【じきに分かる。お前を取り巻く悪意が】
うるさい、お前の話は聞かない。僕は僕の信じる道を進む。
【そう思っていられるのも最初のうちだ。お前の母が犯した罪を知らぬわけでもあるまい】
だからこそ、息子の僕がそれを償わなければならない。
【お前の母もそうだった。最初はそうして毅然としていた】
うるさい。
【少しずつ時間が経つにつれて、あの女は壊れていった。そして、我が力を解放した。ロードレイクを焼き、敵対勢力を退け、そして──】
うるさい。
【──お前の父も、殺した】
うるさい。うるさい、うるさい、うるさいっ!
幻想水滸伝V
『I want you not to doubt』
シンダル遺跡の最奥までやってくると、再び黎明の紋章で開く扉が現れた。ルセリナが紋章をかざすと、その最後の扉が開く。
「この奥には何があるんだ?」
ローレライが尋ねる。
「予想はついている。だが、確証のないことは言わない主義でな」
ツヴァイクは一番にその中に入っていく。ローレライはため息をついてラグを振り返った。
「行かないのか?」
「ああ、大丈夫」
ラグは首を振った。この程度で疲れていては駄目だ。これから先、自分はこの紋章とずっと付き合っていかなければならないのだから。
「王子、体調が悪いようですが」
ルセリナが気遣う。
「うん、少しね。でも大丈夫。僕なんかよりロードレイクの人たちがもっと困っているんだから」
ラグはそう言って歩みだすが、最初の一歩で少しよろめく。
「王子!」
あわててルセリナが支える。
「大丈夫ですか?」
「うん、ごめん」
「熱があるのではありませんか? 少し顔が赤いようです」
ルセリナはそう言って手をラグの額に触れる──
「熱っ……?」
その、黎明の紋章の備わる手で触れた額が、灼熱に感じられたが、すぐにその熱が静まる。
「──今のは」
一瞬、その手が触れただけで、もはやラグの熱は収まっていた。
「王子、熱は──」
「うん。本当に大丈夫だと思う」
ルセリナはおそるおそる、もう一度手を触れてみる。が、今度は何ともない。
「大丈夫みたいですね」
「ああ。ありがとう、ルセリナ」
今のは、間違いない。
(太陽の紋章が暴走しかけていたのを、ルセリナの黎明の紋章が鎮めた)
思った通り、黎明の紋章のおかげで太陽の紋章の力を抑えることができるようだ。ただ、黎明の紋章はどうなのか。この力が無限に使えるはずもない。そもそも太陽の紋章の方が黎明の紋章よりも上位紋章にあたる。力同士ぶつかりあえば、太陽の紋章の方が強いに決まっている。
「ルセリナは大丈夫?」
「私ですか? はい、私は別に何もしておりませんから」
どうやら本当に何でもないらしい。だとすると、太陽の紋章の暴走を一時的に抑える効果を備えているということか。
(便利な能力だな。でも、おかげで僕もこの頭痛から少し楽になることができそうだ)
ラグは今度こそしっかりとした足取りで遺跡の奥へと入っていった。
既に奥ではツヴァイクが遺跡を調べている。正面に黎明の紋章と三本の柱。そして左手には何枚もの石碑。
「遅かったな」
「ああ。何か分かったかい」
「シンダル文字だ。どうやらこの遺跡の起動の仕方が書かれているようだ」
「起動?」
「ああ。この遺跡は私の仮説の通り、セラス湖を人工的に作るために設置されたもののようだな」
その言葉がひっかかった。
「人工的?」
その言葉の意味するところは、つまり。
「セラス湖はシンダル族によって作られたということか?」
「そうだ。この遺跡が水門の役割を果たし、水を溜めこんでいるということだ」
水を、溜める──
急速にラグの頭の中が回転を始めた。湖にまでわざわざやってきた理由、そこにある水門の役割を果たす遺跡、人工的に作られた湖。それらをすべて重ね合わせると、ルクレティアの考えていることが読めてくる。
「一つ教えてくれるかい」
「なんだ」
「この遺跡、起動させることは?」
「可能だ。ルクレティアが号令を出すなら今すぐにでも」
「駄目だ」
ラグはきっぱりと告げた。
「その作戦は駄目だ。許可できない」
「お、王子!?」
リオンが驚いて声を上げる。
「ちょ、王子は軍師が何を考えているか分かったんですか?」
カイルも驚いて尋ねる。「ああ」とラグは答えた。
「すぐに戻る。もし僕の考えている通りにルクレティアが事を運ぶつもりなら──」
軍師としてそばに置くわけにはいかない、と言おうとした。だがそのとき、ルクレティアの言葉がよみがえる。
『分からないことは相談してくださるのが一番いい。私は王子に対しては真実しか申し上げませんし、それを疑ったときが我々の関係の終焉と思ってください』
──違う。
ルクレティアはそう言った。分からないことは相談しろと。ならば信じよう。ルクレティアにはきっと考えがあるのだと。その上でこの遺跡が使えるのかどうかを確かめたのだと。
いずれにしても真偽は確かめなければならない。
これは疑うということではない。自分の考えが及ばないことに対して、ルクレティアがどうやって解決しようとしているのかを教えてもらうだけだ。
「とにかく戻ろう。ルクレティアに相談しなければ、この遺跡をどうするかということも決められない」
「そうだな。一度戻ってこいと言われているのだから、さっさと話を進めるのがいいだろう。私もこの遺跡を起動したらどうなるのか見てみたいしな」
ツヴァイクも頷き、全員でこの遺跡を出る。ローレライは何度か振り返って遺跡を探索したがっていた。
「ローレライはここに残りたいかい?」
そう尋ねた。
「正直に言えば、その通りだ」
「駄目だ、許可はできん」
