」
「大丈夫。ツヴァイクの邪魔はさせないよ。でも、ルセリナやカイルたちも連れていくんだ。仲間が一人くらい増えたところで何の問題もないだろう?」
「学者の立場から言わせてもらえると、遺跡荒らしを仲間にすることなどもっての他だが」
「私は遺跡を荒らしたりなどしない! 私はただ、シンダルの遺跡を追いかけているだけだ!」
「君のことは知っているとも。シンダルの遺跡を暴き、そこにあったものを売り、シンダルの研究者を泣かせた遺跡荒らしのことは」
「違う! それは──」
 ローレライがうつむく。が、そこから言葉が出てこなかった。
「返す言葉もないようだな。それでは話はそこで終わりだ」
「ねえ、ローレライ」
 だが、ラグはツヴァイクの言葉を無視して話しかけた。
「なん、だ」
「約束してくれるかな。僕たちの邪魔をしない。ツヴァイクの邪魔をしない。どうしてもやりたいこと、調べたいことがあったら僕やツヴァイクの許可をもらうこと。その約束ができるのなら、僕は僕の責任で君を連れていくことにする」
「王子」
 はあ、とツヴァイクはため息をつく。
「王子にとってもこの遺跡は自分たちの命運を決める大切なものだろうに」
「だからだよ。信頼できる仲間を一人でも増やし、ゴドウィンに対抗できるようにしないといけない。だから、ローレライ。僕たちに協力してほしい」
 ローレライはまじまじとラグを見つめた。
「ファレナの王子は、ずいぶんと変わっているのだな」
「そうかな」
「少なくとも、噂とは大違いだ。もっと軟弱で、意志の弱い男だと思っていた」
「僕は弱いよ」
 ラグは目を細めた。
「僕は自分が弱いことを知っている。知っているから立ち向かえる。そして信頼できる仲間がいてくれるから、その恐怖と向き合うことができるんだ」
 ラグは何かを吹っ切るかのように言う。ローレライはため息をついた。
「分かった。協力しよう。そして、王子やツヴァイクの邪魔にならないようにすることを約束する。ただ」
 ローレライはちょっと困ったように尋ねた。
「疑問に思ったことは質問したい。それも、駄目か?」
「やれやれ」
 逆にツヴァイクがため息をついた。
「私が作業をしていないときにしてくれるならな」
「ありがとう」
 ローレライは素直に頭を下げた。
「よし。それじゃあ、奥に進もうか」
 そうして、一人増えたパーティは、いよいよシンダル遺跡の中へと入っていった。






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