あの映像を見て、ようやく分かってきたことがある。
 この大地は太陽の紋章によって作られたという。

 それは嘘だ。

 太陽の紋章は、文明が栄えたところに現れては、それを滅ぼすということを繰り返している。
 太陽の紋章の継承者は、その衝動に身をまかせないように気をつけてきた。
 それが、ふとしたはずみで解き放たれることがある。
 かつて、古代アーメス王朝が滅びたときのように。
 近年、女王アルシュタートがロードレイクを滅ぼしたときのように。

「でも、僕の望みは滅びなんかじゃない」

【その考えがいつまで続くのやら】

「僕はこの国が好きだ。この国の中で生きてる人々が好きだ。だから滅ぼしたりはしない」

【この国に住んでいる者たちがお前の父母を殺し、妹を奪ったのだぞ】

「だからこそ、僕は自分の力でリムを取り返してみせる」

【太陽の紋章の力でゴドウィンを滅ぼせば片付く問題だろうに】

「母上はそうしなかった。お前の力が危険だから」

【──本当に、そうかな?】

「……なに?」

【アルシュタートが太陽の紋章を使ったのが、あのロードレイク一回限り──本当にそうだと思っているのか?】










幻想水滸伝V





『No conversations, no cooperations』










「レルカーに行く」
 本拠地を手に入れたはいいものの、王子に協力しようという勢力は今のところ多数派ではなかった。
 相変わらずストームフィストのゴドウィン派の力は強く、一方でレインウォールを根城とするバロウズ派については求心力こそ失ったものの、王子がそのかわりになるという見方は誰にもされていなかった。結局、エストライズもセーヴルも味方になってくれるわけではなかった。
 そんな折、レルカーの町の代表が王子に会いたいと言ってきた。仲間を増やすにはこれほど都合のいい相手はいない。
 レルカーは町そのものが三つに分断されている。ゴドウィン派、バロウズ派、中立派という状況だが、現在はそのバロウズ派の力がなくなったために、かわりとなる権力者を探していたということだ。その結果白羽の矢が立ったのが王子だったということだ。
 もっとも、旧バロウズ派と手を組むのはよしとして(現実に、ボズやルセリナも広い意味では旧バロウズ派である)、レルカーの場合はゴドウィン派が三分の一を占めている。はたしてその町と協力を結ぶことはできるのか。
「行ってみなければ分からない」
 王子はできるともできないとも思わない。それはまさしく「やってみなければわからない」ということなのだろう。
「ですが、王子に行っていただくのは……」
 王子の単独行動についてはあまりいい顔をしないルクレティアが困ったように言う。
「大丈夫です。私が御守りします」
 リオンが意気込んで言う。
「いや、リオンちゃん。そういう意味じゃないんだよ、この場合」
 カイルが楽しそうに言う。そう、問題は王子がこの場を離れることであって、王子が危険にあうかどうかという意味ではない。もちろん危険なことはしてほしくないのだが、王子はたいていの危機は自分で退けることができる力を持っている。
「ロードレイクのときと同じだよ、ルクレティア。自分で実際に行ってみなければ、事実は何も分からない。自分の目で見てみないと、僕は納得できなくなってしまった」
「たまには部下に任せることも大切ですよ」
「承知の上だよ」
「仕方がありませんね。まあ、ぐうたらされるよりはずっとマシだと思うことにしましょう」
 ルクレティアはもともと諌めることはしても、本気で止めるつもりなどなかった。王子がこういう性格であるのは分かりきっていることだったからだ。
「ですが、一緒に行くメンバーとしては──」
「私も同行いたします」
 ルセリナが毅然とした態度で言う。
「んー、今回はけっこうヤバめだから、ルセリナちゃんは城でおとなしく待ってた方がいいと思うけどなー」
「どうしますか、王子?」
 正直、いてほしいと思う。理由は二つある。
 一つはこの太陽の紋章だ。今もこの紋章は自分を支配しようとしてきている。だが、黎明の紋章が近くにいるとその支配衝動が弱まるらしく、自分にとって不可欠な存在となりつつある。
 もう一つは当然、自分自身の気持ちだ。ルセリナが近くにいてくれるから、自分は全力以上を出すことができる。
 だが。
「今回はお忍びで行かないといけないからね。残念だけど、ルセリナは目立ちすぎる」
 美しすぎる容姿というのも、それはそれで問題だ。
「ベルクートさんみたいに風格漂うのもまずいですよねー」
「そうなると、案外人選は難しくなりますよ、王子」
 ルクレティアに言われてしばし考える。
「若手の方がいいだろうね。僕とカイルとリオンは確定として、それなりに腕の立つ人でなければ今回は厳しいだろう」
「傭兵旅団に誰か適任がいないか」
 ゲオルグが口を挟んできた。なるほど、確かにリンドブルム傭兵旅団なら、隠密行動にふさわしい人物の一人や二人いてもおかしくはない。
「こういうときはシグレさんも役に立つと思いますよ」
 ルクレティアが進言する。
「それじゃあ、ローレライに来てもらえないか相談してみるよ」
 というわけで、今回のパーティメンバーが決まっていった。