ツヴァイクが厳しく割り込んでくる。
「せっかくの遺跡が、その女のせいで使えなくなってもかまわないというのか」
「私はそんなことはしない!」
「口だけなら何とでも言えるだろう」
ツヴァイクとローレライが激しく睨みあう。どうやらツヴァイクが気にしているのは先ほど言っていた『遺跡荒らし』の件なのだろうが、ローレライはそれについては『違う』と主張している。
どちらが正しいかなど分からない。いや、こういう場合はたいてい『どちらも正しい』というのが正解なのだろう。
「残ってもかまわないよ」
ラグはそう言った。
「王子、正気か?」
ツヴァイクが睨む。
「まあ、遺跡の最奥は黎明の紋章がないと入れないわけだし、問題はないと思うよ。それに、ローレライは僕の仲間になってくれるって言ったんだ。僕は仲間を信じる」
「裏切られてもか」
「そのときはそのときだよ。でも大丈夫。ローレライは僕を裏切らないから」
断言して、ローレライに微笑む。
「そ……」
ローレライは正面から見つめられると、顔を赤らめて背けた。
「そんなことを言われたら、何もできないじゃないか!」
そう言って、他のメンバーより先に遺跡を出ていく。それを見てラグは肩をすくめた。
「怒らせちゃったかな」
「いえいえ、あれでいーんですよ、王子」
そのラグをカイルが後ろから抱きしめた。
「ちょ、カイル?」
「いやー、俺は王子を見直しましたよ。もう女の子の口説き方も免許皆伝ですね」
「僕は一度もカイルからそんなことを教わった記憶はないよ?」
「いえいえ! これだけ見事に女の子を口説けるなら大丈夫ですって! ただ、ルセリナちゃんには気をつけてくださいよ。あまり他の女の子ばかり口説いているとやきもちを焼かれますからね!」
「王子がそういうつもりで言ったわけではないのは心得ています」
ルセリナは笑顔でカイルに応えた。
「あらあら。ルセリナちゃんの方がずっと王子の事を理解してくれているみたいですね」
「からかわないでよ、カイル」
苦笑してカイルの拘束から逃れる。
「ですが、カイル殿のおっしゃる通り、ローレライ殿は少し柔らかくなったようですね」
ベルクートが大人の貫録を出しながら言った。
「きっと、殿下のことを信頼してくれたということでしょう」
「王子様に信じてくださったら、普通の人は疑うことなんかできませんよ!」
マリノも大きな声で主張する。
「ずいぶんと持ち上げられるなあ」
「それだけ君自身が魅力的だということなのだろう」
ツヴァイクがそう言って先を促す。
「さあ、行くぞ。ルクレティアをあまり待たせると角を出すかもしれないからな」
そうして一行が遺跡を出て帰り道を踏み出そうとした。
そのときだ。
突然、目の前に女の子がいた。
(なんだろう、可愛い子がいる)
どれくらい目の前かというと、そのまま両腕を回すと抱きしめることができそうなくらい。まさに至近距離。しかも見たことのない顔だ。
「ちょっ、何者!?」
リオンが強引に間に割って入った。その衝撃で女の子はしりもちをつく。
「う、いったぁーい」
涙目になった黒髪の女の子は、むー、とうなってから立ち上がった。そしてきょろきょろと周りを見る。
「そっか、まだ、だったんだ」
と、突然意味深なことを言い始めた。
「そ、そんなことより、あなたは誰ですか!? どうしてこんなところに!」
「ええーとー」
女の子は首をかしげて、えへ、と笑った。
「ここ、どこの国ですか?」
と、逆に質問を返してきた。
「不思議なことを聞くな。自分のいる場所も分からないと? 記憶喪失とでも言うつもりか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
女の子が困ってラグを見つめてくる。
「ここはファレナ女王国だよ」
「ファレナ?……そっか、前より近いけど、うーん」
女の子が困ったように顔をしかめる。
「結局ごちそうはまた駄目かー」
会話が跳びすぎて、何も理解ができない。
「君の名前は?」
「私? 私、ビッキー」
にっこりと笑ってビッキーが応える。
「あなたは?」
「僕はラグシェリード・ファレナス。この国の王子をしている」
「王子様?」
目を二度瞬かせて、まじまじと見つめる。
「やっぱり、そうなんだ」
そしてにっこりとほほ笑んだ。
「王子様。せっかくなので、私を雇ってくれませんか?」
と、ビッキーは笑顔で言う。
「雇う?」
「はい。きっと、王子様、お困りなんですよね? いろいろと協力できると思います」
「君はこの国の状況が分かっているの?」
「ぜんぜん」
えへ、と笑いながら言う。
「でも、困っている人は見たらわかります」
特殊な能力の持ち主なのだろうか。
「私、ちょっと変わった紋章を持っていて、テレポートができるんです」
「テレポート?」
空間移動というやつか。だが、そんな紋章は聞いたことがない。
「馬鹿な話だ」
ツヴァイクが吐き捨てて言う。
「うーん、実際やってみた方が早いですよね。それじゃあ、仲間にしてくれるなら、今行きたいところまで送ってあげますよ!」
本当か嘘かは分からないが、彼女が本気で言っていることだけは分かった。
「じゃ、お願いしようかな」
「ありがとうございます! それじゃ、行きたいところを思い浮かべてくださいね!」
そして、ビッキーは手にしていたワンドを振りかざした。
「それじゃ、いっきまーすよー……えいっ!」
思い切りワンドを振り下ろすと、ラグたちの体が途端に光に包まれ──そして、消えた。
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