「あー、適任か。いるぞ、一人」
 ヴィルヘルム団長が言う。
「つーか、王子さんの力になると思って、ミューラーが連れ戻しに行って、今日あたり戻ってくるところだったと思うぜ」
「じゃあ、今はいないんだ」
「トラブルなきゃすぐだろ……っと、どうやら戻ってきたみたいだな」
 そうして傭兵旅団の部屋に入ってきたのは、気難しい顔をしたミューラー副団長と、ニコニコ笑顔の美少年だった。
「ミューラーさん、ミューラーさん、この城すごいね、本当に湖の中にあったの、どうやって出てきたんだろうね、王子さんってどんな人かな、僕で力になれるかな、ねえねえミューラーさんミューラーさん」
「黙ってろ。その王子だ」
 ミューラーはいつもの厳しい表情で王子を睨む。
「王子。こいつはリンドブルム傭兵旅団に所属するリヒャルトだ。こんな若造だが、うちでは一番腕が立つ」
「わ、ミューラーさんに褒められた。ミューラーさんミューラーさん」
 相当なついているのは誰の目にも明らかだった。
「ちょうど良かったぜ。腕の立つ若いのを連れていきたいから相談に来たとこだったんだと」
「そうか。おいリヒャルト。早速の仕事だ」
「え? 仕事?」
「そうだ。王子に同行して、王子の剣となれ。それがお前の仕事だ」
「分かった。ミューラーさんと一緒にいられないのは残念だけど、ミューラーさんの指示だもんね! 全力でがんばるよ!」
 そしてにっこりと微笑む。
「はじめまして。僕はリヒャルト。よろしくお願いします!」
「優男だが、強いぞ。リンドブルム傭兵旅団の“剣王”と呼ばれるくらいにはな」
 確かに、強さを感じる。逆らえば一撃で殺されてしまうほどの、得体の知れない強さ。
「よろしく、リヒャルト。頼らせてもらうよ」
「うわあ、王子様から握手されちゃった! どうしようミューラーさん」
「うるせえ、さっさと行け。お前を働かせるために連れてきたんだからな」
「わかりました! さあ、王子、行きましょう!」
 ──どうも、変わった性格の人物らしいということは分かった。






「力を貸してほしい?」
 石版の部屋にいたローレライに話しかけに行くが、もちろんいい顔はしなかった。この遺跡をもっと調べたいという気持ちに違いない。
「よくもまあ、そんな奴の力をアテにできるものだ」
 ツヴァイクが横から口を挟む。ローレライはにらむだけで、何も言い返せない。
「ローレライは仲間だからね」
 王子は笑顔で言う。
「もちろんツヴァイクも、ゼラセも」
「とってつける必要はない。私は自分の目的のために君に協力しているにすぎない」
 ツヴァイクはそう言うが、ゼラセは答えることすらしない。
「というわけなんだけど、ローレライはどうかな」
「他に適任がいないというのなら仕方がないことだ。王子には恩もあるし、断る理由はない」
「ありがとう、ローレライ。それじゃあ、出発は明日になるから」
「分かった」
 そうして石版の部屋を出ていく王子とリオン。
「まさか、君が誰かのために行動するとはな、ローレライ」
「仕方がないだろう。あの王子、誰かが助けてやらないと、全力で崖に飛び込んでいくようなことばかりするからな」
「まさかとは思うが、王子のことを心配しているのか?」
「心配して悪いか?」
 ローレライは心外だというように答える。
「あの王子は、人を信頼しすぎて、裏切られることも出てくるのではないかと思う」
「そうだな。根本的にお人よしだ」
「だから私で協力できるのならそうしたい。そう思うのがそんなに変なことか?」
「お前らしくはないだろうな。お前は他人がどうなろうと気にするような人間ではなかっただろう」
「ああ。自分でも不思議だ。でも」
 ローレライが少し言いよどむ。
「でも、王子のために何かしてやりたいと思うんだ」
「そうか。だが、あまり深入りしすぎるなよ。王子には付き合っている女性がいるのだから」
「そんなんじゃないさ」
 いたって冷静に答える。
「ここにいるみんな、きっと同じ気持ちなんだ。助けてあげたいんだよ、王子を」
「そうか」
「ツヴァイクにはそんな気持ちがないのか?」
「私はお前ほど、子どもではないからな」
 ツヴァイクは苦笑する。
「たとえそう思ったとしても、簡単に自分は変えられんよ」






「ダルい。パス」
 シグレは即決で断るものの、すぐにフヨウから訂正が入った。
「何言ってるの、シグレちゃん! 私たちだけじゃなくて、サギリちゃんまでお世話になってるのよ!? たまにはしっかり働きなさい!」
 この間、危険な任務をこなしたばかりなんだけどな、と心の中でぼやく。だが、サギリのことは確かにそうだ。彼女は王子に協力していない。そんな彼女でも王子は気にせずこの城にいていいと言ってくれた。
「御恩には働きで返さないと、ね?」
「……しゃーねぇなあ」
 シグレは頭をかきながら立ち上がった。
「ごめんね、シグレ」
「気にすんな。別にお前のためばかりってわけでもねえさ」
 と、そんなふうに結論が出たところで王子が頭を下げる。
「ありがとう、シグレ」
「気にしないでくださいよ。別に俺は王子のために何かするってわけじゃないんで」
「そうかもしれない。でも、シグレが手伝ってくれるのはありがたいよ。本当にありがとう」
「……どうも」
 シグレは頭を下げる。
「なんか、やりにくい王子さんですね」
「そうかな?」
「上に立つ人は偉そうにふんぞりかえってりゃいいんですよ。そうすりゃ俺たちは『あんな奴のために働くのはイヤだなあ』ってぼやきながらやれるんです」
「嫌なのに働くんだ」
「生活がかかってますからね。大半の人間はそうやって生きてるでしょうが。でも、王子さんみたいな人が上だと、ぼやくにぼやけないんですよね。下以上に働いてる上の存在なんて、面倒以外の何者でもない。結局、面倒なことを引き受けるしかない」
「ごめん」
「謝る必要もないことですけどね。ぼやくこともできない俺からの、ちょっとした意地悪ですよ。じゃ、明日でいいんで?」
「ああ。頼りにしている」
「給料分しか働くつもりはないですから、そこんとこよろしく頼みます」






 ──と、三人の同行を伴い、ログの船でやってきたレルカーだったが、いきなりカイルの面が割れることとなった。
 王子に使いを送ったのは旧バロウズ派の代表で、ワシールという男だった。温厚そうな男だが、どこか芯の通っているところもある人物だった。
「まさか、王子殿下に直接おいでいただけるとは、思いもよりませんでした」
 ワシールの家に招待された一行は、そこで説明を受ける。
 レルカーは現在三つの勢力に分かれているが、ゴドウィン派の代表が女王騎士と協力し、この町の若い男たちを強制徴兵し、軍隊に送り込んでいるというのだ。
 おかげで三派が互いにいがみあうことになり、レルカーそのものが内部分裂を起こしてしまっている。
「このままレルカーが分裂していると、それこそゴドウィンが攻め込んできたときにまともにやりあうこともできません」
「事情はよくわかりました。それで、ワシールさんとしてはどうしたいんですか?」
 王子が尋ねると、ワシールは相好を崩す。
「若いのに、できた方ですな。協力を仰いでよかった」
「それは、僕の周りにいる人たちの教育がよかったんですよ」
「ご謙遜を。では、はっきりと申し上げます。私としてはレルカーは以前のように三派が協力し、それでいて自分たちの権益を認めてくれる領主の下にいたいと考えます」
「ゴドウィンではなく、ということだね」
「はい。ゴドウィンは自分たちをじりじりと追い詰め、いつかはこの街を制圧することでしょう。戦える男たちがいなくなれば、ゴドウィン軍がこの街を落とすのはそれほど難しいことではありません。女王騎士の狙いもそのあたりにあるかと」
「なるほど」
「そこで、王子。私は王子にこの街を守っていただきたいのです」
 ワシールから切り出してくれたおかげで、ようやく話を進めることができる。こういうやり取りは好むところではない。ルクレティアは好きなのかもしれないが。
「仲間が増えるのなら僕としても願ったことだよ。ただし、今のままでは当然協力することは難しい。何しろ、ワシールさんは全レルカーの代表というわけではないからね」
「おっしゃる通りです。少なくとももう一人、ヴォリガはもともとゴドウィンとも女王家とも距離を置いていた者。道理を話せば分かってくれると思います」
「そうすれば多数決で勝てる、と?」
「いけませんかな」
「僕としてはそれは、望んだ結論じゃない。僕の望みは『全レルカー』だ」
 はっきりと宣言する。ワシールの顔が曇った。
「ですが、それは現実問題として難しいのです」
「分かっているよ。でも、これからこの国を建てなおそうというときに、一部の人間の意見を切り捨てていくのは感心できることじゃない。僕はレルカー三派すべての承認を得てから協力してもらいたいと思う」
「では、このまま何もせずにお帰りになるのですか」
 ワシールが責めるような口調になるが、王子は当然首を横に振る。
「ゴドウィン派の代表は、何ていう名前だったっけ」
「オロクといいます」
「そのオロクさんと話をさせてほしいな。そうしないとすべては始まらない」
 王子は力強く言う。
「言葉をなくしたとき、対立は止める術を亡くす。まずは会話をすることが先だ。オロクさんがどんな人かは知らないけど、会って話してみなければ何も分からない。どんなことをしてでも、僕はオロクさんと話をさせてもらうよ。これはもうレルカーだけの問題じゃない。この国、ファレナ女王国の未来の問題なのだからね」






次へ

もどる